大型放射光施設 SPring-8

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金(Au)における隠れた磁性の存在が明らかに - ナノ粒子の磁気的性質の解明へ大きな手がかり - (プレスリリース)

公開日
2012年01月23日
  • BL39XU(磁性材料)

2012年1月23日
財団法人 高輝度光科学研究センター

 高輝度光科学研究センター(JASRI)は、北陸先端科学技術大学院大学らと共同で、よく知られた物質である金 (Au) が、これまで検出されていなかった新たな磁気的性質を有することを明らかにしました。
 金は、有史以前から人類にとって馴染みの深い貴金属です。古くから宝飾品や貨幣として使われてきましたが、近年ではハイテク材料としての利用が注目されています。現在、金は軟らかくて加工しやすく、また電気をよく通すことから、半導体の配線等に使用されています。また、鉄やコバルトといった磁性体と組み合わせることで磁気記録材料としての応用も検討されています。
 従来、金は代表的な反磁性*1として知られており、それ自身では磁石となるような強い磁性は持たないと考えられてきました。ところが、最近の研究で、金をナノサイズの粒子にすると強い磁性を持つことが明らかになり、学術的にも応用の面でも興味を持たれています。
 本研究では、マクロな大きさの金も、常磁性*2といわれる明確な磁気的性質を持つことを世界で初めて明らかにしました。従来の磁気測定法では、この常磁性の性質は、それよりも大きな反磁性の性質に隠されて観測することができませんでしたが、大型放射光施設SPring-8*3の磁性材料ビームライン(BL39XU)の高輝度円偏光X線を用いたX線磁気円二色性分光測定 (XMCD)*4によって、微弱な常磁性信号を世界で初めて検出することに成功しました。この測定には、JASRIと(独)理化学研究所播磨研究所が共同開発したX線の偏光制御技術と、それを用いた高感度なXMCD測定が必須でした。マクロな大きさの金と金ナノ粒子の測定結果を比較すると、両者はともに電子の軌道運動*5に基づく磁性の成分が大きいことが分かりました。ナノ粒子の金が強い磁性をもつ理由は、金という物質そのものに存在する隠れた磁気的性質にあったのです。
 今回の発見は、物理の教科書において「金は反磁性体」との記述に一石を投じるものです。また、本研究によって、金だけでなく白金など貴金属のナノ粒子の磁気的メカニズムの理解が促進され、将来的にはこれらのナノ粒子を記録単位としたハードディスクなどの超高密度磁気記録材料の開発が期待されます。
 本研究成果は、JASRI利用研究促進部門の鈴木基寛 主幹研究員と河村直己 副主幹研究員、香川大学の宮川勇人 准教授、秋田大学の山本良之 准教授、北陸先端科学技術大学院大学の堀秀信 教授、スペイン バスク州立大学のホセ・ガリタオナンディア教授らの共同研究によるものです。アメリカ東部時間の1月24日(日本時間の1月25日)に、米国科学雑誌『Physical Review Letters』のオンライン版に掲載される予定です。

(論文)
"Measurement of a Pauli and orbital paramagnetic state in bulk gold using x-ray magnetic circular dichroism spectroscopy"
日本語訳:X線磁気円二色性分光法を用いた、バルク金のパウリ常磁性および軌道常磁性状態の観測
M. Suzuki, N. Kawamura, H. Miyagawa, J. S. Garitaonandia, Y. Yamamoto, H. Hori
Physical Review Letters, published online 24 January 2012.

1.研究の背景
 金は有史以前から人類にとって馴染みの深い貴金属であり、古くから宝飾品や貨幣として使われてきました。その物理的、化学的な性質は古くから研究されており、最もよく理解されている物質のひとつです。錆びにくく酸などにも侵されにくい、軟らかく加工しやすい、電気をよく通す、などの性質から、工業的にも多彩な応用が展開されています。とくに近年ではハイテク材料としての利用が注目されています。鉄やコバルトといった磁性体と組み合わせることで磁気記録材料としての応用も検討されています。さらには、金をナノサイズの粒子にすると強い磁性を持つことが最近の研究で明らかになり、学術的にも応用の面でも興味をもたれています。ところが、単体の金は代表的な反磁性体として知られており、それ自身では磁石となるような強い磁性は持たないと考えられてきました。なぜ磁石の性質をもたない金がナノサイズになると磁石になるのかはこれまで未解決でしたが、本研究では、この謎を解き明かすことに成功しました。

2.研究内容と成果
 本研究では、マクロな大きさをもつ単体の金でさえも、常磁性といわれる明確な磁気的性質を持つことを明らかにしました。SPring-8では、放射光X線を物質に照射してそのX線吸収量 (吸収スペクトル)を測定することで、試料の磁性を評価できます。この測定は円偏光*4したX線を用いており、X線磁気円二色性分光測定 (XMCD) と呼ばれます。XMCD測定法の第一の特徴は、非常に高感度に微弱な磁気信号を測定できることです。その検出感度は高く、鉄の磁性の10万分の1の大きさの信号まで検出できます。また、この手法のもう一つの特徴は、強磁性や常磁性といった電子スピンの関与する磁気的状態にだけ感度があり、反磁性の状態は検出されないことです。放射光以外の従来の測定法では、すべての種類の磁気信号を区別せずに測定してしまうため、金の磁気的応答のうち最も大きな反磁性信号しか検出できませんでした。放射光を使った高感度XMCD測定により、反磁性信号に邪魔されることなく、より微弱な常磁性信号のベールを剥がすことができたのです。
 実験で得られたスペクトルの解析によって、金の磁気的状態の詳細な情報が得られました。具体的には、金は本質的には外から加えた磁場と同じ方向に磁化すること、その磁化の大きさは磁場に対して完全に比例して変化することが分かりました。また、摂氏20℃から-271℃まで試料の温度を変化させても、その磁化の大きさは変化しませんでした。これらの情報から、金はパウリ常磁性という、金属に特有の磁性を示すことが分かりました。さらに、磁性の元になっているのは、金の5d軌道の伝導電子であること、電子のスピンと電子の軌道運動の両方が磁性に寄与していることを明らかにしました。軌道運動の成分の割合はスピン成分に対して30%ほどの大きさであり、その割合は鉄などの磁性体と比べて10倍も大きく、金という物質に特徴的な性質であることが分かりました。ナノ粒子の金についても同様の解析を行ったところ、やはり軌道運動による磁性の成分が30%あり、単体の金の結果とよく一致しました。この一致から、電子の軌道運動は、電子スピンを特定の方向に向かせる作用をもつため、大きな軌道成分がナノ粒子の強い磁性の起源のひとつであることが分かりました。ナノ粒子の金が強い磁性をもつ理由は、金という物質そのものに存在する隠れた磁気的性質にあったのです。

