大型放射光施設 SPring-8

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SPring-8 NEWS 41号(2008.11月号)

研究成果・トピックス

~太古の生物に学ぶ活性酸素の除去メカニズム~

太古の生物に学ぶ

 およそ35億年前、地球上で初めての生命が誕生したとき、大気中には酸素がありませんでした。
 その後、シアノバクテリアのような光合成を行う生物が現れ、大気中に酸素が蓄積されていきました。20億年以上昔のことと言われています。その後、生物は酸素を取り込むよう進化しました。酸素を利用することで大きなエネルギーを得ることができるからです。この機能は人間にも受け継がれています。ところが、酸素を使うために、同時に大きな問題を背負うことになりました。活性酸素です。活性酸素は、人間にとって老化やがん化、病気の原因とされる物質です。
 人間における活性酸素の研究は進んでいますが、まだ解明されていないこともたくさんあります。産業技術総合研究所の中村努さんは、現存する原始生命に最も近い「古細菌」(図1)について研究し、新しい活性酸素の制御メカニズムを発見しました。

図1 図1. 地球上の生物は遺伝子研究により、真核生物(Eukarya)、古細菌(Archaea)、真正細菌(Bacteria)の3つに大きく分類される。
今回の研究では、海洋の熱水環境に生息する好気性超好熱性古細菌エアロパイラム・ペルニクス(Aeropyrum pernix)を用いた(右の写真、鹿児島県トカラ列島の小宝島で採取)。
これはゲノム解析が完了したなかでは最も高温で生息する好気性生物で、京都大学・左子芳彦教授らによって発見された。(写真提供:左子教授)

過剰な活性酸素を処理する

 酸素は本来、生命を維持するために必須の物質です。呼吸などにより取り込まれた酸素はエネルギーを生み出す生体反応に大きく貢献します。
 しかし、過度の紫外線が当たるなどの要因によって、酸素は活性酸素へと変化します。細胞内で活性酸素が増えすぎると、それはタンパク質やDNAなどを傷つけてしまい、有害な物質となります。これを防ぐため、生物は抗酸化システムを発展させてきました。「抗酸化タンパク質」を使って、体内の過剰な活性酸素を処理するのです。
 「古細菌を使ったのは、大昔の自然や生命に学ぼうと思ったからなんです」と中村さんは言います。そもそも酸素を吸収し始めた頃の生物は、いったいどんなメカニズムで活性酸素をコントロールしていたのでしょうか。
 古細菌の持つ抗酸化タンパク質「ペルオキシレドキシン(Prx)」は、活性酸素の1つ、過酸化水素(H2O2)を無害な水分子(H2O)に変える働きを持っています。中村さんは、この抗酸化タンパク質の機能を知ることで抗酸化システムを理解し、生命科学、医療などに貢献できるのではないかと考えたのです。

化学反応を途中で止める

 2004年から05年にかけて、中村さんはSPring-8のビームラインBL38B1を使ってPrxの構造解析を行い、2006年に論文発表しました(図2)。図中の赤丸のところには「システイン残基」があり、ここで過酸化水素が処理されることがわかりました。しかし、興味があるのは“どうやって”処理されるかです。
 中村さんは、過酸化水素が処理される瞬間を捉えようと考えました。とはいえ、処理反応は日常の感覚でいえば一瞬です。そこで、反応途中のPrxを凍結させることにしました。
 手順はそれほど複雑ではありません。まず、過酸化水素の溶液にPrxの結晶を浸します。1分弱で引き上げて、すぐに約-170℃の冷却窒素ガスを当てて凍結します。それを、そのまま測定するのです。この実験は、大阪大学大学院工学研究科の井上豪教授と共同で、ビームラインBL41XUにて行いました。

図2 図2. 抗酸化タンパク質ペルオキシレドキシンの立体構造。
アミノ酸が250個結合した高分子(右)が10個、リング状に集まって(左)構成される。赤丸の部分にシステイン残基があり、過酸化水素を処理する。

過酸化水素を取り込むメカニズム

 その結果、古細菌のPrxは、従来とは異なる新しい反応メカニズムで過酸化水素を処理していることがわかったのです(図3)。図を見てもわかるように、どちらのメカニズムでも、システイン残基が酸素を取り込んでいくのは同じです。それは、過酸化水素を処理する機能自体は変わらないことを示しています。
 違いは、古細菌のほうにはヒスチジンというアミノ酸残基があることにより、途中の経路が変わったことです。途中に現れる「スルフラン誘導体」。これには何か意味があるのでしょうか。中村さんは、「実は、どちらの反応が早いのか、エネルギー的に有利なのか、まだよくわかっていません」と言います。
 この反応は人間には無く、古細菌特有のものです。これが従来のメカニズムより効率的に過酸化水素を処理できるとわかれば、医学への貢献は大きなものとなるでしょう。図3. 過酸化水素の処理メカニズムの1つ。従来のものも今回新たに発見したものも、右へ反応が進むにつれて、過酸化水素(H2O2)から余分な酸素原子(O)を取り込んで処理している。

