大型放射光施設 SPring-8

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超高圧力の下で動き出す電子のダイナミクスを直接観測 -大型放射光施設SPring-8の高輝度な赤外線を使って- (プレスリリース)

公開日
2009年12月10日
  • BL43IR(赤外物性)
神戸大学は東京大学、東北大学と共同で、常圧では電気が流れない絶縁体である物質YbS(硫化イッテルビウム)について、20万気圧に及ぶ超高圧力を加えることで電流が流れる金属へと変化していく過程を、電流を運ぶ電子のダイナミクス(動き)を赤外線によって検出することで明らかにしました。

平成21年12月10日
神戸大学

 

 神戸大学は東京大学、東北大学と共同で、常圧では電気が流れない絶縁体である物質YbS(硫化イッテルビウム)について、20万気圧に及ぶ超高圧力を加えることで電流が流れる金属へと変化していく過程を、電流を運ぶ電子のダイナミクス(動き)を赤外線によって検出することで明らかにしました。このような高い圧力を発生する装置では0.1 mm程度の微小な試料しか使えず、また試料を狭い空間に閉じこめて加圧する必要があるため、赤外線のような光を用いた実験には様々な技術的困難が伴います。今回の実験では大型放射光施設SPring-8から生じる高輝度な赤外線を用いることでこの実験を可能にし、新たなブレークスルーをもたらしました。本研究結果は米国物理学会の専門学術誌Physical Review Lettersオンライン版で12月2日に出版されました。

(論文)
Pressure tuning of an ionic insulator into a heavy electron metal: An infrared study of YbS
(日本語訳:圧力によるイオン性絶縁体から重い電子金属へのチューニング:硫化イッテルビウムの赤外分光研究)
M. Matsunami, H. Okamura, A. Ochiai, and T. Nanba
Physical Review Letters, Vol. 103, No. 24 (2009) 237202, published online 2 December 2009

 

《研究の背景》
 物質には銅のように電気が良く流れる金属(導体)と、ガラスのように電気が流れない絶縁体(不導体)があります。金属は電気を運べる自由な電子を多数含んでいますが、絶縁体は動けない電子しか含みません。例えばシリコン(Si)など電子回路の主役である半導体も、自由な電子を人為的に注入しない限り絶縁体です。しかし大気圧の元では絶縁体であっても、数万気圧から数10万気圧という高い圧力を加えると金属へ変化する物質が多く知られています。これは圧力によって物質が圧縮され、物質を構成する原子の並び(結晶)の間隔が狭まることにより、電子が原子から原子へと飛び移りやすくなるからです。例えば上述のシリコンは15万気圧の圧力下で金属になります。このように物質に高圧力を加えると物質の性質(物性)を変えたり制御したりできるため、高圧力を用いた研究は物理のみならず物質科学(高圧力における新たな物質の合成)、地球惑星科学(地球深部の高温・高圧状態における岩石の性質)、生物学や食品学(高圧力における生物や細菌の機能)などの分野でも活発に行われています。

《今回の研究と成果》
 本学理学研究科・物理学専攻の岡村英一准教授、難波孝夫名誉教授は東京大学の松波雅治研究員および東北大学の落合明准教授と共同で、圧力によって絶縁体から金属へと変化する物質の一つであるYbSに対して、圧力下における性質を「赤外分光」とよばれる実験手法により調べました。赤外線はその波長が可視光より長く1~100ミクロン程度の電磁波であり、0.01~1 eVの光子エネルギーを持ちます。(eVは電子ボルトでエネルギーの単位であり、光子とは光の粒子の名称)赤外線を物質に照射してその反射強度を光子エネルギーごとに調べると、物質中の電子がもつエネルギーに関する情報が得られます。また「金属光沢」の言葉にもなっている金属の高い光反射率は、多数の自由電子の集団振動に起因します。このため赤外線を用いた実験では単に電気が流れる・流れないというだけでなく、物質中における電子のエネルギーやダイナミクスに関する情報が求まります。しかし高圧力の下での赤外分光は従来容易ではありませんでした。高圧発生装置であるダイヤモンド・アンビル・セル(DAC)では、図1に示すように先端直径0.5 mm程度のダイヤモンドで試料を挟んで力を加えるため、波長が長くて回折しやすい(折れ曲がりやすい)赤外線を集中する実験は困難だからです。    
 そこで今回はSPring-8の赤外物性ビームラインBL43IRから生じる高輝度な赤外線を用いて、20万気圧におよぶ高圧での実験を行いました。放射光は高輝度である、つまり光の指向性が高い上に微小な領域に光強度を集中できるため、従来は困難だった70ミクロンという長い波長の赤外線(遠赤外線)で、DACを用いた高圧実験が可能になりました。図2にYbSに対して得られた赤外線の反射強度のスペクトルを示します。常圧では絶縁体で電子が動けないため反射が弱かったのが、8万気圧で金属化して自由電子が生じると低エネルギー領域の反射が急に強くなります。10万気圧以上では全領域で反射率が高くなり、より多くの電子が自由になったことを示しています。このデータを解析して光の吸収量を計算することより、高圧下で金属になったYbSでは自由電子の質量が本来の電子質量より約10倍程度重いという異常な性質もわかりました。このような低い光子エネルギー領域における電子の応答が20万気圧におよぶ超高圧力下で報告されたのは初めてのことであり、これは物質科学における新たな実験手法の開発として大きな意義を持つと考えられます。

