大型放射光施設 SPring-8

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旧版 ひかりの丘からSPring-8 News 6号(2001.3月号)

21世紀に飛翔する科学基地スプリングエイト

放射光研究センター所長 上坪宏道さんが語る

放射光研究センター所長

 21世紀が始まりました。皆さんは色々な希望を新世紀に描いていることでしょう。「それを実現するために科学技術に頑張ってもらいたい」と願っている方も多いと思います。科学技術と言っても、特に健康で自然に調和した社会をつくる科学(生命・環境科学)や資源を浪費せずリサイクルする社会を支える科学(材料科学)に力を入れて欲しいのではないでしょうか。科学技術の研究には優れた装置が必要です。例えばこれまで重要な酵素・蛋白質の構造(原子の配列)を決めて薬の開発を急ごうと思っても、少量の試料では構造をきめられない例がたくさんありました。ところが、SPring-8で見てみたらわかった重要な機能が相次いで発表され、世界を驚かしました。新しい材料開発の分野でも同様です。「SPring-8の光ではわずかな試料でも極めて鮮明に見える」ので、生命科学や材料開発の最先端を切り開いている我が国をはじめ世界の研究者にとってこの光は強力な味方として21世紀を導くことでしょう。

放射光蛍光X線分析の新しい展開

イラスト1

宇宙・惑星科学にかかわる事象から、細胞レベルのミクロな次元まで
いままで見ることが困難であった自然の姿を目の前に描き出してくれる
Spring-8の新しい光
どんな対象に向けるか工夫を凝らし、蛍光X線で観測して進める
研究や分析法の開発が、自然や人間活動への新しい視野を拓く!!!

イラスト2

 蛍光X線による元素分析法は、分析対象試料を削ったり溶かしたりすることなく非破壊で、しかも多くの種類の含有元素を一度に分析でき、また測定に真空を必要としないため、従来から非常に便利に用いられてきた分析法です。

 複雑な組織の生体試料や、石の分析、非破壊でなければならない考古学発掘品などが、この蛍光X線分析法で調べる対象となります。
 特に博物館や美術館の貴重な文物の分析などに有効です。陶磁器の場合、原料である粘土や珪石が産地によって希土類などの重元素の含有比率が異なる事を利用して、産地や窯、さらに生産された時代などの情報を得ることができます。

 試料中に極微量含まれている重元素を高感度・高精度で分析することは、これまでの蛍光X線分析法ではできませんでした。それは、励起に利用できる今までの放射光X線のエネルギーには限界(~20keV程度まで)があったため、原子番号45のロジウム(Rh)までの軽い元素の特性K線は励起することができましたが、それ以上重い元素のK線を励起するにはエネルギーが足りなかったのです。
 従って、重元素の分析には低いエネルギーで励起されるL線を使うしかありませんでした。しかしL線は、軽元素が発する強いK線に重なる領域にあるためそれに埋もれてしまい、含有量が微量な重元素をL線で感度よく分析することは、大変困難でした。

 図1は、ある九谷焼の陶磁器片にエネルギー20keVのX線を照射して得られた蛍光X線スペクトルです。その陶片に含まれるCa,Ti,Fe,Ni,Rb……のK線スペクトルに重ねて、微量に存在しているはずの重元素(Sn,Sb,La,Nd,Bi…)のL線の位置を点線で示してあります。

 SPring-8では、100KeVを越える高いエネルギー(実際には300keVのX線まで実験に使用されている)のX線が利用できます。しかも、そのX線は従来の実験室的X線源の1億倍ほど高輝度であり、また非常に高い指向性・平行性をもつので、蛍光X線分析法の精度と適用範囲を飛躍的に向上させることになりました。

 ウィグラー光源装置を備え、SPring-8でも最も高いエネルギーまでの連続X線を出すことができるビームライン(BL08)からのエネルギー116keV1)のX線を励起源に用いて測定した、九谷焼陶片の蛍光X線スペクトルを見てみましょう(図2)。

