大型放射光施設 SPring-8

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本格的なトップアップ運転が開始されました!

(財)高輝度光科学研究センター
田中 均・木村洋昭

 前々回のSPring-8 News(2004. 7 No.15)のSPring-8 Flashでもご紹介したとおり、トップアップ運転が2004年の5月20日のユーザータイムから始まりました。表紙図は、SPring-8に来た人なら誰でも一度は見る運転状況表示画面です。この画面右下のグラフの青い部分が蓄積電流値の変化(スケールは左側)を示しています。この青い部分が一定で、ほとんど長方形になっていることがおわかり頂けるでしょうか。図3のトップアップ運転が始まる前(2003/6/06)のグラフと比べるとその違いは一目瞭然ですね。これがトップアップ運転です。
 この電流値が一定になったわけは、蓄積電流値(蓄積電子)が減らなくなったのではありません。絶えず減った分を足しているのです。実際のトップアップ運転は、図4で示すように、1分間隔注1で電子を継ぎ足すことで電流値の変化を0.1%以下に保っています。
 2004年夏前までは、NewSUBARUの定時入射のために1日に数回トップアップ入射が40分程度中断していましたが、2004年秋以降は中断がなくなりました。これは線型加速器から出てきた電子をシンクロトロン(SPring-8蓄積リング用)かNewSUBARUに振り分ける為の電磁石(図1参照)を、わずか10秒で切り替えられるように改造したからです。現在では蓄積リングの1分間隔のトップアップ入射の合間をぬってNewSUBARUに入射ができるようになりました。SPring-8でもいよいよ本格的なトップアップ運転が始まったのです。
 トップアップ運転時に実際に利用したユーザーからは、“電流値が一定になるとこんなに実験が楽になるとは思わなかった。本当に素晴らしい!”と続々と賞賛が寄せられています。更には、“どうしてこんなにいいことをさっさとやらなかったのだ”というお叱りのような声もありました。

図1 SPring-8の4つの加速器と電子の流れ図1 SPring-8の4つの加速器と電子の流れ
図2 トップアップ運転中 図3 トップアップ運転開始前
図2 トップアップ運転中
図3 トップアップ運転開始前
図4 トップアップ入射の様子(縦軸mA)。

図4 トップアップ入射の様子(縦軸mA)。

1分間隔で入射されており、14:06と14:19には2倍の電子が入射されています。電流値の変動が0.1%以内に押さえられている事がわかります。

トップアップ運転時の入射とこれまでの入射(通常入射)の違い

 これまで行ってきた12時間又は24時間おきの通常入射を単に1分おきに行っているのがトップアップ運転ではありません。これまでの入射の時には各ビームラインの放射光シャッターを閉じていましたが、トップアップ入射の時このシャッターはもちろん開けています。これは、通常入射時はユーザー実験を中断することが前提だったのですが、トップアップ入射時にはユーザー実験を継続し続けることが前提となることを意味します。つまり入射したことがユーザー(実験)にわからないようにしなければなりません。“電流値が減らない(ちょっと増える)のはわかるがいつ入射されたかはわからない”ように入射する。これは質的にまったく違う入射方法なのです。

理想的なトップアップ運転実現にむけて注2

 “ユーザーにわからないように入射する”ということは簡単なことではありません。加速器グループでは、様々な技術開発と世界初のアイデアを組み合わせ、問題点を一つ一つ解決していきました。利用系グループも入射時の放射光ビームの振動を定量的に測定したり、SPring-8で行われるたくさんの利用実験に対する影響を調査したりしてきました。そして6年の開発・調整期間を経て、このトップアップ運転のスタートにこぎ着けたのです。今でも、そのための実験システムを組めばもちろん入射の瞬間の振動をとらえることはできます。しかし、ほとんどの利用実験にとってそれは無視できることが確認されています。

夢の運転を実現

 “ユーザーにほとんどわからない入射”によるトップアップ運転のメリットは、まず強度が安定した放射光をユーザー実験に供給できるということです。これまで12時間で最大50%程度強度が減衰していたものが0.1%以下の変動になりました。入射のための中断もありません。長時間の連続測定の途中での検出器の設定を変えたりする調整が不要となりました。一度測定系を調整してしまえば、後はサンプルを換えるだけでどんどんデータが取れるようになりました。
 もちろん積分電流値(図2、3の青い部分の面積)も大幅にアップしました。再入射直前に蓄積電流値がほぼ半分になっていた(203バンチモードや1/12+10モード時)のが、ずうっと100mAになっているのですから、これは積分電流値が25%程度アップしたことになります。この他に入射前後の中断時間や、入射後に光学素子が定常状態になるまで待っていた時間もいれると、実効積分電流値は合わせて40%程度アップしたことになります。
 更にハイブリッドモード運転時に孤立バンチを利用するユーザーは、はるかに大きな恩恵を受けており、例えば核共鳴散乱実験では実質3倍程度実験効率が上がったと報告されています。これは、蓄積電流が大きく減衰の早い孤立バンチを優先的にトップアップ入射しているからで、その為に1分毎に2436のバンチ個々の蓄積電流値を全て測定して、次にどのバンチに入射すれば良いか判断しています。
 又、これまで放射光の強度(輝度)を上げるために蓄積電子の密度を上げる工夫をしても、蓄積電流の減衰の方が大きくなってしまい注3、その良さが半減していました。しかし、これからは減った分だけトップアップ入射で継ぎ足せば良いのですからその良さを十二分に発揮できます。計画では2005年9月から蓄積電子の密度を現在より大きく(エミッタンスを半分に)できるよう検討しています。アンジュレータを光源とするビームラインでは光の強度が1.3倍程度に向上します。しかし光の強度が蓄積電子密度にあまり依存しない偏向電磁石を光源とするビームラインでは、この様な運転をしても蓄積電流の減衰率の増加によるデメリットしかありませんでした。トップアップ運転ではこのデメリットはなくなるのです。
 これからは全てのユーザーが世界一の放射光光源であるSPring-8の恩恵を受けられるようになるでしょう。


注1
マルチバンチ運転時の蓄積電流の減衰は少ないので、トップアップ入射の間隔は5分です。

注2
これまでにアメリカのAdvanced Photon Source(APS) とスイスのSwiss Light Source (SLS) でトップアップ運転が実施されています。APSではビームを入射する際に蓄積ビームの振動を引き起こし実験を妨げる、入射したビームが挿入光源の永久磁石にぶつかり磁石の減磁を引き起こす、SLSではビーム入射により孤立バンチの純度が低下するというの問題が残されたまま、トップアップ運転が行われており、SPring-8で今回スタートした“理想的な”トップアップ運転とは質的に異なっています。

注3
放射光のもとになる電子を狭い空間に集めて高密度状態にすると、電子・電子散乱を増加させ、結果として蓄積電子のビーム寿命を低下させます。