大型放射光施設 SPring-8

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鉄原子を含む高温超伝導体の仕組みを解くカギ「電子のネマティック液晶状態」を発見(プレスリリース)

公開日
2012年06月21日
  • BL02B1(単結晶構造解析)

2012年6月21日
国立大学法人 京都大学
公益財団法人 高輝度光科学研究センター
独立行政法人 日本原子力研究開発機構

 京都大学(松本紘 総長)は、高輝度光科学研究センター(以下JASRI、理事長 白川哲久)、日本原子力研究開発機構(以下 JAEA、理事長 鈴木篤之)と共同で、高温超伝導の舞台となる電子状態の異常性の一端を明らかにしました。今回の成果は、京都大学大学院理学研究科の笠原成研究員、芝内孝禎准教授、松田祐司教授、JASRIの杉本邦久研究員、JAEAの福田竜生研究員らの研究グループによるものです。
 今回の成果は、高温超伝導体中の電子の集団が、超伝導転移を起こすよりも高温で、自発的に結晶格子の持つ回転対称性を破った状態に相転移を起こすことを示したものです。この対称性を破った状態は液晶ディスプレーなどで用いられるネマティック液晶(*)との類似性から、ネマティック電子状態と呼ばれます。類似した電子構造は、今回の研究対象となった鉄原子を含む高温超伝導体だけではなく、銅酸化物高温超伝導体においてもが報告されていることから、現代物性物理学に残された未解決問題の1つである高温超伝導の発現機構を解明する鍵として、高温超伝導発現機構とネマティック電子状態の関係が注目されます。
 この成果は英科学誌『Nature』オンライン版(6月21日付け)に掲載されます。(報道解禁はロンドン時間の6月20日午後6時[日本時間6月21日(木)午前2時]です)

(論文)
題目:"Electronic nematicity above the structural and superconducting transition in BaFe2(As1-xPx)2"
BaFe2(As1-xPx)2における構造および超伝導転移温度以上の電子ネマティック状態
S. Kasahara1,2, H. J. Shi1, K. Hashimoto1, S. Tonegawa1, Y. Mizukami1, T. Shibauchi1, K. Sugimoto3, T. Fukuda, T. Terashima2, A. H. Nevidomskyy5 , Y. Matsuda1
1京都大学理学研究科, 2京都大学低温物質科学研究センター, 3JASRI/SPring-8, 4JAEA/SPring-8, 5ライス大学
Nature 486, 382–385 (2012) Published online 20 June 2012

研究の背景
 超伝導は低温で二つの電子の間に引力が働くことにより生じますが、その転移温度は約30K(約−240°C)を超えることは不可能だと長年考えられていました。この常識を覆すように、1986年にスイスで銅酸化物、さらに2008年に日本で鉄系化合物において50Kを超える高い温度で超伝導(高温超伝導)を示す化合物が発見されました。しかしながら、その発現機構はいまだ明らかになっておらず、現代物性物理学における最大の未解決問題の1つとなっています。
 本研究で用いた鉄系高温超伝導は、鉄原子が平面で正方形の格子を組み、この二次元四角格子で超伝導が起こると考えられています(図1)。この鉄系超伝導体の母物質では、電子は強く相互作用し合い、鉄の磁気モーメントの方向が互い違いに並んだ磁気秩序状態を示します。この秩序状態に化学的な方法で、元素を置換すると磁気秩序が壊され高温で超伝導が生じます。磁気秩序や超伝導の舞台となる詳細な電子構造の理解は、超伝導の発現機構、つまり電子の引力のメカニズムを解明するためのカギであると考えられ、最先端の手法を用いて現在世界中で活発な研究が行われています。