 図2では、通常の20keVのX線による蛍光X線分析では測定できなかった20keV以上の重元素のK-X線が高感度で計測されています。また、分析が難しい希土類元素(La,Ce,Nd,Sm,Gd,Dy,Ybなど)が明瞭に分離しています。

 同様の条件を用いて分析した、有田焼、姫谷焼、および九谷焼の磁器片の高エネルギー蛍光X線スペクトルについて、それぞれに含まれる重元素バリウム(Ba)およびネオジム(Nd)のセリウム(Ce)に対する比の値を、縦軸と横軸にそれぞれプロットすると、これら古陶磁の各点が、製造された窯地に対応してそれぞれ特異的な範囲に分布することを描き出しました(図3)。

図1
図2
図3

 微量元素、中でも特に地球上における存在量が少なくその元素分布に特徴がある重元素や物質を構成する主成分に対し、試料の個性を表す不純物として存在する微量元素が、いまや、SPring-8で感度よく分析できるようになりました。こうして得られるいろいろな物質についての微量元素情報は、原料がどこで産し、どんな製造方法や工程で造られ、どのように存在して来たかについての重要な情報を与えることから

 考古学、地球科学、さらに科学捜査への貢献健康や病気のバロメーターとしての微量元素の役割の解明ますます高度化する工業プロセスについての分析と情報の解読そして、自然環境の変化についての観測評価、

 など、これら放射光による研究の応用に大きな期待がもたれます。多方面の領域の研究者たちによる地道で膨大な基礎的研究データの蓄積が、自然や人類社会の活動の理解に、我々を導くことになります。

 物質に蓄積された起源と履歴に関する情報をひもとくこの新しい視点を、東京理科大教授の中井泉さん3)は“物質史”と提案しています。


1)
116keVという励起X線エネルギーは、ウラン(U、原子番号92)までの天然で安定に存在しているすべての重元素のK線による分析を可能にするものです。逆に、ウランまでの自然界に安定に存在するすべての元素のL線はみな20keV以下であるので、K線が観測可能になると、軽元素との重なりをまったく心配することなく、微量なすべての重元素を感度よく分析できます。

2)
元素の酸化状態が異なると吸収端のエネルギーが変化します(ケミカルシフトと呼ばれる)。電子の励起に必要なエネルギーが元素の酸化状態で変化することに対応するのです。従って、試料に照射するX線のエネルギーを選択することにより、特定の状態の元素のみを選択的に励起することが可能です。

3)
犯罪に関係したヒ素試料の鑑定に中井さんが、SPring-8の高エネルギーX線を世界に先駆けて適用し、微量重元素蛍光X線分析の威力を現実にしめして、新しい領域を開くこととなりました。

※〈サイアス〉1999 April P10ページ ※中井泉〈化学と教育〉2001 No8 P511

 文化財などの微量元素の組成分析に関して有力な方法として用いられる荷電粒子励起X線分析法(PIXEとよばれる)や従来の蛍光X線分析法とくらべて、上記以外にもSPring-8が発揮する蛍光X線分析への優れた性能として次の点が挙げられます。

●きわめて高輝度の連続X線であり、モノクロメーターでエネルギー巾を非常にせまく選んだ単色光を励起に用いることにより、S/N比の良い蛍光X線スペクトルが得られ高感度多元素同時分析が可能です。

●X線のエネルギーを任意に選び使うことができるので、狙った元素を選択的に励起させ、その元素の蛍光X線を発生させることが可能です。妨害となる元素の蛍光X線の発生を抑えたり、特定の化学状態の元素のみを選択的に励起することもできます。2)また、照射X線のエネルギーを変えながら蛍光X線の発生のエネルギー依存性を調べる方法は、蛍光XAFSと呼ばれ、化学状態分析法として威力を発揮しています。

●さらに、平行光で発散が小さくマイクロビームにするのが容易であり、試料の任意の場所の1μm以下の極微小領域の元素の組成や状態を二次元的に分析することが可能となります。

イネ健全葉(上段)及び病罹葉(下段)の蛍光X線像

(1.875μm/pixel,130×130pixels,0.1s/pixel)

