大型放射光施設 SPring-8

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ペロブスカイト太陽電池 ~実用化研究の最前線~ SPring-8で開発のスピードを加速

ペロブスカイト太陽電池 ~実用化研究の最前線~SPring-8で開発のスピードを加速

塗って作る 折り曲げ可能な太陽電池

 地球に降り注ぐ太陽の光は、無限に手に入るエネルギーのひとつです。光のエネルギーを電気に変換する機器「太陽電池」の利用は、現在では、ずいぶん広まってきました。民家の屋根や、山の斜面、工場の敷地などで、青く光る太陽電池のパネルを見たことがある人も多いでしょう。
 私たちがよく目にする太陽電池は、シリコンという材料を利用して作られていますが、シリコン以外の材料を使った太陽電池も次々と開発されてきています。そのなかで次世代の太陽電池として大きく期待されているのが「ペロブスカイト太陽電池(図1)」です。

図1

図1 曲げられるフィルム型のペロブスカイト太陽電池

 発電するために一定の厚みを必要とするシリコン系太陽電池とは違って、ペロブスカイト太陽電池は、0.5~1 μ m の薄さで発電することができます。そのため、軽量で柔軟性のある太陽電池を作ることができ、応用の幅が広がります。薄いフィルム型にして手軽に持ち運ぶこともできますし、今まで太陽電池を設置しづらかった垂直な壁面や丸い屋根などの曲面にも使用できるのです。
 ペロブスカイト太陽電池の生みの親である桐蔭横浜大学の宮坂力さんは、ペロブスカイト太陽電池の有望な応用先として、電気自動車を例に挙げて説明してくれました。
 「太陽光発電のみで電気自動車を走らせるようになるには、まだしばらく時間がかかりますが、非常用発電装置としての使い道は有望です。電気自動車の充電切れが起きたときに、電気スタンドまでのあと少しの距離を太陽電池で発電して補うのです。ペロブスカイト太陽電池は曇りでも発電できます。また、重くて分厚いシリコン太陽電池は自動車の屋根に載せると『電費』が悪くなりますが、ペロブスカイト太陽電池なら軽いため、電費の心配もありません。現在、様々な企業がペロブスカイト太陽電池導入に向けて、取り組みを進めています」

シリコンに匹敵する発電効率

 もともと「ペロブスカイト」は、灰チタン石とも呼ばれる鉱物の名前で、その名は発見者のロシアの鉱物学者ペロフスキーさんに由来しています。灰チタン石は、カルシウムとチタンの2種類の金属と酸素からなる鉱物で、図2のような結晶構造を取ります。

図2

図2 ペロブスカイト型結晶の構造

 灰チタン石の場合は、Aがカルシウム、Bが酸素、Cがチタンに相当します。このような結晶構造を「ペロブスカイト型構造」と呼び、同じ構造で、違う原子の組み合わせの物質が存在します。ペロブスカイト太陽電池はペロブスカイト(灰チタン石)を使った電池ではなく、ペロブスカイト型構造を取る結晶で作られた太陽電池です。
 宮坂さんが2009年に発表したペロブスカイト太陽電池には、ABCの位置にそれぞれ、メチルアンモニウム(CH3NH3)、ヨウ素(I)、鉛(Pb)が配置された、有機材料と無機材料をハイブリッドしたハライドペロブスカイト結晶が使われました。
 それから14年。製造方法の検討や材料の高純度化などの研究が進められ、光を電気に変換する変換効率は、開発当時の3.8%から、シリコン太陽電池に匹敵する26%超まで高められました。さらに、ペロブスカイト太陽電池の材料に添加物を加えたり、元素の組み合わせを変えたりすることで、太陽電池の特性が改善することもわかってきました。しかし、現在はまだ改善のメカニズムにまで迫ることができていません。また、実用的な太陽電池として社会に普及させるためには、安定して大量生産ができるようになることや、劣化を防ぐことなど、まだまだ多くの課題が残されています。
 宮坂さんの共同研究者である柴山直之さんは、「結晶がどのように生成されるのか? また、どのように劣化するのか?」をしっかりと調べることの重要性を強調します。
 「ペロブスカイト太陽電池は、現在実用化に向けて機能を高めるフェーズに入っています。今までのような手当たり次第に試していくという方法では効率が悪く、人的資源の少ない日本では世界と競争することができません。結晶生成や劣化の過程を解析できる基盤を確立し、実行することが重要です。太陽電池の特性が変化するメカニズムを解明できたなら、開発のスピードは大きく加速します」
 そこで柴山さんたちはSPring-8を使って、ハライドペロブスカイト結晶の生成過程や劣化過程を可視化する測定系を確立することを試みました。

SPring-8で結晶生成過程と劣化のメカニズムを可視化

 まず柴山さんたちの研究グループは、SPring-8のビームラインBL19B2において、最も代表的なペロブスカイト太陽電池の材料である CH3NH3PbI3 の結晶化過程を、2次元広角X線散乱(2D-WAXS)測定法を用いて調べました。この手法はX線回折法の一つで、物質の結晶構造や分子構造が得られる分析法です。化合物が含まれる溶液を加熱して結晶化させながら1秒ごとに測定をし、その結果を独自のプログラムで解析したところ、溶媒によって結晶化のスピードが変わることや、結晶化のスピードが速いほど結晶が大きく成長することが観察できました。
 これらの結果は、従来の研究データと合致し、柴山さんたちが構築した解析システムの有効性が示されました。
 次に、柴山さんたちは、ペロブスカイト太陽電池の実用化の鍵を握る「劣化」のメカニズムに迫りました。ペロブスカイト太陽電池は、水に弱く、湿気と光の両方に同時にさらされると急速に劣化が進むことがわかっていましたが、その理由は不明のままでした。
 柴山さんたちはビームラインBL19B2に、図3のような実験システムのレイアウトを組みました。試料が置かれた箱の中を湿気で満たし、光ファイバーを通じて光刺激を与えながら、SPring-8の放射光で2D-WAXS測定を行いました。この研究によって柴山さんたちは、世界で初めてペロブスカイト太陽電池の材料が劣化する様子を詳細に解明しました。

