大型放射光施設 SPring-8

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液体中で横波音波を観測することに成功! - 教科書の常識を覆すのか? -(プレスリリース)

公開日
2009年03月04日
  • BL35XU(高分解能非弾性散乱)
広島工業大学は、広島大学、京都大学、ドイツ・Marburg大学、ドイツ電子シンクロトロン研究所、スペイン・Valladolid大学、高輝度光科学研究センター、理化学研究所と共同で、単純な単原子液体に横波音波が存在することを、大型放射光施設SPring-8における高エネルギー分解能X線非弾性散乱法により、実験的に世界で初めて観測しました。

平成21年3月4日

学校法人鶴学園 広島工業大学
 国立大学法人 広島大学
国立大学法人 京都大学
財団法人 高輝度光科学研究センター
独立行政法人 理化学研究所

 広島工業大学(学長 茂里一紘)は、広島大学(学長 浅原利正)、京都大学(総長 松本紘)、ドイツ・Marburg大学(総長 V. Nienhaus)、ドイツ電子シンクロトロン研究所(所長 A. Wagner)、スペイン・Valladolid大学(総長 E. J. A. Domingo)、高輝度光科学研究センター(理事長 吉良爽)、理化学研究所(理事長 野依良治)と共同で、単純な単原子液体に横波音波が存在することを、大型放射光施設SPring-8※1における高エネルギー分解能X線非弾性散乱※2法により、実験的に世界で初めて観測しました。

 高校物理の教科書には、「液体中では横波音波は伝わらない。なぜなら、復元力が無いからである。」と明確に記述されています。一方、理論計算では、単純な液体であってもナノメートル(原子間の距離程度の長さ;10億分の1メートル)の空間スケールでは、ピコ秒(1兆分の1秒)程度の寿命で横波音波が存在できることが予言されています。しかし、残念ながらこれまでにその存在は実証されていませんでした。

 この研究では、単原子液体金属である液体ガリウムを対象として、X線非弾性散乱測定を行い、その散乱スペクトル中に明確な横波音波シグナルを検出することに成功しました。また、横波音波が速さ1050メートル毎秒で0.5ナノメートル伝わり、その寿命が0.5ピコ秒程度であることを明らかにしました。この横波音波が存在する空間、時間スケールは、これまで液体中に存在すると言われてきましたナノサイズの固体的な原子集団「かご」状態のサイズ、寿命に対応します。

 今回の発見は、これまで理論により予測されてきました液体中の横波音波の存在を実験的に示したという基礎的な研究を進展させただけではなく、液体中の固体的原子集団の弾性的性質が得られるため、液体から固体への結晶成長についての基礎的な理解や応用発展にも大きく寄与するものです。

 今回の研究成果は、広島工業大学の細川伸也准教授らのグループの共同研究によるもので、平成21年3月6日発行の米国科学雑誌 「Physical Review Letters」に掲載されます。また、これに先駆けて、3月5日にオンライン版に掲載されます。

(論文)
"Transverse Acoustic Excitations in Liquid Ga"
(日本語訳:液体ガリウム中の横波音波励起)
S. Hosokawa, M. Inui, Y. Kajihara, K. Matsuda, T. Ichitsubo, W.-C. Pilgrim, H. Sinn, L. E. González, D. J. González, S. Tsutsui, and A. Q. R. Baron
Physical Review Letters 102, 105502 (2009), published online 13 March 2009

1.研究の背景
 波は、復元力(物体が動いたときにもとの方向に戻そうとする力)が働けば、いつも起きる現象です。また、その速さを測ることにより、物質の弾性的な性質を簡単に知ることができます。その測定にも波を用いますが、検出したい波とほぼ同じ波長を持つ必要があります。したがって、音波、超音波(波長:ミリメートル程度)や光(波長:マイクロメートル程度)を使えば、マクロに見た物質の弾性的な性質を観測することになります。固体を伝搬する波には、振動の方向が波の進む方向と同じである縦波と、直角となる横波があり、地震波では速さの速いP波と遅いS波にそれぞれ対応しており、それぞれから物質の圧縮率(ヤング率)とせん断弾性率(剛性率)※3を知ることができます。
 液体の場合、圧縮すればもちろんそれをはねかえす復元力は働きますが、ずれ(せん断)方向の変化に対する復元力は無いといってもよいほど非常に小さいので、高校物理の教科書には、「液体中では横波音波は伝わらない。なぜなら、復元力が無いからである。」と明確に記述されています。しかしながら、音波の波長が原子間の距離(ナノメートル・サイズ)となったときには、液体の中にも存在する「かご」状原子集団(図1)の固体的な性質のために、横波音波も存在できることが、理論計算では30年以上も前から示されてきていました。
 ほぼ原子間距離に等しいX線の波長を用いてX線非弾性散乱測定を行うことによって、ナノメートルスケールの横波音波を検出できることは、結晶では数多くの実験によって証明されています。しかしながら液体については、(1) 横波は物質中に密度の変化を直接的には起こさないので、密度の差からおこる散乱実験で観測できない、(2) 理論的にみても、横波音波の強度は小さい、など多くの理由があり、横波音波が実験的に観測できるとはこれまで思われていませんでした。

