大型放射光施設 SPring-8

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X線照射下における酸化チタンの光触媒作用の発現を確認 - 光触媒の新たな応用に期待 - (プレスリリース)

公開日
2007年06月28日
  • BL22XU(JAEA 量子構造物性)
独立行政法人日本原子力研究開発機構は、独立行政法人産業技術総合研究所、東京大学生産技術研究所と共同して研究を行い、大型放射光施設(SPring-8)の放射光X線を用いた実験で、X線照射下における酸化チタンの光触媒作用発現の確認に初めて成功した。

平成19年6月28日
東京大学生産技術研究所
独立行政法人日本原子力研究開発機構

 独立行政法人日本原子力研究開発機構【理事長 岡saki.gif俊雄】(以下、「原子力機構」と言う)は、独立行政法人産業技術総合研究所、東京大学生産技術研究所と共同して研究を行い、大型放射光施設(SPring-8)の放射光X線を用いた実験で、X線照射下における酸化チタンの光触媒作用発現の確認に初めて成功した。これは、原子力機構・量子ビーム応用研究部門・X線量子ダイナミックス研究グループの田村和久研究員、産業技術総合研究所・環境管理技術研究部門・光利用研究グループの大古善久研究員(前東京大学生産技術研究所 共同研究員)らによる共同研究の成果である。
 酸化チタンは光を吸収することで、酸化チタン中の電子を活性化し、その光電気化学反応1) によって周りにある有機物や水を分解するという光触媒としてよく知られた物質である。これらの作用・特徴により、酸化チタンは、防汚、抗菌、消臭、防曇作用を持つ機能性材料として非常に注目されている。また、光触媒作用を利用した水の電気分解による水素製造法についても多くの研究者により検討が行われている。
 今回、原子力機構では、大型放射光施設(SPring-8)にて、酸化チタン板に放射光X線を照射することで、光電気化学反応による光電流2)光電位3)が発生することを確認した。また、同時に酸化チタン表面が水に濡れやすくなっていること(超親水化4))を確認し、これまでよく知られている光触媒反応が通常の光(可視光や紫外光)だけでなくX線照射でも起こり、さらに光の場合に較べて高効率(1個のX線で約15個の電子を発生する。紫外線では1個以下)であることを明らかにした。本成果は、これまで可視光もしくは紫外光照射下のみで用いられてきた光触媒が、放射線照射下でも同様な作用を発現し使用できることを示している。この成果を利用することにより、放射線と光触媒を組み合わせた水の分解による水素の生成など新しいエネルギー生産方法の展開や、放射線の強い透過力と光触媒の強い酸化分解力を組み合わせた新たな放射線治療の開発など、放射線の利用範囲の大きな拡大につながる可能性がある。
本成果は、国際電気化学会の学術誌"Electrochimica Acta"の5月13日の電子版に掲載された。

(論文)
"X-ray induced photoelectrochemistry on TiO2"
Kazuhisa Tamura, Yoshihisa Ohkob, Hiroyuki Kawamura, Hideki Yoshikawa, Tetsu Tatsuma, Akira Fujishimae and Jun’ichiro Mizuki
Electrochimica Acta Volume 52, Issue 24, Pages 6938-6942, published online 13 May 2007

背景
 酸化チタンは約3 eVのバンドギャップを持つ半導体であり、その光触媒作用が非常に注目を浴びている。酸化チタンの光触媒作用は、酸化チタン中の価電子帯の電子が光(紫外線)により伝導帯に励起され、電子・正孔対が生成し、それら電子・正孔がそれぞれ酸化チタン表面で酸化・還元反応を起こすことで発現する。これまで、光触媒作用を示さない半導体であるシリコンに、バンドギャップエネルギーをはるかに超えるエネルギーを持つ放射線を照射すると、電子・正孔対が生成し、それらを電流として検出することができることは知られていたが、酸化チタン等の光触媒に放射線を照射した際に光触媒作用が発現するかについては、明らかにされていなかった。原子力機構では、量子ビーム応用研究の一環としてX線やγ線など放射線の利用技術開発を進めており、本研究は放射線の利用分野の拡大を図るものであり、その基礎技術の1つとして取り組んでいる。

実験
 プラスチックフィルム材を窓とした電解セルを用い、大型放射光施設(SPring-8)JAEA量子構造物性ビームラインBL22XUにて、X照射下における光電流および光電位測定を行った(図1)。照射したX線のエネルギーは5020 eVである。

