大型放射光施設 SPring-8

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Topic 12 ケージ構造をもつ12CaO · 7Al2O3の金属相への転移の解明

セメントの素材が金属同様の伝導体に変貌!

電気的な性質からすると、この世の物質は伝導体と絶縁体に大別される。半導体のように双方の性質をもつものも存在していることから、その境界が判然としているわけではないが、セメント素材のような物質を絶縁体だと考えるのは常識だ。ところが、東京工業大学フロンティア創造共同研究センターの細野秀雄教授、大阪府立大学の久保田佳基准教授、理化学研究所の高田昌樹主任研究員らの研究グループは、そんなセメント素材を伝導体に変えることに成功し、その転移メカニズムをSPring-8の放射光を用いて解明した。この成果により、ごく普通に存在する物質を素材にした新伝導体開発も夢ではなくなった。

絶縁体のセメント素材はほんとうに伝導体に変わるのか?

地殻の99%は、酸素、ケイ素、アルミニウム、鉄、カルシウム、ナトリウム、カリウム、マグネシウムの8元素から構成されている。なお、それらの元素のうち酸素以外の7元素は、単独で存在するのではなく、酸素と結合した酸化物として存在している。ほとんどが軽金属酸化物であるそれら酸化物類は、ガラス、セメント、陶磁器などの原料として日常的に広く用いられているが、電気を通さないことは常識となっている。

だが、東京工業大学の細野秀雄教授らの研究グループは、絶縁体として知られる諸々の軽金属酸化物の結晶構造をnm(ナノメートル=10-9 m)レベルの精度で明らかにしてきた。そして、解明されたそれらのナノ構造を巧みに利用することにより、本来は絶縁体である軽金属酸化物類を半導体や金属(伝導体)に変える研究を進めてきた。

「ずっと以前から軽金属酸化物には注目していました。ガラスやセラミックスを長年研究しているとわかるんです、それには何かあるはずだなって……。それで、軽金属酸化物と電子とを組み合わせてみる物性研究のアイデアが生まれたんです」と細野教授は語る。

カルシウムと酸素の化合物である石灰(CaO)と、アルミニウムと酸素の化合物である酸化アルミニウム(Al2O3)は、電気を流さない代表的な絶縁体として教科書などにも紹介されている。2003年、細野教授らは、それら2つの酸化物からできている12CaO・7Al2O3(以下C12A7と表記)というセメントの構成物質のひとつを半導体に変えることに成功した。

だが、その物質(C12A7)を金属状態にまで変えることはできないままであった。シリコンなどの半導体は、電子をドープ(注入)していくと、伝導性がどんどんと高まっていき、ドープされた電子の濃度がある一定の値を超えると金属状態に変わることがよく知られている。そのため、さらに一歩進んで、C12A7のような典型的な絶縁体を金属状態に変えることができるかどうかを研究することは、当然、興味深いテーマのひとつとなっていたが、これまでその結論は得られないままになっていた。

ついに絶縁体C12A7が金属状態に大変貌を遂げる!

C12A7はナノサイズのケージ(カゴ)がお互いに結びついて結晶をつくっており(図1)、その中に酸素イオン(O2-)が入っている。研究グループは、この酸素イオンが一定の自由度を保ちながらケージ内に入っており、温度が700°C以上になるとケージの連なる結晶中をよく動き回ることに着目した。そして、この動きまわる酸素イオンだけをつかまえて安定した結合体をつくることはできるが、C12A7のケージ自体とは反応しない金属チタンと一緒にガラス管の中に封入し、1100°Cで加熱してみた。C12A7と反応する元素だとケージが壊れてしまうのでチタンは最適な元素である。すると、ケージ内の酸素イオンをほぼ100%チタンのもつ電子で置き換えることが可能になり、その結果、C12A7を絶縁体から半導体、さらには金属状態にまで自由に変えることに成功した(図2)。なお、C12A7が金属化したことは、次のような2点を確認することで立証された。

第一点は、温度低下に伴い電気抵抗が減少することである。半導体の場合は温度が下がると逆に抵抗は増大する。

第二点は、磁性をもつ不純物を少量加えると、電気抵抗が温度とともに単調には変化せず、ある温度で最低値をとる現象が観察されたことである。これは「近藤効果」と呼ばれ、磁性不純物と伝導を担う電子との相互作用に共通な特徴だ。

金属化したこのC12A7は、金属マンガンと同程度、黒鉛の2倍以上もの高い電気伝導率をもつ。シリコンなどの半導体が金属に変わるときは電子の数は増えるが、電子1個あたりの移動度(動きやすさ)は減少する。だが、一連の研究を通じ、C12A7の場合には逆に、金属化すると半導体の状態よりも電子移動度が数十倍も大きくなることが明らかになった(図3下左)。

そこで、その原因を調べるために、SPring-8の粉末結晶構造解析ビームラインBL02B2の粉末X線回折装置と、理化学研究所の高田昌樹主任研究員らが開発したMEM/Rietveld法とを用いてC12A7の構造解析が行われた。MEM/Rietveld法は、構造未詳の物質の大まかな構造モデルから原子の詳細な配列を決定する画期的な構造解析法。電子密度イメージングと粉末回折パターンフィッティングとを組み合わせた手法である。

細野教授は、その結果について、「ナノサイズのケージ中に酸素イオンが入っている絶縁体の状態では、ケージの形が歪んでいます。でも、酸素イオンを電子で置き換え、酸素イオン数を減少させていくと、次第にその歪みがなくなっていき、ある濃度にまで電子が増えると、いっきに全部のケージが歪みのない綺麗な形になるんです。すると電子の動きが急に自由になり、そのために半導体が金属に変わることがわかったんですよ(図3下右)。SPring-8の高輝度X線ビームを用いて測定した高精度の回折データのおかげで、絶縁体状態から金属状態への構造変化の詳細なメカニズムの解明に至ったわけです。この物質のユニークな点は、金属カリウムと同じくらい電子を放出しやすいのに化学的に安定なことです。この性質を利用した電子機器類の開発は遠くないと思いますよ」と述べている。

情報機器類の液晶ディスプレイ生産には、希少金属インジウムのような透明金属が不可欠だ。だが、この研究が進めば、ごく日常的な元素(細野教授はユビキタス元素と呼んでいる)を使ってそれら希少金属の代替が可能になるかもしれない。C12A7などには、厚さ100 nm程度の薄膜にすると可視光線の70%が透過可能になるという特性もある。これら一連の研究成果は2007年4月、米国化学会発行の科学誌『Nano Letters』に掲載された。

なお、細野教授らのグループは、このC12A7の金属化成功からわずか3ヶ月後には同じC12A7の超伝導体化にも成功し、さらにそれから間もなく、新たな鉄系高温超電導体の発見に至っている。

図1.C12A7の結晶構造
図1.C12A7の結晶構造

ナノのカゴ(O2-入りとO2-入らずがある)から構成されており、立方体が単位格子(繰り返し構造の最小単位)である。単位格子内には12個のカゴがあり、そのうちの2個のみに酸素イオン(赤丸)が入っている。

図2.C12A7の電子ドープによる金属化

図2.C12A7の電子ドープによる金属化

図3.C12A7の金属化の特異性とその起源
図3.C12A7の金属化の特異性とその起源

上:通常の半導体と全く逆で、金属になると電子が急に動きやすく なる。
下:カゴの中の酸素イオンが電子に置き換わったときの変化。