大型放射光施設 SPring-8

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電子機器に欠かせない水晶振動の仕組みを世界で初めて解明

研究成果 · トピックス

電子機器に欠かせない水晶振動の仕組みを世界で初めて解明

実は分かっていなかった水晶振動の仕組み

 地学で習う石英という鉱物のなかでも、無色透明なものが水晶と呼ばれ、宝石の一つに数えられています。また私たちの身近には「クオーツ(水晶)時計」というものがあります。この時計は、水晶が振動により発振する一定の周波数の電気信号を利用することで、時間を正確に測っています。水晶は、地球上にありふれているSi(ケイ素)とO(酸素)で構成されており、人工的に大量合成できるので、時計だけでなく数多くの電子機器に利用されています。現在の私たちの社会や暮らしには様々な電子機器が必要不可欠なので、水晶は私たちの生活を支える縁の下の力持ちと言えるでしょう。
 しかし、水晶がどのようにして一定の周波数の電気信号を発振しているのかは、これまで長い間分かっていませんでした。それは電気信号を生み出す、水晶を構成する原子の動きが非常に小さく、かつ高速だったからです。電子機器に使われている水晶は、1秒間に数万~数千万回も振動しています。このとき水晶を構成する原子の振動周期は、数十マイクロ秒(1 マイクロ秒は百万分の1秒)~数十ナノ秒(1 ナノ秒は十億分の1秒)であり、またその振動振幅の大きさは、たったの10-14 mm(百兆分の1 mm)です。このような高速かつ微小な原子の動きを測定することは、これまで不可能でした。
 その一方で、水晶が振動して電気信号を出す仕組みは20世紀前半から現在まで、図1のように説明されてきました。水晶の結晶構造を見てみると、Si原子を中心とした四面体の頂点にO原子が4つ配置したSiO4四面体でできています(図1左)。SiO4四面体は頂点のO原子を共有してつながっていて、隣り合うSi原子とO原子を線で結ぶと、簡略化した結晶構造として図1右の六角形を描くことができます。Si原子を4価の陽イオン、O原子を2価の陰イオンとみなすと、正六角形の時には、3つの陽イオンの重心と3つの陰イオンの重心が同じ位置にあります。辺の長さ(原子間距離)を変えずに六角形の高さを低くすると、陽イオンの重心は上に、陰イオンの重心は下にずれます。逆に六角形の高さを高くすると、陽イオンの重心は下に、陰イオンの重心は上にずれます。このように、振動によって変形すると同時に電気の偏りが生ずることで、水晶は電気信号を発振すると考えられてきました。しかし、このような原子の運動を直接観測して確かめることは、これまで誰もできていませんでした。

図1 水晶の結晶構造(左)と今まで考えられてきた水晶が変形によって生ずる電気の偏りのモデル(右)
図1 水晶の結晶構造(左)と今まで考えられてきた水晶が変形によって生ずる電気の偏りのモデル(右)

SPring-8の放射光と機器で観測に成功

 名古屋市立大学大学院システム自然科学研究科准教授の青柳忍さんは、振動している水晶を構成する原子の運動を世界で初めて観測することに成功し、2015年11月にその成果を論文として発表しました。
 青柳さんは言います「今後の物質開発に役立てるように、水晶という有用な材料の振動の仕組みを明らかにすることで、原子のふるまいをもっと理解しようというのが、今回の研究の目的でした。振動している原子の微小かつ高速な運動を計測するために、水晶の共振現象*1とSPring-8の短パルスX線*2を利用しました」。
 ガラスのコップを叩いて振動させた時に出る音と同じ高さ(周波数)の音をコップに当てると、共振という大きな振動が起きてコップが割れることがあります。これと同じように、水晶を叩いて振動させた時に出る電気信号と同じ周波数の交流電圧を水晶に加えたら、共振により大きな振動が発生するはずです。この共振の状態であれば、原子の振動も大きく増幅されるので、水晶における原子の運動をはっきり観測できるかもしれないと考えたのです。
 これら原子の運動を観測するために、青柳さんはSPring-8から放射される短パルスX線を利用しようと考えました。SPring-8の短パルスX線は時間幅が最小で50 ピコ秒 (1 ピコ秒は1兆分の1秒)で、カメラのストロボのように、瞬間的に非常に強い光(X線)を試料に当てることができるので、高速で振動している原子の運動の瞬間的な状態を捉えることができるかもしれないと考えたのです。
 実験の結果、水晶の変形は交流電圧との共振により、なんと1万倍程度に増幅されることが分かりました。図2は、振幅10 V、周波数30 MHzの交流電圧と共振した水晶の変形の割合(ひずみ)の時間変化をSPring-8の短パルスX線を用いて測定した結果です。 水晶が、加えた交流電圧と同じ周期(1周期は33ナノ秒)で振動していることがはっきりと分かります。ひずみの最大値は、0.3%程度であり、これは共振していない場合と比べて1万倍程度の値です。この共振現象による巨大な変形を利用することで、振動している水晶における微小な原子の運動を、世界で初めて明瞭に捉えることに成功しました。その結果、共振中の水晶の巨大な変形に反して、SiO4の四面体自体の形状は全く変形しておらず、四面体同士を連結するOを頂点とする角度(Si−O−Si角)のみが変形していることが分かりました。また、全てのSi−O−Si角が同じように変形するわけではなく、図3に示すように、特定のO原子が、電圧を加えた方向に大きく運動することで変形が発生することが分かりました。従って、水晶の振動は図1のような古典的なモデルだけで説明することは難しいことが分かりました。この新しく発見された変形から、水晶振動の正しい仕組みが明らかにされたことによって、将来の物質開発に新たな展開が期待されます。
 また青柳さんが続けます「短パルスX線だけでなく、X線チョッパー*3大型湾曲IP(イメージングプレート)カメラ*4という機器も、実験に必要不可欠でした。こうした優れた設備が一堂にそろっているのは、世界的に見ても珍しいですね」。

