大型放射光施設 SPring-8

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大気中の350℃以下の低温加熱のみで基板上にナノテープの形成に成功 - 電子回路配線の新しい作製方法の可能性 -(プレスリリース)

公開日
2008年12月15日
  • BL13XU(表面界面構造解析)
高輝度光科学研究センターと東京工業大学は共同で、将来の小型集積回路の配線材料としてデバイスへの応用が期待される、ナノテープを酸化ニッケル薄膜表面に大気中で容易に作製することに成功しました。

平成20年12月15日
財団法人 高輝度光科学研究センター
国立大学法人 東京工業大学

 高輝度光科学研究センター(以下「JASRI」、理事長 吉良爽)と東京工業大学(学長 伊賀健一)は共同で、将来の小型集積回路の配線材料としてデバイス※1への応用が期待される、ナノテープ※2を酸化ニッケル薄膜表面に大気中で容易に作製することに成功しました。
 これは、JASRI利用研究促進部門の坂田修身主幹研究員と東京工業大学大学院総合理工学研究科の吉本護教授らの共同研究による成果です。
 今回得られた成果は、以下の2点です。
1) 大気中で、350℃以下の比較的低い温度での熱処理により、酸化ニッケル薄膜表面に面内で規則的な周期で並ぶナノテープを作製することに成功しました。
2) 今回のナノテープを形成するのに必要なエネルギーはニッケル原子と酸素原子との結合エネルギー値に比べて約1/300と非常に小さいことを「その場シンクロトロンX線回折法※3」により明らかにしました。薄膜のごく表面の形状変化を検知するためには、大型放射光施設SPring-8※4の高輝度なシンクロトロンX線を用いることが不可欠でした。
 今回見出されたナノテープ作製方法は自己組織化法※5の一種ですが、真空度や溶液濃度を制御する必要がない簡便な方法のため、工学的な応用の可能性の高い方法です。特に、周期的ナノテープを大気中で比較的低い温度で簡便に作製できる今回のプロセスは、将来の小型集積回路の配線材料や高密度メモリー材料として電子デバイス分野への応用が期待されます。
 本研究成果は、アメリカの応用物理学術誌「Applied Physics Letters」の2008年12月15日号に掲載されました。

(論文)
Transformation from an atomically stepped NiO thin film to a nanotape structure: A kinetic study using x-ray diffraction
「酸化ニッケルの超平坦薄膜からナノテープ構造への変化:X線回折を用いた反応速度論的研究」
Osami Sakata, Jia Mei Soon, Akifumi Matsuda, Yasuyuki Akita, and Mamoru Yoshimoto
Applied Physics Letters 93, 241904 (2008), published online 16 December 2008

1.研究の背景
 ナノメートル・スケールの構造体はナノ構造と一般的に呼ばれますが、様々な方法で作製されています。原子や分子を反応させながら自発的に形成させるボトムアップ法と大きなスケールのものを微細加工技術にて削っていくトップダウン法に二分されます。ボトムアップ法は、さらに細かい新技術に分類できますが、本研究グループの見出した方法は、そのうちの自己組織化法の一種です。自己組織化法によるこれまでのナノ構造の例としては、ナノワイヤ、自己組織化膜、有機・無機ハイブリッド化合物などです。
 自己組織化法で作製する場合、真空度や溶液濃度を制御することが多く、大気中で簡便にナノ構造を作製する方法の開発が望まれています。

