大型放射光施設 SPring-8

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謎の古生物パレオスポンディルスの正体を解明 ―表面から見えない化石をSPring-8で観察する―

謎の古生物パレオスポンディルスの正体を解明 ―表面から見えない化石をSPring-8で観察する―

矛盾した特徴を併せ持つ分類不能な生物

 地層から見つかる化石は、遠い昔に生きていた生物を知る手がかりを与えてくれます。しかし、何億年も前に生きていた生物たちの全容を知るのは簡単ではありません。生物が化石になって発見されるまでには、いくつもの奇跡的な偶然が重なる必要があり、化石として残る生物は全体のほんの一部だからです。さらに、完全な姿が残ることも稀です。古生物学者たちは、保存状態のあまりよくない骨や痕跡の一部から、未知の生物の全体像を推測するしかありません。そのため、新たな手掛かりや解析方法が見つかると、これまでの定説が大きく覆されることも起こります。
 東京大学大学院理学系研究科で生物の進化を研究している平沢達矢さんは、長年の議論の的だった「パレオスポンディルス」という生物の謎を、SPring-8の放射光を使用して解明しました。
 「パレオスポンディルスは1890年にイギリスのスコットランドの地層から化石として発見された5センチメートルほどの生物です(図1)。発見された場所はかつて湖だったところで、約4億年前のデボン紀と呼ばれる時代の地層に相当します。デボン紀は、魚の時代と呼ばれる時代で、さまざまな形態の魚が存在していたと考えられています。パレオスポンディルスも湖の中で暮らしていたと考えられますが、奇妙な特徴を持っていたため、進化の系統樹のどこに位置するのかがわからない謎の生物とされていたのです」

図1

図1 パレオスポンディルスの化石

 これまでの化石の分析によって、パレオスポンディルスには、歯や頭の表面を覆う骨がなく、胸ビレや腹ビレもないことがわかっていました。この特徴は「円口類」に似ています。円口類というのは、現代ではヤツメウナギとヌタウナギだけが属する、原始的な脊椎動物です(図2)。
 しかし、パレオスポンディルスは、円口類よりも進化的に新しいグループの特徴である、よく発達した背骨も持っていました。原始的な特徴と進化的に新しい特徴を併せ持つ、矛盾した形態の生物だったのです。

図2

図2 脊椎動物の進化系統樹

 2016年にパレオスポンディルスの研究に着手した平沢さんは、当初、ヌタウナギの胚(受精卵から少し成長した状態)と形態が似ていることから、パレオスポンディルスを円口類だと考えていました。しかし、2017年に他の研究グループによって、パレオスポンディルスが円口類ではない可能性を指摘した論文が発表されました。放射光を使ったX線CTで化石を観察したもので、これまでの研究よりも詳細な解析が行われていましたが、平沢さんには納得できない点がありました。
 「円口類と他の脊椎動物では、耳の中にある『半規管』の形態が違います。『三半規管』という言葉を聞いたことがあるかもしれませんが、私たちを含め、顎を進化させた脊椎動物には半規管が3つあります。しかし、円口類の半規管は1つか2つです。2017年の研究データには半規管の形も写っていたのですが、1つしかないように見えました。1つしかないなら、円口類のはずです。ただ、解像度があまりよくなくてはっきりしたことはわかりませんでした。そこでSPring-8を使用し、はっきりとした画像を撮ってパレオスポンディルスが円口類であることを証明しようと考えたのです」

表面から見えない埋まった化石を解析する

 平沢さんが最初に行ったのは、状態のよい標本探しでした。パレオスポンディルスの化石は大量に見つかっていて、世界中の博物館などに保管されていますが、収蔵されている標本のほとんどは、全身が表面に露出した化石です。表面に出ていると観察はしやすいのですが、化石を覆う岩がはがれるときに化石はダメージを受けているはずで、半規管のような小さな形態を細かく解析することは難しくなります。
 平沢さんは、岩の中に埋まっている化石なら、完全な状態を保持しているかもしれないと考えました。普通は埋まっていると観察できませんが、SPring-8の放射光から生み出される高エネルギーのX線を使用すれば内部の様子も解析できます。
 平沢さんは頭部が埋まっている化石を見つけるために、オランダの化石採集者を訪ねました。そして2000個以上ある化石の中から、パレオスポンディルスの尾だけが見えている標本を2つ発見し、それを日本に持って帰りました。
 「持ち帰った標本に頭部が埋まっているかどうかは、その時点ではわかりませんでした。尾だけの化石を持ち帰る可能性もあったのです。ある意味、賭けでした」
 帰国した平沢さんはまず、国立科学博物館(東京)の従来型CTで化石の内部を調べ、頭部が埋まっていることを確認しました。次に、SPring-8の放射光で精度よく解析するために、化石の周りの岩を削る作業を行いました。
「周りのよけいな岩が少ないほど、化石の解像度は上がります。しかし、大切な標本まで削ってしまうと大変です。標本を壊してしまわないように、ひたすら紙やすりで削っていきました。SPring-8ではビームラインBL20B2を使って、放射光X線マイクロCTという手法で3回測定しました。まず大きめに削った状態で分解能6.63 μmでスキャンをし、その後さらにもう1回削って2.74 μmに分解能を上げて解析。最後にもう1回削って1.46 μmで観察しました。3回目のときは本当にぎりぎりまで削って寸止めしました。おかげで、世界中の研究者から驚かれるほど綺麗なスキャンができました(図3)」