3.今後の展開
 今回の研究によって、単体の金が常磁性という磁気的な性質を持つことが明らかになりました。どの物理の教科書でも金は反磁性体とされており、今回の発見はこの常識に一石を投じるものです。金のようなよく知られた物質において、新たな性質が見つかることは学術的に非常に興味深いといえます。本研究により、まだまだ未解明な金ナノ粒子の磁気的性質の理解が進むと期待されます。これまでのナノ粒子の研究では、粒子の大きさ、結晶構造や粒子の形状、粒子の表面原子の性質、あるいは粒子の周りに配位した有機分子との作用に注目して、その磁性が議論されてきました。今回発見された電子の軌道運動という金自体がもつ性質を考慮に入れることで、ナノ粒子の磁性解明の大きな手がかりが得られるでしょう。さらには、金だけでなく白金など貴金属のナノ粒子の磁気的メカニズムの理解が促進され、将来的にはこれらのナノ粒子を記録単位とした超高密度磁気記録への応用も期待されます。

 本研究は、文部科学省・日本学術振興会科学研究費補助金の基盤研究B「放射光ナノビームによるビットパターン媒体の単一素子磁気解析」(代表者:鈴木基寛) の助成を受け、SPring-8の利用研究課題として行われました。


《参考資料》

図1:本研究成果の概要
図1 本研究成果の概要

放射光によるX線磁気円二色性分光 (XMCD) 測定 (グラフ中の赤丸が実験データ) によって、従来知られていた反磁性状態の信号(黒い点線)よりも小さい常磁性状態の信号(青線)を初めて検出することに成功した。この結果から、金が、電子のスピンと軌道運動による常磁性状態をもつことを発見した。軌道運動の割合が大きいことはナノ粒子にも共通の性質であり、金ナノ粒子が強い磁性をもつ原因であることを解明した。


《用語解説》
*1 反磁性

物質に磁場を加えたとき、外からの磁場と反対方向に磁化が生じる現象。電磁誘導によって生じる見かけの磁化として説明される。強磁性や常磁性といった、電子のスピンが関与する磁気とは異なるメカニズムによる現象である。反磁性体は、永久磁石や磁気記録材料には応用できない。

*2 常磁性、強磁性
物質に磁場を加えたとき、外からの磁場と同じ方向に物質に磁化が生じる現象。パウリ常磁性では、磁化の大きさは磁場の大きさに比例し、試料温度によらない。ミクロ的には、磁場によって特定の方向の電子スピンの数が増えることで起こると説明できる。強磁性では、外からの磁場を取り去っても一定の大きさの磁化が残る。これは、電子スピン同士の結びつきが強く、その向きが特定の方向に固定されやすいためである。強磁性材料は永久磁石や磁気記録材料に応用されている。

*3 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す施設で、その運転管理と利用者支援はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

*4 円偏光、X線磁気円二色性分光
X線は光や電波と同じく電磁波の一種であり、X線が進む方向に沿って電界と磁界の波が空間上を伝わっていく。円偏光とは、電界や磁界が螺旋状に回転しながら伝わる電磁波のことを指す。理髪店の店頭で回転している看板をイメージすると分かりやすい。円偏光したX線が磁気をもつ物質に吸収されるときには、物質中の電子の磁気的状態によって吸収量が異なる。また、電界の回転方向が右回りか左回りかによっても吸収量が異なる。この現象を利用して磁性体を解析する方法を、X線磁気円二色性分光 (X-ray Magnetic Circular Dichroism: XMCD) 法という。

*5 電子のスピン、軌道運動
物質が磁石の性質(磁性)をもつ理由は、その物質中の電子の運動にある。電子は一個一個がスピンというミクロな磁石としての性質をもっている。磁性をもたない物質では、電子スピンすなわちミクロ磁石の向きはばらばらなので、磁石の性質は平均としてゼロとなって、表には現れない。磁性体では、一定の数の電子スピンが同じ方向に揃っているため、電子のもつ磁石の性質がマクロな大きさにまで現れる。また、電子は原子核の周りを周回しており、この軌道運動もミクロ磁石として寄与する。スピンに対する軌道運動の割合が大きいと、その物質の磁化が特定の方向に向きやすくなる。この性質を磁気異方性と呼び、磁気記録材料において重要な性質である。



《問い合わせ先》
 鈴木 基寛(スズキ モトヒロ)
  高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 主幹研究員
   TEL:0791-58-2750 FAX:0791-58-1873
   E-mail:mail

(SPring-8に関すること)
 高輝度光科学研究センター 広報室
  TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
  E-mail:kouhou@spring8.or.jp