大型放射光施設 SPring-8

コンテンツへジャンプする
» ENGLISH
パーソナルツール
 

高熱を受けた変性指紋試料からの指紋検出に成功 -新たな指紋検出法による個人特定率向上に期待-(プレスリリース)

公開日
2026年01月29日
  • BL17SU(理研 物理科学III)

2026年1月29日
理化学研究所
兵庫県立大学

理化学研究所(理研)放射光科学研究センター軟X線分光利用システム開発チームの濵本諭特別研究員、法科学研究グループの瀬戸康雄グループディレクター、兵庫県立大学高度産業科学技術研究所の大河内拓雄教授らの共同研究グループは、高熱を受けた変性指紋試料から指紋隆線(線状の隆起)を明確に確認できる放射光軟X線光電子顕微鏡法(PEEM)[1]を用いた画期的な指紋の検出法を開発しました。
本研究成果により、高熱を受けた変性指紋試料から指紋を検出し、被疑者・被害者との指紋照合で個人を特定できるようになり、今まで不可能であった変性指紋の検査手法として、犯罪捜査に貢献すると期待されます。
従来の指紋検出法は指紋成分のうち有機物を指標としているため、高熱により変質・消失した有機物成分を検出できず、火災現場や発射後の薬莢(やっきょう)の指紋検出はできませんでした。
今回、共同研究グループは、大型放射光施設「SPring-8」[2]のビームラインBL17SUに設置されたPEEMを用いて、Na K吸収端[3]エネルギーX線照射光電子[4]を検出することにより高熱を受けた指紋試料から指紋隆線を明確に確認できるPEEMを用いた指紋検出法の開発に成功しました。
本研究は、科学雑誌『Analyst 』オンライン版(1月23日付)に掲載されました。

論文情報
雑誌名:Analyst
タイトル:Visualization of heated latent fingerprints by synchrotron radiation soft X-ray photoemission electron microscopy
著者名:Satoru Hamamoto, Masahisa Takatsu, Hiroyuki Fujiwara, Hideya Okada, Takuo Ohkochi, Shimpei Watanabe, Masaki Oura, Yasuo Seto
掲載日:2026年1月23日
DOI:10.1039/D5AN01158B


放射光軟X線光電子顕微鏡法(PEEM)による高熱を受けた変性指紋試料からの指紋の検出

背景
指紋検査[5]は、事故や事件等の現場で発見される遺留指紋隆線パターンを対照指紋と照合して、被疑者・被害者を特定する有効な個人識別技術の一つであり、犯罪捜査で日夜実施されています。現場から採取した遺留指紋は、肉眼で明確に見える顕在指紋と肉眼で大半は見えない潜在指紋があり、潜在指紋は粉末法やシアノアクリレート法[6]などで指紋を顕在化させて指紋隆線を観察します。指紋付着状況や付着後の保存状況により不鮮明となった付着指紋を、個人識別が可能なレベルに明瞭化する技術開発も進められています。
しかし、従来の指紋検出法では指紋成分のうち有機物を指標としているため、高熱により変質・消失した有機物成分を検出できず、火災現場や発射後の薬莢の指紋検出はできませんでした。
一方、指紋成分の中には、脂質やたんぱく質などの有機物以外に無機塩類などの耐熱性の高い無機物も存在します。例えば、皮膚の表面にある汗腺は塩化ナトリウム(NaCl)を主成分とする汗を分泌するため、指紋成分の中にはNaClも無機物の指紋成分として存在します。
大型放射光施設「SPring-8」のビームラインBL17SUに設置された放射光軟X線光電子顕微鏡(PEEM)は、放射光軟X線励起光を試料に照射し、光電効果により試料表面から放出される光電子を検出して、高い空間分解能(100ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)以下)で元素分布や化学状態を可視化する技術です。PEEMは触媒や半導体デバイスの構造解析や機能評価に用いられていますが、科学捜査への応用例は報告されていません。
共同研究グループは、NaClが加熱による影響を受けにくい無機物であることに着目し、高い分解能のPEEMを用いれば、高熱を受けた変性指紋試料の指紋隆線上に残留したNaを検出して、指紋隆線上の汗口(汗腺の出口)の跡を明らかにすることができるのではないかと考えました。

