大型放射光施設 SPring-8

コンテンツへジャンプする
» ENGLISH
パーソナルツール
 

超低温度におけるX線回折測定に成功(トピック)

公開日
2004年06月23日
  • BL19LXU(理研 物理科学II)
理化学研究所播磨研究所量子磁性材料研究チームの勝又紘一チームリーダー、フランスCNRSのJ. E. Lorenzo博士らの研究により、0.04ケルビンという超低温度におけるX線回折測定に成功した。

平成16年6月23日
独立行政法人理化学研究所

 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、0.04ケルビン※1という超低温度におけるX線回折※2測定に成功しました。フランスCNRSのJ. E. Lorenzo博士、理研播磨研究所量子磁性材料研究チームの勝又紘一チームリーダーらによる研究成果です。
 ある種の磁性体では量子力学的効果※3により、スピン※3がペアーを作り低温で磁性が消滅します。この状態に強い磁場をかけますと、スピンペアーが壊されて磁性が復活します。この時、スピンと結晶格子との結合により格子が変位することが期待されます。大型放射光施設(SPring-8)理研物理科学ビームライン(BL19LXU)において、入射ビームを制御し、希釈冷凍機※4を用いることにより、世界記録の0.04ケルビンという超低温度で磁場中でのX線回折測定を行うことが出来ました。その結果、量子磁性体Cu2(C5H12N2)2Cl4において、磁場中での相転移に伴う格子変形の観測に成功しました。
 超低温度におけるX線回折法は、絶対零度付近で起こる量子相転移※5の研究などに威力を発揮するものと期待されます。
 本研究成果は米国の学術誌 『Phys. Rev. B 69, 220409 (2004)』に掲載されました。

(論文)
"Observation of a lattice instability at the field-induced phase transition of the spin-gapped compound Cu2(C5H12N2)2Cl4"
J. E. Lorenzo, K. Katsumata, Y. Narumi, S. Shimomura, Y. Tanaka, M. Hagiwara, H. Mayaffre, C. Berthier, O. Piovesana, T. Ishikawa, and H. Kitamura

1.背 景
 絶対零度の世界はどのようなものなのか?自然科学に興味のある人なら一度は想像したことがあるのではないでしょうか。熱による撹乱がないので、量子力学が系の動きを支配すると考えられています。このような系の研究を行うためには、絶対零度に出来るだけ近づいて実験することが必要になります。従来のX線回折実験では、10ケルビン程度までの測定は普通に行われていました。1ケルビン以下の測定はかなり困難となります。最大の問題は、試料がX線を吸収して温度が上がってしまう点にあります。特に放射光X線を使う場合には入射X線の強度が強いので、超低温度での測定を考えること自体がクレージーだと言われていました。私たちは、敢えてこの困難な実験に挑戦したのです。

2.研究成果と意義
 理研物理科学ビームラインBL19LXU第4ハッチにおいては30keV程度の高エネルギーのX線を使った実験をしています。2mmx1mmの面積を持つ試料位置に入ってくるX線の強度は約5x1013フォトン/秒で、このままCu2(C5H12N2)2Cl4試料に当てますと3〜7mWに相当する発熱を起こします。一方で、理研量子磁性材料研究チームが所有する希釈冷凍機の冷却能力は0.03ケルビンにおいて2μWですので、入射X線強度を三桁ほど弱める必要があります。スリットでビームを細くし、減衰器で弱めた結果、最終的に0.04ケルビンで安定に測定することが出来ました。温度は希釈冷凍機の近くと、試料近くの二カ所に設置された温度計で測定し、殆ど差がないことを確認しています。X線測定の前に、同じ試料について比熱測定をおこない、磁場と温度の平面上で相図を作り、X線実験はこの相図と比較しながら行いました。
 X線回折測定の結果、0.04ケルビン7.3テスラ※6の磁場でa軸方向の格子定数が約0.03%縮む事が分かりました。通常、Cu2+イオンでは結晶中でも電子の軌道磁気モーメント※3が残っており、これが結晶格子と相互作用することが期待されます。そのため、磁場をかけて非磁性状態から磁性を復活させるとスピンと軌道の相互作用を通して格子に影響が出ると考えられます。

