大型放射光施設 SPring-8

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“ナノドメイン”構造を有する圧電体薄膜の超高速応答を実証 − 高速制御による高性能製品の開発に期待 − (プレスリリース)

公開日
2011年12月13日
  • BL13XU(表面界面構造解析)

2011年12月13日
財団法人 高輝度光科学研究センター
国立大学法人 東京工業大学
独立行政法人 物質・材料研究機構
国立大学法人 京都大学

 高輝度光科学研究センター(JASRI)、東京工業大学、物質・材料研究機構(NIMS)及び京都大学は、動作の切り替え(スイッチング)の更なる高速化を可能にすると期待されている、"ナノドメイン"と呼ばれる微小領域を有する新しい圧電体薄膜が200ナノ秒*1、1千万分の2秒)という超高速でスイッチング可能であることを世界で初めて確認しました。

 圧電体薄膜*2は、電気信号により構造が変化する性質を活かして、インクジェットプリンタで使用されるマイクロデバイス(Micro Electro Mechanical Systems、MEMS*3等の動力源として利用されています。現在の圧電体薄膜では、スイッチング時間を十分制御できていません。高速のスイッチングが実現できれば産業応用への広がりやより高性能な製品の開発を期待できます。

 そこで、本研究グループでは、大型放射光施設SPring-8*4の高輝度放射光を用いて圧電体の一種である強誘電体*5薄膜に高速に電場をかけることで引き起こされるナノドメインの構造変化を調べました。その結果、ナノドメインの結晶の向きが1千万分の2秒(200ナノ秒)という高速で変化していることを世界で初めて確認することに成功しました。

 圧電体薄膜を1千万分の2秒というナノ秒オーダーで制御できる可能性を示した今回の成果は、圧電体薄膜を用いたMEMSの高速化を通じて高性能製品の開発に大きく貢献するものです。例えば、インクジェットプリンタでは、インクの塗布を制御するMEMSの処理速度が速くなれば、従来よりも少ないインク量で微細な印刷が可能になりますし、自動車用エンジンでは、燃料の使用効率を制御するセラミックス部品にナノドメイン構造を適用することで、燃費向上や排ガス抑制に貢献することが期待できます。

 今回の成果は、JASRIの坂田修身 客員研究員(兼務:NIMS 中核機能部門 高輝度放射光ステーション長)、東京工業大学大学院 総合理工学研究科 舟窪浩 准教授、山田智明 特任助教(現 名古屋大学大学院 工学研究科 准教授、科学技術振興機構 さきがけ研究者)、京都大学 化学研究所 菅大介 助教らの研究グループによるもので、応用物理の分野において影響の大きい科学学術誌「Applied Physics Letters」のオンライン版に11月4日付で掲載されました。また、今回新たにVirtual Journal of Nanoscale Science & Technologyに注目論文として選ばれました。

 本研究の一部は、文部科学省および日本学術振興会の科学研究費、JST戦略的創造研究推進事業さきがけの一環として行われました。

(論文)
"Ultrafast switching of ferroelastic nanodomains in bilayered ferroelectric thin films"
2層積層強誘電体薄膜における強弾性ナノドメインの超高速反転
Y. Ehara, S. Yasui, J. Nagata, D. Kan, V. Anbusathaiah, T. Yamada, O. Sakata, H. Funakubo, and V. Nagarajan
Applied Physics Letters published online 4 November 2011

