「こんなものがあったらいいな」を実現するソフトマテリアル
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「こんなものがあったらいいな」を実現するソフトマテリアル
世界はさまざまな物質であふれている
硬かったり軟らかかったり、伸びたり縮んだり、表面がツルツルだったりザラザラだったり・・・・この世界には、実にさまざまな性質を示す物質が存在していて、それらが私たちの生活を便利にしています。そのうち、金属やセラミックスのように硬いものを“ハードマテリアル”、それ以外の割と軟らかいものを“ソフトマテリアル”と呼んでいます。
「このゴムも繊維も紙もプラスチックも、みんなソフトマテリアルです。その多くは、小さな分子がたくさんつながったポリマー(高分子)からできていて、エチレン分子がつながったものをポリエチレン、スチレン分子がつながったものをポリスチレンと呼ぶんです」と話すのは、九州大学先導物質化学研究所主幹教授の高原淳さん。ソフトマテリアルについて解説するとき、高原さんはいつも、道具箱の中からいろいろなものを取り出して見せているそうです。
軟らかいことが特徴のソフトマテリアルですが、同じように見えるプラスチック製のコップでも、湯を入れられるものと入れられないものがあるように、物質によってそれぞれ特有の性質をもっています。高原さんは、この特有の性質は物質の分子レベルの微細構造によって決まっていると考えており、特に「表面の微細構造と表面の性質にどのような関係があるのか」を探る研究を進めています。そして、明らかになった微細構造を材料の分子レベルからの設計に応用して新しいソフトマテリアルをつくり出そうとしているのです。
水をはじくってどういうこと?
2003年頃、ある企業から高原さんのもとに、「ポリフルオロアルキルアクリレート(PFACy:yは枝のフルオロアルキル基の炭素の数)が、どうして水をはじくのか調べてほしい」という依頼がありました。撥水用のコーティング剤として広く使われているPFA-Cyは、炭素原子でできた長い主鎖から、フッ素原子を含む側鎖がいくつも伸びた構造をしています。
「現在知られている物質の中でもっとも撥水性が高いのは、トリフルオロメチル基(-CF3)なんです。PFA-Cyは、その末端にある-CF3までの間に炭素原子がいくつあるかで、撥水性の程度が変わってきます」。つまり、側鎖の長さが撥水性を左右するのです。
そこで高原さんは、PFA-Cyが塗られた表面に、SPring-8のBL13XUを使って、微小角入射広角X線回折(GIWAXD)を行いました。この手法では、微結晶の大きさや結晶の乱れが観測できます。その結果、側鎖の炭素が8個以上のとき、層構造をつくりながら、同時に各層が六方晶のような結晶なっていることがわかりました(図1)。この構造によって、高い撥水性が現れていたのです。この成果は、すでに表面撥水・撥油コーティング剤の設計に応用されています。
側鎖の炭素(C)の鎖の長さが8個のとき、層構造をつくりながら、同時に各層が六方晶のような結晶になっている。この構造によって、高い撥水性が現れる。
表面構造の“動き”を見る
「温度を上げると膨らんで、温度を下げると縮むような高分子のヒゲをつくりました」と高原さん(図2)。“高分子のヒゲ”とは、物体表面にたくさんのポリマーを生やしたもののことで、「ポリマーブラシ」などともいわれます。このポリマーブラシを図2のように湯に浸けると、ポリマーは膨らみ絡まりあっていたポリマーがほどけます。湯から出して温度が下がると、ポリマーは縮みます。この性質を利用すると、ポリマーブラシを生やした物体どうしをくっつけたり(接着)、はがしたり(
コヒーレントX線をポリマーブラシに照射すると、スペックルパターンという模様が現れます。この模様は分子の動きに合わせて変化します。この性質を利用して高原さんは、ポリマーブラシの動きを解明しようとしています。「世界的にもまだ始まったばかりの研究です。高いテクニックが必要とされるので、国内では私のグループとほかに2グループしかできません。観測可能な時間間隔の限界がミリ秒(1000分の1秒)とまだ遅くて、分子レベルの構造の速い変化を追うことが難しいです」。まだ課題はありますが、近年のコヒーレントX線散乱測定技術の向上によって、分子構造の時間変化がとらえられるようになってきているのです。
物体表面にヒゲのように生やした高分子「ポリマーブラシ」は、湯に浸けて温度が上がると脹らみ、湯から出して温度が下がると縮む。この性質を利用すると、温度の変化によって物体の接着(右)と剥離(左)を繰り返すことができる。
アリマキが自分の排泄物におぼれない理由
高原さんの構造研究は、生き物のもつ能力にも及んでいます。例えば、“液体ビー玉”の研究を行っています。液体ビー玉とは、疎水性の粒子に覆われた球形の液体のことで、アリマキ(アブラムシ)の排泄物(甘い汁)をまねてつくりました。アリマキは液体ビー玉をどのようにつくっているのでしょうか。ある種のアリマキは植物の葉に虫こぶをつくり、ここを巣にしています。巣内の壁は排泄物で水浸しにならないように、ワックスのような疎水性の粒子が塗られています。このワックス粒子は水をはじく力が極めて高いために、排泄物は球状になり、そのまま外へと運び出されます。この過程で排泄物表面にワックス粒子が吸着するので、外に運び出された後も球状を保っています。こうして、アリマキは巣内でも巣外でも自分の排泄物でおぼれることはありません。これが液体ビー玉です(図3)。
この液体ビー玉を面白いと感じた高原さんは、疎水性の粒子を人工的につくり、中にいろいろな液体を入れ、液体ビー玉どうしを結合させる実験を繰り返しました(表紙)。そして、結合する様子を、SPring-8のビームラインBL20XUのX線CTを使って詳しく観察したのです。観察結果から液体の種類によって微粒子の間隙へのしみ込みやすさが異なり、液体ビー玉の力学的な安定性が異なることが明らかになりました。「何に応用できるか、いろいろな可能性があると思うんです」。今までにない物質の登場が、まったく新しい製品を生み出すと考えると、液体ビー玉の研究が今後どのように展開していくか楽しみです。
X線CTスキャンでは、X線が物質を透過する際の「透過しやすさ」「吸収されやすさ」の違いを利用して、サンプルの内部構造を非破壊で調べることが出来ます。
コラム:この世界に興味は尽きません。
「新しもの好きなんですよ」と話す高原さんは、まず、知らない場所へ行くのが何よりも好きです。すでに、日本国内では行ったことのない都道府県はありません。そして、行く先々で、必ず新しいものを見つけてきます。外に出かければ、風景を楽しみ、昆虫や植物を観察し、その不思議に驚いています。
特に、科学オモチャ探しは習慣になっています。
「この砂は、水を使わなくても湿った感じになって、まとまるので、部屋を汚さずに遊ぶことができます。砂が、高分子でコーティングされているんですね」。何と、ここにもソフトマテリアルが使われています。こうして好きなことをしながらも、研究のヒントを得ているのです。
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文:サイテック・コミュニケーションズ 池田亜希子
この記事は、、九州大学先導物質化学研究所の高原淳主幹教授にインタビューして構成しました。