図2 水晶の共振状態のひずみの巨大な時間変化
図2 水晶の共振状態のひずみの巨大な時間変化

新材料・新技術開発の可能性も

 実験の成功には、SPring-8の実験設備だけでなく、高輝度光科学研究センターと共同で進めた新しい実験技術の開発も必要不可欠でした。それは、水晶の共振周波数と短パルスX線の繰り返し周波数の同期です。水晶の共振周波数と短パルスX線の周波数は整数倍になっておらず、通常であれば同期した測定ができません。そこで青柳さんたちは、交流電圧を一定時間加えないインターバル(間隔)を設けることによって、水晶の共振と短パルスX線の同期を実現しました。
 青柳さんたちが確立した実験技術は、水晶以外の圧電体*5結晶に対しても応用できます。「水晶の振動機構が分かったことにより、新しい圧電体結晶の設計に役立つかもしれません。今後は、広く産業利用されているリラクサー強誘電体*6など、水晶以外の圧電体結晶における原子の運動の計測も進め、それらの機能の仕組みを解明していきたいと思っています」と青柳さん。これらが成功すれば、限りあるエネルギーを効率的に変換・利用できる新材料・新技術の開発につながり、省エネルギー社会のいち早い実現にもつながるでしょう。

図3 水晶の結晶構造と振動中のO原子の運動
図3 水晶の結晶構造と振動中のO原子の運動

用語解説


*1 共振現象
振り子やブランコなど、ある特定の振動数(固有振動数)で振動する系(システム)に、外部から固有振動数と同じ振動数を持つ周期的な外力を加えると、振動の振幅が増大する現象のこと。固有振動数は共振周波数とも呼ばれます。

*2 短パルスX線
X線は波長の短い電磁波(光)であり、そのうち、カメラのストロボのように短時間に瞬間的に発せられるものを短パルスX線と言います。このときX線が発せられている時間幅をパルス幅と言い、SPring-8ではパルス幅50ピコ秒(1ピコ秒は1兆分の1秒)の短パルスX線を利用できます。

*3 X線チョッパー
任意の繰り返し周波数で短パルスX線を取り出す機器(「SPring-8の利用をご検討中のみなさまへ」:参照)。

*4 大型湾曲IP(イメージングプレート)カメラ
検出器に大面積(350 mm×683 mm)のイメージングプレートを採用し、高い統計精度の高分解能X線回折データを収集できるX線回折計。BL02B1(単結晶構造解析)ビームラインに設置されています。

*5 圧電体
圧力や応力をかけて歪ませると表面に電圧が発生する結晶を圧電体と言い、水晶は代表的な圧電体です。圧電体は力学的エネルギーと電気的エネルギーを相互に変換します。圧電体が“ある振動数”で振動すると、その振動数に等しい周波数の電気信号を外部に発生します。

*6 リラクサー強誘電体
圧電効果・誘電率の高い物質で、温度による変化も小さいので、医療機器用の超音波振動子や大容量コンデンサ材料として利用されています。


コラム

普段から「なぜ」に触れてアイデアを得る

 普段は研究に邁進している青柳さんの趣味兼息抜きは、博物館巡りです。「昨年、米国シカゴにあるフィールド自然史博物館に行ってきました。ティラノサウルスの世界最大の全身骨格は圧巻でしたね。どんな展示を見に行っても、『なぜこんな現象が起きるんだろう』『どうしてこんな形をしているんだろう』と思う物が見つかります。すると、探究心が刺激され、自分の研究のアイデアが見つかったり、違う視点に気が付いたりするきっかけになるんです」。仕事のオンとオフを分けつつ、互いに刺激を得られるようにしているようです。

実験に使う水晶を見る青柳さん

実験に使う水晶を見る青柳さん


文:日経BPコンサルティング 熊谷勇一


この記事は、名古屋市立大学大学院 システム自然科学研究科 青柳 忍准教授にインタビューして構成しました。