大型放射光施設 SPring-8

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二酸化炭素が磁石のスイッチになる世界初の物質を開発 ― SPring-8で解明されたON-OFFのメカニズム ―

二酸化炭素が磁石のスイッチになる世界初の物質を開発 ― SPring-8で解明されたON-OFFのメカニズム ―

分子を組み立てて、新しい磁石を作る

 物質の性質は、その物質を構成する原子の種類によって決まります。しかし中には、原子の種類は同じなのに結合の状態が異なるせいで、性質が大きく変わってしまう物質も存在します。ダイヤモンドとグラファイト(黒鉛)は、この例としてよく知られています。どちらも炭素原子が結合してできている物質ですが、無色透明の硬い鉱物であるダイヤモンドと、鉛筆の芯にも使われる黒くて柔らかいグラファイトでは、全く性質が違います。

 東北大学金属材料研究所の宮坂 ( ひとし ) さんは、このように、原子の結合状態や結晶の形の変化によって物質の性質が変わることを利用して、この世になかった新たな物質を生み出す研究をしています。
 「私が研究対象としているのは金属錯体と呼ばれる物質です。金属錯体は、金属イオンと有機物などが結合した物質で、さまざまな構造を取ることができる、いわば『柔らかい』分子です。各原子の性質や、配置を考えながら分子を組み上げていくことができるので、プラモデルを作るような面白さがあります」
 特に宮坂さんはMOF(Metal-Organic Framework: 金属‐有機構造体)と呼ばれる結晶性の多孔質材料に注目しています。MOFは内部にナノサイズの空間を持ったジャングルジムのような構造をしており、その空間に別の物質を「ゲスト」として取り込むことができます(図1)。

図1

図1 MOFの模式図。図は、柱状層構造であり、金属イオンと有機物で作られた水色の二次元層を茶色の有機物が結合した構造。赤い玉は「ゲスト」分子。

 MOFは空間にさまざまな「ゲスト」を取り込むことができ、吸着剤として利用できます。また、空間の大きさや格子の性質によって取り込まれる分子が決まるため、目的の分子だけを選択的に取り込むMOFを設計することもできます。
 さらに、特定の分子を吸着させることで、MOFの性質を変えることもできます。宮坂さんは、MOFの柔軟な構造や性質を利用して、これまでにない新しい磁石を作ることを思いつきました。磁石は私たちの生活に欠かせない材料です。家電製品やスマートフォン、自動車、医療機器などは磁石なしでは機能することができません。これらの私たちが知る「一般的な磁石」は、磁石としての性質が変わらないことが前提です。それに対して、宮坂さんが目指したのは、磁石のON-OFFを「ゲスト」によって人工的に切り替えられる物質でした。すなわち、「変わる磁石」です。これまでにない「変わる磁石」が誕生すれば、新たな技術の可能性が広がり、私たちの生活はますます便利になるかもしれません。

 磁石の力は、電子の回転運動によって発生します。電子は自転のようなイメージで、上向きか下向きか2つの状態のどちらかの方向性を持った運動をしています。このような運動のことを「スピン」といいます。
 上向きスピンと下向きスピンはお互いに磁力を打ち消し合い、どちらかの向きが多くて打ち消す相手がいない場合に、磁性が発生します。また、層状の化合物の場合、層内で電子スピンが揃っても、層と層の間でスピンの向きが逆向きになっていると、磁力が打ち消されて磁石にはなりません。さらにスピンの向きは温度によっても変わります。電子スピンが三次元的に揃って磁石になる温度を「相転移温度(キュリー温度)」といいます。それよりも高い温度では、スピンの向きがバラバラになり、磁石になりません。
 「このように磁石の性質は周りとの相互作用や温度によって変化します。図1の柱状層構造のMOFの場合、層間の磁気的な相互作用がカギになります。層間に入るゲスト分子を吸着したり脱離したりすることで、層と層の間の磁気的相互作用を変えることができます。ゲスト分子の出し入れによって磁石の性質が変化するMOFを作れば、ON-OFFの制御ができるMOF磁石が誕生します」
 まず、宮坂さんは層状のMOFを想定し、層の間に分子を取り込むことで磁気の状態(磁気相)が変わるパターンを4つ考えました(図2 a-d)。

図2

図2 層状MOFの磁気相が変化する4つのパターンの模式図。 層の上下の矢印の向きが揃っていると磁石の性質を持つ。

Jdipole:層間の相互作用。層間のスピンを反平行(反強磁性的相互作用)、もしくは平行(強磁性的相互作用)にする。前者の場合は、AF(反強磁性体)になり、後者の場合、「磁石」(強磁性体)になる。
AF(反強磁性体):近隣の原子の持つスピン(この場合、層間のスピン)が打ち消しあうように配列するため、全体としては磁石にならない性質。
P(常磁性):個々の原子のスピンがいろいろな方向を持ち、揃っていないので、全体としては磁石にならない性質。

(a)層の間に分子が入ることで層間距離が広がって層同士の相互作用が変わり、磁石になる
(b)間に入った分子の影響で層内の電子の移動が起きて、磁力が失われる
(c)MOFの間に入れた分子のスピンの影響で全体の磁力が打ち消される
(d)ゲスト分子とMOF分子の間で電子移動が起きて、磁石ではなくなる