2.研究内容と成果
 本研究では、元素の中で3番目に融点が低い金属(29.8℃)であるガリウム(Ga)を対象として、X線非弾性散乱を大型放射光施設SPring-8にある高分解能非弾性散乱ビームラインBL35XUに設置された高エネルギー分解能X線非弾性散乱スペクトロメータを用いて融点直上の温度40℃で測定しました。一般に、X線非弾性散乱のシグナルの強度は弱いので、バックグラウンドを少なくするために、試料容器(図2)について工夫を施しました。液体試料用の容器は、ガリウムと化学反応を全くしない人造サファイアから、ダイアモンド工具を使ってていねいに自作しました。X線がガリウムをよく通るように、試料容器には50ミクロン程度の均一なすき間を作っておき、そこに液体ガリウムを流し込み、X線を透過させて測定しました。この技術は、現在のところ本研究グループだけで用いることができ、世界から高い評価を受けています。
 高エネルギー分解能X線非弾性散乱スペクトロメータは、SPring-8の持つ最も高い水準の測定装置の一つで、理化学研究所のアルフレッド・Q・R・バロン准主任研究員を中心に設計、建設され、世界で4つしかない同種の装置の中で、最も高いエネルギー分解能(1.5ミリ電子ボルト:入射するX線エネルギーの約1500万分の1)と最も強いX線強度を誇っています。
 図3に、3日間かけて測定した液体ガリウムのX線非弾性散乱スペクトルを示します。波数遷移※4の大きさQ = 9.2および10.6(1/ナノメートル)のデータが示してあります。真ん中のピークは準弾性散乱と呼ばれ、液体中で原子が拡散していく性質を示します。その両側の約±17ミリ電子ボルト付近にある比較的大きな山は、縦波音波によるシグナルで、音波が消滅してその分のエネルギーをX線が得る場合と、X線が音波を発生させてその分のエネルギーを失う場合がありますので、2つのピークを作ります。通常の液体のX線非弾性散乱スペクトルでは、これらの信号しか見えない、といわれてきましたが、液体ガリウムの結果をよく観察しますと、準弾性散乱ピークの両側、約±7ミリ電子ボルト付近に肩が見られます。これが、横波音波による励起シグナルであると考えられます。図3の実験結果を理論に基づくモデル関数を用いて表したとき、点線は準弾性散乱のモデル化した成分、破線は縦波音波の成分、一点鎖線は横波音波によると思われる成分で、横波音波を考えなければ、決して測定データとモデルが合致することはありません。
 図4は、縦波(▲印:今回の結果、小さな●印:以前測定した結果)および横波成分(○印)の励起エネルギーをQに対してプロットしたもの、すなわち分散関係と呼ぶものです。実線は、第一原理分子動力学法※5で理論計算された横波の励起エネルギー位置を示し、実験結果とよく一致しています。原点から各点に引いた直線の傾き、ω/Qがミクロに見た音の速さを示します。横波の音速(1050メートル毎秒)から求めたせん断弾性率は6.5ギガパスカルで固体の6分の1の小さな値です。また、図3の横波音波成分の幅から、不確定性原理※6を用いれば、横波の寿命を求めることができ、0.5ピコ秒程度の非常に短い時間です。また、音速と寿命の積から横波の伝播する距離をおおよそ見積もることができ、およそ0.5ナノメートルとなり、これは以前から液体中に存在すると考えられていた「かご」状原子集団の大きさと考えることができます。したがって、横波の寿命も「かご」の寿命に対応します。

3.今後の展開
 今回の研究では、これまで理論計算からは予言されていた単純な液体中の横波音波の存在を実験的に検証したものです。このことにより、液体中の原子集団の固体的な弾性的性質を実験から得ることができることが明らかになりました。この原子集団のミクロな状態についての知識は、液体から固体への相変化、つまり結晶成長をミクロに見たときの理解を大きく助けます。すなわち、これまで分かっていた縦への振動・拡散だけでなく、横方向への振動・拡散のようすを実験的に知ることができることになります。したがってこの研究結果は、さまざまな種類の機能性材料が結晶成長するときの、ミクロな原子の動的な振る舞いを理解できる端緒として、貴重な実験結果をもたらした、と考えられます。

 ここで紹介した研究は、SPring-8の利用研究課題(課題番号2008A1064)として行われました。


〈参考資料〉

図1 液体の中にも存在すると信じられてきている固体的な「かご」状の原子集団と検出に用いるX線の波の模式図。 図1 液体の中にも存在すると信じられてきている固体的な「かご」状の原子集団と検出に用いるX線の波の模式図。
一つの原子がまわりの原子に取り囲まれて身動きが取りづらい状態になっています。