1. 研究の背景
 結晶が外力による圧力に応じて誘電分極を生じる効果を圧電効果といいます。また電場を結晶に加えることで結晶が歪む効果を逆圧電効果といいます。このような現象を示す結晶や物質を圧電体といい、これを応用の観点から言い換えると、電気エネルギーを機械的エネルギーに、逆に機械的エネルギーを電気エネルギーに変換するエネルギー変換物質と表現することもできます。ライターの着火石(機械的エネルギーの電気エネルギーへの変換)からプリンタのインクジェットヘッド(電気エネルギーを機械的変位に変換)やデジタルカメラの手ぶれ防止機構(機械的エネルギーの電気エネルギーへの変換)まで我々の暮らしの中で広く使用されています。また最近では、自動車のエンジンや高速道路の車の走行による振動、さらには人間の歩行による振動でも発電できる物質としても注目を集めています。
 大きな圧電性を示す物質では、電圧を加えた時の結晶自身の伸びよりも、ドメインと呼ばれる微小領域の結晶の向きの変化が、圧電性に大きく寄与していることがこれまでの研究で分かっていました。しかし、薄膜状の試料では、常に基板に固定されて(クランピング効果)微小領域の結晶の向きの変化が抑制されるために、ドメイン変化は高速に応答できないと考えられてきました。
 圧電体膜を心臓部品として用いる圧電MEMSは、精密な位置決めが可能なことや、サイズの小型化が容易なことから、将来のMEMSの本命と考えられてきました。しかしこれまで高速に応答することが確認されていなかったため、高速動作させようとすると圧電性は小さくなってしまうと危惧され、多くの用途では適用できないだろうと考えられてきました。
 最近、"ナノドメイン"と呼ばれる新しい微構造をもつ圧電体膜では、高速での動作の可能性が示唆され、圧電体膜を用いたMEMSの高速動作の可能性が見出されていました。しかしながら実際にナノドメインがどの程度高速に動くかは定量的に確認できていませんでした。

2.研究手法・成果
 我々は標準的な強誘電体かつ圧電体であるチタン酸ジルコン酸鉛Pb(Zr1-xTix)O3から構成され、ナノドメイン構造を有する2層積層薄膜を利用して高速動作の可能性を探索しました。大型放射光施設SPring-8表面界面構造解析ビームラインBL13XUの、高輝度で数マイクロメータに集光した単色パルスX線を、2層積層薄膜上に形成した電極に照射し、薄膜から生じる回折X線強度プロファイルを記録しました(図1)。具体的には、あるパルス電圧を1回印加した後、回折プロファイルを記録しました。次にパルス幅を少し長くした電圧を1回印加した後、回折プロファイルを記録しました。このように順次、印加電圧のパルス幅を大きくして測定を繰り返しました。この手法は印加電圧によって誘起される薄膜試料内の微小領域の結晶の向きを測定可能にするX線回折測定の"高速ストロボ撮影"といえるものです。この結果、薄膜試料内の微小領域の結晶の向きが印加電圧の幅によってどのように変化するかが分かりました。図2に示すように、1千万分の2秒(200ナノ秒)の高速で微小領域の結晶の向きが変化することを世界で初めて観測できました。(図2

3.期待される波及効果
今回の成果は、以下に述べる波及効果が期待できます。

a) 圧電体の高速動作の実現が可能になります。
本研究で、大きな圧電性が高速に応答可能なことで、以下の用途が期待できます。
 i)インクジェット技術の飛躍的向上
 ・ インクジェット技術は、デバイスや回路を印刷作成する"プリンテイングエレクトロニクス"の最も重要な技術です。今回の成果で圧電MEMSを用いたインクジェット技術の飛躍的高速化が実現できる可能性があります。圧電体の高速動作により、従来より大幅に少ないインク量で塗布が可能になることから、これまでより、より微細なパターニングが可能になる可能性があります。
 ii) 自動車用エンジン用フュエル・インジェクタ(燃料噴射装置)の高効率化
 ・自動車用エンジン用フュエル・インジェクタは、燃料の使用効率を向上させる上で重要な機能を司っています。高速に動作する圧電体薄膜のナノドメイン構造を、圧電体セラミックスに適用すれば、従来よりも高効率で排ガスの少ないエンジンの開発に繋がる可能性があります。
 iii) 発電所等や自動車のエンジン等の高効率運転が可能に
 ・電圧の印加に限らず、機械的応力を加えた時の圧電体の変化の測定も可能になりました。これによって高温、高圧で動作する発電所等や自動車のエンジン等の内部のモニターのような高速で高精度で応答できる圧力センサ等の開発にも応用でき、発電所等や自動車のエンジン等の高効率運転が可能になります。