 このような変化を起こすMOFを作るために、宮坂さんは原子の性質や結合によって生じる電子や磁気の状態を考えながら分子を設計し、実験室でいくつもの層状のMOF物質を作りました。そして、2022年までに(b)~(d)の開発に成功し、2023年には(a)の開発にも成功したのです。
 最後に実現できた(a)について、宮坂さんは次のように意義を語ります。
 「(a)は、これまで作ってきたMOF磁石の中で、最も単純な機構です。また、層間に入れる分子も特殊なものではなく、二酸化炭素という身近な材料を利用できるため、応用範囲が広がります。さらに(a)は電子の移動を伴わずに磁気相を変化させることができることもポイントです。電子が移動することで磁気相が変化する(b)や(d)の機構は、緻密な分子設計が必要で、特殊な物質にしか応用ができません。しかし、層間距離が広がることで磁気層が変わる(a)の仕組みは、中に取り込む分子の大きさに応じてMOFの構造を設計するだけでよいので、応用できる可能性は高いと考えられます」

世界でここだけにしかない手製の実験装置

 気体分子の出入りによってMOFの磁気的性質が変わる物質を作るためには、温度を変化させながら気体を加えたり取り除いたりできる環境で、磁性やその他の分光測定ができる装置が必要です。このような一連の実験ができるのは「世界でもうちの研究室だけではないか」と宮坂さんは話します。
 研究室を見せてもらうと、あちこちに気体を運ぶための管が張りめぐらされていました。気体の圧力や温度などを精密に制御して、試料の磁気などの物理特性を、気体の存在下で測定することができるようになっています(図3、図4)。これらの実験装置は宮坂さんのグループが自ら作りあげたため、他には存在しないのです。

図3

図3 気体を通しながら磁気測定ができる装置

図4

図4 さまざまな気体を用いて実験できる

 宮坂さんはこれらの実験装置を用いて、新たに作った(a)の磁石の性質を調べました。圧力を一定にして二酸化炭素を満たした実験装置の中で温度を下げていくと、(a)の層の間に二酸化炭素分子が取り込まれます。圧力を大きくすればするほど、二酸化炭素は多く取り込まれますが、低圧の1 kPaでは磁気相の変化は起きません。しかし、二酸化炭素導入圧を大気圧と同じ100 kPaにすると、磁石ONの状態に変化させられることがわかりました(図5)。また、磁石の性質を失う相転移温度は、–197 °C (76 K)であることもわかりました。
 ただし、これだけの実験装置を組み上げていても、SPring-8の存在なしでは自分たちの研究は成り立たないと宮坂さんは強調します。
 「新しい分子の開発は、作って終わりというだけではダメです。機能が生まれる仕組みを調べるために、構造を正確に知る必要があります。MOFは、大きな結晶にならずに粉状になってしまうことが多く、研究室にある装置では詳しい構造を知ることはできません。SPring-8の強い放射光を使うことで、ごく微量の粉末結晶でも構造解析をすることができるのです」
 今回、宮坂さんの研究で用いられたのは、粉末回折用のビームラインBL02B2です。研究室で作った(a)に二酸化炭素を徐々に吸着させて、構造を解析します。その結果、二酸化炭素導入圧が10 kPa ~ 20 kPa の付近を境に、層の間の距離が大きく変化することがわかりました。
 「これまでの我々の研究では、層間距離10.6 Åを境に磁気的性質が反転することがわかっていました。この物質における、二酸化炭素が入っていない空の状態のとき、この物質の層間距離は10.37 Åですが、二酸化炭素が入ると10.84 Åに広がることがSPring-8で確かめられ、これまでの経験則に合致する結果となりました」

図5

図5 層の間に二酸化炭素が入って層間距離が広がり磁石になる

 これらの成果は、2023年に『Chemical Science』誌に発表されました。
 宮坂さんの研究は、今後はどのような方向に進んでいくのでしょうか。
 「今後の展開として、まずは、今より高温でON-OFFを切り替えられるMOF磁石を作りたいです。今回開発した磁石が使用できる場所は、約 –197 °C 以下の超低温環境に限られています。しかし、室温で磁気相を変化させられる化合物を作ることができれば、さらに応用範囲は広がります」
 他にも宮坂さんは、二重三重に情報を変換できる化合物の開発にも取り組んでいるそうです。
 「今回開発した化合物は、二酸化炭素という化学的な情報を、磁力という物理的な情報に変換する材料です。さらにそこに光や電場のような物理的な入力を組み合わせることで、ON-OFFだけでない複雑な反応を引き起こすことができれば、高機能なセンサーの開発など、将来的な発展が期待できます」
 ものづくりが好きだと話す宮坂さんのアイデアはまだまだ尽きることを知らないようです。近い将来、宮坂さんの研究室から新しく生まれた物質が、私たちの生活を変えていくのかもしれません。


コラム

 宮坂さんは、大学生のときに授業で行った錯体化学の実験に魅了されて、今の研究分野を選びました。
 「学生用の簡単な実験でしたが、2つの物質を混ぜて劇的に色が変化したのが面白いなと思い、『なぜこんなことが起こるのか』と教授室まで聞きに行きました。そうしたら、電子の移動や構造の変化など、錯体化学の知識で全部説明できることがわかって、感動しました。そこから錯体化学一筋ですね」
 子どもの頃からプラモデル作りが好きだった宮坂さんは、今もプラモデルを作るような気持ちで研究をしていると話します。
 「毎日プラモデルを作って遊んでいる大人はあまり褒められないと思いますが、研究者ならそれを仕事にできます。子どものときに楽しくて夢中になったことを大人になっても続けて、おまけにお給料もいただけるなんて、研究者という職業は素晴らしい。そんなことをよく学生さんにも話していますね」
 研究者に欠かせない好奇心と情熱は、子どものように楽しむ気持ちから生まれるのかもしれません。宮坂さんは、次はどんな物質を生み出すのでしょうか。今後の活躍も楽しみです。

阿部さん

文:チーム・パスカル 寒竹 泉美


この記事は、東北大学金属材料研究所 教授 宮坂等さんにインタビューして構成しました。