大型放射光施設 SPring-8

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放射光蛍光X線分析の新しい展開

イラスト1

宇宙・惑星科学にかかわる事象から、細胞レベルのミクロな次元まで
いままで見ることが困難であった自然の姿を目の前に描き出してくれる
Spring-8の新しい光
どんな対象に向けるか工夫を凝らし、蛍光X線で観測して進める
研究や分析法の開発が、自然や人間活動への新しい視野を拓く!!!

イラスト2

 蛍光X線による元素分析法は、分析対象試料を削ったり溶かしたりすることなく非破壊で、しかも多くの種類の含有元素を一度に分析でき、また測定に真空を必要としないため、従来から非常に便利に用いられてきた分析法です。

 複雑な組織の生体試料や、石の分析、非破壊でなければならない考古学発掘品などが、この蛍光X線分析法で調べる対象となります。
 特に博物館や美術館の貴重な文物の分析などに有効です。陶磁器の場合、原料である粘土や珪石が産地によって希土類などの重元素の含有比率が異なる事を利用して、産地や窯、さらに生産された時代などの情報を得ることができます。

 試料中に極微量含まれている重元素を高感度・高精度で分析することは、これまでの蛍光X線分析法ではできませんでした。それは、励起に利用できる今までの放射光X線のエネルギーには限界(~20keV程度まで)があったため、原子番号45のロジウム(Rh)までの軽い元素の特性K線は励起することができましたが、それ以上重い元素のK線を励起するにはエネルギーが足りなかったのです。
 従って、重元素の分析には低いエネルギーで励起されるL線を使うしかありませんでした。しかしL線は、軽元素が発する強いK線に重なる領域にあるためそれに埋もれてしまい、含有量が微量な重元素をL線で感度よく分析することは、大変困難でした。

 図1は、ある九谷焼の陶磁器片にエネルギー20keVのX線を照射して得られた蛍光X線スペクトルです。その陶片に含まれるCa,Ti,Fe,Ni,Rb……のK線スペクトルに重ねて、微量に存在しているはずの重元素(Sn,Sb,La,Nd,Bi…)のL線の位置を点線で示してあります。

 SPring-8では、100KeVを越える高いエネルギー(実際には300keVのX線まで実験に使用されている)のX線が利用できます。しかも、そのX線は従来の実験室的X線源の1億倍ほど高輝度であり、また非常に高い指向性・平行性をもつので、蛍光X線分析法の精度と適用範囲を飛躍的に向上させることになりました。

 ウィグラー光源装置を備え、SPring-8でも最も高いエネルギーまでの連続X線を出すことができるビームライン(BL08)からのエネルギー116keV1)のX線を励起源に用いて測定した、九谷焼陶片の蛍光X線スペクトルを見てみましょう(図2)。

 図2では、通常の20keVのX線による蛍光X線分析では測定できなかった20keV以上の重元素のK-X線が高感度で計測されています。また、分析が難しい希土類元素(La,Ce,Nd,Sm,Gd,Dy,Ybなど)が明瞭に分離しています。

 同様の条件を用いて分析した、有田焼、姫谷焼、および九谷焼の磁器片の高エネルギー蛍光X線スペクトルについて、それぞれに含まれる重元素バリウム(Ba)およびネオジム(Nd)のセリウム(Ce)に対する比の値を、縦軸と横軸にそれぞれプロットすると、これら古陶磁の各点が、製造された窯地に対応してそれぞれ特異的な範囲に分布することを描き出しました(図3)。

図1
図2
図3

 微量元素、中でも特に地球上における存在量が少なくその元素分布に特徴がある重元素や物質を構成する主成分に対し、試料の個性を表す不純物として存在する微量元素が、いまや、SPring-8で感度よく分析できるようになりました。こうして得られるいろいろな物質についての微量元素情報は、原料がどこで産し、どんな製造方法や工程で造られ、どのように存在して来たかについての重要な情報を与えることから

 考古学、地球科学、さらに科学捜査への貢献健康や病気のバロメーターとしての微量元素の役割の解明ますます高度化する工業プロセスについての分析と情報の解読そして、自然環境の変化についての観測評価、

 など、これら放射光による研究の応用に大きな期待がもたれます。多方面の領域の研究者たちによる地道で膨大な基礎的研究データの蓄積が、自然や人類社会の活動の理解に、我々を導くことになります。

 物質に蓄積された起源と履歴に関する情報をひもとくこの新しい視点を、東京理科大教授の中井泉さん3)は“物質史”と提案しています。


1)
116keVという励起X線エネルギーは、ウラン(U、原子番号92)までの天然で安定に存在しているすべての重元素のK線による分析を可能にするものです。逆に、ウランまでの自然界に安定に存在するすべての元素のL線はみな20keV以下であるので、K線が観測可能になると、軽元素との重なりをまったく心配することなく、微量なすべての重元素を感度よく分析できます。

2)
元素の酸化状態が異なると吸収端のエネルギーが変化します(ケミカルシフトと呼ばれる)。電子の励起に必要なエネルギーが元素の酸化状態で変化することに対応するのです。従って、試料に照射するX線のエネルギーを選択することにより、特定の状態の元素のみを選択的に励起することが可能です。

3)
犯罪に関係したヒ素試料の鑑定に中井さんが、SPring-8の高エネルギーX線を世界に先駆けて適用し、微量重元素蛍光X線分析の威力を現実にしめして、新しい領域を開くこととなりました。

※〈サイアス〉1999 April P10ページ ※中井泉〈化学と教育〉2001 No8 P511

 文化財などの微量元素の組成分析に関して有力な方法として用いられる荷電粒子励起X線分析法(PIXEとよばれる)や従来の蛍光X線分析法とくらべて、上記以外にもSPring-8が発揮する蛍光X線分析への優れた性能として次の点が挙げられます。

●きわめて高輝度の連続X線であり、モノクロメーターでエネルギー巾を非常にせまく選んだ単色光を励起に用いることにより、S/N比の良い蛍光X線スペクトルが得られ高感度多元素同時分析が可能です。

●X線のエネルギーを任意に選び使うことができるので、狙った元素を選択的に励起させ、その元素の蛍光X線を発生させることが可能です。妨害となる元素の蛍光X線の発生を抑えたり、特定の化学状態の元素のみを選択的に励起することもできます。2)また、照射X線のエネルギーを変えながら蛍光X線の発生のエネルギー依存性を調べる方法は、蛍光XAFSと呼ばれ、化学状態分析法として威力を発揮しています。

●さらに、平行光で発散が小さくマイクロビームにするのが容易であり、試料の任意の場所の1㎛以下の極微小領域の元素の組成や状態を二次元的に分析することが可能となります。

イネ健全葉(上段)及び病罹葉(下段)の蛍光X線像

(1.875㎛/pixel,130×130pixels,0.1s/pixel)

図4

姫路工大のグループが開発に成功した高エネルギーX線顕微鏡でみたイネの葉の蛍光X線二次元分析イメージ画像。
1㎛(1000分の1ミリ)以下まで絞ったマイクロビームを走査しながら測定。各画像は、約1.9㎛角大の画素が130X130画素集まった画像として検出しました。健康な葉では、カルシウムとマンガンは葉脈の周辺の細胞に均一に分布しています。いもち病に罹った葉ではマンガンと鉄は局所的に集まっていること、カルシウムにもその傾向が見られます。病原菌に侵された葉では菌の増殖を抑えるための物質を出し、それに何らかの元素が関わっているとされてきました。それがこの観察により確認されました。