大型放射光施設 SPring-8

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SPring-8 News 11号(2003.11月号)

研究成果・トピックス

クォーク5個から出来ている新しい粒子発見

大阪大学核物理研究センター
教授 中野 貴志

1.クォークとその複合粒子

 クォークは、物質を構成する最小の基本粒子で、アップ(u)、ダウン(d)、ストレンジ(s)、チャーム(c)、ボトム(b)、トップ(t)の6種類があります。地球上で安定な粒子は最も軽いuクォークとdクォークだけで構成されていますが、加速器を使えばその他のクォークを実験室で生成することができます。
 クォークの最も大きな特徴は、単独では自由に空間を飛びまわれないということです。実験で観測されるのは決まって複数のクォークからなる複合粒子でした。これは、クォークの運動の基礎理論である量子色力学(QCD)によれば、赤、青、緑の色電荷を帯びているクォーク間に働く力は距離に比例して大きくなるからと定性的に説明されています。この説明を受け入れれば、色電荷が“白色”に中和された複合粒子だけが決まった質量を持った粒子として(例え短寿命であったとしても)存在できるということになります。
  そのような白色に中和されたクォークの複合粒子をハドロンと呼んでいます。ハドロンには、3個のクォーク(qqq)からなるバリオンとクォーク・反クォーク対(qq)からなるメソンがあります。バリオンは3原色の混合により、また、メソンは色とその補色の混合により白色になります。QCDによれば原理的には、その他の構成、例えば、qqqqやqqqqqによる白色の状態が可能なのですが、30年以上に及ぶ探索でも確認されることはなく、4個以上のクォークからなる粒子(エキゾティック粒子)の不在は長らく物理学者を悩ませてきた大きな謎でした。

2.5クォーク粒子Θ+の発見

 この長年の謎を解決し、さらにはマルチクォーク物理の扉を開くきっかけともなる発見がSPring-8のレーザー電子光ビームを使った実験で得られました1)。きっかけとなったのは、1997年、ロシアの理論物理学者ジャコノフ(Diakonov)等によって発表された論文です2)。彼らは、2個ずつのuクォークとdクォーク、さらに1個の反ストレンジ(s)クォークからなる5クォーク粒子(Θ+)が1530 MeVの質量を持ち、その崩壊幅(質量のふらつき)が15MeV以下と極めて小さいという予言をしました。私が、この理論的予言を初めて知ったのは、2000年2月にアデレードで行われた国際会議の際にジャコノフと昼食を共にした時です。ジャコノフは、その時点で建設がほぼ終わっていたSPring-8のレーザー電子光ビーム施設(LEPS)でΘ+粒子を探索することを強く勧めました。
 しかしながら、2000年12月に始まったLEPSでの実験は、最初から、5クォーク粒子を発見することを目指して行われたわけではありません。高エネルギー光子(γ)を水素標的中の陽子(p)に衝突させファイ(φ)メソンを生成させる反応を研究することを目標にしていました(図1図2)。生成されたφは、K+K-メソン対にすぐ崩壊します。従って、検出器は、反応の終状態に現れるK±メソンや陽子が効率よく検出できるように設計されました。バックグランドになる軽いπメソン生成反応は、データとして記録されることなくオンラインで除去されます。そのため、陽子を標的とするΘ+生成では最も素直なγp→K0Θ+→π+π-K+n 反応に対しては、検出器の感度が殆ど無かったのです。
 レーザー電子光ビームは、3.5 eVの紫外レーザーをSPring-8の8 GeV蓄積ビームに照射し、逆コンプトン散乱させることによって得られるγ線です(図3)。レーザー電子光ビームには、レーザー光を偏光させるだけで高い偏極度の光ビームが得られる等優れた特徴がいくつもありますが、今回最も役に立ったのは、バックグランドとなる光ビーム中の低エネルギー成分が極めて少ないという特徴です。バックグランドの多い通常の光ビーム施設では、ビームを逃がすための穴が検出器にあいていますが、LEPSでは、ビームの正面に検出器が設置してあります(図4)。今回の発見は、水素標的のすぐ下流に設置された検出器の一部のプラスチックシンチレーターに含まれる炭素原子核中の中性子(n)によりγn→K-Θ+→K-K+n 反応が起こっているのではと思いついたことが契機となったのです(表紙図)。前述のように検出器はK+K-メソン対の測定に最適化してあるので、この反応に対する検出効率はすこぶる高いのです。
 K+n系のエネルギーと運動量を、始状態のγn系と終状態のK-の測定量の差から求め、関係式(質量)2 =(エネルギー)2 -(運動量)2 を用いてK+n系の不変質量を計算します。Θ+を確認するには、不変質量分布に対応するピークがないか調べれば良いのです。図5に、φメソン生成などによるバックグランドを除去し、中性子が炭素原子核中で動いていること(フェルミ運動)の影響を補正したK+n系の不変質量分布を示します(赤)。青色斜線で示されているのは同時に測定された水素標的中での反応によるK+p系の不変質量分布です。前者にのみ質量が1540 MeVのところに鋭いピークがあります。ピークの幅は実験の分解能とほぼ同じで、崩壊幅は、25MeVより狭いと結論づけられました。

