大型放射光施設 SPring-8

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“燃料電池電極触媒活性15倍向上:金属ナノ粒子可溶化技術の開発に成功”(プレスリリース)

公開日
2012年04月23日
  • BL15XU(広エネルギー帯域先端材料解析)

平成24年4月23日
独立行政法人 物質・材料研究機構

 独立行政法人物質・材料研究機構(理事長:潮田 資勝)環境再生材料ユニット 阿部 英樹主幹研究員、極限計測ユニット/高輝度放射光ステーション 吉川 英樹主幹研究員および表界面構造・物性ユニット 原 徹主幹研究員の研究チームは、新開発の金属ナノ粒子可溶化技術によって、燃料電池電極材料の触媒活性を15倍高めることに成功した。電極触媒活性の大幅向上により、燃料電池材料におけるレアメタル消費量の削減に道が開かれた。本研究成果は、英国王立化学会誌Chemical Communicationsオンライン版(3月9日号)に掲載された。

(論文)
"Post-synthesis dispersion of metal nanoparticles by poly(amidoamine) dendrimers: size-selective inclusion, water solubilization, and improved catalytic performance"
Govindachetty Saravanan , Toru Hara , Hideki Yoshikawa , Yoshiyuki Yamashita , Shigenori Ueda , Keisuke Kobayashi and Hideki Abe
Chemical Communication, published on the web 09 Mar 2012

研究の背景
 燃料電池1)自動車排気ガス清浄化2)に代表される環境・エネルギー技術は、エネルギー供給と環境保全を両立する上で、21世紀の人間社会に必要不可欠である。環境・エネルギー技術において最も重要な要素材料の1つが、直径10 nm以下の貴金属ナノ粒子を活性点とする「金属触媒」である。
 金属ナノ粒子は多くの場合、溶媒中の化学反応によって合成されるが、合成されたままの金属ナノ粒子は容易に凝集して直径数百 nmのクラスターを形成し、比表面積と触媒活性が大幅に低下するという課題を抱えている。溶媒中に分散した直径数百 nm~数 μm程度の「担持材料3)」表面に金属ナノ粒子をごく薄く析出させることによってナノ粒子間の距離を確保する方法が広く用いられているが、金属ナノ粒子の凝集を完全に抑制することには成功していない。現行技術では、金属ナノ粒子の凝集による触媒活性低下を補うため、触媒中に過剰の活性点を導入する他に方法がなく、レアメタルの大量消費が避けられなかった。

成果の内容
 本研究では、凝集した金属ナノ粒子を水溶液中に分散・溶解し、担持材料表面に再分散・固定する新しい技術を開発した(図1)。
まず、クラスター状に凝集した金属ナノ粒子(Pt3Tiナノ粒子)を、樹枝状構造を持つ巨大有機分子「水酸基終端型第5世代デンドリマー4):G5OH」水溶液に投入し、常温常圧で1週間撹拌する。撹拌に伴い、クラスターが分解され、徐々に水に溶けてゆく。
 これは、金属ナノ粒子がG5OH分子内部に取り込まれ、水溶性の金属・有機複合分子を形成することによって水に溶けるようになった(可溶化された)ためである。
 金属ナノ粒子水溶液中にカーボン担持体(GC)を挿入し、Ag/AgCl標準電極に対して0~+1.0 Vの交流電圧を印加することにより、金属ナノ粒子を、G5OH内部に取り込まれた形のまま、GC表面に再分散・固定することができる。金属ナノ粒子を包むG5OHの終端基層(厚さ<1 nm)には、単にナノ粒子同士の会合・再凝集を抑制するだけではなく、GC表面とナノ粒子との間の電荷のやり取りを媒介する働きがある。実際、GC表面に固定された金属ナノ粒子は、燃料電池触媒反応の1つである酸素還元反応に対し、凝集した金属ナノ粒子に比べ、白金当量比で15倍もの活性を発揮する(図2)。
 図3の左右の画像は、G5OHによる金属ナノ粒子可溶化を実証する透過電子顕微鏡像である。合成されたままの金属ナノ粒子(直径1~4 nm, 図中輝点)は、凝集して200 nm2程度のクラスターを形成している(図3右図)。一方G5OH(直径6 nm)によって可溶化された金属ナノ粒子の場合、ナノ粒子の間隙は常に、G5OH分子の終端基の厚みに相当する1 nm以上に保たれている(図3左図)。図3中央図は、可溶化された金属ナノ粒子のナノ構造を決定するために行われた、大型放射光施設SPring-8BL15XU高輝度放射光ステーションにおける硬X線光電子分光5)(HX-PES)測定の結果である。金属ナノ粒子のPt 3d5/2光電子ピークは、バルク試料とほぼ等しい2122.7 eVに現れるが、G5OHによって可溶化された金属ナノ粒子のPt 3d5/2光電子ピークは、これより2.2 eV高エネルギー側の2124.9 eVに現れる。可溶化された金属ナノ粒子のPt 3d5/2光電子ピークが示す高エネルギーシフトは、金属ナノ粒子上にⅩ線励起されたホールがナノ粒子を覆う絶縁性のデンドリマー分子によって補足され、光電子に静電引力を及ぼした結果(終状態効果)と解釈される。本結果は、金属ナノ粒子が実際にG5OH分子の内部に取り込まれ、水溶性の金属・有機複合分子を形成したことを実証している。