図3 図3. 過酸化水素の処理メカニズムの1つ。
従来のものも今回新たに発見したものも、右へ反応が進むにつれて、過酸化水素(H2O2)から余分な酸素原子(O)を取り込んで処理している。

“今ここ”だけではわからないこと

 今後、新しいメカニズムの長所や利用法を見つけていくことになりますが、すでに1つ特徴的なことがわかっています。このスルフラン誘導体は、これまで天然物には存在しないと考えられていた「超原子価化合物」(図4)であることです。人間が、自分たちの知恵によって作り上げたと思っていた超原子価化合物を、実は大昔の生物が持っていたという事実は、化学分野の研究者にとっても大いに興味ある発見でしょう。
 中村さんは、こんな例え方をして、自然に学ぶことの面白さ大切さを強調します。「もし仮に、火星にコケが生えていたとして、地上のものとは全く違うメカニズムで生きているのだとしたら、私はそれを何とかして知りたいと思います」。
 火星はもちろん人類未踏の地ですが、20億年以上昔の地球も別の意味で未踏の地です。“今ここ”だけを見ていてはわからない自然のメカニズムを見つけ出し、それを活用する。学生の頃から酵素反応やタンパク質構造形成といった生体反応を扱い、生命や自然の偉大さを目の当たりにしてきた中村さんならではの壮大な考えです。

図 図4. 天然で初めて見つかった超原子価化合物。タンパク質部分が無いモデル化合物(左上)とよく似た構造をしている。
通常、原子の最外殻に電子が8個あると、分子やイオンは安定する。
たとえば炭素原子(C)は最外殻に電子が4つしかないが、4つの水素と結合して電子を共有しあうことにより最外殻に8個の電子を持つことができる。
これがメタン分子(CH4)である。最外殻に8個を超える電子を持つものを超原子価化合物といい、スルフラン誘導体は硫黄(S)の最外殻に10個の電子がある。

コラム SPring-8に響くトランペット

中村さん

 学生の頃にブラスバンド部でトランペットを吹いていて、昨年その趣味を再開したという中村努さん。今は2時間ずつ週2回の合奏練習に、時間を見つけての個人練習にいそしんでいます。いつでも吹けるように、部屋の片隅にはケースに入ったトランペットが置いてあります。
 忙しい中いつ練習するのかと不思議に思っていると、「SPring-8での測定の待ち時間とかに練習していますね」と中村さん。「蓄積リングの内側は三原栗山という山なんですが、ここを練習場所にしています。といっても、奥は立ち入り禁止なので、禁止と書いてある立て札ぎりぎりのところでやっています」と笑いながら語ってくれました。

文:吉戸智明 協力:サイテック・コミュニケーションズ

用語解説

●活性酸素
 酸素が化学的に活性になった化学種の総称。OH、O2、H2O2などがある。生体分子を酸化させ、本来の機能を失わせることがある。特にDNAが酸化されると、複製エラーが生じやすくなる。

●アミノ酸残基
 残基とは、化学物質の部分構造を示す言葉。タンパク質はたくさんのアミノ酸からなるため、特定の部分を示すときにアミノ酸残基と呼ぶ。


この記事は、産業技術総合研究所セルエンジニアリング研究部門の中村努主任研究員にインタビューをして構成しました。

行事報告

第5回SPring-8産業利用報告会開催

 9月18、19日にJASRI、産業用専用ビームライン建設利用共同体(サンビーム)、(財)ひょうご科学技術協会主催、SPring-8利用推進協議会共催、蛋白質構造解析コンソーシアム協賛の第5回産業利用報告会が東京・お台場の日本科学未来館で開催されました。報告会は平野拓也(財)高輝度光科学研究センター(JASRI)副会長、松井純爾兵庫県放射光ナノテクセンターセンター長、飯島賢二産業用専用ビームライン建設利用共同体運営委員長による主催者挨拶で開会し、ひきつづき来賓の林孝浩文部科学省研究振興局基礎基盤研究課大型放射光施設利用推進室長にもご挨拶をいただきました。18日は午前のJASRIの木下グループリーダーによる講演1件と、午後のサンビーム5件、ひょうご科学技術協会6件の口頭発表が行われました。19日は午前の高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所放射光研究施設(PF)の野村先生による講演に引き続き、計81件のポスター発表と4件の07B期重点産業利用課題の成果発表が行われました。残念ながら今年も両日ともに雨模様でしたが、18日222人、19日237人の方にご参加いただき、第5回SPring-8産業利用報告会は盛会のうちに終わりました。(産業利用推進室)

