大型放射光施設 SPring-8

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鉄系高温超伝導体が発現する新奇な現象を解明- 鉄原子が磁石になると超伝導状態が消失することを世界で初めて観測 -(プレスリリース)

公開日
2010年11月15日
  • BL08W(高エネルギー非弾性散乱)
 高輝度光科学研究センターは、ミシガン大学、浙江大学と共同で、大型放射光施設SPring-8の放射光X線を用いて、鉄系高温超伝導体において、鉄原子が強磁性状態になることによって超伝導状態が壊れることを世界で初めて発見しました。この発見は、SPring-8の安定した高輝度・高エネルギーのX線を利用した高精度の磁気コンプトン散乱実験によりもたらされました。

2010年11月15日
財団法人 高輝度光科学研究センター

 高輝度光科学研究センター(以下「JASRI」、理事長 白川哲久)は、ミシガン大学(米国)、浙江大学(中国)と共同で、大型放射光施設SPring-8※1の放射光X線を用いて、鉄系高温超伝導体※2において、鉄原子が強磁性状態(磁石)になることによって超伝導状態が壊れることを世界で初めて発見しました。この発見は、SPring-8の安定した高輝度・高エネルギーのX線を利用した高精度の磁気コンプトン散乱※3実験(図1)によりもたらされました。

 今回研究対象とした鉄系高温超伝導体EuFe2(As,P)2は、超伝導※4強磁性※5の両方の性質を示すという、従来の超伝導体にはない性質を持つ珍しい物質です。両方の性質を併せ持つ理由については詳しくは解っていませんが、超伝導体を構成する鉄(Fe)原子が超伝導を担い、同じく超伝導体を構成するユウロピウム(Eu)原子が強磁性を担うという構成原子間の分担作業で共存が成り立っていると考えられています。本実験では、鉄原子からの微弱な信号を検出することに成功し、鉄原子が強磁性状態(磁石)になることで一時的に超伝導状態を消失させることを見いだしました。

 今回の発見は、材料科学の分野で近年注目を浴びている鉄系高温超伝導体の高温超伝導メカニズムの解明に向けた研究や、超伝導状態と強磁性状態の共存という長年の問題を解明するための基礎研究を進展させました。また、磁場のオン・オフによって超伝導状態の発現・消失をスイッチングできる新しい電子デバイスの開発につながる可能性があります。超伝導を利用した新しいデバイスでは、従来の半導体デバイスより高速に動作させることが可能になります。

 今回の研究成果は、JASRI伊藤真義 副主幹研究員、櫻井吉晴 副主席研究員、浙江大学 Guanghan Cao教授、ミシガン大学 James Penner-Hahn教授、Aniruddha Deb研究員のグループの共同研究によるもので、2010年11月15日に米国科学雑誌 「Physical Review Letters」のオンライン版に掲載される予定です。

(論文)
"Competing Ferromagnetism and Superconductivity on FeAs Layers in EuFe2(As0.73P0.27)2"
Aamir Ahmed, M. Itou, Shenggao Xu, Zhu’an Xu, Guanghan Cao, Y. Sakurai, James Penner-Hahn, and Aniruddha Deb
Physical Review Letters 105 (20), 207003 (2010), published online 11 November 2010 

