大型放射光施設 SPring-8

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大型放射光施設SPring-8の遠隔実験システム構築−利用形態の拡大へ−(プレスリリース)

公開日
2010年12月22日
  • 実験システム

2010年12月22日
財団法人 高輝度光科学研究センター
独立行政法人 理化学研究所

 高輝度光科学研究センター(以下「JASRI」、理事長 白川哲久)は、理化学研究所(以下「理研」、理事長 野依良治)と共同で、遠隔実験システムの開発を進め、このたびその試験運用に成功しました。

 これは大型放射光施設SPring-8※1に所外遠方からネットワークを通して安全かつ確実に実験を行えるように、放射光実験の安全条件が整った時のみ遠隔操作を受け付けるための装置や不正アクセスを防ぐ認証システムなどを設計・製作し、遠隔実験システムとして構築したものです。4年間にわたる数々の試験を重ねた結果、今年10月に埼玉県和光市にある理研の研究室から480km離れた兵庫県佐用郡佐用町にあるSPring-8での放射光を用いたタンパク質構造解析実験に成功しました。具体的には、SPring-8内のスタッフが実験者から送られた複数の実験サンプルを装置にセットした後、遠方の実験者が、顕微鏡画像をリアルタイムで確認しながら放射光を微小なタンパク質結晶に適切に照射したり、自動試料交換装置に指令を与えてサンプルを交換するなどの実験操作をネットワークを通して円滑に行えることを確認しました。また、得られた実験データもネットワーク経由で正しく送受信されることを確認しました。

 今後、試験運用の実績を重ね、一般利用に向けた改良・準備を進めます。また、利用するための資格・要件を検討します。その上で、SPring-8での利用経験がある方を対象に、タンパク質結晶構造解析分野の共用ビームライン(BL38B1)において、遠隔実験の運用を平成23年度下期を目処に開始する予定です。その後、順次、他の分野の共用ビームラインにも適用範囲を拡大していきたいと考えています。

 今回の開発により、これまでよりも地理的・時間的な制約が大幅に軽減された形でSPring-8が利用できるようになり、利用者の拡大とより効率的な利用が期待されます。

 今回の研究成果は、JASRIの古川行人主幹研究員、長谷川和也副主幹研究員、理研の上野剛専任技師らを中心としたグループ共同研究によるものです。

1.研究の背景
 これまでSPring-8の利用者はSPring-8サイトまで来所して実験を行うことを原則としてきました。一方、激しさを増す国際的な研究競争の中では、より効率的に研究時間を確保することが求められます。それに応える一つの有効な手段として、SPring-8サイトまで出向かなくても、所外から利用実験が可能となる遠隔実験を要望する声が利用者から上がるようになりました。遠隔実験が可能になると、移動時間を削減して実質的な研究時間を確保でき、地理的・時間的制約から利用者を解放することが可能となります。このため、SPring-8において遠隔実験の導入について検討を行い、安全かつ信頼性の高いシステムの構築を行ってきました。

2.研究内容と成果
 システム開発のポイントは大きく2点あります。

1)人の安全確保
  SPring-8では、実験サンプルに放射光を当てるために実験ハッチ※2と呼ばれる施設で実験を行っています。実験ハッチにおいて実験機器の調整やサンプルの設置等を行った後に、実験ハッチ内に人がいないことを確認して扉を閉めてから放射光をサンプルにあてます。この実験操作において安全を確保するため、実験ハッチ扉の閉状態等の条件を満たしたときのみ放射光を実験ハッチに導入し、また放射光が実験ハッチに導入されているときには実験ハッチ扉を開けると放射光が実験ハッチに導入されないようにする放射線安全インターロックシステムを用いています。
 遠隔実験システムにより遠隔操作を行う場合にも、この放射線安全インターロックシステムが担保されていることが必要です。また実験のために必要な機器の設定やサンプルの設定等の実験ハッチ内作業を行っている場合は、その作業者の放射線安全とともに一般安全の確保も必要となり、遠隔操作を禁止することが必要です。このため、遠隔操作を実施できる条件が整った時のみに操作できることとしなければなりません。
 そこで、放射線安全インターロックシステムと遠隔実験システムを連動させ、放射線安全インターロックシステムの条件が満たされ、SPring-8の実験ハッチ作業者の安全が確保されたときのみ遠隔操作ができるよう制限を加える装置を開発しました。これにより、放射線安全と一般安全の両面から人の安全を確保しています。さらに、利用者が実験サンプルや実験装置の状況をモニターできるように、ビデオ配信システムを備えました。

