大型放射光施設 SPring-8

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シリコン中の極浅高濃度不純物の状態を光電子分光法で解明 -微細MOSトランジスタ用pn接合中のホウ素の活性化状態とその分布を明らかに-(プレスリリース)

公開日
2008年09月17日
  • BL27SU(軟X線光化学)
微細なシリコンCMOSトランジスタに必須のナノレベル極浅pn接合における高濃度の活性化したホウ素と不活性なホウ素の分離検出およびその深さ方向分布の解明に成功した。シリコン表面近傍の高濃度のホウ素の化学結合状態とその量の軟X線光電子分光法による分析を、シリコンの極薄層を削る毎に繰り返す手法を用いた。今後要求が高まる深さ10 ナノメートル以下で作られる極浅で高い電気伝導性を有する接合形成プロセスの開発に必須の分析技術となると期待される。

平成20年9月17日
東京工業大学

 微細なシリコンCMOSトランジスタ※1に必須のナノレベル極浅pn接合※2における高濃度の活性化したホウ素と不活性なホウ素の分離検出およびその深さ方向分布の解明に成功した。シリコン表面近傍の高濃度のホウ素の化学結合状態とその量の軟X線光電子分光法による分析を、シリコンの極薄層を削る毎に繰り返す手法を用いた。今後要求が高まる深さ10 ナノメートル以下で作られる極浅で高い電気伝導性を有する接合形成プロセスの開発に必須の分析技術となると期待される。
 光電子分光によるホウ素の検出感度を高めるために、大型放射光施設SPring-8の軟X線光化学ビームラインBL27SU において高輝度軟X線の励起による光電子分光を行った。その際、シリコンのエッチングには、シリコン表面のオゾン雰囲気中常温における酸化と、その結果形成された酸化層の化学エッチングによる除去を繰り返す方法を使った。各エッチング毎に行う光電子分光により、シリコン中のホウ素は熱処理後3種類の化学結合状態に分かれ、それぞれが表面から10ナノメートルの範囲で全く異なる濃度分布を示すことがわかった。これらとホール測定によるキャリア濃度分布との比較から、活性化したホウ素が1種類、残りの2種類が不活性なホウ素と同定できた。
 この成果は、9 月15 日から英国エジンバラで開催される欧州固体デバイス研究会議(ESSDERC2008)で報告された。

(本研究の発表国際会議)
The 38th European Solid-State Device Research Conference (ESSDERC2008),2008年9月15-19日、英国・エジンバラにて発表された。(当該論文の発表日時は、現地時間9月16日17時30分、日本時間は17日1時30分)

(論文)
"New analysis of heavily doped boron and arsenic in shallow junctions by X-ray photoelectron spectroscopy"
(日本語訳:X 線光電子分光によるシリコン中の高濃度ドープされたホウ素および砒素の新分析技術)
K. Tsutsui, M. Watanabe, Y. Nakagawa, T. Matsuda, T. Yoshida, E. Ikenaga, K. Kakushima, P. Ahmet, H. Nohira, T. Maruizumi, A. Ogura, T. Hattori and H. Iwai
The 38th European Solid-State Device Research Conference (ESSDERC2008), pages 142-145 (2008), published 15-19 September 2008.

《背景と意義、これまでの経緯》
 大規模集積回路(LSI)を構成するシリコンの極微細CMOSトランジスタでは、シリコン表面に10ナノメートル以下の極めて浅いpn接合を形成する技術が求められている。ここでは、表面からのドーピング層を浅くすることに加えて、導入した不純物を電気的に高効率に活性化して低いシート抵抗※3を得ることも必要である。しかし、そのための熱 処理により不純物が拡散してドーピング層が深くなる問題がある。そこで、高濃度不純物の分布を変えることなく活性化できる不純物導入プロセスと熱処理プロセスの開発が急務となっている。この研究開発には、活性な不純物と不活性な不純物を分離し、かつ、その深さ方向空間分布を検出できる分析技術が必要となる(図1)。
 この度、このようなナノレベル極浅pn接合における高濃度の活性化した不純物と不活性な不純物の分離検出およびその深さ方向分布の解明に、東京工業大学の筒井一生准教授・岩井洋教授・服部健雄客員教授らのグループが成功した。この深さ方向分布の解明に用いた軟X線光電子分光技術は、同グループと武蔵工業大学の野平博司准教授らのグループとの共同開発によるもので、SPring-8(財団法人高輝度光科学研究センター)の池永英司研究員の協力を得て実施された。また、東京工業大学と産学共同研究を行っている(株)ユー・ジェー・ティー・ラボから最先端のプラズマドーピング法※4によって製作された試料の提供を受けた。