1.研究の背景
 ある金属を絶対零度※6近くまで冷却したときに、金属の電気抵抗が急激にゼロになる現象が超伝導です。電気抵抗がゼロであるということは、電流を損失なく流すことができます。室温で超伝導になる物質が発見され、その物質が電力送電線などの線材として実用化されれば、電力エネルギー利用の効率化が格段に進みます。
 室温超伝導体の発見に向けて、精力的に研究されている物質は、1980年代に発見された銅酸化物系高温超伝導体と2008年に発見された鉄系高温超伝導体です。銅酸化物系高温超伝導体が超伝導になる温度(超伝導転移温度)は約100K (-173℃)※6、鉄系高温超伝導体の超伝導転移温度は約50K(-223℃)です。これらの超伝導転移温度は室温には届いていません。しかし、最先端の物理理論をもってしても説明不可能な高温領域にあるため、両物質は高温超伝導体と呼ばれています。この未解決の高温超伝導発現機構の中には室温超伝導体開発につながる重要な鍵が存在すると考えられています。
 最近発見された鉄系高温超伝導体には磁石材料の主成分として知られる鉄が含まれており、超伝導と強磁性(磁石)の相関に関係した基礎研究と応用研究の観点から注目されています。磁石はその周囲に磁力線のループを作りますが、超伝導体は磁力線を超伝導体の外部に弾き出す性質があり、常識的には、超伝導状態と強磁性状態は同じ物質のなかで共存することはないと考えられます(図2)。しかし、不思議なことに、鉄系高温超伝導体の中には、超伝導状態と強磁性状態が共存している物質が発見されました。高温超伝導現象に加えて、超伝導と強磁性の共存という、大変奇怪な物質です。
 図3は今回測定した鉄系高温超伝導体 EuFe2(As0.73P0.27)2の原子構造です。この物質は鉄-ヒ素(リン)(Fe-As(P))の層とユウロピウム(Eu)の層の2層構造をしています。超伝導状態と強磁性状態の共存した状態では、鉄-ヒ素(リン)層で超伝導が起こり、ユウロピウム層で強磁性が起こると考えられています。
 本研究で測定した鉄系高温超伝導体 EuFe2(As0.73P0.27)2の電気抵抗の温度変化を図4に示します。横軸は超伝導体の温度でケルビン(K)※6で表しています。この超伝導体を冷却していくと温度26K(-247℃)(矢印A)で超伝導状態になります。さらに冷やしていくと18K(-255℃)(矢印B)で強磁性状態になりますが、その時に電気抵抗が一時的に上昇し、超伝導状態が一旦消失しています。さらに冷却していくと超伝導状態が回復し、超伝導状態と強磁性状態が共存した状態になります。本研究では、温度18Kで強磁性状態の出現と同時に一旦超伝導状態が消失する現象に注目し、高精度の磁気コンプトン散乱測定を行いました。

2.研究内容と成果
 磁気コンプトン散乱実験は大型放射光施設SPring-8の高エネルギー非弾性散乱ビームライン(BL08W)に設置された磁気コンプトン散乱測定装置を用いて行われました。入射X線は175keVの高エネルギー円偏光※7X線を用いています。測定した試料は多結晶体の EuFe2(As0.73P0.27)2で、温度5Kから26Kの間で測定しました。
 磁気コンプトン散乱実験から鉄(Fe)とユウロピウム(Eu)のスピン磁気モーメント※8の温度変化を導きました(図5)。ここでのスピン磁気モーメントの大きさは、その原子の強磁性の度合い(磁石としての強度)に比例します。測定した温度範囲では、ユウロピウム(Eu)のスピン磁気モーメントは鉄(Fe)のスピン磁気モーメントに比べて格段に大きくなっています。これは、この鉄系高温超伝導体で発現する新奇な現象、すなわち、超伝導状態と強磁性状態の共存において、ユウロピウム(Eu)原子が強磁性の役割を担っていることを示しています。一方、鉄(Fe)のスピン磁気モーメントは、超伝導状態が壊れる18Kにおいて、大きな値を示しています。鉄(Fe)は超伝導の役割を担うと考えられていますので、この温度で鉄(Fe)は一時的に超伝導状態を捨て、ユウロピウム(Eu)の影響を受けて強磁性状態になろうとしていると考えられます。すなわち、鉄原子が磁石になることにより、超伝導が消失することを示しています。

3.今後の展開
 
この研究成果は、高温超伝導機構、超伝導と強磁性の共存の解明に新しい事実を示したことにより、室温超伝導体の発見に向けて進められている基礎研究に新しい知見をもたらしただけではなく、磁場で超伝導をオン・オフする新しいデバイス開発につながるものと期待されます。これが実現すれば、現在使われているエレクトロニクス製品の中にある半導体デバイスの多くが超伝導デバイスに置き換わり、多くの情報をより高速に処理できるようになると考えられます。