《今後の発展》
 今回の結果は、直ちに実用的な応用に結びつくものではありません。しかし前述のように、高圧力での研究は物理だけでなく多くの分野で行われています。例えば物質科学では高圧力の下で物質を合成することにより、常圧では合成できない超伝導体や磁性体などの新しい機能物質が実現されています。また生物学や食品学では、生体や細菌などに高圧力を印加することにより、特定の生体機能を抑制できることを既に実用している例もあります。このような研究をさらに発展させて役立つ技術とするには、高圧力下における物質の機能を、ミクロな電子や分子のレベルから理解することが不可欠です。今回開発したSPring-8の高輝度赤外線による分光手法により、そのような研究が初めて可能になりました。ここで物質中の電子のダイナミクスやエネルギー応答を調べられる手法としては、赤外分光の他にも「光電子分光」や「トンネル分光」などの有力な手法がありますが、これら手法では高圧力環境での実験が原理的に困難です。岡村准教授らは今回の手法をさらに高い圧力、そして-270℃程度の低温(液体ヘリウム温度)へと拡張することにより、高圧における物質の電子状態研究をさらに高度化することを目指しています。


《参考資料》

 

図1 ダイヤモンド・アンビルセル(DAC)を使った高圧発生と赤外分光の概略図。

図1 ダイヤモンド・アンビルセル(DAC)を使った高圧発生と赤外分光の概略図。
一対のダイヤモンドの先端面と金属板に開けた小さな穴からなる微小空間に、0.1
mm程度の試料と、圧力を伝達するための液体を一緒に閉じこめます。そして両側
からダイヤに力を加えることにより、数10万気圧におよぶ高圧力を試料に加えら
れます。ここでダイヤモンドは赤外線を含む広い波長領域の光に対して透明なため
、図の赤い矢印のように光を入射・反射させて、高圧下の試料の光スペクトルを測
定することが可能になります。                                                                     

 


 

図2 YbSの高圧下における赤外線反射率。


図2 YbSの高圧下における赤外線反射率。

反射率1は光が100 %反射されることを示す。eVはエネルギーの単位。常圧から7.8万気圧まではYbSは絶縁体である
ため反射率は低くなっています。(0.03 eV付近の大きなピークは原子の振動に起因するものであり、他の絶縁体でも
よく観測されます。)しかし8.3万気圧より高圧になると、図の矢印で示されるように、加圧により反射率が急激に増
加します。これはYbSが金属になったために生じた多数の自由電子が集団振動するためにおきる「プラズマ反射」のた
めです。(プラズマ反射は私たちの身の回りにある様々な金属における「金属光沢」の起源でもあります。)


 

 

《問合せ先》
(研究内容に関すること)
 岡村英一(おかむら ひでかず)
 神戸大学理学研究科・物理学専攻 准教授
  TEL/FAX:078-803-5650
  E-mail:メール

(SPring-8に関すること)
 財団法人高輝度光科学研究センター 広報室
  TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
  E-mail:kouhou@spring8.or.jp

 

 

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