《内容》
 今回開発した手法は、Si表面近傍の高濃度のホウ素や砒素などの不純物の化学結合状態とその量の軟X線光電子分光法※5による非破壊分析を、同グループが開発した方法を用いてシリコン層を0.5 ナノメートル毎に段階的に削った試料に対して行うものである(図2)。
極浅接合のうち、表面からホウ素を導入して表面側にp型層を作る構造の形成には最高度のプロセス技術が必要となる。そこで、同グループはプラズマドーピング法によるホウ素のドープ層を検討対象とした。各種不純物の中でも光電子分光による検出が最も難しいホウ素の検出感度を高めるために、大型放射光施設SPring-8※6において高輝度軟X線※7の励起による光電子分光を行った。その際、シリコンのエッチングには、シリコン表面のオゾン※8雰囲気中常温における酸化と、その結果形成された酸化層の化学エッチングによる除去を繰り返す方法を使った。この方法は、不純物の種類や濃度にほとんど影響されずに、低温で不純物の析出や再分布を抑えながら各1回の酸化とエッチングによりシリコン層を約0.5ナノメートル剥離できるので、極浅接合の評価に適している。
 各エッチング毎に行う光電子分光により、シリコン中のホウ素は熱処理後3種類の化学結合状態に分かれ(図3)、それぞれが表面から10ナノメートルの範囲で全く異なる濃度分布を示すことがわかった(図4(a))。これらとホール測定※9によるキャリア濃度分布との比較から、活性化したホウ素が1種類、残りの2種類が不活性なホウ素と同定できた(図4(b)(c))。不活性なホウ素が形成する様々なクラスター※10の結合エネルギーの第一原理計算※11による結果と実験値との比較からクラスターの構造の解明が期待される。今回開発した方法を駆使して極浅領域における活性なホウ素濃度を高められれば、微細CMOSのさらなる高性能化が達成でき、将来の高機能・低消費電力LSIの実現につながると期待される。
 この成果は、9 月15 日から英国エジンバラで開催される欧州固体デバイス研究会議 (ESSDERC2008)で報告される予定である。


《参考資料》

図1 シリコン(Si)基板表面に極浅の pn 接合を形成するプロセスの概念、および形成された接合内部の不純物の状態の概念。
図1 シリコン(Si)基板表面に極浅の pn 接合を形成するプロセスの概念、および形成された接合内部の不純物の状態の概念。
 Si中に導入された高濃度の不純物を限られた熱処理で活性化させなければいけない。このとき、最も表面近くの不純物原子の濃度は非常に高いが全てが活性化しているわけではなく、クラスター構造などをとって不活性な状態で残っていると考えられている。ドープ層(ここでは p 層)のシート抵抗を下げるためには、これらクラスターなどの生成を抑制し、活性な不純物の濃度を高めなければいけない。その方法を開発するには、まず、表面近くの極めて高濃度の領域で不純物がどのような状態でどのように分布しているかを知ることが非常に重要である。本研究の重要な成果は、この点で知見を大きく進ませたことにある。


図2 測定方法の概念図
図2 測定方法の概念図
 基板表面から段階的にエッチングをした試料について軟X線光電子分光測定を行い、各エッチング段階でのボロン原子の化学結合状態と濃度を解析し、最終的にそれらの深さ方向分布の情報を得る。エッチングは、オゾンによる表面酸化とできた酸化層を化学エッチング除去する工程の組み合わせで最表面のSi層を削る方法であり、これを繰り返すことで目的の深さまでエッチングする。1回で約0.5ナノメートル程度削れる。


図3 エッチング深さごとの試料におけるホウ素からの光電子(B 1s)スペクトルをエッチング深さの順に縦に並べた図
図3 エッチング深さごとの試料におけるホウ素からの光電子(B 1s)スペクトルをエッチング深さの順に縦に並べた図
 図2の方法で測定した結果得られた実験データである。Si中のホウ素が3つの異なる結合エネルギー、すなわち異なる化学結合状態で存在することが分離して観測されたことが重要。分離された個々のスペクトル(BEH, BEM, BEL とラベルを付けたものなど)の強度はそれぞれの状態のホウ素の濃度に対応している。このような情報を、表面から削る深さの変化に沿ってみてゆくと、それぞれのホウ素が深さ方向にどのように分布しているかを知ることができる。


図4 分離観測されたホウ素の深さ方向の分布と、そこから各スペクトルに対応するホウ素の活性・不活性およびクラスター化を決めた方法の説明。
図4 分離観測されたホウ素の深さ方向の分布と、そこから各スペクトルに対応するホウ素の活性・不活性およびクラスター化を決めた方法の説明。