2.実験の内容・結果、成果
 本研究では、サファイア単結晶基板上に酸化ニッケル薄膜を成膜させたもの(2つの膜厚10、70ナノメートル)を出発物質としました。酸化ニッケルは、透明半導体の触媒や電極などとして有用である他、有機発光デバイスにおける正孔(ホール)注入層としての応用研究も盛んに行われている物質です。その物質を大気中において、室温から350 ℃ まで順次温度を上げて加熱し、大型放射光施設SPring-8の表面界面構造解析ビームラインBL13XUの放射光を用いて、薄膜の結晶粒径をその場シンクロトロンX線回折法で調べました。X線回折測定後、原子間力顕微鏡を用いて室温に戻した試料の表面形状を観察しました。
 加熱処理前の10ナノメートル厚の酸化ニッケル薄膜表面は原子スケールで超平坦でした(図1(a))が、加熱処理によってその表面に突起が現れました(図1(b))。その突起の高さが幅に比べて小さく、断面が薄べったい形状をしていることからイメージし易いように、ここではナノテープと表現しています。同様な加熱処理を70ナノメートル厚の薄膜にも実施し、より厚みのあるナノテープが再現性良く作製できました(図2)。ナノテープはほぼ規則的な周期で並んでいる様子も見られます。
 X線回折測定から酸化ニッケル薄膜の結晶粒の大きさを評価しました。試料温度を室温、100、150、200、250、300、350 ℃ と順次高くして、表面内と表面垂直方向の粒子サイズを求めました(図3)。表面内の粒子サイズには温度依存性が見出されましたが、垂直方向にはとくに温度の依存性はありませんでした。試料温度150 ℃から面内の粒子サイズが変化し始めている結果は、150℃から薄膜面内で原子の移動が起きていることを示唆しています。従来の報告では、酸化ニッケルの原子の移動(拡散といいます)には930-1400 ℃の温度が必要と言われていますので、今回報告した温度は驚くほど低いです。2種類の膜厚で加熱温度に対して同様な傾向があり、今回見出した現象は再現することが分かります。
 薄膜表面がナノテープ形状に変化する際に必要なエネルギーを見積もるために、面内の粒子サイズの温度依存性の結果をグラフにしました(図4)。図の実線の傾きから得られた必要なエネルギーの値は、0.0135電子ボルトでした。ニッケル原子と酸素原子の結合を切るには、その値の約300倍のエネルギーを必要とすると報告されており、今回得られた非常に小さい値の理由は謎です。また、X線回折測定からこのようなエネルギーを見積ったことは初めての試みです。

 以上、今回の成果をまとめますと以下のようになります。
1) 大気中で、350℃以下の比較的低い温度で薄膜表面にナノテープを作製することに成功しました。そのナノテープは規則的な周期で並んでいます。
2) 放射光X線を使った構造測定から、ナノテープ形成に必要なエネルギーを見積もる新しい方法を提案し、実際に値を求めることに成功しました。
3)周期的ナノテープを大気中低温で簡便に作製できる今回のプロセスは、将来の小型集積回路の配線材料や高密度メモリー材料として電子デバイス分野への応用が期待されます。

 本研究は、独立行政法人 科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の研究領域「ナノ界面技術の基盤構築」における研究課題「錯体プロトニクスの創成と集積機能ナノ界面システムの開発」(研究代表者 九州大学大学院理学研究院 北川 宏教授)、及び、SPring-8の利用研究課題として行われたものです。

3.工学的な意義、今後の展開
 大気中における比較的低い温度の加熱処理によって、薄膜表面にナノテープを作製できたので、今回の作製方法は、ナノテープやナノワイヤを工学的に作製するための新しい方法になる可能性を示せました。薄膜表面層のみで、原子移動が起きたことから、薄膜表面にさらに第2のごく薄い膜を成膜し、同様な加熱処理によって、その第2の膜のみからなるナノテープができることを示すことができれば、さらに工学的な応用が広がると期待しています。


《参考資料》

図1 大気中での加熱処理前の試料の原子間力顕微鏡による断面図(a)、大気中での350℃での加熱後の断面図(b) 図1.大気中での加熱処理前の試料の原子間力顕微鏡による断面図(a)。出発の酸化ニッケル薄膜の厚さが10ナノメートルの場合。原子スケールで階段状の形状を持つことを示しています。今回基板に用いたサファイア単結晶表面は原子レベルの階段の形状をしているため、その上に成膜された酸化ニッケル薄膜も同様の形態をしていますが、膜厚は場所によらず一定です。このような薄膜の表面は、通常、超平坦であると見なされます。大気中での350℃での加熱後の断面図(b)。階段のあがった所(ステップといいます)に赤丸で示すようにナノテープができていることが分かります。ナノワイヤと呼ぶことも可能ですが、高さが幅に比べて小さいことがイメージしやすいように、ここではナノテープと表現しています。


