大型放射光施設 SPring-8

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SPring-8 NEWS 56号(2011.5月号)

研究成果 · トピックス

バクテリアやDNAがレアアースをくっつける!? 分子レベルの視点が応用への扉を開く

21世紀の技術と産業のカギを握るレアアース

 パソコンのハードディスクやCDプレーヤー、携帯電話などに欠かせない強力磁石の材料となるネオジム(Nd)。液晶パネルなどの製造に必要な研磨剤や蛍光体として使われるセリウム(Ce)。21世紀の技術と産業の発展のために、これらの「レアアース(希土類元素)」はとても重要な存在です。
 レアアースとは、周期表の左から3番目の列にあるスカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)と、本来はその下に入るけれど収まりきらずにはみだしてかかれるランタン(La)からルテチウム(Lu)までの15種の元素(これらを総称してランタノイドといいます)を合わせた17種の元素をまとめて指す言葉です(図1)。原子の構造、特に電子の配置やふるまいがユニークで、それが強い磁力を生み出したり光を発したりする原因になっています。

図1.腸炎ビブリオの毒素TDHのアレニウス効果

図1.17種のレアアース(希土類)元素(黄色の部分)

分離・回収の難しさが大きな課題に

 レアアース利用の課題の一つが、分離・回収の難しさです。自然界では鉱石の中に数種類のレアアースの混合物として含まれているため、利用するには目的の元素だけを分離しなければなりません。一般に、分離は、融点や沸点など、化学的性質の違いを利用して行われます。ところが、レアアースは、互いに化学的性質がよく似ているため、分離が難しいのです。
 そこで、現在は、レアアースを含む鉱石を溶かした液を抽出剤が含まれた有機溶媒と混合してレアアースを一度有機相に抽出し、その後新たな水相に逆抽出する溶媒抽出法と呼ばれる方法がとられています。しかし、この方法は複雑なうえに環境に負荷がかかる有機溶媒を用いるため、環境への悪影響が懸念されるなどの問題がありました。
 また、レアアースの生産は2009年現在、97%を中国が占めており、安定した供給のためには使用された製品からの回収も重要です。しかし、回収するためにも分離と同様の技術が必要なため、再生コストの安い中国に製品を送り、回収しているのが現状で、日本国内での分離・回収につながる技術の開発が求められています。

台所の微生物にも吸着能力がある

 広島大学の高橋嘉夫教授は、このほど、「バクテリアがレアアースを吸着する」という、こうした問題の解決につながる画期的な研究成果を発表しました。
 「バクテリアがさまざまな元素を吸着することは以前から知られ、主に環境分野で研究が進められていました。鉛やカドミウムなどの有害物質をバクテリアが吸着してくれるのです」
 高橋先生は、バクテリアにレアアースを吸着するはたらきもあるのではないかと考え、調べてみたところ、周囲の溶液に比べて約10万倍という高濃縮率で吸着することが明らかになりました。また、バクテリアにはさまざまな種類がありますが、特別なバクテリアではなく、例えば台所の流しにすむ身近なバクテリアにも同程度の吸着作用があるとわかりました。
 興味深いのは、レアアースの中でも原子番号が大きく重い元素ほど吸着率が高いことです。吸着率が高ければ分離・回収も容易で、レアアースの価格は重い元素ほど高い傾向にありますから、そうした意味でも利点があると期待されます(図2)。

図2.水溶液からバクテリアへのレアアースの濃縮率とレアアースの価格

図2.水溶液からバクテリアへのレアアースの濃縮率とレアアースの価格

(濃縮率:希薄な水溶液中のレアアースの濃度に対するバクテリア中のレアアースの濃度の比;価格: 2008 Minerals Yearbookより)

吸着のメカニズムを分子レベルで解明

 高橋先生は、バクテリアがレアアースを吸着する現象の発見だけにとどまらず、なぜ吸着するのか、分子レベルで解明しようと考えました。
 SPring-8のビームラインBL01B1と高エネルギー加速器研究機構のビームラインを使用してX線吸収法(EXAFS法)による実験を行いました。EXAFS法とは、物質にあてるX線のエネルギーを変えながら、その物質中の特定の元素(原子の種類)によるX線吸収の度合いをスペクトル(吸収スペクトル)として測定する実験法です。X線の吸収スペクトルは測定対象とする原子の種類によって異なり、また、その周辺にある原子の種類や位置によって変化します。そのため、測定した吸収スペクトルを詳細に分析することで、どこに、どんな原子があるのかを知ることができるのです。レアアース(陽イオンの状態)が吸着するのは、バクテリアの細胞壁に多く存在する陰イオンのカルボキシル基かリン酸基のどちらかではないかと推測されていましたが、この実験を行ったところ、リン酸基であることが特定できました(図3図4)。
 リン酸基は遺伝情報のもとになるDNAにも含まれています。そこで、DNAのレアアースの吸着能力を調べた結果、DNAもバクテリアと同様にレアアースを吸着することが分かりました。DNAは白子などに豊富に含まれ、バクテリアよりも実用化が容易といえます。そこで、高橋先生は現在、有機溶媒の代わりにDNAを固定化したセルロースを用いた溶媒抽出法によるレアアース分離・回収による特許を出願中です。これなら有機溶媒のように環境に悪影響を与えず、より容易にレアアースを分離・回収できると期待されます。

図3.バクテリア(バチルス菌)によるルテチウム(Lu)吸着のX線吸収法(EXAFS法)による解析

図3.バクテリア(バチルス菌)によるルテチウム(Lu)吸着のX線吸収法(EXAFS法)による解析

グラフは、Lu(レアアースの中でも最も重い元素)の近くにどんな元素が多く存在するかを、Lu原子からの距離によって表したもの。バチルス菌のグラフは、CP(リン酸基が付加したセルロース)のグラフとよく似ており、レアアースは、バクテリアのカルボキシル基(COO-)よりもリン酸基(PO42-)により強く吸着することが明らかになった。Å(オングストローム)は10-10m。

図4.バクテリア細胞表面へのレアアース(RE)の濃縮の模式図

図4.バクテリア細胞表面へのレアアース(RE)の濃縮の模式図

地球化学の視点が発想の原点

 高橋先生がこの研究に取り組んだきっかけは、新しい分離・回収法の開発のためではありませんでした。専門は“地球化学”。地球の内部にどんな元素がどのように存在し、約45億年前に地球が生まれてから今までの間にどのように動いてきたかを研究する学問です。そこではレアアースが重要な元素と考えられています。
 「石に含まれるレアアースの割合を測定すると、その石が例えば地下奥深くのマントルからきたかどうか、などがわかります。バクテリアに物質を吸着するはたらきがあると聞き、そうした研究に使えないかと考えて取り組むうちに、新しい分離・回収法としての産業への応用が見えてきたのです」
 高橋先生が取り組む以前には、バクテリアによるレアアース吸着の研究は進んでいませんでした。バクテリアによる吸着の研究は、有害物質を除去する手段として進められてきましたが、レアアースは体にあまり害はないため、研究対象とならなかったのです。地球化学という視点からこそ、レアアースの吸着に光が当てられたといえます。
 吸着のメカニズムを分子レベルで解明したのも、地球化学者ならではのアプローチでした。出発点が環境問題の解決や産業への応用にあったなら、バクテリアによる吸着という現象が明らかになった後、研究のベクトルは実用化に向かっていたでしょう。しかし、地球化学は地球という大きな存在を分子というレベルで解明しようという学問です。そのスタイルが身についていた高橋先生は、実用化よりもメカニズムの解明に興味をもちました。

分子レベルの解明が次の応用への橋渡しに

 分子レベルの解明にまで進んだことこそが今回の成果のポイントだと高橋先生は強調します。
 「メカニズムがわかったから、バクテリア以外の生体関連物質を利用した新しい分離・回収法の可能性が大きく広がりました。ミクロの視点で得られた分子レベルのデータこそが、一つのマクロな現象を次の応用へとつなげる橋渡しとなるのです」
 高橋先生はそうしたアプローチを「分子環境地球化学」と名づけ、自らの研究を発展させていこうと考えています。「もともと私は環境問題に関心をもち、学生時代はフロンガスによるオゾン層の破壊の研究をしていました。そこから地球化学へと興味が移っていったのですが、今回の経験を機に、分子レベルで環境にアプローチし、世の中の役に立ちたいという思いが強くなりました。分子レベルでの研究にはSPring-8などのX線研究施設が欠かせませんから、今後、さらに重要性が増すと考えています」
 高橋先生の研究室では、今回の成果以外にも、家庭のほこりに含まれる有害物質の調査、海底熱水による太古の地球の微生物の研究など、多種多様なテーマに取り組んでいます。分子環境地球化学という視点が、そうした研究をどのように発展させ、環境問題解決への道を拓いてくれるのか注目されます。

