Topic 13 DVD材料の高速光記録の構造解明
ナノ秒の光記録の秘密は「結晶構造の超高速変化」
書き換え可能な光ディスク・DVD-RAMは、ビデオ、音楽、パソコン用データのレコーダーなどとしてごく日常的な存在となっている。だが意外なことに、なぜ高速で「書き込み−再現−消去−再書き込み」ができるのかは謎のままであった。強度の異なる光の照射に応じ、ディスク表面のメモリ用薄膜層を構成する物質の原子結合状態に「変化−復元」の反復が起きることはわかっていたが、その変容のプロセスは未解明だったのだ。ナノ秒(10-9秒)単位で起る原子結合の超高速変化の観測手段がなかったからだが、SPring-8の放射光を用いた研究により、近年、世界に先駆けその謎が解明された。
DVDの原理とそのメカニズムの謎
未使用DVD-RAM表面のメモリ用薄膜層には、Ge2Sb2Te5(ゲルマニウム・アンチモン・テルライド)結晶のような、複数の金属原子の結合結晶が規則的に並んでいる。これにレーザー光を照射すると被照射部だけが一瞬液化し、さらに室温で急速冷却され、そこだけ原子の結合が不規則に歪み固まったアモルファス相に変化する。その状態の薄膜相に再び光を当てた場合、結晶部分とアモルファス部分とでは光の反射率が異なるのだ。そこで、結晶部分に「0」を、アモルファス部分に「1」を対応させれば、デジタル情報の「書き込み」とその「読み取り」が可能になる。旧データを消去し新データを書き込むには、読み取り用の光よりは強く、かつアモルファス相が融解せず再結晶化する程度の強さのレーザー光を照射してやればよい。これがDVD-RAMの原理なのだが、結晶とアモルファスどちらの構造も未解明であったし、レーザー光を照射すると、どんなプロセスを経て結晶とアモルファス両構造間の相変化・逆相変化が生じるのか、また、1ナノ秒もの超高速でそのような相変化が起こるのは何故なのかも依然謎のままだった。「まさかと思われるかもしれませんが、実際そうだったんですよ。だから、何とかしてその謎が解明できないものかと夢中になりましてね」と、理化学研究所の高田昌樹主任研究員は一連の研究の発端について語った。
強風で裏返りすぐ復元する雨傘とそっくり!
謎解明の口火を切ったのは産業技術総合研究所近接場光応用工学研究センターの富永淳二センター長、アレクサンダー・コロボフ主任研究員、ポール・フォンス研究員らのグループだ。2004年、同グループは、SPring-8などの放射光とXAFS(X線吸収微細構造:X-ray Absorption Fine Structure)という手法を併用しGe2Sb2Te5の結晶構造とそのアモルファス構造とを詳細に調べ、長年の懸案だったDVDへのデータの超高速記録と消去の原理解明に成功した。X線を対象物に照射すると、原子がX線を吸収して光電子を放出する。この光電子の波が隣接する原子で反射し干渉し合うとX線吸収スペクトルに独特の振動が現れる。この振動を解析し、特定の原子に隣接する原子との距離や両者の相互作用の様態を観測する手法がXAFSだ。
研究の結果、Ge2Sb2Te5の結晶相からアモルファス相への様態変化は、強風のため一瞬裏返った雨傘が強風でまた瞬時に復元するのにも似た、原子間の可逆的な基本的結合関係が維持されたままの変化であることが判明した。かなめになるゲルマニウム原子が高速でシフトすることにより、瞬時に可逆的な相変化が起っていたのである(図1)。Ge2Sb2Te5のアモルファス相は、原子が無秩序に並ぶ本来の意味でのアモルファス相とは違っていたのだ。そのため、相転移に要するエネルギーも時間もきわめて少なくて済むのである。この画期的な発見についての研究論文は、『Nature Materials』誌の2004年10月号に掲載された。

赤色のゲルマニウム原子が緑の面を境に行き来することで相変化が起こる
世界で初めて超高速相転移過程の直接観測に成功
Ge2Sb2Te5が20ナノ秒もの相変化速度を持つ理由は解明されたが、超高速相転移における原子結合の詳細な様態変化の究明は未着手だった。そこで、高田主任研究員、パナソニックの山田昇研究員、JASRIの小原真司副主幹研究員らは「反応現象のX線ピンポイント構造計測」プロジェクトを立ち上げ、Ge2Sb2Te5と、100ナノ秒とより相変化速度の遅いGeTe(ゲルマニウム・テルライド)との結晶・液体・アモルファス各相の原子構造を厳密に比較し、構造の相違が相変化速度に及ぼす影響を検証した。
実験にはSPring-8の高エネルギーX線回折ビームラインBL04B2と粉末結晶構造解析ビームラインBL02B2が用いられ、回折データ解析の結果、画期的成果を挙げるに至った。
Ge2Sb2Te5、GeTeのどちらも結晶相では4員環(4個の原子の正方形状に結合した構造)が基本構造になっている。レーザー光照射により、一瞬の液状化を経てアモルファス相になるが、その場合、Ge2Sb2Te5は4、6、8、10個の原子からなる偶数員環の結合体に、GeTeのほうは3、5、7個の原子からなる奇数員環と原子4、6個の偶数員環との結合体になる。それらが再び結晶相に戻る場合、偶数員環のみからなるGe2Sb2Te5はわずかな組み替えで4員環だけの構造に戻ることができる。だが奇数員環の多いGeTeが4員環のみの構造に戻るには複雑な結合の組み替えが必要だ(図2)。両者の相移転速度、特にアモルファス相から結晶相への転移速度の違いの原因を究明したこの成果は、2006年の「光メモリ・国際シンポジウム」で発表された。
2008年には、代表的な光ディスク素材であるGe2Sb2Te5とAg3.5In3.8Sb75.0Te17.7(銀・インジウム・アンチモン・テルリウム四元化合物)がアモルファス相から結晶相へと超高速転移する過程(データ消去の過程)がリアルタイムで観測された。世界初のこの快挙は、同プロジェクトチームに所属するJASRIの木村滋副主席研究員、理化学研究所の田中義人専任研究員らによるものだ。
SPring-8の放射光は40ピコ秒(ピコ=10-12)周期のパルス光なので、アモルファスに照射するレーザー光のパルス周期をピコ秒精度で同調させれば、時分割X線回折光による相変化の観測ができる。そこでSPring-8の高フラックスビームラインBL40XUには、最速40ピコ秒ごとのX線回折データと光学反射率変化データを測定できるX線ピンポイント構造計測システムが設置された。その結果、Ge2Sb2Te5ではまず大きな結晶核ができ、それが増えて全体が結晶化するのに対し、Ag3.5In3.8Sb75.0Te17.7では、初めに多数の細かな結晶粒が生じ、それらが繋がってより大きな結晶粒になり、さらにそれらが融合し最終的な結晶構造になることが判明した(図3)。また、データの消去と両物質の相変化が同じナノレベルの時間スケールで起こることも確認され、両成果は2008年3月の『Applied Physics Express』誌オンライン版に掲載された。高田主任研究員は、「一連の研究を、フェムト秒(フェムト=10-15)単位のパルス光を用いた『電子の直接観測の夢』実現へと繋げたいですね」と語っている。

図2.Ge2Sb2Te5およびGeTeの相変化モデル

図3.Ge2Sb2Te5材料およびAg3.5In3.8Sb75.0Te17.7材料のデータ消去過程における相変化モデル