《用語解説》

※1 CMOSトランジスタ
 MOSトランジスタは、MOS(金属-酸化物-半導体)構造により電流制御を行うトランジスタで、電子電流を流すNチャネル型と正孔電流を流すP型の双対構造の2種類がある。これらNチャネル型とPチャネル型を組み合わせて論理ゲートや信号増幅素子を構成したものがCMOS(相補型MOS)トランジスタであり、現在の集積回路の大部分はCMOSトランジスタの集積で構成されている。

※2 pn接合
 半導体は、添加する不純物により、電子が電気伝導を担うn型と、正孔(正の電荷を持った粒子)が電気伝導を担うp型になる。一つの半導体中にp型領域とn型領域を接して形成したものをpn接合と呼び、トランジスタやダイオードの基本構成要素になっている。シリコン半導体の場合、p型を作る不純物はホウ素、n型を作る不純物はリンや砒素などである。本研究で対象にしているのは、n型のSiウエハの極表面にホウ素を添加してp型層を形成し、pn接合を形成したものである。

※3 シート抵抗
 不純物を添加した表面層の面内方向に電流を流した場合の電気抵抗を表す。高性能なトランジスタの実現には不純物添加層に大きな電流を流せるようにシート抵抗を下げることが非常に重要である。

※4 プラズマドーピング法
 プロセスチャンバー内に導入した添加(ドーピング)する不純物を含む化合物ガスをプラズマ化すると、プラズマ内に不純物元素のイオンやラジカルが生成される。このチャンバー内に半導体ウエハを置き、プラズマとウエハとの間の静電ポテンシャル差を利用して不純物イオンやラジカルを半導体ウエハ表面に導入する方法である。イオン注入法に比べて、極浅い領域に高濃度の不純物を短時間に導入できる利点を有する。

※5 X線光電子分光法
 真空中で物質にX線を照射すると、物質を構成している原子の内殻から真空中に飛び出してくる電子を、光電子と呼ぶ。この光電子の運動エネルギーから、この電子が当該原子固有の内殻準位に束縛されていたときのエネルギー、いわゆる結合エネルギーを知ることができる。結合エネルギーは、隣接する元素との化学結合状態を反映して、元素単体の結合エネルギーから変化する、いわゆる化学シフトが生じる。この変化量から、試料を構成する元素を同定するとともに元素の化学結合状態を決定する手法を光電子分光法という。なお、光電子は表面から電子の脱出深さ(運動エネルギーに依存し、今回の場合、1ナノメートル以下)の領域から放出されるので、光電子分光法は表面敏感となる。

※6 大型放射光施設SPring-8
 財団法人高輝度光科学研究センターが運用する国内最大の放射光施設。

※7 軟X線
 X線の中でもその波長が長く光子エネルギーが低いX線のこと。本研究では光子エネルギーが500eV(電子ボルト)の軟X線を使用した。軟X線を用いると当該元素の光イオン化断面積が大きくなる、換言すれば当該原子との相互作用が大きくな るのでホウ素のような軽元素も高感度で測定ができる。しかし、高輝度で高分解能の軟X線は放射光施設以外では得にくい。

※8 オゾン
 酸素原子が3つ結合した分子構造(O3)をもつ気体。酸化力が極めて強い。実験室では、酸素ガス(O2)を放電や紫外線照射で励起することで作り出せる。

※9 ホール測定
 磁場の中に半導体試料を置き、電流を流したときにその流れの垂直方向に電圧を生じるホール効果を利用して、その電流を担っているキャリアの種類(電子か正孔)とその濃度を決定する方法。

※10 クラスター
 不純物原子が複数集まって特定の安定構造をとったもの。半導体中の高濃度の不純物は様々なクラスター構造をとりやすい。電気的に活性な不純物原子は、単独で半導体の結晶格子に組み込まれるものなので、活性化した不純物を多くするには、クラスターの形成を抑制してこれを減らすことが必要と考えられる。

※11 第一原理計算
 実験から得られる情報をいっさい使わず、元素の原子番号や分子・結晶がもつ構造対象性などの基本定数のみから物質の電子状態や元素の結合状態などを理論計算で求める手法。


(問い合わせ先)
 東京工業大学 大学院総合理工学研究科
 物理電子システム創造専攻
  筒井 一生
   E-mail:mail
   TEL/FAX:045-924-5462
   (9月15-24日は海外出張中につき電子メールでご連絡ください。)

(SPring-8に関すること)
 財団法人高輝度光科学研究センター 広報室
   TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
   E-mail:kouhou@spring8.or.jp