大型放射光施設 SPring-8

コンテンツへジャンプする
» ENGLISH
パーソナルツール
 

「メラニン色素」の輸送に必須のタンパク質複合体を構造決定 -肌の美白維持や白髪抑制などの薬剤開発に期待- (プレスリリース)

公開日
2008年10月08日
  • BL41XU(構造生物学I)
独立行政法人理化学研究所と高エネルギー加速器研究機構は、肌や髪を黒くするメラニン色素の輸送に必須のタンパク質「Rab27」の2つの複合体の構造を世界で初めて解明しました。これは、理研生命分子システム基盤研究領域の横山茂之領域長、システム研究チームの白水美香子上級研究員、新野睦子上級研究員らと国立大学法人東北大学生命科学研究科の福田光則教授の研究グループ、KEK物質構造科学研究所構造生物学研究センターの若槻壮市教授、マンチェスター大学のレオナルド・シャバス研究員らと、国立大学法人群馬大学生体調節研究所の泉哲郎教授の研究グループによる共同研究の成果です。

2008年10月8日
独立行政法人理化学研究所
大学共同利用法人高エネルギー加速器研究機構
国立大学法人東京大学大学院理学系研究科
国立大学法人東北大学
国立大学法人群馬大学

本研究成果のポイント
○ メラニン色素輸送の鍵タンパク質「Rab27」の2つの複合体の構造を決定
○ 肌を白色化する遺伝病の発症メカニズムがRab27複合体の結合阻害と解明
○ Rab27複合体の形成阻害や安定化の薬剤設計が可能に

 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と高エネルギー加速器研究機構(鈴木厚人機構長:KEK)は、肌や髪を黒くするメラニン色素の輸送に必須のタンパク質「Rab27」の2つの複合体の構造を世界で初めて解明しました。これは、理研生命分子システム基盤研究領域の横山茂之領域長(東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻教授兼務)、システム研究チームの白水美香子上級研究員、新野睦子上級研究員らと国立大学法人東北大学(井上明久総長)生命科学研究科の福田光則教授の研究グループ、KEK物質構造科学研究所構造生物学研究センターの若槻壮市教授(センター長)、マンチェスター大学のレオナルド・シャバス研究員(元総合研究大学院大学高エネルギー加速器科学研究科物質構造科学専攻)らと、国立大学法人群馬大学(鈴木守学長)生体調節研究所の泉哲郎教授の研究グループによる共同研究の成果です。
 メラニン色素は、「メラノサイト※1」と呼ばれる皮膚の基底層にある細胞の中で合成され、メラノサイト内の色素顆粒「メラノソーム※1」に貯蔵されます。このメラノソームが、メラノサイト内を移動し、肌や髪の毛を作る細胞に受け渡されることで、肌や髪の毛が黒くなります。メラノサイトにおけるメラノソームの輸送は、Rab27Aと呼ばれる低分子量Gタンパク質※2が、Gタンパク質に特異的に結合するエフェクターと呼ばれるタンパク質と結合することで、はじめて正常に行われます。Rab27Aは、Slac2-a(別名メラノフィリン:Melanophilin)、Slp2-a(別名エキソフィリン4:Exophilin4)、という2つのエフェクターを連続的に用いて、メラノソームをメラノサイトの核周辺から細胞膜まで輸送します。研究グループは、メラニン色素輸送に中心的な役割を果たしている2つのタンパク質複合体「Rab27A-Slp2-a」および「Rab27B-Slac2-a」の構造を明らかにしました。解明した構造情報から、Rab27とSlac2-aおよびSlp2-aとの結合に重要なアミノ酸残基を同定し、Rab27が特定のエフェクターを認識する基盤を解明するとともに、Rab27AとSlac2-aのアミノ酸残基の変異が、肌の白色化の症状を示すグリセリ(Griscelli)症候群※3という遺伝病を発症する分子メカニズムを明らかにしました。
 本研究成果は、これらのタンパク質間の結合を阻害あるいは安定化するような薬剤の設計に応用することが可能であり、今後、メラノソーム輸送を人為的に制御することによって、肌の美白の維持や白髪発生の抑制につながる可能性が期待できます。
 本研究成果は、文部科学省で推進した「タンパク3000プロジェクト」の一環として行ったもので、米国の科学雑誌『Structure』に掲載されるに先立ち、オンライン版(10月7日付け:日本時間10月8日)に掲載されます。