図2 液体試料のX線散乱測定を行うために、考案、製作された人造サファイア製試料容器の外観写真。 図2 液体試料のX線散乱測定を行うために、考案、製作された人造サファイア製試料容器の外観写真。


図3 液体ガリウムのX線非弾性散乱スペクトルとその理論関数(減衰調和振動子モデル)によるフィット。 図3 液体ガリウムのX線非弾性散乱スペクトルとその理論関数(減衰調和振動子モデル※7)によるフィット。
横軸がエネルギーの変化を示します。それぞれのQで、上(2DHO)が横波を考慮したとき、下(1DHO)が考慮しなかったとき、またそれぞれの下の実線が実験と理論の差を2倍に拡大したものを示します。1DHOでは矢印の部分が全く合っていません。点線(…)は準弾性散乱の成分、破線(---)は縦波音波の成分、一点鎖線(-・-・)は横波音波によると思われる成分。


図4 液体ガリウムの横波、縦波音波の分散関係。 図4 液体ガリウムの横波、縦波音波の分散関係。
実線は第一原理分子動力学計算での横波音波の結果を示します。原点から各点に引いた直線の傾き、ω/Qがミクロに見た音の速さを示します。


〈用語解説〉

※1 大型放射光施設SPring-8
 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その管理運営は高輝度光科学研究センターが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。

※2 非弾性散乱
 入射波と散乱波のエネルギーが異なる散乱現象。そのエネルギー差は、物質中に存在する励起のエネルギーに対応しています。

※3 圧縮率(ヤング率)とせん断弾性率(剛性率)
 いずれも物質に力を加えたときに、どの程度変形するかという割合のことをいいます。圧縮率は物質に縦に力をかけたときの変形、せん断弾性率は横方向にずれの力をかけたときの変形を示すものです。

※4 波数遷移
 X線の波が、散乱によって方向を変えるときの、その変化を波の数の変化として表したもののことを指します。通常、Q(またはk)とあらわされ、(2π/λ)sinθのことで(λはX線の波長でこの実験のときは約0.06ナノメートル、θはX線の散乱角の半分)、散乱角度の変化を波数遷移の大きさとして書き直してあります。

※5 第一原理分子動力学法
 原子の配置から電子状態を求めて原子の間に働く力を計算し、それによって原子の動きを求めようとする最新の計算手段のことをいいます。これによって、物質の原子配列やその振る舞い、電子の状態を一度に決定できる利点を持っていますが、膨大な計算を必要とするため、スーパーコンピューターを使っても扱える原子の数はせいぜい千個程度にとどまっています。

※6 不確定性原理
 ハイゼンベルグによって提唱された量子力学の重要な原理で、位置と運動量、あるいは時間とエネルギーは同時にプランク定数(6.626068 × 10-34 キログラム平方メートル毎秒)以下の精度で決定できません。本研究の場合、横波音波のエネルギーの幅が実験的に求まっていますので、その逆数にプランク定数を掛ければ、横波音波の寿命がわかります。

※7 減衰調和振動子モデル
 音波の寿命が無限大のときには、非弾性散乱スペクトルにはある一定のエネルギーの鋭いピークとして現れるが、寿命のあるときにはエネルギーは不確定性原理により、ある幅を持ちますが、この幅を持ったスペクトルを再現するように考えられたモデル関数のことをいいます。


(問い合わせ先)
(研究内容に関すること)
 細川 伸也(ホソカワ シンヤ)
  学校法人鶴学園広島工業大学 工学部 准教授
  住所:〒731-5193 広島市佐伯区三宅2-1-1
   TEL:082-921-6095 Fax: 082-921-9444
   E-mail: メール
   ※3月7日までは、海外出張のため、E-mailのみの連絡となります。

 乾 雅祝(イヌイ マサノリ) 
  国立大学法人広島大学 大学院総合科学研究科 准教授
  住所:〒739-8521 東広島市鏡山1-7-1
   TEL:082-424-6555 Fax: 082-424-0757
   E-mail: メール

(高エネルギー分解能X線非弾性散乱に関すること)
 Alfred Q. R. Baron(アルフレッド・Q・R・バロン)
  独立行政法人理化学研究所 放射光科学総合研究センター 
  利用技術開拓研究部門 バロン物質ダイナミクス研究室 准主任研究員
  住所:〒679-5148 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
   TEL:0791-58-2943 内線7377 Fax:0791-58-1816
   E-mail: メール

 筒井 智嗣(ツツイ サトシ)
  財団法人高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 副主幹研究員
  住所:〒671-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
   TEL:0791-58-0802 内線3479 TEL:0791-58-1838
   E-mail:メール

(SPring-8に関すること)
 財団法人高輝度光科学研究センター 広報室
  TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
  E-mail:kouhou@spring8.or.jp