コラム:学生こそが私の宝

 高橋先生が広島大学に赴任して間もない頃、研究室に配属されたある優秀な学生と出会いました。どんな目的でどんな研究をしたいのか、ポイントを伝えるだけでどんどん研究を進めていき、高橋先生の予想をはるかに上回る研究へと発展させていきました。この経験を機に、高橋先生は学生の力を信じ、大切に育てるようになったと言います。
 「目的を伝えて任せれば、学生はきっといい研究をしてくれます。中には時間がかかる人もいます。しかし、そこで焦らずに待ってあげなければいけません。そのように学生を信頼しきることが、大学の教員にとって最も大切だと思います。私が現在、いろいろなテーマに取り組めているのも、優秀な学生たちが意欲をもって研究に取り組んでくれているからです。学生こそが私の宝ですね」

 

取材・文:十枝 慶二


この記事は、広島大学大学院理学研究科の高橋嘉夫教授にインタビューをして構成しました。

SPring-8 Flash

JASRI研究員が「科学技術の『美』パネル展」で表彰される

表彰式写真(4月15日、科学技術館)左:冨澤宏光 右:松下智裕
表彰式写真(4月15日、科学技術館)
左:冨澤宏光 右:松下智裕

科学技術団体連合(会長:有馬朗人)が主催する第51回科学技術週間行事(平成22年度)「科学技術の『美』パネル展」に出展したJASRI研究員の作品が最優秀賞および優秀賞を受賞しました。

最優秀賞
制御・情報部門 松下智裕主幹研究員の作品「電子が作る毬」
優秀賞
加速器部門 冨澤宏光副主幹研究員の作品「電子の流れが織りなした樹形図」

 平成22年度の『美』パネル展は、丸の内カフェ(東京)、つくばエキスポセンター、大阪科学技術センター、科学技術館(東京)、長野市少年科学センターを巡回する形で開催されました。来場者による人気投票の結果、「電子が作る毬」が第1位、「電子の流れが織りなした樹形図」が第3位にランクされました。表彰式は、4月15日に科学技術館で行われ、科学技術団体連合の有馬朗人会長より、表彰状と記念品が受賞者に授与されました。(広報室)

電子が作る毬

電子が作る毬
物質にエックス線を当てると、光電効果により物質内の原子から電子が飛び出してくる。原子というごく小さな点から出てきた電子は、物質中を移動した後に外に出てくるが、物質内を移動する際に、物質中の多くの原子から影響を受ける。そのため、特殊な分析装置を使って、出てきた電子の角度分布を測定し、これを球面状のスクリーンに投影すると、原子の配列を反映した毬のような模様が浮かびあがる。青毬はシリコンの結晶、緑毬はリン化インジウムの結晶、紫毬は炭化ケイ素の結晶、黄毬は銅の結晶である。中央のオレンジ毬は、松下が独自に開発したシミュレーション理論によって計算されたシリコン結晶の模様である。

撮影場所 SPring-8(スプリング8)

機関名 財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)
所 属 制御・情報部門
氏 名 松下 智裕
撮影年:2009年

電子の流れが織りなした樹形図

電子の流れが織りなした樹形図
 電子ビームを作り出す透過型カソードでは、高い電界に耐え切れず、電子が一種の雪崩現象を引き起こし、カソード面に沿って放電(雷と同じ)が発生することがあります。この放電が起きると、杉の枝のような放電痕が残ります。上部の写真群は、実際にカソード沿面上で起こった放電により表面上に残った放電痕を示しています。この樹形図は「リヒテンベルク図形」と呼ばれています。この画像を二値化(二色のみで表す)して調べてみると(下部写真群)、部分と全体が自己相似になっていること、すなわち「フラクタル図形(各階層でのフラクタル次元はいずれも1.6〜1.7次元と判明)」であることがわかりました。
 なお、この透過型フォトカソードの開発は、(株)浜松ホトニクス(佐々部順氏、鈴木重司氏)と東京大学(上坂充教授)との共同研究により、世界に先駆けて行われたものです。

撮影場所 SPring-8(スプリング8)

機関名 財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)
所 属 加速器部門(現在の所属はXFEL研究推進室)
氏 名 冨澤 宏光
撮影年:2009年

SPring-8を使った研究の受賞情報!