図2.出発の酸化ニッケル薄膜の厚さが70ナノメートルの場合の原子間力顕微鏡の立体的な図(a)、その図の実線部分の断面図(b) 図2.出発の酸化ニッケル薄膜の厚さが70ナノメートルの場合の原子間力顕微鏡の立体的な図(a)。図の上下方向に17本見える線がナノテープです。その図の実線部分の断面図(b)。原子レベルの階段の平均的な傾きを平らにして図を見やすくしています。膜厚10ナノメートルの場合よりも、ナノテープの高さが高くはっきり見えます。(a)のドットは3次元成長したものか、汚れかのどちらかと考えています。


図3.室温から順番に温度を上げて、その場シンクロトロンX線回折法により求めた酸化ニッケル薄膜の結晶粒の大きさ。表面内方向(a)と表面に垂直方向(b)。 図3.室温から順番に温度を上げて、その場シンクロトロンX線回折法により求めた酸化ニッケル薄膜の結晶粒の大きさ。表面内方向(a)と表面に垂直方向(b)。横軸は絶対温度(ケルビン)で表示されています。表面内の粒子サイズには温度依存性が見出されましたが、垂直方向にはとくに温度の依存性はありませんでした。試料温度150 ℃から面内の粒子サイズが変化し始めている結果は150℃から薄膜面内で原子の移動が起きていることを示唆しています。2種類の膜厚で加熱温度に対して同様な傾向がありました。従来の報告では、酸化ニッケルの原子の移動(拡散といいます)には930-1400 ℃の温度が必要と言われていますので、今回報告した温度は驚くほど低いです。


図4.図3(a)の縦軸を自然対数に変換し、横軸を逆数に変換した図 図4.図3(a)の縦軸を自然対数に変換し、横軸を逆数に変換した図です。この変換をすると、薄膜表面がナノテープ形状に変化する際の自己組織化のエネルギーを見積もることができます。図の実線の傾きがそのエネルギーの値を示しています。ニッケル原子と酸素原子の結合を切るには、その値の約300倍のエネルギーを必要とすると報告されており、今回得られた非常に小さい値の理由は謎です。また、X線回折測定からこのようなエネルギーを見積ったことは初めての試みです。


《用語解説》

※1.デバイス
 何らかの特定の機能を持った電子部品を一般にデバイスと呼ぶ。

※2. ナノテープ
 1軸方向に伸びた針状の構造をもち、その断面の直径が数ナノメートルのものをナノワイヤと呼ぶ。その断面の形状が円形ではなく、薄べったい形状をしている場合、ナノテープと呼ぶ。今回は高さ方向が幅に比べて小さい1次元構造のもが作製できたので、ナノテープと称している。

※3.その場シンクロトロンX線回折法
 試料の外場環境を変えながらシンクロトロンX線を用いた回折測定をすることを意味する。例えば、「電場や磁場の印加中」、「溶液中の化学反応中」や「光化学反応中」のX線回折測定の総称である。今回は、試料温度を制御しながらの回折測定を行った。

※4.大型放射光施設SPring-8
 独立行政法人理化学研究所が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す施設で、その管理運営はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。 SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。SPring-8は日本の先端科学・技術を支える高度先端科学施設として、日本国内外の大学・研究所・企業から年間延べ1万4千人以上の研究者に利用されている。

※5. 自己組織化法
 原子や分子が熱平衡に近い状態で、自発的に高次の秩序構造を形成することを自己組織化という。この自己組織化を用い、ナノ構造を作製する方法をここでは自己組織化法と呼ぶ。


(問い合わせ先)
(研究内容に関すること)
 財団法人 高輝度光科学研究センター
 利用研究促進部門
 主幹研究員 坂田 修身
  Tel: 0791-58-2750 / Fax: 0791-58-0830
  E-mail: mail1
    
 国立大学法人 東京工業大学 
 大学院総合理工学研究科物質科学創造専攻
 教授 吉本 護
  Tel: 045-924-5388 / Fax: 045-924-5365
  E-mail: mail2

(SPring-8に関すること)
 財団法人 高輝度光科学研究センター 広報室  
  Tel: 0791-58-2785 / Fax: 0791-58-2786
  E-mail:  kouhou@spring8.or.jp