図1,図2. クォーク系核物理の研究図1,図2. クォーク系核物理の研究
図3. レーザー電子光発生の概念図図3. レーザー電子光発生の概念図
図4. クォーク核分光装置の標的と磁気分析器(外観)図4. クォーク核分光装置の標的と磁気分析器(外観)
図5. プラスチックシンチレーター中の反応事象に対するK+n系の不変質量分布。図5. プラスチックシンチレーター中の反応事象に対するK+n系の不変質量分布。
青色斜線は水素(陽子)標的での反応事象に対するK+p系の不変質量分布(文献1より)。

3.相次ぐ検証結果と今後の展開

 LEPSの実験結果の統計的信頼度は4.6σでした。この信頼度は、高エネルギー物理学実験の「経験則」に基づけば、確定的ではありません。そのためLEPSの実験結果が発表されるやいなや、各地で検証が始まりました。
 まず、ロシアのITEP研究所では、DIANAグループが1986年にキセノン(Xe)を密封した泡箱*にK+ビームを入射した実験データの再解析を行いました。K+とXe中の中性子の荷電交換反応K+n→K0pを同定し、K0pの不変質量分布に9MeV以下の崩壊幅を持つピークが1539 MeVのところに現れることを発見しました3)。ついで、米国・ジェファーソン研究所のCLASグループは、1999年に行われた液体重水素標的を用いた実験の再解析を行いました。γd→K+K-pn反応の終状態に現れる全ての荷電粒子の運動量を測定することにより、フェルミ運動の影響を除いたK +n 系の質量測定を行ない、質量が1542 MeVのピークを確認しました4)。そして、最近、ドイツ・ELSA研究所のSAPHIRグループも、過去のγp→K0Θ+→π+π-K+n 反応データを解析して、K+n系の質量分布に、質量が1540 MeVで崩壊幅が25 MeV以下のピークを確認しました5)
 個々の実験の統計的信頼度は4~5σですが、独立な4つの実験が、ほぼ同じ質量のピークを偶然観測する確率は極めて低いため、新粒子Θ+の存在は、ほぼ確立したといえます。観測された質量と崩壊幅の上限値は、ジャコノフ等の予言値と驚くほど一致しますが、理論的な解釈に決着がついたわけではありません。Θ+に対する全く違った理論モデルもすでにいくつも提案されています。Θ+の正体を解明するためには、今後の実験によってスピンやパリティなど粒子の性質を決めていくことが必要です。また、Θ+が存在するならば、その励起状態や、sをcで置き換えた5クォーク粒子が存在する可能性があります。Θ+発見を端緒として、マルチクォーク物理が新たに展開することが大いに期待されます。


用語解説

フェルミ運動
原子核中に閉じ込められた陽子と中性子の運動

量子色力学
クォーク間に働く力を決定する基礎理論

偏光
電場の向きがそろった光

泡箱
荷電粒子の軌跡を写真で記録する実験装置

MeV
相対性理論によるとエネルギーと質量は等価である(E=mc2)。素粒子物理学で光速(c)を1として粒子の質量をeV(電子ボルト)単位で表す。例えば電子の質量は0.511 MeV (メガ電子ボルト)である。

参考文献
1) T. Nakano et al. [LEPS Collaboration], Phys. Rev. Lett. 91,012002 (2003).
2) D. Diakonov, V. Petrov, and M. Polyakov, Z. Phys.A359,305 (1997).
3) S. Stepanyan et al. [CLAS Collaboration],arXiv:hepex/0307018.
4) V.V. Barmin et al. [DIANA Collaboration],arXiv:hepex/0304040
5) J. Barth et al. [SAPHIR Collaboration], arXiv:hepex/0307083.