第7回(平成22年度)日本学術振興会賞

 独立行政法人日本学術振興会(理事長:小野元之)は、優れた研究を進めている若手研究者を見いだし、早い段階から顕彰してその研究意欲を高め、独創的、先駆的な研究を支援することにより、日本の学術研究の水準を世界のトップレベルにおいて発展させることを目的に、創造性に富み優れた研究能力を有する若手研究者に対して日本学術振興会賞を授与しています。平成22年度はSPring-8関係者2名が受賞しました。

受賞者:渡部 平司 大阪大学大学院工学研究科 教授
研究業績:「半導体表面・界面科学を基軸とした次世代エレクトロニクスの創成」

受賞者:北岡 卓也 九州大学大学院農学研究院 准教授
研究業績:「多糖分子と繊維素材の機能的アーキテクトニクス材料研究」

(広報室)

行事報告

第2回SPring-8市民公開講座「姫路発∼はるか宇宙と電子や原子の旅∼」

講演会写真1

 (独)理化学研究所(理研)と(財)高輝度光科学研究センターは、姫路市との共催で3月26日、姫路市文化センターにおいて、第2回SPring-8市民公開講座「姫路発〜はるか宇宙と電子や原子の旅〜」を開催し、兵庫県を中心に全国から約400名の方にご参加いただきました。
 まず、理研X線自由電子レーザー計画合同推進本部(当時)の北村英男光源研究開発グループディレクターより「X線解体新書II〜SPring-8とXFEL〜」と題して、X線やX線を利用した分析の歴史、SPring-8の建設、そしてSPring-8に隣接して建設され利用に向けた調整が進められているX線自由電子レーザー施設(SACLA(さくら))の発生原理について、分かりやすく紹介されました。SACLAにより実現する新しい科学への期待も熱く語られました。次に、独立行政法人宇宙航空研究開発機構の川口淳一郎はやぶさプロジェクトマネージャーより「“はやぶさ”人類初の往復の惑星飛行、その経緯」と題して、プロジェクトの誕生、はやぶさがイトカワに着陸して微粒子を採取し、それを地球に持ち帰るまで、そしてSPring-8をはじめとする多くの研究機関における微粒子の初期分析の様子など、さまざまな逸話をお話しいただきました。はやぶさが通信の途絶で行方不明になり、また燃料漏れ、エンジンの故障などといった数々の困難に直面しても、プロジェクトのメンバーは一致団結してあきらめずに粘り強く続け、いかにして逆境を跳ね返したかという話に、参加者の方々も熱心に聞き入っている様子でした。
講演会写真1  講演終了後の質疑応答では、予定時間を大幅に超え、参加者から「学生の理工系離れについてどう思うか」や「はやぶさの2つのイオンエンジンを使おうと思いついたのはどういう経緯か」など非常に多くの質問をいただきました。
 今後もSPring-8では、継続的に科学講演会を開催してまいります。 (広報室)

お知らせ

SPring-8における東日本大震災への対応について

 2011年3月11日に起きた東日本大震災で被災された皆さまに心からお見舞いを申し上げます。今回の大地震は、東日本の広範な地域に甚大な被害や影響をもたらしました。これに加えて、この地域に立地する、我が国のみならず国際的に最先端の研究開発を支える重要な研究施設の幾つかにも甚大な被害が及び、その利活用に対する長期的な影響が懸念される事態となっています。こうした事態は、科学技術の発展の遅延と産業の国際競争力の低下を招来しかねず、科学技術立国としての我が国にとって危機的な状況と言わざるを得ません。
 このような国難に際して、世界最高性能の大型放射光施設としてのSPring-8は通常の運転計画を変更し、被災した東日本の研究施設の利用者にSPring-8の利用機会を「震災優先枠」として提供するなどの緊急的支援を行います。このような支援を含め、SPring-8は開かれた研究施設としての役割を果たすことにより、震災復興や我が国の着実な発展に向けた原動力の一つである科学技術の発展に一層の貢献をしてまいります。

最終変更日 2019-11-21 17:16