(論文)
"Structural Basis for the Exclusive Specificity of Slac2-a/Melanophilin for the Rab27 GTPases"
Mutsuko Kukimoto-Niino, Ayako Sakamoto, Eiko Kanno, Kyoko Hanawa-Suetsugu, Takaho Terada, Mikako Shirouzu, Mitsunori Fukuda, and Shigeyuki Yokoyama
Structure, Vol 16, 1468-1477, published online 8 October 2008

1.背 景
 皮膚や髪の毛に含まれるメラニン色素は、私たちの体を有害な紫外線から守るために重要な役割を果たしていますが、その一方で、しみやそばかすの原因ともなっています。メラニン色素は、メラノサイトと呼ばれる細胞で合成され、細胞内顆粒のメラノソームに貯蔵されます。細胞の核周辺で成熟したメラノソームは、細胞内にはり巡らされた微小管とアクチン線維に沿って細胞膜まで移動し、隣接するケラチノサイトという皮膚の細胞や毛髪を作る毛母細胞に受け渡され、初めて皮膚や毛髪が黒くなります。
 低分子量Gタンパク質の1つであるRab27Aは、メラノソーム輸送を制御する機能を持ち、Slac2-a、Slp2-aという2種類のエフェクターと呼ばれるタンパク質と連携して、正常なメラノソーム輸送を行います(図1)。具体的には、まずSlac2-aが、メラノソーム上のRab27Aとアクチン依存性のモータータンパク質ミオシンVaをつなぎ止め、アクチン線維上のメラノソーム輸送に不可欠な役割を果たします。メラノソームが、細胞膜の近くまで輸送されると、今度は細胞膜に局在するSlp2-aがメラノソーム上のRab27Aを受け取り、細胞膜にメラノソームをつなぎ止めます。これらの機能を果たすために、Slac2-aはRab27Aに結合する部分(ドメイン)とミオシンVaに結合するドメインを持ち、Slp2-aはRab27Aに結合するドメインと細胞膜上のリン脂質に結合するドメインを持っています(図22004年11月15日プレス発表)。
 一方、Rab27Bは、Rab27AとともにRab27ファミリーを構成する低分子量Gタンパク質の1つで、Slac2-a、Slp2-aをはじめとするすべてのRab27Aのエフェクターに結合することから、Rab27Aと同様の機能を持つことが推測されています。
 これまで、Rab27AやSlac2-aに変異が起こると、毛髪の白色化などの症状を示すグリセリ症候群と呼ばれる遺伝病を発症することが知られています。ヒトには約60種類のRabタンパク質が存在しますが、なぜRab27だけがSlac2-a、Slp2-aといったエフェクターに特異的に結合するのか、また、なぜその変異により遺伝病を引き起こすのかといった分子メカニズムは、謎のままでした。

2.研究手法と成果
 一般的に、Rabタンパク質などの低分子量Gタンパク質は、グアノシン3リン酸(GTP)を結合した活性化型(GTP結合型)と、グアノシン2リン酸(GDP)を結合した不活性化型(GDP結合型)という2つの状態をとります。Rab27Aが正常なメラノソーム輸送を行うためには、Rab27AがGTP結合型をとってエフェクターと結合することが必要ですが、GTP結合型のRab27Aは構造が不安定であるため、その立体構造を解析することができませんでした。そこで研究グループは、構造解析に適した質のよいRab27とエフェクターの複合体試料を得るために、GTP結合型を安定化するような変異をもつRab27と、Rab27に結合する大きさや種類の異なるさまざまなエフェクターを試した結果、Rab27Aに結合した状態のSlp2-aのRab27結合ドメインと、Rab27Bに結合した状態のSlac2-aのRab27結合ドメインの結晶作製に成功しました。これらの複合体はそれぞれ、KEKが放射光科学研究施設フォトンファクトリー(Photon Factory)のBL5Aビームラインを用いて、理研が大型放射光施設SPring-8の構造生物学 I ビームラインBL41XUを用いて、立体構造を決定しました。
 解析した2つのRab27複合体の立体構造から、以下のことを明らかにしました。