図4

姫路工大のグループが開発に成功した高エネルギーX線顕微鏡でみたイネの葉の蛍光X線二次元分析イメージ画像。
1μm(1000分の1ミリ)以下まで絞ったマイクロビームを走査しながら測定。各画像は、約1.9μm角大の画素が130X130画素集まった画像として検出しました。健康な葉では、カルシウムとマンガンは葉脈の周辺の細胞に均一に分布しています。いもち病に罹った葉ではマンガンと鉄は局所的に集まっていること、カルシウムにもその傾向が見られます。病原菌に侵された葉では菌の増殖を抑えるための物質を出し、それに何らかの元素が関わっているとされてきました。それがこの観察により確認されました。

スプリングエイト まめ知識

蛍光X線ってなに? K線、L線ってなに? 蛍光X線で元素分析がどうしてできるの?

原子の姿

 原子はその中心に陽子と中性子からなる原子核があり、陽子の数が原子番号に等しく、元素の種類を決めている。原子核の周りを、核の大きさに比べて非常に広い空間にマイナス電荷の雲のように、核のプラス電荷(陽子の数に等しい)と同じ数の電子が取り巻いていて、原子全体はプラス・マイナスが釣り合っています。
 原子の内側では、核に集中したプラス電荷がこのように広がる電子一個一個を静電力で引きつけている。核に近いものは非常に強く、核から離れるほど弱く、という具合に。そして、原子というミクロに閉じた場の中に波動として存在する電子は、量子論的に決められたとびとびのエネルギー準位に、決まった数だけ入ることができるのです。
 このとびとびのエネルギー準位を、最も安定でエネルギーが低い方から、K殻、L殻、M殻などと名付け、蛍光X線のスペクトルの帰属にもこれが用いられています。組立ての法則といわれる規則に従って原子全体として最も安定なように、電子は、エネルギーの低いK軌道からL、Mと順番に納まっています。下図は、それを原子がエネルギーの壺の中で電子を納めるK、L、M・・・の棚という見方で示してあります。

まめ知識 図1

蛍光X線の発生

 このK殻やL殻の電子のエネルギー準位がちょうどX線のエネルギーの領域にあるので、X線が物質にあたるとそのX線(励起X線という)のもつエネルギーが、近いエネルギー準位の殻にある電子を原子の外にまではじき飛ばす為に使われ、その殻に空孔が生じます。
 内殻に空きが生じると原子は不安定になるので、それを安定化するために原子のより上の殻にある電子がそこに落ちてきて、その空席を埋めます。このとき、落ちてきた電子の元いたエネルギー準位と新しく占めたより安定な準位の差エネルギーが、蛍光X線として原子から四方八方に放射されます。

K線、L線とは

 K殻の電子が飛び出てそこにL殻の電子が落ちてくるとき発生する蛍光X線をKα線、M殻の電子が落ちてくるとき発生するX線をKβ線、またL殻電子が飛び出してそこへM殻やさらにその上の殻から落ちてくる際発生するX線をL線などというのです。
 K、L、M…殻のエネルギー準位は各元素に固有で、したがってそのエネルギー差、すなわち発生する蛍光X線(特性X線ともいいます)のエネルギーも元素ごとに決まっているので、どんなエネルギーの蛍光X線がどんな強度で放射されるかを精度よく測定すれば、どんな元素がどれぐらい含まれているか、はっきり知ることができます。

吸収端エネルギー

 K殻の電子をはじき出すのに一番大きな励起X線エネルギーを必要とします。また、原子番号の大きい重元素(陽子の数が多く電子を引きつける力がそれだけ大きい)ほど必要なエネルギーは大きくなります。励起エネルギーは、電子を原子の外まで完全にはじき飛ばすエネルギーですから、原子内で電子が落ちてくるときに出る蛍光X線エネルギーより高いことが必要です。たとえば、ヒ素事件の鑑定に重要な微量元素となったビスマス(Bi)のK線(Kα線、77.1keV;Kβ線、87.2keV)を励起できる下限のエネルギーは、90.5keVです。それより低いエネルギーのX線をいくら強くあてても、BiのK線は励起されません。(このような励起に必要な最低のエネルギーを吸収端エネルギーといいます)。

標準ガラスの高エネルギー蛍光X線スペクトル(散乱)標準ガラスの高エネルギー蛍光X線スペクトル(散乱)
性質が物理的にも化学的にも非常に類似していて分析の困難な希土類元素や、タングステン(W)、さらに80keVに近いビスマス(Bi)のK線も、感度よく明瞭に観測されていて、放射光高エネルギーX線による蛍光X線分析で全元素分析ができることがわかります。
Further Reading:さらに興味をお持ちの方に役立つ読み物情報を各記事の末尾に※印を示しています。

HELLO, SPring-8

創立10周年記念行事実施 ~江崎玲於奈博士が特別講演~

 平成2年12月1日に設立された財団法人高輝度光科学研究センターは、昨年12月1日を以って、創立10周年を迎えました。それを記念するとともに、これまで財団に対して協力、支援頂いた方々へ感謝の気持ちを表し、また、これを契機に財団及びSPring-8に対する理解を一層深めて頂くため、12月8日に記念講演会、施設見学会、記念懇親会の3部からなる記念行事を行いました。
 記念行事は、永野博科学技術庁長官官房審議官、藤本和弘兵庫県副知事、村上健一日本原子力研究所理事長、平野拓也海洋科学技術センター理事長、吉良爽理化学研究所副理事長他、国、兵庫県をはじめとする地元自治体、学会、出捐企業など各界から、多くのご来賓の参加を得て、盛大にとり行われました。
 それでは、当日の記念行事の概要について、ご紹介したいと思います。
 一連の行事の最初は、記念講演会でした。ノーベル物理学賞受賞者の江崎玲於奈芝浦工業大学学長をお招きして、兵庫県立先端科学技術支援センターの大ホールで行なった記念講演会では、招待者以外に姫路工業大学や同附属高校の学生他の一般の方からの参加もあって、350名近くもの参加者があり、広い会場が満員の状態となりました。
 伊原義徳理事長による開会の挨拶の後、江崎先生に「日本の未来をつくる」と題したすばらしいご講演をして頂きました。ご講演の中で江崎先生は、「独創的な研究を進めるためには失敗やリスクを恐れずに積極的に挑戦していくことが重要であり、失敗の向こうには大きな成功がある。」と話されました。先生のこの言葉は、未知の分野で最先端の研究を進めるSPring-8の研究者にとって、大きな力になるものでした。また、将来の日本を担う若者に強いインパクトを与えるものでした。
 そして記念講演会の最後で、上坪宏道放射光研究所長から、平成9年10月の供用開始から3年余で、次々と目覚しい成果を上げ始めてきたSPring-8の成果報告がありました。
 次に行なった施設見学では、バスで車中から、SPring-8の施設を一通り見学して頂いた後、蓄積リング棟内に入り、施設内部を徒歩で見学して頂きました。時間の都合で足早な見学となりましたが、施設整備が順調に進んでいるSPring-8の姿をご覧頂けました。
 最後にSPring-8食堂において行なわれた記念懇親会では、小林庄一郎会長の挨拶の後、多くの来賓の方々からお祝いのご挨拶を頂戴いたしました。そして佐々木泰三諮問委員会委員長による乾杯のご発声の後、参加者の間で、財団設立後の10年間の思い出話に花を咲かせながら、時間終了まで懇親を深めて頂きました。
 幸いにして当日は天気にも恵まれ、目立ったトラブルもなく、一連の記念行事は大盛会の内に終わりました。 総務課

記念講演会
施設見学会
記念懇親会
記念講演会
施設見学会
記念懇親会

広報部から

 スプリングエイトニュース第6号を21世紀になって初めての号としてお送りいたします。この世紀はどんな百年になるのでしょう。どんな世紀を経験するにしても、地球環境をより一層大切にしながら、社会を向上させる定めを生きる人類です。自然の成り立ちの理解や、生命・人間活動の過去から現在までをより広く、また新しい見方で知ることにより人と自然の共生への道を進めたいものです。

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