3.今後の期待
 X線回折測定で超低温度を得るのは、X線による試料の発熱を冷凍機によってどこまで冷やせるかにかかっています。今後、強力な冷却能力を持った希釈冷凍機を手に入れることが出来れば、絶対零度により近い領域での物理現象、例えば質量数3のヘリウム固体の磁気構造の解明など、をX線回折法により研究できると期待されます。


<参考資料>

図1 理研ビームラインBL19LXU第4ハッチに設置されたX線回折測定装置
図1 理研ビームラインBL19LXU第4ハッチに設置されたX線回折測定装置

15テスラ超伝導磁石と、その中に組み込まれた希釈冷凍機が回折計に載せられている。

 


 

図2 量子磁性体Cu<sub>2</sub>(C<sub>5</sub>H<sub>12</sub>N<sub>2</sub>)<sub>2</sub>Cl<sub>4</sub>について0.04ケルビンの超低温度で測定された格子定数の磁場依存性
図2 量子磁性体Cu2(C5H12N2)2Cl4について0.04ケルビンの超低温度で測定された格子定数の磁場依存性

 


<補足説明>

    ※1 ケルビン
     熱力学的に考えられる最低の温度を絶対零度とし、そこから測った温度を絶対温度という。絶対温度の単位をケルビン(K)で表す。0 K = -273.15 ℃。1 mK = 0.001 K。
    ※2 X線回折
     X線は電磁波の一種なので、波の性質を持つ。そのため、X線と同程度の距離に規則正しく並んだ散乱体があれば、回折現象を起こし特定の方向にX線の強いスポットが現れるはずである。これを結晶を使って実証したのがブラッグ父子であり、現在、結晶構造解析の手法として広く使われている。
    ※3 量子力学的効果
     原子のレベルで起こる現象を説明する物理法則を量子力学という。量子力学から、直感的には理解が困難な効果が多数導かれる。例えば、電子はスピンとよばれる角運動量を持つことが量子力学から導かれる。原子は太陽系との類推で、原子核の周りを電子が回転運動していると、イメージされる。電子は電荷をもつので、これが回転すると磁場ができ、磁気モーメントをもつ(軌道磁気モーメント)。スピンは地球の自転と同じように電子が自転していると考えると、これによる磁気モーメントも現れる。化学の分野で良く知られているように、二つのスピンが反強磁性相互作用(互いに反対方向に向こうとする性質)をすると、エネルギーレベルが一つしかないシングレット状態と、三つのエネルギーレベルのあるトリプレット状態の二つの状態が現れ、それらの間にエネルギーギャップが生じる。シングレット状態は磁性を持たない。このようなシングレット状態が結晶全体の磁性原子(電子)の共同効果として現れるとき、結晶は非磁性の状態となる。これは、磁性体における量子効果の一例である。
    ※4 希釈冷凍機
     数mKまでの超低温度を以下の原理により得る装置を希釈冷凍機という。質量数4のヘリウムガスは一気圧では約4Kで液体となる。質量数3と質量数4のヘリウムの混合液は約0.8K以下で、3Heの希薄な相と3Heの濃厚な相の二相に分離する。濃厚相の3Heを希薄相に拡散させると周りから気化熱を奪って温度が下がる。
    ※5 量子相転移
     温度、磁場、圧力などの変化で物質の状態が変化することを相転移という。絶対零度では熱による撹乱がないので状態の変化は無いと思われるが、量子力学的な効果で、ある状態から別の状態に変化する事が予想できる。これを量子相転移という。量子相転移は空想のものではなく、絶対零度に近づくと、その兆候が観測されるので実験の対象となる。
    ※6 テスラ
     「磁界(磁束密度)」の単位。1テスラ=10,000ガウス。


 

<本研究に関する問い合わせ先>
独立行政法人理化学研究所
播磨研究所 量子磁性材料研究チーム
チームリーダ  勝又 紘一
TEL: 0791-58-2916 FAX: 0791-58-2923

 研究推進部  上原みよ子
TEL:0791-58-0900 FAX:0791-58-0800

(報道担当)
独立行政法人理化学研究所 広報室  駒井 秀宏
TEL:048-467-9272 FAX:048-467-4715

<SPring-8についての問い合わせ先>
財団法人高輝度光科学研究センター
  広報室  原 雅弘
e-mail: hara@spring8.or.jp
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786