(1)Slac2-aとSlp2-aはRab27を認識するための共通の構造を持っている
 Slp2-aは、長短2本のαヘリックス※4からなる構造をとり、その構造によってRab27Aに結合していることがわかりました(図3左)。一方、Slac2-aは、Slp2-aで見いだしたaヘリックスに加えて、亜鉛イオンを含有するドメインを持ち、その構造によってRab27Bに結合していました(図3右)。Rab27A-Slp2-a複合体とRab27B-Slac2-a複合体のいずれでも、そのタンパク質結合部分に、共通した疎水性アミノ酸残基間の相互作用と、親水性アミノ酸残基間の水素結合を見いだしました。これら2つの複合体の構造情報を組み合わせることにより、Rab27A-Slac2-a複合体のドッキングモデルを構築したところ、Rab27AとSlac2-aの結合に重要なアミノ酸残基の中には、グリセリ症候群タイプ2型(GS2)の患者で変異の見られるRab27Aのアミノ酸残基と、グリセリ症候群タイプ3型(GS3)で変異の見られるSlac2-aのアミノ酸残基が含まれていることが判明しました。このことから、Rab27AとSlac2-aの結合が阻害されることにより、正常なメラノソーム輸送ができなくなり、グリセリ症候群を発症することが推測できます。

(2)Rab27が特定のエフェクターを選択的に結合できる理由の解明
 ヒトには約60種類のRabタンパク質があり、それぞれ異なるエフェクターと結合し、固有の膜輸送を担っています。Rab27に類似するRabタンパク質の中では、これまで、Rab3AとRabphilin(ラブフィリン)というエフェクターの複合体の構造が知られていましたが、Rabタンパク質が固有のエフェクターを選択的に結合できる理由は不明でした。今回、明らかにした2つのRab27複合体と、Rab3A-Rabphilin複合体の構造を詳細に比較することで、Rab27のGTP結合型とGDP結合型の間で構造変化する領域(スイッチ領域)とその周辺領域のアミノ酸が、Slac2-a、Slp2-aとの特異的結合にかかわっていることが推測できました。さらに、部位特異的にRab3AやRab27Aにアミノ酸変異を導入し、複合体のタンパク質結合部分を調べたところ、Rab27のスイッチ領域を中心としたわずか4つのアミノ酸によって、特異的に結合するエフェクターが決定されるということがわかりました。

3.今後の期待
 紫外線を浴びると、私たちの体内ではメラノサイトが活性化され、メラノソーム内に合成されたメラニン色素が皮膚に輸送・沈着することにより日焼け、しみ、そばかすが発生します。従って、メラノサイトにおけるメラニン色素輸送の制御は、肌の美白維持とも密接な関連があるといえます。今回明らかになった構造は、今後、Rab27複合体の形成を阻害あるいは安定化するような薬剤の設計に応用することが可能です。さらに研究が進み、メラノソーム輸送を人為的に制御することができれば、肌の美白の維持や白髪発生の抑制につながると期待できます。


《参考資料》

図1 成熟したメラノソーム上には荷札役のRab27Aが特異的に存在している 図1 成熟したメラノソーム上には荷札役のRab27Aが特異的に存在している
運転手役のSlac2-aと運送トラック役のモータータンパク質ミオシンVaが結合して「Rab27A-Slac2-a-ミオシンVa」複合体が形成され、アクチン線維にメラノソームをつなぎとめ、アクチン線維に沿ってメラノソーム輸送が行われる。その後、Rab27AはSlac2-aからSlp2-a(宅配人役)に受け渡され、「Rab27A-Slp2-a」複合体が形成される。Slp2-aはメラノソーム上のRab27Aと、細胞膜上に存在するリン脂質を同時に結合することにより、輸送されてきたメラノソームを細胞膜につなぎ止める。


図2 Slac2-aとSlp2-aのドメイン構造 図2 Slac2-aとSlp2-aのドメイン構造
構造解析に使用したそれぞれのRab27結合ドメインを青色で示す。Slac2-aは、Rab27結合ドメインのほか、ミオシンVa結合ドメイン(緑色)とアクチン結合ドメイン(オレンジ色)を、Slp2-aはRab27結合ドメインのほか、リン脂質結合ドメイン(黄色)をそれぞれ、分子内に持つ。