波及効果と今後の展開
 原子力発電や化石燃料機関など、環境負荷の高い従来技術に代わる新エネルギー源の開発が急がれる現在、燃料電池技術への期待が高まっている。しかし現行の燃料電池は、電極触媒活性の凝集による低下を補うため、白金などの貴金属を大量消費せざるを得ないという課題を抱えている。G5OHによって可溶化された金属ナノ粒子は、複雑なナノ構造材料の深部にまで浸透・分散させることができるため、高比表面積メソポーラス材料(比表面積>1000 m2g-1)を担持体として利用すれば、燃料電池電極における貴金属使用量を1/100以下に抑えることも不可能ではない。G5OHによる金属ナノ粒子の可溶化処理・担持材料表面への再分散処理はいずれも単純・簡単であり、今回のPt3Tiナノ粒子に限定されることなく、純白金ナノ粒子など、異なった金属ナノ粒子に幅広く適用することが可能である。本技術は将来的に、環境保護・エネルギー確保・レアメタル消費量削減という3つの課題に応えることができるものと期待される。

謝辞
 本研究成果は、独立行政法人科学技術振興機講の戦略的創造研究推進事業(さきがけ) 「新物質科学と元素戦略(研究統括:細野 秀雄(国立大学法人 東京工業大学))」の研究課題「金属間化合物を活性点とする貴金属フリー排ガス清浄化触媒の開発(研究者:阿部 英樹)」の支援を受けて行われたものである。


《参考資料》

図1:デンドリマーによる金属ナノ粒子の取り込み・担持体表面への分散・燃料電池触媒反応
図1:デンドリマーによる金属ナノ粒子の取り込み・担持体表面への分散・燃料電池触媒反応


図2:凝集した金属ナノ粒子と可溶化された金属ナノ粒子の燃料電池触媒活性の比較
図2:凝集した金属ナノ粒子と可溶化された金属ナノ粒子の燃料電池触媒活性の比較


図3:可溶化された金属ナノ粒子の透過電子顕微鏡像(左)、凝集した金属ナノ粒子の透過電子顕微鏡像(右)、およびそれぞれに対応するHX-PES測定結果(中央)
図3:可溶化された金属ナノ粒子の透過電子顕微鏡像(左)、凝集した金属ナノ粒子の透過電子顕微鏡像(右)、
およびそれぞれに対応するHX-PES測定結果(中央)


《用語解説》
*1 燃料電池

水素やメタノールなど小型の分子を電気化学的に燃焼させ、これに伴って生ずる電荷移動を、反応系外部に電流の形で取り出す装置。次世代エネルギー源として注目を集める新技術である。

*2 自動車排気ガス清浄化
自動車エンジンからは、一酸化炭素や酸化窒素(NOx)を初め、人体に有害な有毒ガスが高濃度に排出される。エンジンからの排気ガスを環境に放出する際には、何らかの方法で、有毒ガスを除去・清浄化しなくてはならない。金属触媒を使った排気ガス清浄化は代表的な方法である。

*3 担持材料
金属ナノ粒子を表面に分散・固定して凝集を防ぎ、触媒材料の活性を保持する材料の総称。燃料電池電極用の担持材料としてはカーボン粉末が、自動車排気ガス清浄化のためにはアルミナやセリアが利用される場合が多い。

*4 デンドリマー
直鎖型の分子団が、原子数個から成る「コア」と呼ばれる分子団を起点に、アミン基などを分枝点として分枝を繰り返すことにより構築された樹枝状(デンドロン)構造を持つ球状分子の総称(図1を参照)。デンドリマーは、樹枝状分子団と終端基によって構成された直径1 nm~1.7 nm程度の「ポア」と呼ばれる中空の空間に、終端基の隙間を介してイオンや分子を受け入れる能力を持っているため、標的腫瘍細胞に薬剤分子を集中投与する「ドラッグ・デリバリー」技術への応用が検討されている。従来、終端基の隙間を縫ってデンドリマーポア内部に入り込むことができるのは、原子数個から成る小型のイオンまたは分子 ( < 1 nm) に限られると考えられてきたが、今回我々は、水酸基終端型のG5OH分子が、ポア内径と同等のサイズ ( 1 nm~1.7 nm) を持った金属ナノ粒子を取り込む能力を持つことを初めて見出した。

*5 硬X線光電子分光
シンクロトロン放射光源から発せられる5 keV以上の硬Ⅹ線(今回5.95 keV)を励起光源として利用する光電子分光法。硬X線を利用することにより、約20 nm以上の観察深さと、結合エネルギー2 keV以上の深い内殻の電子状態の直接観測が実現できる。従来、有機分子包摂金属ナノ粒子などの有機・金属複合材料の立体構造決定は、専ら1H-NMRやFTIRを用いた有機官能基の化学状態分析に依拠してきた。今回我々は、HX-PESによるナノ粒子の内殻電子状態の直接観測結果に基づいて金属・有機複合材料の立体構造決定を行うことに初めて成功した。



《問い合わせ先》
(研究内容に関すること)
 独立行政法人物質・材料研究機構
  環境再生材料ユニット
   阿部 英樹(あべ ひでき)
    TEL:029-859-2732
    E-mail:mail1

 独立行政法人物質・材料研究機構
  極限計測ユニット/高輝度放射光ステーション
   吉川 英樹(よしかわ ひでき)
    TEL:0791-58-0223
    E-mail:mail2

 独立行政法人物質・材料研究機構
  表界面構造・物性ユニット
   原 徹(はら とおる)
    TEL:029-860-4599
    E-mail:mail2

(報道担当)
  独立行政法人 物質・材料研究機構 企画部門 広報室
  〒305-0047 茨城県つくば市千現1-2-1
    TEL:029-859-2026 FAX:029-859-2017

(SPring-8に関すること)
  公益財団法人 高輝度光科学研究センター 広報室
    TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
    E-mail:kouhou@spring8.or.jp