図3

図3 劣化のメカニズムを調べるために使った実験装置のレイアウト

 今回明らかになったのは、光照射の有無で劣化過程とそれによって生じる生成物が大きく異なることだと、柴山さんは説明します。
 「ペロブスカイト太陽電池が湿度に曝されると、特性が低下することは知られていました。これは、発電層に用いられるペロブスカイト結晶CH3NH3PbI3がPbI2に変化することで引き起こされる現象です。また、湿度暴露に加えて光照射が行われると、ペロブスカイト太陽電池の性能がさらに急速に劣化することも知られていました。しかし、この同時暴露の際の劣化メカニズムは明らかになっていませんでした。
 今回SPring-8の実験環境を用いて、湿度暴露と光照射を同時に行うことで、CH3NH3PbI3が NH4PbI3 と水分子が結合したNH4PbI3•2H2Oという物質に変化することを発見し、これが太陽電池の特性が急速に劣化する原因であることを特定しました」
 図4は光と湿気の同時存在下での結晶の劣化過程を、SPring-8のin situ 2D-WAXS測定というその場観察技術で観測したものです。よく見ると光照射下(図4左)では左の方に生成物を表す小さなピークが見えています。
 このような小さなピークは、研究室レベルのX線装置では検出できません。ノイズの中に埋もれてしまうのです。SPring-8の放射光を用いたことで、初めて存在が明らかになりました。
 SPring-8を用いて、劣化過程を観察できたことで、性能を高めるヒントが得られたと柴山さんは説明します。
 「今回の結果から、劣化の過程には、アンモニウム塩 (NH4PbI3) が関与することがわかりました。ペロブスカイト太陽電池において重要なのは、アンモニウム塩ではなく、鉛です。ですから、アンモニウム塩を水に強い物質に置き換える方法を考えれば、劣化しにくい電池の開発につながるかもしれません」
 現在、柴山さんは、より良い条件のペロブスカイト太陽電池の材料を開発するために、多くの研究者や企業と共同研究を行っています。

図4

図4 in situ 2D-WAXS測定での解析結果

ペロブスカイト太陽電池を日本の重要な産業に

 ペロブスカイト太陽電池の産みの親である宮坂さんは、どのような気持ちで今の状況を見ているのでしょうか。
 「開発した当初は、ここまで性能が上がるとは思っていなかったので、非常に驚いています。現在、約4万件の研究論文が発表され、世界中の研究者が実用化に向けた研究や開発に取り組み、激しい競争が行われています。その中でも最も盛んに行われているのが、耐久性を高めるための研究です。これだけの人が取り組めば、実用化は遠い未来ではありません。今回の成果のような解析技術も、研究の質を底上げしていくと期待しています」
 ペロブスカイト太陽電池の材料は、レアメタルを用いないため、すべて日本国内で調達できるという特徴があります。エネルギー資源の乏しい日本では、重要な産業になると、宮坂さんは期待しています。
 「多少出遅れても高性能で信頼できる国産品のペロブスカイト太陽電池をしっかりとつくっていく必要があると考えています。そのためには日本の研究者人口を増やしていかなくてはなりません」
 宮坂さんたちの研究室では、若い大学院生たちが熱心に研究をしていました。いつかペロブスカイト太陽電池で発電された電気を使うことが当たり前になるその日まで、研究のリレーのバトンが受け渡され続けることでしょう。


コラム

 ペロブスカイト太陽電池が、産業として普及するためには、専門家以外の人たちにも存在を知られる必要があります。これから研究を始める若い人や、製品開発を行う人、できた製品を使う人など、多くの人たちが関わって初めて産業として成立するからです。そのため、宮坂さんと柴山さんは、研究内容をわかりやすく伝えるアウトリーチ活動にも力を入れています。
 「今日も高校で講演をしてきました」と宮坂さん。
 「少しでも多くの人に知ってもらうことも、今の私の役目だと思っています。若い人にはどんどん研究をしてもらいたいですね」
 取材対応やテレビ出演などを通して、ペロブスカイト太陽電池の認知度はじわじわ上がってきています。
 そんなおふたりが共通して好きなものはコーヒーです。柴山さんのおすすめのお店は、東京にいくつか店舗を構える「堀口珈琲」です。こだわりのブレンドコーヒーを飲むことができます。宮坂さんは東京に行くついでがあると、生豆を選び注文してから焙煎する「やなか珈琲」でコーヒー豆を買って帰るそうです。
 研究に疲れたときは、おふたりのおすすめの店に足を運んでみてはいかがでしょうか。

宮坂さん(右)と柴山さん(左)

大学の実験室でペロブスカイト太陽電池を持つ宮坂さん(右)とその原料を持つ柴山さん(左)

文:チーム・パスカル 寒竹 泉美


この記事は、桐蔭横浜大学 特任教授 宮坂力さんと、専任講師 柴山直之さんにインタビューをして構成しました。