研究手法と成果
健康成人のボランティア数人から汗腺および油脂腺由来成分を含む指紋を、シリコン、ステンレススチール(SUS)、アルミニウム、ガラスの各基板に加熱用と非加熱用に2種類採取しました。各基板上に採取した加熱用の指紋試料を400度で1時間加熱して、加熱処理指紋試料を作製しました。
真空条件下で、水銀ランプ紫外光または放射光軟X線を指紋試料に照射してPEEM測定を行いました。比較対照実験として、光学顕微鏡観察、エネルギー分散型元素分析器付走査型電子顕微鏡観察(SEM-EDX)[7]を実施しました。
SUS、アルミニウム、ガラスの各基板の加熱処理指紋試料の指紋隆線は、光学顕微鏡では観察することはできませんでした(図1)。SEM-EDXでも同様の結果でした。なおシリコン基板の加熱処理指紋試料は、光学顕微鏡やSEM-EDXでも指紋隆線は確認できました。

図1 指紋の光学顕微鏡像(SUS基板)

SUS基板では非加熱の場合、指紋隆線は残る(右)。しかし、400度で加熱すると、指紋隆線は消失してしまう(左)。アルミニウム、ガラスの各基板もSUS基板と同じである。

PEEMにより非加熱指紋試料と加熱処理指紋試料に対して観察を行ったところ、全ての基板上において、Na K吸収端エネルギーのX線照射により光電子強度が顕著に増大する粒子状の塊(直径10マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)程度の大きさ)が連なって観察され(図2B)、水銀ランプ紫外光照射光電子像と反転していることを確認しました(図2A)。PEEM装置の最大観察視野径が約1.2mm程度であり、観察範囲をスライドして測定し、測定像を重ね合わせた大きな範囲の広域観察像から、Naの粒子塊が連なり、指紋隆線を形づくっていることが認められました(図2C)。

図2 加熱処理指紋の放射光軟X線PEEM像(SUS基板)

A:水銀ランプ紫外光照射光電子像。B:Na K吸収端エネルギーX線照射光電子像。粒子状塊が連なっているのが分かる。C:観察範囲をスライドして測定し、測定像を重ね合わせた大きな範囲の広域観察像。Naの粒子塊が連なり、指紋隆線を形づくっている。

Na K吸収端エネルギーX線照射光電子陽性の直径10μm程度の粒子状塊を拡大して観察したところ、1μm程度の小粒子が集合していることが判明しました(図3A)。その内殻吸収スペクトル[8]を測定したところ、標品(ひょうひん:標本)のNaCl結晶のNaの内殻吸収スペクトルと一致し(図3B)、SEM-EDXの結果、この小粒子はNaCl結晶であることが確認されました。

図3 SUS基板における加熱処理指紋のPEEM観察

A:Na K吸収端エネルギーX線照射光電子像。直径10μm程度の粒子状塊を拡大して観察すると、1μm程度の小粒子が集合していた。B:小粒子の内殻吸収スペクトルとNaCl結晶のNaの内殻吸収スペクトルが一致している。小粒子はNaCl結晶であることが分かった。

今後の期待
今回、共同研究グループは、SPring-8のビームラインBL17SUに設置されたPEEMを用いて、高熱を受けた変性指紋試料からNa元素を選択的に検出することにより、指紋隆線の観察が可能な指紋検出法の開発に成功しました。
PEEMは、汗腺から分泌されるNaを検出指標にする高感度マイクロイメージング法であり、従来の指紋検出法では検出ができなかった高温などの損傷を受けた変性指紋試料からの指紋隆線の確認が可能となります。現場の捜査鑑識で行う指紋検査において、不鮮明で個人識別に至らない事件や火災事案において、指紋試料を放射光施設に持ち込み、PEEM測定を実施すれば第一線の鑑識で達成できなかった指紋の検出がなされ個人特定が可能となり、事件解決に貢献するものと思われます。
現在、欧米捜査鑑識部門の一部で、ルーチンで行われている薬莢の指紋検査で指紋検出に至るケースはまれで、検出を困難にしている一因は、高温にさらされた指紋成分である有機物の熱分解あるいは揮発です。本研究成果を用いれば拳銃発砲事件の銃撃現場で採証される薬莢の指紋を検出することができ、検出した指紋と対照指紋との一致により被疑者の特定が可能となることが期待されます。