生物が手足を獲得した過程を知る手がかりに

 最初の撮影ですぐに、平沢さんの予想は外れていたことがわかりました。パレオスポンディルスは三半規管を持ち、円口類ではなかったのです。しかし、それ以上の収穫がありました。SPring-8で得た詳細な断層像では、これまで見ることができなかった関節、さらには骨どうしの境界や、細胞が入っていた穴のような小さな組織の特徴までも観察することができたのです(図3)。これらの情報をもとに頭骨の関節の形を明らかにし、3次元モデルで再現した画像が図4です。
 「三半規管を見つけたときはがっかりしましたが、当初の予想よりずっと興味深い事実が次々とわかりました。関節や骨の境界や、細かい組織の構造まで見えたことで、パレオスポンディルスは硬骨魚類と共通する骨を持っていたことが判明したのです。しかも硬骨魚類の中でも、手足を持つ四肢動物により近い『四肢動物型類』と呼ばれる生物だったのです」

図3

図3 シンクトロン放射光X線マイクロCTで撮影された骨格組織


図4

図4 パレオスポンディルスの頭骨の3次元モデル
(左側が鼻先で右側が後頭部。また右側のオレンジの管が確認された三半規管)

 平沢さんはこれまでわかっている化石動物のデータをもとに、パレオスポンディルスの系統解析を行いました。その結果、パレオスポンディルスはヒレから手足に移行する段階の動物と近縁であり、肘関節や指の骨格をヒレの中に持っていた動物と、それらを持たない動物の間の位置に当たると推定されました(図5)。
 歯もヒレもないことから原始的な脊椎動物だと思われていたパレオスポンディルスは、手足を獲得する直前まで進化した生物だったのです。そもそも、三半規管を持つ生物であれば、歯やヒレはすでに進化していたはずです。なぜ、パレオスポンディルスには歯やヒレがないのでしょうか。
 「カエルとオタマジャクシのように、大人と子どもで形が違う生物がいますが、パレオスポンディルスは幼生(子ども)の化石だったと考えられます。進化的に進んだ特徴と、円口類的な原始的な特徴を併せ持っていたのは、歯やヒレがまだ出てきていない幼生期の姿だったからと考えればつじつまが合います」
 大人のパレオスポンディルスと子どものパレオスポンディルスが同時に化石として見つかっていれば、このような混乱は起きなかったでしょう。しかし、大人と子どもが一緒に生活しているとは限りません。また、幼生の大きさだからこそ、たまたま化石で残りやすかった可能性もあります。4億年前の地球が残したメッセージの断片の謎が、平沢さんの工夫とSPring-8の放射光によってつながったのです。

図5

図5 パレオスポンディルスの系統的位置

 「私たちヒトのような、一度に体を作り上げるタイプの成長のしかたをする動物と異なり、幼生期をもつ動物は、体幹部、内臓、ヒレなど、器官ごとにできるタイミングがずれています。一度に体を作り上げるタイプの成長では、ひとつの器官のかたちに変化が起こると、それができてくる過程で周りの別の器官にまで影響を与えることがあります。一方で、幼生期をもつ動物では、ひとつの器官ができてくるときには、周りの器官はすでに完成しているか、まだ現れていない状態なので、器官のかたちの変化は周りの器官に影響しません。このような場合、突然変異で器官のかたちが大きく変わっても、周りの器官が異常なかたちになったりしないことから、かたちが大きく変わるような進化が生まれやすいと考えられます。動物が、いつ、どのようにして手足を獲得したのかは、発生学的にも進化学的にも大変興味深い問題です。今回の発見で、手足の獲得にはヒレのない幼生の形を経ることが重要であるという可能性が出てきました」
 SPring-8で4億年前の過去を覗く旅はまだまだ続きます。今後はさらに、調べたい部分を絞って細かく解析を進めていく予定だと話す平沢さん。そこから何が見えてくるのか、研究成果が楽しみです。


コラム

 平沢さんが古生物学者を目指したのは小学生のときでした。4歳の頃に連れて行ってもらった恐竜展で恐竜に興味を持ち、小学校のときに映画『ジュラシック・パーク』で古生物学者という職業を知ったのだそうです。
 「小学6年生のときには、自分の研究室のプレートを手書きで作成しました。今も研究室に飾っています」
 古い鉄製のアンティークの家具や瓶に入った標本が置いてある研究室は、どことなく映画『インディ・ジョーンズ』の世界観を連想させます。平沢さんが身に着けている服もビンテージのジーンズをはじめ、こだわりのアイテムばかり。ときどき、インスタグラムで日々のコーディネートも発信しています。
 「服は簡単に気分を変えられますし、研究をしながらでも楽しめるのでちょうどよい趣味だと思っています。こだわるというよりは、自分が心地よく過ごすために、好きなものを集めて楽しんでいます」
 子どものときの夢をかなえた平沢さんは、今度は『学研の図鑑LIVE 恐竜 新版』(学研プラス)の監修も行い、子どもたちに夢を与える側になっています。

今も研究室にある手作りのプレート   平沢さんのインスタグラムより

今も研究室にある手作りのプレート

 

平沢さんのインスタグラムより

文:チーム・パスカル 寒竹 泉美


この記事は、東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 准教授 平沢 達矢さんにインタビューして構成しました。