b) 非鉛圧電体開発の加速による環境問題への貢献
・ 圧電体は鉛を重さで50%以上含有する物質が現在用いられており、環境への配慮から非鉛圧電体の開発が強く求められています。
・ 今回の成果により、圧電性発現機構を時間分解で測定する方法が確立されたことで、現在盛んに開発されている新規な非鉛圧電体材料の開発が加速されると期待できます。

c) 高速応答デバイスの時間分解測定による材料評価の実現と製品開発へ貢献
・ 圧電体の評価には、電圧を加えたときの結晶の変形と微構造の変化を同時に測定することが不可欠ですが、今回の成果で電圧を加えたときの圧電応答の機構が時間を追って観察可能になりました。
・ JR東日本の鉄道ICカード「Suica(スイカ)」等に用いられている強誘電体メモリ(圧電体の一種)の評価にも適用できます。強誘電体メモリに電場を印加する、つまり駅の自動改札口にSuica等をかざすとメモリ内のプラスとマイナスが反転して情報を書き換えることができるので、Suica等に利用されています。このICカードに医療カルテ等のより多くの情報を入れて携帯できるようにするための性能向上にも応用できます。
・ さらに圧電体以外にも、外部刺激によって、結晶構造や微構造の変化が起きる相変化メモリ等の時間分解測定観察にも有効であると期待できます。


図1.高速ストロボ撮影を可能にした測定システム

図1.高速ストロボ撮影を可能にした測定システム(数マイクロメータに集光した高輝度X線を電極上に集光し、回折X線強度と電圧印加しながら電気分極とを数10ナノ秒の時間分解で同時に測定できるシステムを構築し、それを用いました。今回の測定では、200ナノ秒幅のパルス電圧を1回印加した後、回折プロファイルを記録しました。次にパルス幅を少し長くした電圧を1回印加した後、回折プロファイルを記録することを順次繰り返しました。)


図2.薄膜試料からのX線回折強度プロファイルの高速変化。

図2.薄膜試料からのX線回折強度プロファイルの高速変化。

(001)と(100)の回折ピークは薄膜試料中の微小領域の結晶の異なる向きにそれぞれ対応しています。パルス電圧の幅が1千万分の2秒(200 ナノ秒)の場合に2つの回折ピーク強度プロファイルの変化を観察できました。これが微小領域の結晶の向きの高速変化を実証するものです。


《用語解説》
*1 ナノ秒

10億分の1秒です。

*2 圧電体薄膜
ある結晶が外力による圧力に応じて誘電分極を生じる効果を圧電効果といいます。また電場を結晶に加えることで結晶が歪む効果を逆圧電効果といいます。このような現象を示す結晶を圧電体といい、その薄膜になっているものが圧電体薄膜です。

*3 MEMS
MEMS(メムス、Micro Electro Mechanical Systems)は、機械要素部品、センサー、アクチュエータ、電子回路を一つのシリコン基板、ガラス基板、有機材料などの上に集積化したデバイスのことです。

*4 大型放射光施設 SPring-8
独立行政法人理化学研究所が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す施設で、その運転管理と利用者支援はJASRIが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来します。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。SPring-8は日本の先端科学・技術を支える高度先端科学施設として、日本国内外の大学・研究所・企業から年間延べ1万4千人以上の研究者に利用されています。

*5 強誘電体
強誘電体は圧電体の一種です。圧電体のうちで、外部からの電場により自発分極の方向が反転可能な結晶です。



《問い合わせ先》
(本研究に関すること: 全般)
  東京工業大学 大学院 総合理工学研究科 物質科学創造専攻
   舟窪 浩
    TEL・FAX:045-924-5446
     E-mail:mail

(試料に関すること)
  京都大学 化学研究所
   菅 大介
    TEL:0774-38-3114, Fax:0774-38-3118
     E-mail:mail

(測定に関すること)
  高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 客員研究員
  物質・材料研究機構 中核機能部門 高輝度放射光ステーション ステーション長、
   坂田 修身
    TEL・FAX:0971-58-1970
     E-mail:mail

(NIMSに関すること)
 物質・材料研究機構 企画部門広報室
  TEL:029-859-2026 (直通) FAX:029-859-2017

(SPring-8に関すること)
 高輝度光科学研究センター 広報室
  TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
  E-mail:kouhou@spring8.or.jp