報告会 熱心に招待講演に聞き入る聴講者

第2回アジアオセアニア放射光科学フォーラム夏の学校 -ケイロンスクール2008-

 アジアオセアニア放射光科学フォーラム(AOFSRR:会長 雨宮慶幸教授 東京大学、副会長 Dr. KengS. Liang NSRRC/台湾)のサマースクール、Cheiron School(ケイロンスクール)がAOFSRR、(独)理化学研究所(理研)、高エネルギー加速器研究機構(KEK)、JASRI、日本放射光学会の共催によりSPring-8で9カ国66人の若手研究者、大学院生が参加し、9月29日~10月8日の10日間にわたって開催されました。参加国は、オーストラリア、中国、インド、韓国、シンガポール、台湾、タイ、日本のAOFSRR加盟国に加え、今回は、ニュージーランドからも3名参加しました。また、今年は、タイ、台湾、韓国、オーストラリアからは、加盟各国5名の枠を超えて多くの参加者が派遣され、このサマースクールの重要性が認識されつつあることを表しています。内容も、アジアオセアニア地域だけでなく、米国から迎えた講師による講義、懇談形式のミート・ザ・エキスパートやビームライン実習も好評でした。姫路・広島への遠足も参加者の交流を深める上で非常に有意義なものになりました。開催に当たり、理研(播磨研企画課)、JASRI研究調整部に多大な御協力を頂きましたことに謝意を表します。(理研/JASRI利用研究促進部門)

第2回アジアオセアニア放射光科学フォーラム夏の学校 第2回アジアオセアニア放射光科学フォーラム夏の学校

SPring-8 Flash

SPring-8を利用した研究の受賞

理研の北川チームリーダー、フンボルト賞を受賞!

 酸素、二酸化炭素などの気体は、エネルギーや環境問題に関わる、人類にとって重要な気体です。これをうまくコントロールするためのカギは、ガスの貯蔵と分離にあります。この研究に正面から取り組むのが、理研放射光科学総合研究センターの北川進チームリーダーです。 北川チームリーダーは、これまで、SPring-8を用いて多くの成果を挙げてきました。例えば、ナノサイズの孔を持つ物質を合成し、その中で酸素分子が一次元に規則正しく並んだ構造の観察に世界で初めて成功しています。また、ある細孔を持つ物質が、二酸化炭素とよく似たアセチレン分子を選択的に吸収・吸着できることを実現し、その機構の解明をしています。これによって、室温でのアセチレンの圧縮限界の200倍の量を超えても安定に貯蔵できることが明らかになり、これまで不可能と考えられていたことを実現しました。これらはSPring-8のBL02B2を用いた成果で、粉末X線回折とMEM手法によって明らかになったものです。
 この研究成果が評価され、北川チームリーダーは、今年、ドイツのアレキサンダー・フォン・フンボルト財団より「フンボルト賞」を受賞する事になりました。同賞は、著名な研究者のこれまでの業績を評価するもので、国際的に権威ある賞です。受賞者は今後、ドイツの研究機関と共同研究する上で資金面など多くの便宜がはかられることになっています。受賞者は2009年3月にバンベルクのドイツ大統領官邸ベルビュー宮殿で大統領が主催するレセプションに招待され、その後6月には受賞者によるシンポジウムが予定されています。

理研の北川チームリーダー、フンボルト賞を受賞!

北川 進
(独)理化学研究所 放射光科学総合研究センター 空間秩序研究チームリーダー
国立大学法人京都大学 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)副拠点長

お知らせ

第4回X線自由電子レーザーシンポジウム
「世界が注目する日本の技術・コンパクトX線レーザー」のご案内

(独)理化学研究所と(財)高輝度光科学研究センターでは大型放射光施設SPring-8に隣接して、国家基幹技術・X線自由電子レーザー(XFEL)施設の建設を進めています。また、先行して利用が開始されているXFELプロトタイプ機でも次々と成果が生まれてきています。そこで、XFEL施設建設の進捗状況や、XFEL完成後に備えて進められている利用推進研究の成果を報告し、今後の多大な成果創出につなげる場として、第4回X線自由電子レーザーシンポジウムを下記の通り開催します。

月 日:2008年12月12日(金) 10:00~17:00
場 所:東京国際交流館 プラザ平成 国際交流会議場
    東京都江東区青梅2-79(お台場)
主 催:文部科学省、(独)理化学研究所、
    (財)高輝度光科学研究センター
参加費:無料
定 員:418名(事前申し込みが必要です)
詳細が決まり次第、X線自由電子レーザー計画合同推進本部のホームページでご案内いたします。
研究機関にとどまらず、企業や一般の皆様からのご参加を心よりお待ちしています!

昨年のシンポジウムの様子
昨年のシンポジウムの様子
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