大型放射光施設 SPring-8

コンテンツへジャンプする
» ENGLISH
パーソナルツール
 

なんと世界最小径!・ナノメートルサイズのX線ビーム誕生 ~奇跡の解像力を生み出す驚異の新ビーム~

X線自由電子レーザー開発がきっかけで

 SPring-8のサイトにおいてX線自由電子レーザー(XFEL)施設が完成間近です。XFELとは、可視光線のレーザー光と同様に、波長も、光の波の山と山、谷と谷との位置も綺麗に揃った(「位相が揃った」といいます)強力なX線レーザーのことで、現在のSPring-8の放射光の10億倍もの明るさ(輝度が最大値をとる場合を基準にして算定)と、フェムト秒(1000兆分の1秒=光が0.003mmだけ進む時間)レベルの発光時間を持つのがその特性です。SPring-8放射光の硬X線(通常のX線よりずっと波長が短くエネルギーの高いX線)そのものからして明るさは抜群なのですから、そのレーザー光がどれほど強力で輝度が高いかは容易に想像できるでしょう。パルス長(発光時間幅)がフェムト秒レベルなので、光速に近い瞬間的な電子の動きを記録し、詳細に解析することもできると期待されています。このように強力なXFELなのですが、その輝度をもう一段高めたり、様々な応用研究に活用したりするためには、目的に応じてビームを制御する「反射鏡」が必要なのです。(独)理化学研究所播磨研究所の所長で、XFEL計画推進本部プロジェクトリーダーを務める石川哲也さんらは、高精度の表面加工技術で世界をリードする大阪大学大学院工学研究科の山内和人教授らと共に、XFELのような位相の揃ったX線で用いる反射鏡の精度を予備計測してみました。XFELは建設中のため、予備計測ではSPring-8の中で最も位相の揃った硬X線が使える長大な1kmビームライン(BL29XU)が使用されました。

まずは高性能形状可変ミラーの開発から

 空間的に絞られた強力な線源の発するX線が長い距離を直進すると、ビーム(光線束)の外側部分は拡散しますが、ビーム内側の中心線に近い部分には比較的位相の揃った光線が残ります。その部分だけを取り出し、それまで精度が完璧だと思われていた平面鏡で反射してみると、意外なことにその光像中にスペックルと呼ばれる斑点状の模様が現れたのです。スペックルとは、位相の揃った光の束が鏡面上の各点で拡散反射されたあと、光束をなすそれぞれの光の波に微妙な位相のずれが生じ、互いにその光度を強め合ったり弱め合ったりする結果起こる現象で、鏡面が完全な平面でないことを物語っています。鏡面の構成分子1個分の凹凸さえも補正できるEEM法(微粒子と加工物表面間の化学反応を用いた超精密平面加工技術)で製作した平面鏡にスペックルが生じた原因は、その鏡面に従来のビームや計測法では識別できない微妙なうねりがあったからなのでした。SPring-8での高精度計測技術とその計測データは大阪大学での加工技術にフィードバックされ、スペックルを生じない平面反射鏡の製作が可能になりました。またその際に開発された計測技術をさらに発展させることにより、このあと述べる回転楕円体面鏡などのような非球面反射鏡の製作が可能になったのです。

超高精度のK-Bミラーを製作

 ナノメートルサイズのタンパク質の立体的分子構造、さらにはオングストローム(1000万分の1mm)サイズの水素原子の空間的構造などを直接的に調べるには、それらのサイズと同程度かそれよりもずっと短い波長をもつ明るい光が不可欠です。暗い長波長のビームによる探査は、薄明かりの中で、1cm単位の目盛しかない定規を使い、暗い穴の奥にいるアリの足先の細い毛の太さを測るようなものなのです。1kmビームラインの硬X線放射光やXFELの波長は十分に短く透過力も大きいのですが、明るさ(光子密度)だけはもっと高める必要がありました。そこで、石川所長や山内教授らは、新たなミラー製作法と鏡面制御技術を用いればその難題を克服できるのではないかと思い立ったのです。
 ビームの光子密度を高めるには、光線束の口径をなるべく細く絞らなければなりません。凸レンズで太陽光を焦点付近に集め輝度を高めるのと同様の手法を用いればよいのですが、この研究では凸レンズのかわりにK-Bミラー(カークパトリック—バエズ · ミラー)という特殊な反射鏡が使われました。回転楕円体(楕円のグラフをその2つの焦点の位置するX軸を中心にして回転させたときできる立体)の鏡には、片方の焦点から出た光が鏡面で反射され他方の焦点に集まるという性質があります。K-Bミラー法はその原理を巧みに応用した集光法ですが、実際には完全な回転楕円体の鏡ではなく、曲率の小さな鏡面部だけを切り取った反射鏡2枚のセットが用いられます(図1)。今回特別に開発された全反射型楕円鏡は、水平方向10cmに対して最凹部でも水平面から数ミクロン(1000分の数mm)程度のへこみしかない、超高精度の長楕円体面をもつ反射鏡でした。焦点同士が大きく離れた長楕円体鏡面のほうが光の拡散が少なくてすむからです。それは、世界においても、SPring-8の驚異的な計測技術と大阪大学の神業に近い加工制御技術をもってしか製作できない鏡だったのです。

図1.K-Bミラー

図1.K-Bミラー

楕円体鏡面(1)の焦点Aから入射したビームは(1)の鏡で反射して縦に絞りこまれ、さらに楕円体鏡面(2)で反射して横に絞り込まれる。そして最終的に(2)の焦点Bに集まる。

ついに世界最小径のビーム誕生!

 図1のA点((1)の回転楕円体鏡面の焦点位置)から入射したビームは(1)の鏡で反射して縦方向に絞り込まれ、さらに(2)の鏡で反射して横方向に絞り込まれます。そして、B点((2)の回転楕円体鏡面の焦点位置)に、きわめて細く明るいビームとなって集まるわけで、かりに光源点から集光ミラー(図1)のA点までが1km、A点からB点までが10cmだとすると、レンズの公式とほぼ同じ原理でビーム径は10000分の1に絞られます。ところが、10ナノメートルを切るサイズの超高輝度ビームを生み出すにはなお一工夫が要ったのです。1kmビームラインBL29XUの硬X線は世界で最も位相の揃ったビームなのですが、それを直接K-Bミラーに当てた場合、楕円鏡面で発生する微妙な誤差のためわずかに波形が乱れ、いまひとつ十分な絞り込みができません。そこで、0.1ナノメートルの精度で形状を制御できる補正用の形状可変ミラーを開発、それを集光ミラーの前に設置して入射光の位相をあらかじめ補正するようにした結果(図2)、世界で初めて7ナノメートル径という回折限界(光を狭い領域に集める際の理論的限界)に近い高輝度X線ビームをつくることに成功したのです(図3)。XFELとこの集光技術とを組み合わせて超高輝度ビームをつくれば、ナノメートルレベルの分解能(識別能力)を持ち、分子 · 原子の立体構造を直接観察できるX線顕微鏡の開発も可能です。石川所長は、「もう1桁ビームを小さく絞り込めれば、真空を破壊し電子と陽電子とを発生させることができるかもしれません。電子と陽電子がぶつかると光を発して消滅しますが、その逆の現象を起こそうというわけです」と、その夢を語っています。

図2.形状可変ミラーの役割と同ミラーによるX線ナノビームの形成過程

図2.形状可変ミラーの役割と同ミラーによるX線ナノビームの形成過程

集光ミラーの発生する誤差を形状可変ミラーの鏡面を情況に応じ微妙に変形させることにより補正する。

図3.構築したX線集光光学系で実現したX線ナノビーム

図3.構築したX線集光光学系で実現したX線ナノビーム

世界で初めて10ナノメートルを突破、7ナノメートルサイズのX線ビームを実現した。上図は補正後の集光点(図1のB点に相当)付近のビームの強度分布を表している。

コラム:光科学の根幹を支える探究心

石川所長

 自然環境の豊かな伊豆半島で育った石川哲也さんは、好奇心旺盛な少年だったそうです。高校時代、地球物理学者だった故竹内均さんの講話に触発されて波動現象などに興味を持ち、東大の応用物理学科に進みました。「他の講義は容易に理解できましたが、当時の私には、複雑かつ高度な光の諸現象を説明する波動関数だけは難解でした。そこで、一念発起して波動関数やそれと深く関わる光科学の研究に踏み込むことになったのです」と石川さんは語っています。難解な世界だからこそ、真正面からそれに挑む——学者としてのそんな信条のようなものを、石川さんの穏やかな風貌の奥に一瞬私は垣間見る思いでした。東京大学助教授のポストを離れSPring-8に移ったのも、常に最先端の研究現場に身を置き、世界をリードする仕事をしたいという情熱からだったのでしょう。「光科学の根幹となる『良質な光』を生み出すことさえできれば、応用研究のほうは自然に進むものです。私はいまそんな光づくりに専念しています。日々新たな進展がある光科学は決して古くなることなどありません」と話す石川さんの瞳は、少年のそれのようにきらきらと輝いていました。「論文を読む時はそこに書いていないことを読むものなんだよ、と若い連中には言っています」という最後の言葉も、実に示唆に富んでいて印象的でした。

取材 · 文:本田 成親


この記事は、(独)理化学研究所播磨研究所の石川哲也所長にインタビューして構成しました。