ここで紹介した研究は、日本学術振興会(No.18340111)による科学研究費補助金の助成を受け、SPring-8の利用研究課題として行われました。

4.掲載論文
 題名:Competing Ferromagnetism and Superconductivity on FeAs layers in EuFe2(As0.73P0.27)2
 日本語訳:EuFe2(As0.73P0.27)2 のFeAs層における強磁性と超伝導の相反
 著者:Aamir Ahmed, M. Itou, Shenggao Xu, Zhu' an Xu, Guanghan Cao, Y. Sakurai, James Penner-Hahn, and Aniruddha Deb
 ジャーナル名: Physical Review Letters
 発行予定日:2010年11月15日


《参考資料》

図1 ポリマーブラシの分子構造(左)とその模式図(中央)、ボトル洗浄用のブラシ(右)
図1 コンプトン散乱の概念図

コンプトン散乱は電子とX線光子の間のビリヤード衝突のような弾性衝突の後に散乱する現象のことです。衝突後にX線光子のエネルギーを測定することで、衝突前の電子の運動量(すなわち速度)を測定できます。コンプトン散乱の一手法である磁気コンプトン散乱では、円偏光※7した入射X線を用い、かつ電子のスピン(極微小磁石)の向きを超伝導電磁石などの磁場で揃えながら計測することで、原子のスピン磁気モーメントを測定できます。


図2 フィルムの光による変形(上)とアゾベンゼンの光異性化に伴う構造変化(下)
図2 超伝導と強磁性の相反性

(A)2つの電子が対(クーパー対と呼びます)になるとこの電子対は金属中を抵抗を受けずに移動できます。超伝導状態ではこのような電子対が形成され、この電子対が抵抗なく移動することができるので、電流を流した時に電気抵抗はゼロになります。
(B)強い磁場があると電子対(クーパー対)は解消し、超伝導は起こりません。強磁性は物質内部に強い磁場を作るので、一般的に、超伝導状態と強磁性状態は同じ物質の中では共存しないと考えられています。今回測定した、鉄系超伝導体は低温で高温超伝導と強磁性が共存する珍しい物質です。


図3 ポリマーブラシのつくる2次元格子のX線回折パターン
図3 超伝導と強磁性が共存する鉄系高温超伝導体 EuFe2(As0.73P0.27)2 の結晶構造

この鉄系高温超伝導体の結晶構造は鉄(Fe)とヒ素(リン)(As(P))がジグザグに並んだ鉄ヒ素層と、ユウロピウム(Eu)が平らに並んだユウロピウム層の2層構造をしています。超伝導と強磁性が共存している状態では、鉄ヒ素層が超伝導を担い、ユウロピウム層が強磁性を担っています。鉄ヒ素層の鉄が強磁性になると超伝導状態は消滅します。


図4 ポリマーブラシが形成する階層構造の模式図
図4 超伝導と強磁性が共存する鉄系高温超伝導体 EuFe2(As0.73P0.27)2 の電気抵抗の温度変化

この鉄系高温超伝導体を冷却していくと、26Kの温度(A)で電気抵抗が急に下がり超伝導状態に転移したことを示しています。さらに温度を下げていくと、強磁性状態に転移する温度(B)すなわち18Kで電気抵抗が一旦上がり、超伝導状態が消滅しかけていることを示しています。温度10K以下では電気抵抗はゼロになり、超伝導状態と強磁性状態が共存しています。電気抵抗の単位は、 mΩ・cmです。


図4 ポリマーブラシが形成する階層構造の模式図
図5 超伝導と強磁性が共存する鉄系高温超伝導体 EuFe2(As0.73P0.27)2 の鉄(Fe)と
ユウロピウム(Eu)のスピン磁気モーメントの温度変化

