大型放射光施設 SPring-8

コンテンツへジャンプする
» ENGLISH
パーソナルツール
 

ライフサイエンス

生命の謎を分子レベルで解明する

life science

タンパク質構造解析における圧倒的な実力

ライフサイエンス(生命科学)研究は、生命現象のメカニズムを解明する基礎科学として重要であるとともに、その知識を応用することで医療の発展、食料 · 環境問題の解決につながり、生活の向上や経済の発展に大きく寄与する。

生体は、タンパク質やDNAなどの多種多様な分子が混在しながらも、階層性のある構造と、乱雑ではなく秩序あるふるまいをする、いわゆる複雑系であることに特徴がある。従って、生命を研究するとき、原子 · 分子から細胞内小器官や細胞、器官にいたるスケールの異なる階層にも着目し、それぞれのスケールに応じた測定手法を用意する必要がある。また生命が「生きている」その動的なふるまいを調べることも重要である。このように、個体レベルから分子レベルにいたるスケールはサブナノメートルからメートルオーダーの幅広い空間的視野を必要とする(図1)。SPring-8の放射光X線は、その電子との相互作用によって、生命を広い視野で高い精度の画像として描き出すのに特に有効である。

まず、分子のレベルに着目すると、生命の活動を担うタンパク質がある。タンパク質はその立体構造が個々のタンパク質特有の機能を発現する。この構造と機能を解明するのが構造生物学であり、この構造を精密に決定するもっとも有力な手法がX線結晶構造解析法である。タンパク質を結晶化し、X線を照射して回折像を得る(図2)。このデータをもとにして分子構造を解析する。

タンパク質は数千万種類あるともいわれているが、構成する基本構造は約1万種類程度しかないと考えられている。ヒトゲノム解読完了後、ポストゲノム時代の到来とともに2002年度に開始された国家プロジェクト「タンパク3000プロジェクト」は、戦略的に資源を投入してタンパク質の立体構造及びその機能を解析する研究基盤を整え、基本構造の3分の1にあたる約3000種の構造を解析することを目指した。これによって、世界に先駆けて成果を得て、その応用を視野に入れ、適切な権利化 · 技術移転を推進するのである。タンパク質は多くの疾患に関わっており、その構造及び機能を解析すれば、新薬開発も加速する。長期的視野に立って、研究成果を国民の健康増進、長寿に反映させることが本プロジェクトの目標だった。本プロジェクトは、2006年度に終了したが、SPring-8は、その中心的な役割を果たした。国際的なタンパク質データバンク(PDB)に登録されたタンパク質構造データの80%以上はX線結晶構造解析法によるものであり、PDB登録データのうち、アジア地域においてはSPring-8で計測されたデータに基づくものが65%を占める。この数字は、タンパク質の構造解析におけるSPring-8の存在感を強く印象づける。

タンパク質の立体構造解析には、結晶化が不可欠だが、依然として結晶化そのものが難しく、構造決定に十分なサイズの結晶を得ることはさらに難度が高い。特に膜タンパク質やタンパク質複合体などの生命現象の理解や新薬開発に重要なタンパク質の多くは、この高難度タンパク質である。SPring-8の高輝度放射光X線を用いれば、小さな結晶からでも精密な構造情報を取得でき、高難度タンパク質であるロドプシン、カルシウムポンプ、ギャップ結合チャネル、細菌べん毛タンパク質(フラジェリン)などの構造解明に貢献した。現在、タンパク3000プロジェクトに引き続き、重要なタンパク質に的を絞って構造研究を行う「ターゲットタンパク研究プログラム」が実施されており、さらに小さな結晶サイズに対応して、マイクロビームと呼ばれる直径1マイクロメートル(10-6 m)ほどの細いX線ビームが使用できるビームラインの建設を進めている(2010年5月利用開始予定)。これによって、さらに高難度タンパク質の構造解析が促進されると期待されている。

図1.生物とスケール

図1.生物とスケール

図2.タンパク質結晶(上)・回折像(下)

図2.タンパク質結晶(上) · 回折像(下)

分子1個から器官 · 臓器までを可視化する

一方、生命の「動き」に迫るためにはどうすればよいだろうか。タンパク質の結晶構造は静的なものだが、タンパク質の動きをいくつかの局面で止めることによって、機能の断面を描き出し、数多くの局面の構造をつなぎ合わせることでタンパク質分子の機能を明らかにできる。これによって、カルシウムポンプの動的な様相まで明らかになった。また、結晶解析だけで明らかにならない側面を他の手法との組み合わせで明らかにすることも可能である。電子線回折法との組み合わせはその代表的な方法であり、ギャップ結合チャネルやバクテリアのべん毛の解析で威力を発揮した。

タンパク質の働きを観察するためには、そのふるまいを直接溶液中で観察することも重要である。X線溶液散乱法は、分子の解離会合や巨視的な構造変化をとらえるのに適した手法である。この利点を生かし、複雑なシステムからひとまとまりの分子団を切り取って溶液中に実現することで、複数のタンパク質から構成されるバクテリアの時計システムを観察するのに成功した。

こうした手法は、複数の分子をまとめて取り扱うことでX線と電子の相互作用を増幅し、検出しやすい状態をつくる。この結果、高分解能の絵は描けるものの、個々の分子の様相を描くことは困難である。これを乗り越えるために、ラベルを分子につけ、1つの分子のふるまいを直接観察する方法も開発されている。タンパク質につけられた金の小さな結晶が出すX線回折のシグナルを追跡してその運動を見るという手法によって、カリウムチャネルの運動をリアルタイムに描き出した。

一方、SPring-8の強力なX線は、生体内で、分子のふるまいを明らかにすることにも成功している。心臓の心筋収縮の実体であるミオシンというタンパク分子の働きを生体内で観察することはこれまで困難だった。しかしSPring-8において、生きたマウスの心臓にX線ビームを透過させ、ミオシンなどの筋収縮に関わるタンパク質からX線回折を記録することに成功した。この成果は心機能障害の診断に使用できる可能性もある。

さらに、細胞を飛び越え、器官 · 臓器レベルの観察には透過X線撮影法が欠かせない。屈折コントラスト法によるX線撮影、放射光X線CT法やX線マイクロビームを使ったマイクロCT法によるイメージングでは、病院などの通常のX線イメージングよりも解像度の高いデータが得られる。またX線が試料を通過したときの波面のゆがみ(位相差)を測定する位相差X線CT法では、ラットの脳の構造を鮮明にとらえることができる。生きた小動物の心臓や肺などの一定のリズムで大きく運動する臓器のX線撮影も、撮影タイミングを心拍や呼吸と同期させることにより可能である。ウサギ新生児をモデルとして、屈折コントラスト法というイメージング手法を用いて肺の中に空気が入っていく様子を観察した。このような高分解能の肺の観察が行えるのは世界でもSPring-8だけである。



最終変更日