大型放射光施設 SPring-8

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マイナス272℃に冷やした固体酸素が磁場で1%も体積膨張(プレスリリース)

公開日
2005年05月26日
  • BL19LXU(理研 物理科学II)
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、固体酸素の体積が磁場中で1%も大きく膨張することを発見しました。理研播磨研究所量子磁性材料研究チーム(勝又紘一チームリーダー)等による研究成果です。

平成17年5月26日
独立行政法人理化学研究所

ポイント
・1%の膨張は物質中で最大、鉄に比べて3桁も膨張
・固体酸素の結晶形成には磁気的相互作用が働く

 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、固体酸素の体積が磁場中で1%も大きく膨張することを発見しました。理研播磨研究所量子磁性材料研究チーム(勝又紘一チームリーダー)等による研究成果です。
 酸素は空気中に約20%含まれ、動植物にとってなくてはならない気体です。酸素の気体を冷やしていきますと、-183℃で液体になり、-218℃で固体となります。固体酸素は酸素分子が整然と並んだ単斜晶系の結晶構造をしています。通常の固体では電気的な相互作用により構造が安定化されます。酸素分子はスピンとよばれる小さな磁石を持っており、磁性が結晶構造を決める上で重要な働きをするのではないかと考えられてきました。大型放射光施設(SPring-8)理研物理科学IIビームライン(BL19LXU)を使い、磁場中で固体酸素のX線回折※1実験を行ったところ、結晶のa及びb軸の格子定数※2(磁場ゼロではa軸が5.381Å、b軸が3.427Å)が磁場と共に大きく伸びることが分かりました。7.5テスラ※3の磁場ではその体積が約1%も増加しました。磁性体である鉄も磁場中で膨張しますが、その量は8テスラで約0.004%と僅かです。固体酸素の磁場による膨張量は、これまでに報告されている物質の中で最大であると思われます。また、この研究から、固体酸素の結晶構造の安定化に磁気的相互作用が重要な働きをすることが明らかになりました。
 固体酸素の磁場中膨張のメカニズムの解明から、新規磁性材料の創製が期待されます。
 本研究成果は、イギリスの学術誌 『Journal of Physics: Condensed Matter』5月27日号に出版される予定です。

(論文)
"The giant magneto-volume effect in solid oxygen"
K Katsumata, S Kimura, U Staub, Y Narumi, Y Tanaka, S Shimomura, T Nakamura, S W Lovesey, T Ishikawa and H Kitamura

1.背 景
 酸素の気体を冷やしていきますと、-183℃で液体になり、更に冷やしますと、-218℃で固体となります。固体酸素は冷やすに従って、ガンマ、ベータ、アルファの三つの相を取ります。アルファ相は-249℃以下において安定で、反強磁性とよばれる磁性を示します。固体酸素は図1に示すように、酸素分子が整然と並んだ構造をしています。図中の赤い矢印はスピンと呼ばれる小さな磁石で、酸素原子の電子により作られます。
 通常の結晶(例えば食塩、NaCl)では、プラスイオンとマイナスイオンの電気的な力により、結晶構造が安定化されます。固体酸素は図1に示しますように、酸素分子に小さな磁石(スピン)が付随しており、この磁気的な力が結晶構造を決めるのに重要な働きをするのではないかと言われていました。これを確かめるためには、外から磁場をかけてスピンを操作し、それに伴って結晶格子が変化するかどうかを見るのが最も直接的です。しかしながら、これまでは強磁場中での放射光X線回折を測定する装置がなかったため、こうした変化を観察することは非常に困難でした。