 図1 実験で使用した装置 図1 実験で使用した装置 : X線は、黄色線で示す方向から電気化学セル(図中央白線矢印)に照射した。

 図2は、X線を断続的に照射しながら酸化チタン電極で流れた電流値を測定した結果である。x-ray on, offはそれぞれX線の照射開始および停止を表す。X線の照射を開始すると電流値が増加し、照射を停止すると電流値がもとの値に戻ることがわかった。さらに、図3に示したように、開回路電位の測定を行った結果、X線の照射を開始すると電位がマイナス側にシフトし、照射を停止するともとの値に戻ることもわかった。この2つの結果における電流値および開回路電位の変化の特徴は、酸化チタンに紫外線を照射したときと同じであった。このような光(今の場合はX線)照射による電子生成は光触媒の特徴であり、光触媒性能を評価する指標となっている。
 この実験結果から、X線照射によっても酸化チタンの光触媒作用が発現することが明らかになった。ただし、別の実験から、光が酸化チタンに入射され電子・正孔対生成が生成されるまでの過程は、紫外線照射では紫外線により直接価電子帯の電子が伝導帯に励起されるのに対して、X線照射では、チタン1s軌道内殻励起に引き続く失活過程(オージェ失活)時に放出されるエネルギーにより、価電子帯の電子が励起されることも明らかになった(図4)。また、入射したX線光子数3×1011個/秒に対して酸化チタン内で生成した電子数は5×1012個/秒と、見かけの量子収率(IPCE)は約15と、内殻励起を伴う場合の光触媒反応が高効率で起こることを明らかにした。

図2 X線を断続的に照射しながら測定した電流電位曲線図2 X線を断続的に照射しながら測定した電流電位曲線 : on/ofはX線の照射開始/停止を表す。
図3 X線照射による開回路電位の変化図3 X線照射による開回路電位の変化
図4 紫外線およびX線照射による価電子帯電子の励起プロセス
図4 紫外線およびX線照射による価電子帯電子の励起プロセス

 また、図5にはX線照射による酸化チタン表面の親水化特性を調べるため、X線を照射する前および1分間照射した後の、水滴と酸化チタンとの接触角の変化を調べた結果を示す。X線照射前は接触角が65°であったのが、X線照射後には5°以下まで減少することが明らかになった。酸化チタンの光触媒作用の1つである表面の超親水性化についてもX線照射により発現することが明らかになった。

 図5 X線照射による酸化チタン表面の超親水性化の様子図5 X線照射による酸化チタン表面の超親水性化の様子: (左)X線照射前、(右)1分照射後

意義・波及効果
 本成果は、これまで可視もしくは紫外線照射下のみで用いられてきた光触媒が、放射線照射下でも同様な作用を発現し、さらにその効果が光の場合よりも高いことを示している。このことから、これまでガンマ線やX線といった放射線は、医療器具の滅菌や一部の高分子反応の誘起など使用が限定されていたが、この光触媒と組み合わせることで、①水の分解による水素製造や環境汚染物質の除去など新しいエネルギー生産や環境保全技術の開発や、②放射線の強い透過力と光触媒の強い酸化分解力を組み合わせたより効率的で新規な放射線治療(がんなどに光触媒の薬剤を注入し、そこに体外からX線などを照射し治療する)への展開などにつながる可能性がある。


 <用語解説>

 ※1 光電気化学反応
 光照射によって生じる電気化学反応。

 ※2 光電流
 本文においては、光触媒を電極として構成した回路において電場をかけながら光触媒に光照射を行った際、光吸収により光触媒内部で生成した電子および正孔の移動に基づく電流を指す。

 ※3 光電位
 本文においては、光触媒を電極として構成した回路において光触媒に光照射を行った際、電流を流していないときに発生している起電圧を指す。

 ※4 超親水化
 紫外線照射により、水分子の吸着しやすい酸素欠陥が生じ、その結果、表面が親水化すること。酸化チタンの場合、水の接触角がほぼ0になる。


<報道担当・問い合わせ先>

(本研究に関すること)
独立行政法人日本原子力研究開発機構 量子ビーム応用研究部門
 放射光科学研究ユニット 
 研究員 田村 和久 
 TEL: 0791-58-2639

(報道対応)
 広報部次長 花井 祐
 TEL:03-3592-2346

(SPring-8に関すること)
財団法人高輝度光科学研究センター 広報室 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786