行事報告

第3回サンビーム研究発表会

 9月5日(金)にSPring-8普及棟で第3回サンビーム研究発表会が開催されました。放射光の産業利用に関する最新成果についての15件の発表があり、約120名の参加者が活発な議論を行いました。
 サンビームとは、エレクトロニクス、鉄鋼、自動車、電力など14の企業・法人から構成される共同体がSPring-8に建設・運用しているビームライン(BL16XU,BL16B2)の愛称です。各企業は、ビームラインを用いて自社の製品開発に密着した実験を行っており、それらの成果を広く知ってもらうために2001年から発表会を始めました。今年も、燃料電池、次世代LSI、DVD用青色レーザ、磁気ディスク、通信用光ファイバ、新合金などの材料について、SPring-8を用いて初めて明らかになった結果が発表されました。製造プロセスの最適化に直接役に立つ結果や、材料の特性や機能が現れるメカニズムを明らかにした結果など、実際の製品開発に放射光が有効であることが再認識されました。また、過去2回の発表会はサンビームユーザのみの発表でしたが、今回初めての試みとして、米国からLucent Technologies社・材料科学部門責任者のDr. Isaacsを招聘し、APSのマイクロビームを用いたミクロンレベルの磁区観察技術や新設されるナノテクセンターの概要など、非常に興味深い話題を提供してもらいました。
 産業界を取り巻く状況は依然として厳しく、新しいブレークスルーが期待されております。SPring-8による材料解析が画期的新製品の創生に繋がることが今後とも期待されます。(発表会プログラムはサンビームのホームページに掲載されています。
http://sunbeam.spring8.or.jp/)(産業用専用ビームライン建設利用共同体)

サンビーム(産業用専用ビームライン)の様子
発表会の様子
サンビーム(産業用専用ビームライン)の様子
発表会の様子

行事一覧

●9月5日 第3回サンビーム研究発表会
●9月11日 SPring-8ワークショップ「防錆防蝕技術と放射光利用」(ひょうご倶楽部・東京)
●9月17日~18日 SPring-8研修会「残留応力測定」
●9月26日 SPring-8研修会「屈折コントラストイメージングによる非破壊内部観察」
●10月13日~15日 SPring-8ビーム物理研究会2003

SPring-8 見学者

9月~10月の施設見学者数 4,529名


■主な施設見学者
9月17日 大野松茂文部科学大臣政務官他 2名
10月14日 Prof. M. H. Van de Voorde 1名
10月17日 東西合同技術(研究)委員会 40名
10月21日 総領事館ワークショップ 50名
10月21日 フランスエソンヌ県商工会議所 3名
10月24日 蛋白質構造解析コンソーシアム代表 2名

SPring-8 Flash

SRI 2003“Public Science Day”

 SRI(Synchrotron Radiation Instrumentation)は、放射光に関連した要素技術などに関する国際会議で、3年に1回開催されており、第8回となった今回は8月25日~29日にYerba Buena Arts Center(サンフランシスコ)にて開催されました。また、今回はSRI 2003の一環として、27日に一般の方々を対象としたPublic Science Dayが会場屋外で行われました。ここではこのPublic Science Dayの様子を中心に報告します。
 計画では各放射光施設からの展示物が並べられる予定だったようですが、当日はSPring-8からの線型加速器モデル、ベータトロン振動のカップリングモデルが展示されたほかは、ALS(Advanced Light Source)からのポスター展示及び芸術専攻の学生ALSで描いた絵の展示、CLS(Canadian Light Source)の施設模型展示があった程度で、やや小規模なものとなりました。
 SPring-8の展示となった2つのモデルについては、動作原理を実感できることもあってか、道行く人々の興味を引いたようでした。また、Public Science Day以外のSRI 2003開催日には、これらの模型は会場内に展示しました。一般の方々、SRI 2003参加者それぞれに、感心する人、モデルを通じて放射光そのものに興味を持ってくれる人、気に入って毎日何度も足を運んでくれる人、反応は様々でしたが、両モデルとも老若男女を問わず好評であったようです。特に線型加速器モデルについてはカリフォルニアの科学博物館への設置を勧めてくれた人もいたほどでした。
 今回の展示において多くの方々にSPring-8のモデルを楽しんでもらえたのは、放射光を身近に感じて頂く良い機会になりました。SPring-8普及棟には同様の展示物が多数置かれていますので、一度体験されてみてはいかがでしょうか。

Public Science Dayでの展示の様子
発表会の様子
Public Science Dayでの展示の様子
SRI 2003会場内での展示の様子

人事往来

着任にあたって
着任にあたって
利用研究促進部門Ⅰ 主席研究員
高田 昌樹

 10月より構造物性グループのグループリーダーとして着任致しました。昨年9月からの客員の期間を含めて、名古屋大学在職中より、放射光を用いた構造物性研究をSPring-8の粉末結晶構造解析ビームラインBL02B2で行ってきました。今後は、SPring-8にある多くのビームラインの有機的に連携した活用と、外部の様々な分野の研究者の方々との共同研究をとおして構造物性の先導的研究を進め、世界一の施設であるSPring-8から新しいサイエンスのシーズを生み出すようグループのメンバーとともに尽力していきたいと思っております。

発令日付
氏名
異動内容
9月30日 志村 明敏
退職
海洋科学技術センター 広報次長
10月1日 高田 昌樹
採用
放射光研究所主席研究員
利用研究促進部門Ⅰ
構造物性Ⅰグループリーダー
名古屋大学

今後の行事予定

●11月10日~14日 トライやるウィーク(中学生の体験活動週間)
●11月12日~14日 第7回SPring-8シンポジウム
●12月1日 財団設立記念日

最終変更日