大型放射光施設 SPring-8

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ナノ細孔に吸着した水素分子の直接観測に成功- 水素貯蔵多孔性物質の設計指針への期待 -(プレスリリース)

公開日
2004年11月26日
  • BL02B2(粉末結晶構造解析)
大阪女子大学の久保田佳基グループ、高輝度光科学研究センターの高田昌樹グループ、京都大学の北川進グループは、新しい水素貯蔵材料として有望な物質である多孔性配位高分子のナノスケールの細孔(ナノ細孔)に吸着された、水素分子の直接観測に世界で初めて成功した。

平成16年11月26日
大阪女子大学
(財)高輝度光科学研究センター
京都大学

 

大阪女子大学の久保田佳基グループ、(財)高輝度光科学研究センターの高田昌樹グループ、京都大学の北川進グループは、新しい水素貯蔵材料として有望な物質である多孔性配位高分子のナノスケールの細孔(ナノ細孔)に吸着された、水素分子の直接観測に世界で初めて成功した。
 水素は環境負荷の少ないクリーンなエネルギーとして大変期待されており、その利用のために水素を大量にかつ効率的に貯蔵する技術が求められている。金属イオンと有機分子を組み合わせて作られた多孔性配位高分子は軽量で、室温・1気圧で合成できることから産業化が容易であり、細孔の大きさや形を自由に設計して合成することができる。設計性に富んだこの物質を合理的に合成していくためには、吸着水素分子の基本的な構造情報は大変重要である。これまで水素貯蔵材料として数多くの多孔性配位高分子の合成が報告されているが、水素分子がナノ細孔内のどのような位置に吸着されているかは全く明らかにされていなかった。
 これまで水素の位置決定はX線では難しいとされてきたが、今回、多孔性配位高分子のナノ細孔に水素分子を吸着させ、SPring-8の高輝度放射光を用いて測定したX線回折データを、情報理論に基づく新しい電子密度解析法により解析することで、吸着水素分子の位置決定に成功した。その結果、吸着された水素分子は出し入れが容易な形態で細孔の中にきれいに配列していることを世界で初めて明らかにした。これは、より優れた吸着能をもつ配位高分子を設計していく指針を与え得るものであり、今後の水素エネルギー利用技術の発展に貢献できると考えられる。
 この成果は、化学分野で最もインパクトファクターが高いドイツ科学雑誌Angewandte Chemie International Editionに掲載され、その号の表紙を飾ることとなった。印刷に先立ってオンライン版が11月22日にインターネット上で公開された。

(論文)
"Direct Observation of Hydrogen Molecules Adsorbed onto a Microporous Coordination Polymer"
(日本語訳:ミクロ孔配位高分子に吸着した水素分子の直接観測)
Yoshiki Kubota, Masaki Takata, Ryotaro Matsuda, Ryo Kitaura, Susumu Kitagawa, Kenichi Kato, Makoto Sakata, Tatsuo C. Kobayashi
Angewandte Chemie International Edition 44 (6), 920 - 923 (2004), published Online: 22 Nov 2004.