2)不正アクセスの防止
 遠隔実験ではインターネットを使って実験装置にアクセスします。従って世界中のどこからでもアクセスできる利便性がありますが、一方で正規の利用者以外の人が、故意もしくは誤ってアクセスしてしまうと実験条件を変えてしまったり、実験できなくなったりする場合があります。また、実験データのインターネット上での漏洩などの懸念もあります。そこで、インターネット上の通信には、電子商取引等で実績のあるSecure Socket Layer (SSL)という通信方法を用いることにしました。インターネットでショッピングをしたことがある方は、「ここからはSSLで通信します」等の表示やブラウザのどこかに鍵マークが表示されて、安全な通信が行われていることを示しているのをご覧になったことがあると思います。SSLでは通信を暗号化して送受信内容を保護し、電子証明書を用いて意図しない相手とは通信しないようになっています。
 この暗号化によって、安全に利用者まで実験データを送り届けることができます。また、利用者側と施設側の両方がお互いを認証する電子証明書を用意して、特定の利用者のみが利用できるように保証しています。利用者が使用する電子証明書は施設側が用意して、利用者にあらかじめ送付します。施設側が用意した電子証明書を所持する利用者でなければアクセスを受け付けない仕組みになっています。
 これらのシステムの安全性、安定性に関する様々な技術的試験を行い、操作性の改良を加えてきました。遠隔実験を行うためには、遠隔から作業することができるように実験装置の自動化も必要です。早くから自動化を進めてきたタンパク質構造解析ビームラインの一つである理研ビームライン(BL26B1)は遠隔実験に適していることから、遠隔実験の技術実証用の試験的ビームラインとして、関連するソフトウエアの整備を行い、今回初めて480km離れた埼玉県和光市にある理研より遠隔実験の試験を行い、目標通りの機能・性能を発揮することを確認しました。

3.今後の展開
 今回の遠隔実験システムの導入によって、SPring-8の利用方法の自由度が大きくなり、利用者の利便性向上、研究開発の効率化に繋がります。インターネットに接続できる環境があればどこでもSPring-8での実験ができるようになるため、地理的・時間的制約が減少し、タイムリーな実験を遂行できます。また、将来的には、昼間は日本の利用者が、夜間は海外の利用者が使うなど、これまでにない世界規模の柔軟な利用方法が考えられ、これまで以上に多くの成果が創出されることが期待できます。
 具体的には、平成23年上期から試験運用の実績を重ね、一般ユーザーの利用に向けた改良・準備を進めます。また、利用するための資格・要件を検討します。その上で、SPring-8での利用経験がある方を対象に、タンパク質結晶構造解析分野の共用ビームライン(BL38B1)において、遠隔実験の運用を平成23年度下期を目処に開始する予定です。その後、順次、他の分野の共用ビームラインにも適用範囲を拡大していきたいと考えています。


《参考資料》

図1 遠隔実験システムの概要
図1 遠隔実験システムの概要


《用語解説》
※1 大型放射光施設SPring-8

 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理研の施設で、JASRIが管理運営を行っている。放射光とは、光速に近い速度で加速した電子の進行方向を電磁石で変えたときに発生する、強力な電磁波(X線)のこと。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来する。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

※2 実験ハッチ
 放射線安全を確保するためにビームラインに設置された実験室のこと。実験ハッチ内には種々の測定装置が設置されており、測定サンプルに放射光ビームを照射する実験はここで行われる。



《問い合わせ先》
古川 行人(フルカワ ユキト)
 高輝度光科学研究センター 制御・情報部門 主幹研究員
 住所:兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
  TEL:0791-58-0980、Fax:0791-58-0984
  E-mail: mail1

(SPring-8に関すること)
 財団法人高輝度光科学研究センター 広報室
  TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
  E-mail:kouhou@spring8.or.jp

(理化学研究所に関すること)
 理化学研究所 広報室 報道担当
  TEL:048-467-9272、Fax:048-462-4715