鉄とユウロピウムのスピン磁気モーメントは高精度の磁気コンプトン散乱※3法で決定しました。ただし、0 Kの値は理論計算で求めたものです。スピン磁気モーメントは強磁性の度合い、すなわち磁石としての強度、に比例します。測定した温度範囲において、ユウロピウムのスピン磁気モーメントは鉄のスピン磁気モーメントより格段に大きく、超伝導と強磁性の共存状態において、ユウロピウムが強磁性を担っていると考えられます。図4に示した電気抵抗は18Kで一旦上昇し、超伝導が壊れていることを示しているが、同じ温度の18Kで、鉄のスピン磁気モーメントが増大していることがわかります(赤い破線の円内)。これは、超伝導を担う鉄原子が温度18Kで一旦強磁性状態(磁石)になろうとしたため、超伝導が消失したことを示しています。磁気モーメントの単位はボーア磁子です。


《用語解説》
※1 大型放射光施設 SPring-8

 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その管理運営はJASRIが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。

※2 鉄系高温超伝導体
 2008年に発見された高温超伝導体の一つです。強い磁場は超伝導状態を壊すので、強磁性状態(磁石)になりやすい鉄を主成分として含む高温超伝導体の発見は大きな驚きでした。さらに、鉄系高温超伝導体において強磁性状態と超伝導状態が共存する物質が発見され、その共存機構の解明に向けて研究が進められています。超伝導現象は物質を冷却しないと発現しませんが、「高温」という名称は、従来の超伝導理論では説明できないほど転移温度(超伝導になる温度)が高いという意味で使われています。

※3 磁気コンプトン散乱
 コンプトン散乱は電子とX線光子のビリヤード衝突のような弾性衝突として理解されています。コンプトン散乱後のX線光子のエネルギーを測定することで、コンプトン散乱前の電子の運動量(すなわち速度)を計測できます。コンプトン散乱の一手法である磁気コンプトン散乱では、円偏光※7した入射X線を用い、かつ電子のスピン(極微小磁石)の向きを超伝導電磁石などの磁場で揃えながら計測することで、スピン磁気モーメント※8を測定できます。

※4 超伝導
 金属を冷却していくと、絶対零度※6近くの低温で電気抵抗が急にゼロになる現象のことです。現在確立しているBCS超伝導理論では、約30Kが超伝導転移温度の最高限界と言われています。銅酸化物や鉄系化合物の超伝導体では、この限界を大きく超えているため、高温超伝導体と呼ばれています。

※5 強磁性
 1個の電子は非常に小さな磁石です。この小さな磁石のN極とS極の向きが揃い、物質全体として大きな磁石としての性質を持つことを強磁性と呼びます。

※6 絶対零度、ケルビン
 物質を冷やすことができる最下限の温度が絶対零度です。この絶対零度を0とした温度目盛りを絶対温度とよび、ケルビン(K)を単位として用います。すなわち、絶対零度は0ケルビン(K)で、使い慣れたセルシウス温度で表すと-273.15℃になります。ちなみに、0℃は絶対温度で273.15Kになります。

※7 円偏光
 光やX線は、電場と磁場とが振動しながら進む横波です。電場や磁場が一周期進む間に、電場の向きが光の進行方向の軸の周りを一回転しながら進む光を円偏光と呼びます。自分に向かって進んでくる光に対して、その発生源の方向を見たときに、光の電場が時間の経過とともに時計回りに回るときを、右円偏光といいます。また、その逆回りを左円偏光といいます。

※8 スピン磁気モーメント
 電子は負電荷を帯びて一定の速さで自転しています。したがって、自転軸の周りに一定の電流が常に流れていて、電子は一定の強度の磁石としての性質を持っています。電子が持っている磁石強度のことをスピン磁気モーメントと呼びます。



《問い合わせ先》
 櫻井 吉晴(サクライ ヨシハル)
  財団法人高輝度光科学研究センター
  利用研究促進部門 副主席研究員
  Tel:0791-58-0802 内線3803、Fax:0791-58-0830
  E-mail: mail1

 伊藤 真義(イトウ マサヨシ)
  財団法人高輝度光科学研究センター
  利用研究促進部門 副主幹研究員
  Tel:0791-58-0802 内線3908、Fax:0791-58-0830
  E-mail:mail1

(SPring-8に関すること)
 財団法人高輝度光科学研究センター 広報室
  TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
  E-mail:kouhou@spring8.or.jp