水素は環境に対する負荷が少なく、地球上に無尽蔵に存在する元素であり、次世代のクリーンエネルギー源として期待されている。水素ガスを利用するにあたってガスを大量にかつ効率的に貯蔵する技術の開発が求められている。
 これまで水素貯蔵材料として、水素吸蔵合金やカーボンナノチューブなどの炭素系材料がよく調べられているが、近年、多孔性配位高分子が注目を集めている。1997年に北川らは、金属イオンと有機分子とをブロックを積み重ねるように組み合わせ、ナノスケールの細孔(ナノ細孔)を持つ配位高分子を合成することに成功した。この物質は室温・1気圧で容易に化学合成できることから産業化も比較的容易である。そして、金属原子と有機分子の組み合わせを変えることにより様々な大きさ・形状のナノ細孔を自在にデザインすることができるので、新しい水素貯蔵材料として大変有望な物質である。近年、大量の水素ガスを吸着する多孔性配位高分子の合成の報告が急速に増えているが、水素分子がナノ細孔内のどのような位置に吸着しているかは全く明らかにされていなかった。設計性に富んだこの物質の新規合成を進めていくにあたり、水素分子とナノ細孔との相互作用を理解することは重要である。そのために水素分子のナノ細孔の中での振る舞いを知る基本的な構造情報は欠かせないものである。
 水素は電子を一つしか持たない最もX線散乱能の低い元素であるので、これまでX線を使って水素の構造決定することは難しいとされてきた。今回、大型放射光施設(SPring-8)粉末結晶構造解析ビームラインBL02B2において、北川らが合成した多孔性配位高分子に水素ガスを吸着させた状態で高精度の粉末回折データを測定し(*)、得られた回折データを高田らが開発した情報理論に基づく新しい電子密度解析法を用いてイメージングを行った。その結果、細孔内に吸着した水素分子を直接観測することに成功した。
 図1は、今回得られた水素分子吸着状態での配位高分子の電子密度分布である。細孔内に青色で示した水素分子の電子密度がイメージングされている様子がわかる。水素分子は細孔の中央ではなく、少し細孔壁に寄った位置に、しかし、配位高分子とは独立に、規則的に配列していることがわかる。図2には吸着水素分子と骨格構造を構成している原子の位置関係を示してある。水素分子は銅原子に配位結合した酸素原子(図中赤で示している原子)の近くに存在していることがわかった。
 また、この物質の細孔壁面は平坦ではなく凹凸がある(図12)。水素分子は細孔壁のくぼみの部分にすっぽりはまるように存在していることがわかった。つまり、この物質では水素分子の大きさと、細孔のくぼみの大きさがちょうど同じくらいになっている。
 以上の結果から、この多孔性配位高分子への水素分子吸着においては、
  ・金属原子−酸素原子の構造ユニットが水素を誘引する効果を持つ。
  ・細孔の形状が水素分子の大きさとフィットすることが効果的である。
ということが示唆される。
 北川グループの合成手法を用いれば、様々な大きさ・形状のナノ細孔を持つ多孔性配位高分子を自在にデザインすることが可能である。今後、本研究により得られた設計指針に基づいた高性能水素貯蔵物質の合成が期待され、将来の水素エネルギー利用技術の発展に貢献できるものと考えられる。

    (*)SPring-8での実験は文部科学省のナノテクノロジー総合支援プロジェクトの支援を受けて粉末結晶構造解析ビームラインBL02B2で実施された。また、科学研究費特定領域研究「配位空間の化学」及び、CREST(JST)の支援を受けているものである。

<参考資料>

図1 水素分子を吸着した多孔性配位高分子の電子密度分布
図1 水素分子を吸着した多孔性配位高分子の電子密度分布

細孔方向の横から(左)と正面から(右)見た図である。青球が水素分子の電子密度イメージである。緑の矢印は細孔の方向を示している。

 


 

図2 吸着水素分子と骨格構造を構成している原子の位置関係
図2 吸着水素分子と骨格構造を構成している原子の位置関係

 


<用語解説>

多孔性配位高分子
孤立電子対を持つ分子やイオンが、その電子対を利用して化学結合を形成している高分子結晶のことを指す。金属イオンとそれらを橋かけする有機分子によって、極めて均一な細孔構造が形成される。



 

<本研究に関する問い合わせ先>
大阪女子大学 理学部 環境理学科
講師  久保田 佳基
E-mail:kubotay@center.osaka-wu.ac.jp
Tel:072-222-4811 Ext.4343/Fax:072-222-4791

(財)高輝度光科学研究センター 利用促進部門 I
CREST(JST)
  主席研究員  高田 昌樹
E-mail:takatama@spring8.or.jp
Tel&Fax:0791-58-0946

京都大学大学院工学研究科 合成・生物化学専攻
   教授  北川 進
E-mail:kitagawa@sbchem.kyoto-u.ac.jp
Tel:075-383-2733/Fax:075-383-2732

<SPring-8についての問い合わせ先>
(財)高輝度光科学研究センター 広報室
E-mail:kouhou@spring8.or.jp
Tel:0791-58-2785/Fax:0791-58-2786


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