図3 Rab27AとSlp2-aの複合体(左)と Rab27BとSlac2-aの複合体(右)の結晶構造 図3 Rab27AとSlp2-aの複合体(左)とRab27BとSlac2-aの複合体(右)の結晶構造
グリセリ症候群を引き起こすRab27A(GS2)とSlac2-a (GS3)の変異は、Rab27AとSlac2-aが形成する複合体における会合面に位置している。また、これらのアミノ酸残基は、Rab27AとRab27B、Slac2-aとSlp2-aの間でそれぞれ、保存されている。


《用語解説》

※1 メラノサイト / メラノソーム
 メラノサイトとは、脊椎動物のメラニン色素を産生する細胞で、メラノソームと呼ばれるメラニン色素を含む黒色の色素顆粒を作る。表皮の内側(基底層)や毛髪の付け根(毛球)に存在し、メラノソームを皮膚や毛髪の細胞に受け渡すことにより、体色の変化にかかわる。紫外線、ストレス(活性酸素)、ある種のホルモンに応じてメラニン色素の合成を活発に行い、生体防御に携わる。メラニン色素はしみ、そばかすの原因となる。またメラノサイトががん化すると、メラノーマ(悪性黒色腫)という非常に危険ながん細胞になる。

※2 低分子量Gタンパク質
 Gタンパク質は、細胞内の生化学反応を切り替えるシグナル伝達やスイッチの機能を持つ、グアニンヌクレオチド結合タンパク質の略称。グアノシン3リン酸をグアノシン2リン酸に切り替える発見をしたアルフレッド・ギルマンとマーティン・ロッベルが、1994年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。分子量が20キロダルトンから30キロダルトンの小さなGタンパク質を、特に低分子量Gタンパク質と呼ぶ。Rabタンパク質は、真核生物に普遍的に存在する低分子量Gタンパク質で、細胞内に存在する核やゴルジ体、リソソームなどの小器官の間で、膜や膜に包まれた袋(小胞)を輸送する過程(膜輸送と総称される)を制御する役割を担う。ヒトには約60種類のRabタンパク質が存在しており、それぞれが固有の膜輸送を制御すると考えられている。

※3 グリセリ(Griscelli)症候群
 肌や毛髪の色素が減少するために白くなる色素異常を特徴とする遺伝性の疾患。Rab27A遺伝子は、グリセリ症候群タイプ2型(GS2)の原因遺伝子であることが2000年に明らかにされ、60種類以上存在するRabタンパク質の中で初めてヒトの遺伝性疾患との関連性が示された。ミオシンVaの変異(グリセリ症候群タイプ1型:GS1)あるいはSlac2-aの変異(タイプ3型:GS3)によっても同様な毛髪の白色化が起こることが知られている。

※4 αヘリックス
タンパク質の2次構造のひとつ。タンパク質の骨格となるポリペプチドが、主鎖の間の水素結合により、規則正しいらせん状に折りたたまれた構造。らせんは右巻きで、3.6アミノ酸残基で1回転する。


(問い合わせ先)
独立行政法人理化学研究所
生命分子システム基盤研究領域 領域長
東京大学大学院理学研究科生物化学専攻 教授
 横山 茂之(よこやま しげゆき)
 TEL:045-503-9196 FAX:045-503-9195

大学共同利用法人高エネルギー加速器研究機構
物質構造科学研究所 教授
構造生物学研究センター センター長
 若槻 壮市(わかつき そういち)
 TEL:029-864-5631 FAX:029-864-2801

国立大学法人東北大学
生命科学研究科生命機能科学専攻 教授
 福田 光則(ふくだ みつのり)
 TEL:022-795-7731 FAX:022-795-7733

国立大学法人群馬大学
生体調節研究所 教授
 泉 哲郎(いずみ てつろう)
 TEL:027-220-8856 FAX:027-220-8860

(報道担当)
独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
 TEL:048-467-9272 FAX:048-462-4715

大学共同利用法人高エネルギー加速器研究機構 広報室 
 TEL:029-879-6047 FAX:029-879-6049

国立大学法人東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室
 横山 広美
 TEL:03-5841-8856 FAX:03-5841-1035

国立大学法人東北大学 総務部広報課
 TEL:022-217-4816 FAX:022-217-4818

国立大学法人群馬大学生体調節研究所 庶務係
 塚本 一文
 TEL:027-220-8822 FAX:027-220-8899

(SPring-8に関すること)
財団法人高輝度光科学研究センター 広報室
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp