大型放射光施設 SPring-8

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金に磁石の性質が隠れていた! ~放射光が照らす原子の世界~

磁性の源は電子にある

 金(Au)に磁石の性質があるといったら、ちょっと信じられませんよね。金に磁石を近づけても、当然、金が磁石に引きつけられることはありません。しかし、最先端の技術を用いて、原子の世界をのぞいてみると、私たちの知らない金の性質が明らかになってきました。
 そもそも物質が磁性をもつ原因は、物質中の電子にあります。高校の化学で習った原子の構造を思い出してください。原子核を中心にして、そのまわりを原子番号に等しい個数の電子が回っています。もっと詳しく見ると、電子は右回りか左回りに自転をしていて、これを「スピン」といいます。量子力学的には、右回りの電子を「上向きスピン」、左回りの電子を「下向きスピン」と呼びます。上向きスピンと下向きスピンは、お互いを打ち消し合いますが、打ち消す相手がいない場合、その物質は磁性をもちます。例えば、鉄の中のFe原子は26個の電子のうち、平均として上向きスピンが約14個、下向きスピンが約12個あり、差し引き約2個、上向きスピンが多く存在します(図1)。計算上、1立方センチのサイコロくらいの鉄のかたまりの中に、2×1023個のペア相手のいない上向きスピンがあることになります。この上向きスピンによって、鉄は磁性をもつのです。このようにスピンの数に差がある物質―すなわち磁性体―はまれです。ちなみに、私たちの体内にも数え切れないほどの電子が存在しますが、人体は磁性をもちません。それは、上向きスピンと下向きスピンがぴったり同数だからです。

図1.原子番号26の鉄(Fe)原子の模式図
図1.原子番号26の鉄(Fe)原子の模式図

金は磁石になる?ならない?

 金は上向きスピンと下向きスピンの数が同じなので、磁性はもたないと考えられてきました。物理の教科書には、「金は反磁性をもつ」と書かれています。反磁性というのは、外部から磁場をかけると、磁場の向きとは反対方向に磁化する現象のことです*1。反磁性体では、磁石のN極を近づければN極になり、S極を近づければS極になって磁石に反発します。これは磁石同士の反発に比べれば、はるかに弱い力ですが、金のほか、銅や水晶、有機物の多くが反磁性体といわれています。
 ところが2012年1月、高輝度光科学研究センター利用研究促進部門の鈴木基寛さんは、自身の開発した装置で金原子中の電子の状態を調べてみたところ、金にも磁石になる性質(常磁性*2)があることを発見しました。金に非常に強い磁場をかけたときに、上向きスピンの数がわずかに多くなるという現象が測定されたのです。「金がもつ常磁性の性質はとても弱いので、反磁性に覆い隠されていたのです」と鈴木さんはいいます。

放射光で磁性をみる

 ところで、どうやって物質の磁性を調べるのでしょう。物質に含まれる原子の電子状態を観察するには、放射光を使った測定が活躍します。それぞれの物質は好みの波長のX線をよく吸収します。放射光からはさまざまな波長のX線が得られるので、金によく吸収される波長のX線を使うことができますし、SPring-8の放射光は非常に明るいので、微小な信号の観察にも打ってつけです。
 もう1つ、放射光の大事な特徴として、光(X線)の波の振動方向が規則的な「偏光」という性質があります。中でも、振動方向が伝搬にともなってらせんを描く「円偏光」の性質をもったX線が、電子の磁気状態を調べるのに好都合です。少し専門的な話になりますが、円偏光X線を磁化した物質に照射すると、円偏光の回転の方向によってX線の吸収強度が異なります。この性質を「X線磁気円二色性(XMCD)」といいます(図2)。例えば鉄の場合、左回りの円偏光X線のほうが、右回りのときよりX線を多く吸収します。物質のもつ磁性が大きいほど、X線吸収の差も大きくなります。逆に、磁性をもたない物質や反磁性体では、この差はまったく出ません。つまり、円偏光X線を 使って、電子の磁気状態を知ることができるのです。

図2.X線磁気円二色性(XMCD)測定の原理。
図2.X線磁気円二色性(XMCD)測定の原理。

右回りの円偏光X線と、左回りの円偏光X線の吸収の差を測定することで、物質の磁性を調べることができる。緑色の矢印の方向はX線の進行方向を、太さはX線の強度を表す。

世界一の測定精度で金の磁性が明らかに

 鈴木さんは、1997年にSPring-8で働きはじめてすぐに、XMCD測定を行うための「磁性材料ビームライン(BL39XU)」の建設に携わり、測定精度を高めるための技術開発をしてきました。
 最初に金から成る物質の磁性を測定したのは2004年のことです。北陸先端科学技術大学院大学の山本良之さん(現在は秋田大学工学系研究科准教授)のグループが、直径2ナノメートルほどの金の粒子を測ってみたいということで測定してみると、磁性をもつことがわかりました。「このときは、金をナノメートルサイズにしたことで強い磁性が現れたと結論付けましたが、今回、普通の大きさの金を測定したところ、非常に微弱な信号ですが、ナノ粒子の金の磁気信号と似た波形のデータが得られました。つまり、ナノサイズにしたから磁性が現れたのではなく、金そのものに磁気的性質が存在することが明らかになったのです(図3)」
 これは、鈴木さんが開発した測定技術があったからこそ得られた成果です。「実は山本さんはSPring-8での測定の前に、フランスの放射光施設に金のナノ粒子の測定を依頼したのですが、測定感度が足りなくて、うまくいきませんでした。その後、SPring-8で同じ試料を測定したら、磁気信号が得られたのです。SPring-8の装置性能が優れていることを実感し、とても自信になりました」と鈴木さんはいいます。
 技術的なポイントはどこにあるのでしょう。当時、SPring-8以外の放射光施設のXMCD測定では、右回りと左回りの測定を別々に行っていましたが、これだと時間がかかるうえ、データの精度も十分ではありません。一方、鈴木さんの開発した方法では、1秒間に40回(40ヘルツ)という速さで右回りと左回りを交互にすばやく切り替え、同時に測定します。また、検出する装置は、40ヘルツ以外の周波数は取り除くように工夫しました。「ちょうどラジオの周波数を聞きたい放送局に合わせるのと同じように、ノイズの中から測定したい小さな信号だけを取り出すようにしたのです」と鈴木さん。この方法は、鉄の磁性の10万分の1の大きさの信号まで検出でき(今回測定した金の磁性は鉄の1万分の1の大きさ)、その精度は今でも世界一です。現在、アメリカ、イギリス、スペインでも鈴木さんの開発したこの方法が使われています。

図3
図3

普通の大きさの金とナノ粒子のXMCD測定結果は、それぞれの山と谷のピーク位置がほぼ一致(グラフ)。金ナノ粒子の信号のほうが大きいのは、ナノ粒子になると表面にあらわになる原子の割合が増え、表面の原子がより強い磁性をもつためと考えられる。

スピントロニクスという新分野

 金の磁性に関連して、近年、関心が高まっているのが「スピントロニクス」です。私たちの身の回りにあふれるエレクトロニクス製品は、電子がもつ電荷を利用し、電荷や電圧の「あり、なし」を「0と1」のデジタル信号に対応させて情報処理をしています。スピントロニクスは、スピンがもつ「上向きと下向き」の2つの状態をエレクトロニクスに取り入れて、よりたくさんの情報を扱えるようにしようという発想で始まった研究分野です。
 「金や白金など、原子番号が大きくて電子の軌道運動*3が大きい貴金属を使うと、電流中の電子スピンの向きがそろいやすくなることが最近になって分かってきました。スピントロニクスでは、スピンの方向のそろった電子を流すことが重要なので、次世代デバイスの基盤材料として金や白金が有望視されているのです」と鈴木さん。
 人類は紀元前から金のもつ永遠の輝きに魅せられてきましたが、21世紀の私たちはそれとは異なる新たな価値を金に見いだして、先端技術に使おうとしているのは面白いと思いませんか。

コラム:子どもの頃から原子や光に興味

鈴木さん1  小学校のときに読んだ2冊の本、『もしも原子が見えたなら』(板倉聖宣著)と『宇宙ってこんなもの』(鈴木敬信著)が、鈴木さんの今の仕事のルーツになっているそうです。前者は物質が原子という小さい粒でできているという話、後者は物質に色がある原因は光スペクトルだという話がわかりやすく書かれていました。原子分子や光は、どちらも鈴木さんが今の研究で対象にしているものです。
鈴木さん2 「大学では物理学科に入りましたが、講義についていけず、理論のできる友達に対して劣等感をもっていました。でも、学生実験の時間にその優等生が何気なくいった“鈴木は実験がうまいね”というひとことに単純に勇気づけられました」と意外なエピソードも。その優等生の言葉も、今の研究の道に進む要因に少なからずなったそうです。

 

用語解説

*1 磁場磁化
磁力の働いている空間を磁場といい、磁石の周りには磁場が生じている。磁場のあるところに物質を置いたとき、その物質が新たに磁場を生じることを磁化という。

*2 常磁性・強磁性
磁場がないところでは磁化せず、外部から磁場を加えるとその方向に弱く磁化する性質を常磁性という。アルミニウム、白金、パラジウムなどは常磁性体。また、磁場により強く磁化され、磁場を除いても磁化が残る性質を強磁性といい、鉄、コバルト、ニッケルなどが強磁性体で、永久磁石の材料になる。

*3 電子の軌道運動
電子は原子核の周りを円運動しており、これを軌道運動という。軌道運動も磁性に寄与するが、一般的に、軌道運動による磁場はスピンに比べて弱い。金は軌道運動が磁性に寄与する割合がスピンに対して30%と比較的大きく、これは金に特徴的な性質といえる。

取材・文:サイテック・コミュニケーションズ 秦 千里


この記事は、公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門の鈴木基寛さんにインタビューして構成しました。