2.研究手法と成果
 大型放射光施設(SPring-8)理研物理科学IIビームライン(BL19LXU)において、超電導磁石(図2)を用いて、-272℃に冷やした固体酸素のX線回折測定を行いました。
 回折測定の結果、磁場を加えない場合にはa軸が5.381Å、b軸が3.427Åでした。この格子定数のうちa及びb軸の格子定数が磁場と共に大きく伸び、7.5テスラの磁場ではa軸が5.408Å、b軸が3.454Åと広がっていることが分かりました(図3)。c軸の格子定数と角度βは磁場で殆ど変化しません。その結果、7.5テスラの磁場で体積が約1%増加しました。磁性体である鉄も磁場中で膨張しますが、その量は8テスラで約0.004%であることから、酸素の膨張量が3桁も高く、いかに大きいものかが分かります。この膨張量は、我々の調べた限り、これまでに報告されている物質の中で最大です。
 固体酸素の磁場中での膨張は今回初めて観測された現象で、そのメカニズムの解明は今後の課題です。一般に、結晶を安定化するメカニズムはいくつかあり、例えばNaClのようなイオン結晶の場合はイオン結合、金属の場合は金属結合、等です。固体酸素の場合は酸素分子間のvan der Waals力※4によるもので、これはイオン結合や金属結合に比べて弱いものです。スピン間の磁気的相互作用はイオン結合や金属結合の力に比べて弱いですが、van der Waals力とは大きな差はありません。今回の結果から、固体酸素では結晶の安定性や立体構造に、磁気的な相互作用が重要であることが明らかになりました。


3.今後の期待
 磁場中におけるX線回折測定より、固体酸素の体積が極めて大きくなる現象を発見しました。このことから固体酸素の結晶構造の安定化に磁気的相互作用が重要であることが明らかとなりました。このメカニズムを解明することにより、磁場で制御可能な新素材の開発が可能となるでしょう。それにより、磁場と連動するスイッチやセンサーなどの開発、磁場により働きを変える新しい電子素子などの開発に繋がることが期待されます。


<参考資料>

図1 アルファ相固体酸素の結晶構造と磁気構造
図1 アルファ相固体酸素の結晶構造と磁気構造

 


 

図2 固体酸素のX線回折測定を行った超電導磁石
図2 固体酸素のX線回折測定を行った超電導磁石

 


 

図3 固体酸素の結晶格子定数aおよびbの磁場依存性
図3 固体酸素の結晶格子定数aおよびbの磁場依存性
図3 固体酸素の結晶格子定数aおよびbの磁場依存性

磁場の増加に伴い、結晶格子定数が大きく増加している。

 


<補足説明>

    ※1 X線回折
     X線は電磁波の一種なので、波の性質を持つ。そのため、X線の波長と同程度の距離に規則正しく並んだ散乱体があれば、回折現象を起こし特定の方向にX線の強いスポットが現れるはずである。これを、結晶を使って実証したのがブラッグ父子であり、現在、結晶構造解析の手法として広く使われている。
    ※2 格子定数
     結晶を構成する最小のユニットの大きさを表すための単位。最小ユニットの辺の長さa, b, cと、角度α, β, γの6個の定数を用いる。
    ※3 テスラ
     「磁界(磁束密度)」の単位。1テスラ=10,000ガウス。
    ※4 van der Waals(ファンデルワールス)力
     閉殻原子(He, Ne Arなど)や分子の集合体においてそれらの間に働く力。電子が時間的に変動することで、プラス極とマイナス極が生じて、向かい合った原子や分子同士を引き寄せるように働く力。ファンデアワールス力もしくはファンデルワールス力と読む。


 

<本研究に関する問い合わせ先>
独立行政法人理化学研究所 播磨研究所
量子材料研究グループ 量子磁性材料研究チーム
チームリーダー  勝又 紘一
Tel:0791-58-2916/Fax:0791-58-2923

独立行政法人理化学研究所 播磨研究所
   播磨研究推進部  猿木 重文
Tel:0791-58-0900 /Fax:048-467-0800

(報道担当)
独立行政法人理化学研究所
  広報室  駒井 秀宏
Tel:048-467-9272/Fax:048-467-4715

<SPring-8についての問い合わせ先>
(財)高輝度光科学研究センター
   広報室  原 雅弘
E-mail:hara@spring8.or.jp
Tel:0791-58-2785/Fax:0791-58-2786

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