共同研究グループ
理化学研究所
 放射光科学研究センター
  軟X線分光利用システム開発チーム
   特別研究員 濵本 諭 (ハマモト・サトル)
   チームリーダー 大浦正樹 (オオウラ・マサキ)
  法科学研究グループ
   グループディレクター 瀬戸康雄 (セト・ヤスオ)
   研究員 渡邊慎平 (ワタナベ・シンペイ)
  エンジニアリングチーム
   テクニカルスタッフⅠ 藤原宏行 (フジワラ・ヒロユキ)
   テクニカルスタッフⅠ 岡田英也 (オカダ・ヒデヤ)
 放射光科学研究センター
   業務嘱託 高津正久 (タカツ・マサヒサ)

兵庫県立大学 高度産業科学技術研究所
   教授 大河内拓雄(オオコウチ・タクオ)

研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(B)「放射光マイクロイメージング詳細計測技術の法科学への応用(研究代表者:瀬戸康雄、JP22H01732)」による助成を受けて行われました。


【補足解説】

[1] 放射光軟X線光電子顕微鏡法(PEEM)
放射光軟X線は放射光のうち、透過力の弱いX線で、エネルギーは100電子ボルト(eV)から4 keVのもの。空気成分に吸収され、放射光分析では元素の電子状態の解析によく用いられる。放射光軟X線光電子顕微鏡は、真空下、軟X線を試料に照射して放出される光電子([4]参照)を検出し、試料表面を拡大投影する顕微鏡。PEEM(光電子顕微鏡法)はphotoemission electron microscopyの略。

[2] 大型放射光施設「SPring-8」
理研が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界でもトップクラスの放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援などは高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

[3] Na K吸収端
Na元素を含む試料にエネルギーを徐々に上げながら軟X線を照射すると、NaのK殻の内殻電子を励起するエネルギーで吸収が急激に上昇するスペクトルが得られるが、この急峻(きゅうしゅん)に上昇する崖の縁をNa K吸収端と呼ぶ。

[4] 光電子
光電効果によって、光のエネルギーを吸収し、物質表面から外部に放出された自由電子と、固体の内部にとどまるが励起されて伝導に寄与するようになった電子の総称。

[5] 指紋検査
指紋鑑定ともいい、物体に付着した指紋を検出し、対照指紋と照合する検査手法。

[6] シアノアクリレート法
シアノアクリレートは、強力かつ急速硬化性のある接着剤成分の一種。シアノアクリレート法は、潜在指紋にシアノアクリレートの蒸気を曝露させ、指紋に含まれる成分との重合反応で指紋を顕在化する方法。

[7] エネルギー分散型元素分析器付走査型電子顕微鏡観察(SEM-EDX)
電子線を利用して試料表面の拡大像を観察する技術で、エネルギー分散型X線分析装置と組み合わせて特性X線を検出し標的観察場所の元素分析を行う技術。

[8] 内殻吸収スペクトル
X線の照射による元素の内殻電子の励起に起因して得られる吸収スペクトルであり、元素の情報を得ることができる。



発表者・機関窓口
<発表者>※研究内容については発表者にお問い合わせください。
理化学研究所
 放射光科学研究センター 軟X線分光利用システム開発チーム
  特別研究員 濵本 諭(ハマモト・サトル)
理化学研究所
 法科学研究グループ
  グループディレクター 瀬戸 康雄(セト・ヤスオ)

兵庫県立大学 高度産業科学技術研究所
 教授 大河内 拓雄(オオコウチ・タクオ)

<機関窓口>
理化学研究所 広報部 報道担当
TEL:050-3495-0247
E-mail:ex-pressatml.riken.jp

兵庫県立大学 播磨理学キャンパス経営部 高度産業科学技術研究課
TEL:0791-58-0249
E-mail:masakazu_sasakiatofc.u-hyogo.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:kouhouatspring8.or.jp

ひとつ前
リアルタイムで見えた!3000℃の世界で起こる物質の変化 -SPring-8が照らす原子の動き、安全性の高い燃料や新規材料の開発へ-(プレスリリース)
現在の記事
高熱を受けた変性指紋試料からの指紋検出に成功 -新たな指紋検出法による個人特定率向上に期待-(プレスリリース)