大型放射光施設 SPring-8

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液体リンの相分離を放射光を用いて観察- 液体の相転移研究に新たな手がかり -(プレスリリース)

公開日
2004年10月29日
  • BL11XU(JAEA 量子ダイナミクス)
  • BL14B1(JAEA 物質科学)
日本原子力研究所は、1000℃、1万気圧の高温高圧下において、リンの液体中に急激な密度の増加が始まり、それまでの液体中に高密度の液滴が出現して二相に分離することを観察した。

平成16年10月29日
日本原子力研究所

 

日本原子力研究所(理事長 岡saki.gif 俊雄)は、1000℃、1万気圧の高温高圧下において、リンの液体中に急激な密度の増加が始まり、それまでの液体中に高密度の液滴が出現して二相に分離することを観察した。密度増加の発生とそれに伴う相分離は一次相転移1)の典型的な特徴であり、液体は温度、圧力変化に対して密度が連続的に変わり、一次相転移は起こらないと考えられていた従来の概念を覆すことにもつながる成果である。これは、関西研究所放射光科学研究センター極限環境物性研究グループ片山芳則らによる成果である。
 液体リンが1000℃、1万気圧付近で一次相転移を起こしている可能性は片山らによってNature誌(2000年1月号)に発表された。X線回折測定2)によって得られた液体リンのミクロ構造からその可能性を推論したものであり、その妥当性は認められたものの一次相転移を決定付ける実験的証拠の観察が待たれていた。原研では、大型放射光施設(SPring-8)の高温高圧実験ステーションにおいて液体リンの相転移のより詳細な研究を進めた。従来はX線回折測定を行っていたが、新たにX線透過像撮影3)とX線吸収測定を実施した。具体的には、1000℃、1万気圧の条件下で、X線透過像のビデオ撮影によって、それまでの液体中に球状の液滴が出現して徐々に成長する過程を観察するとともに、X線吸収測定によって液滴中の密度が60%も増加していることを観察した。これらの結果から液体リン中で一次相転移が起きていることを実験的に確認できた。
 リンは液体の一次相転移が見出された最初の物質となり、固体と比べて解明が遅れている液体の構造研究、相転移研究に新たな分野を開拓するものである。また、同一組成にもかかわらず水と油のように相分離を起こす液体の存在は、物質輸送・抽出などに関連した新しい流体工学技術4)の開発にもつながるものと期待している。
 上記の成果は、科学雑誌 Science 10月29日号に掲載された。

(論文)
"Macroscopic Separation of Dense Fluid Phase and Liquid Phase of Phosphorus"
(日本語訳:高密度液体リンの相分離)
Yoshinori Katayama, Yasuhiro Inamura, Takeshi Mizutani, Masaaki Yamakata, Wataru Utsumi, and Osamu Shimomura
Science 306 (5697), 848 - 851 (2004), published online 29 October 2004.


<補足説明>

実験は大型放射光施設(SPring-8)原研材料科学IIビームラインBL11XUおよび原研材料科学IビームラインBL14B1に設置されている2台の高温高圧発生用プレスを用いて行われた。プレスを用いたX線透過像撮影、および密度測定法、さらにこれらの手法を用いて得られた実験結果の詳細を以下の図で説明する。

図1 X線透過像撮影に用いられた高温高圧プレス(左)と試料部のセットアップ(右)
図1 X線透過像撮影に用いられた高温高圧プレス(左)と試料部のセットアップ(右)

このプレスを用いて直径1mm、高さ2mmの試料に1600°C、10万気圧の高温高圧を発生することができる。試料の状態は放射光源から発生する強力な白色X線を使って観察する。試料部を透過したX線は蛍光スクリーンに当てて光学像に変換した後、CCDカメラを使ってビデオ撮影される。図ではX線の吸収が小さい試料容器が白く、X線の吸収が大きいリン試料が黒く写っている。

 


 

図2 1000℃、1万気圧で観測された液体リンの二相分離状態のX線透過像
図2 1000°C、1万気圧で観測された液体リンの二相分離状態のX線透過像

低密度の液体中に出現した高密度相の液滴(右端の大きな液滴)が左側の小さな液滴を喰って成長する過程が観測されている(A→B→C)。最後に試料空間は高密度液体で埋め尽くされる。

 


 

図3 密度測定に用いられた高温高圧プレス(左)と試料部のセットアップ(右)
図3 密度測定に用いられた高温高圧プレス(左)と試料部のセットアップ(右)

のプレスを用いて直径2mm、高さ1mmの試料に1600°C、10万気圧の高温高圧を発生することができる。入射X線の吸収は試料が厚いところで大きく、薄いところで小さくなり、透過X線は右端の図のような吸収曲線を示す。この曲線の形状を解析することにより試料の密度が求められる。

 


 

図4 1000℃における液体リンの密度の圧力変化
図4 1000°Cにおける液体リンの密度の圧力変化

液体の低圧相(低密度相)から高圧相(高密度相)への転移は1GPa(~1万気圧)付近、900°C以上の高温で起こる。低圧液体相ではリンの4原子からなるピラミッド構造が、高圧液体相では切れ切れになったポリマー構造が主要な構成要素であると考えられ、それらの構造が相境界を境に突然変わる。

 


 

図5  リンの高温高圧状態図
図5 リンの高温高圧状態図

液体の低圧相(低密度相)から高圧相(高密度相)への転移は1GPa(∼1万気圧)付近、900°C以上の高温で起こる。低圧液体相ではリンの4原子からなるピラミッド構造が、高圧液体相では切れ切れになったポリマー構造が主要な構成要素であると考えられ、それらの構造が相境界を境に突然変わる。

 


<用語解説>

    1.一次相転移
     ある相が温度や圧力の変化によって他の相へ変わる際に、密度の不連続な変化を伴うものを一次相転移と呼ぶ。一次相転移は多くの固体で観測されており、その代表例は高温高圧下で起こる黒鉛からダイヤモンドへの相転移である。液体で一次相転移が観測されたのはリンが初めてである。
    2.X線回折測定
     物質にX線を照射し、回折されたX線の位置や強度(回折パターン)を解析することによって、物質中の原子配列に関する情報を得る。結晶では周期的な原子配列構造が、液体では数個〜数十個の局所的で平均的な原子配列を推定することができる。
    3.X線透過像撮影
     物質をX線が通過する際に物質固有の吸収が起こる。その吸収の差によって生じたコントラスト像から物質の内部構造を観察することができる。レントゲン写真撮影による体内の観察はその一例である。
    4.物質輸送・抽出などに関連した流体工学技術
     特定の物質を、溶解度の違いを利用して液体もしくは流体に抽出し、分離・輸送する技術。金属イオン、油脂、タンパク質などの多様な物質に適用されている。超臨界二酸化炭素を使用したダイオキシンの抽出分離はその一例である。
      <参考>
      本研究成果は、下記ウェブサイトでも取り上げられています。
      physics web, 28 October 2004: "Liquids double up

 

<本研究に関する問い合わせ先>
日本原子力研究所 関西研究所 放射光科学研究センター
極限環境物性研究グループ  片山 芳則
Tel:0791-58-2632/Fax:0791-58-2740
日本原子力研究所ホームページ: http://www.jaea.go.jp/jaeri/no_flash.html

<SPring-8についての問い合わせ先>
(財)高輝度光科学研究センター 広報室
E-mail: kouhou@spring8.or.jp
Tel:0791-58-2785/Fax:0791-58-2786

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