研究手法と成果
 研究グループは、研究対象として鉄系超伝導体の1つであるBaFe2(As1-xPx)2を用いました(図1)。この系では、母物質BaFe2As2でヒ素原子(As)をリン原子℗に置換することにより、高い相転移温度を持った超伝導が現れます(図2)。これまで磁気秩序転移や超伝導転移が起こる温度よりも高い温度では、結晶は鉄原子が正方形にならんだ状態を持つとされてきました。我々は原子間力顕微鏡に用いるマイクロカンチレバーを用いて微小単結晶の磁場に対する応答を、磁場を鉄の2次元面内に精密に回転させて測定しました(図3)。この我々が開発した精密測定法により、従来の磁気測定装置の数千倍の超高感度で磁場に対する応答を検出できます。さらに研究グループは大型放射光施設SPring-8(**)において大型イメージングプレートカメラを用いた放射光単結晶X線回折手法により、精密に結晶構造の変化を測定しました(図4)。これらの2つの実験結果から、従来信じられてきたものとは異なり、ある温度において、電子の構造が結晶の持つ正方形からひずみ、一方向にのみ電子が流れやすくなった状態(ネマティック電子状態)に相転移(***)していることが明らかとなりました(図2)。これは電子の集団が、自己組織化により自発的に結晶格子の回転対称性を破った状態に転移することを意味しており、鉄原子の電子軌道の整列と密接な関係を持っていると考えられます。

研究の意義と今後の期待
 電子の集団が自発的に結晶の回転対称性の破ることは、銅酸化物高温超伝導体でも最近発見されていましたが、そのことが高温超伝導とどのような関わりをもっているのか、依然として未解決な問題のままです。異なる電子構造を持つもう一つの高温超伝導体である鉄系超伝導体でも類似した電子状態を有するということを示した今回の発見は、高温超伝導に共通した新たな側面となります。今後このネマティック電子状態が高温超伝導の発現機構とどのような関わりを持っているかどうか大きな議論を呼ぶことが予想され、これを明らかにすることで、新たな高温超伝導物質の設計指針を与えるものと期待されます。

 本研究は、文部科学省新学術領域研究「重い電子系の形成と秩序化」、グローバルCOE「普遍性と創発性が紡ぐ次世代物理学」、科学研究費補助金の助成を受けました。SPring-8における研究は、ビームラインBL02B1(単結晶構造解析)を用いた一般課題(課題番号: 2011A1200, 2011B1897, 2012A1182)により行われました。


《参考資料》

図1 鉄系超伝導体BaFe2(As1-xPx)2の結晶構造
図1 鉄系超伝導体BaFe2(As1-xPx)2の結晶構造


図2 鉄系超伝導体BaFe2(As1-xPx)2の温度-組成相図(左図)
図2 鉄系超伝導体BaFe2(As1-xPx)2の温度-組成相図(左図)

常磁性-正方晶相では等方的な電子状態(右上図)になるが、結晶格子の回転対称性の破れ(電子系の異方性)により生じる電子ネマティック相では、超伝導相の高温領域に反強磁性-斜方晶相(右下図)が拡がる。


図3 ピエゾ抵抗マイクロカンチレバーによる磁気異方性測定
図3 ピエゾ抵抗マイクロカンチレバーによる磁気異方性測定

カンチレバー上に単結晶試料を設置し、ベクトル型マグネットを用いることで精密かつ高精度に磁気面内異方性を測定可能。


図4 SPring-8 BL02B1における大型イメージングプレートカメラ装置
図4 SPring-8 BL02B1における大型イメージングプレートカメラ装置

高反射角のX線回折を測定することで微小な結晶構造の変化を高精度に測定可能。


《用語解説》
* ネマティック状態

ネマティック状態とは、3次元的な位置秩序は持たないが、一方向に配向秩序を持つ状態である。例えばテレビなどのディスプレーで使われるネマティック液晶は、細長い分子の集まりであり、分子の中心はランダムに分布しているが、分子の方向はそろっている。

** 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す施設で、その運転管理と利用促進はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

*** 相転移
温度をあげると氷(固体)が溶けて水(液体)になり、さらに温度を上げると蒸発して水蒸気(気体)になる。また温度を上げると磁石の磁力は急に消失する。このように一つの相が異なる相へと変化する現象を相転移と呼び、物理学における大きな研究分野の一つである。



《問い合わせ先》
 京都大学大学院理学研究科 物理学・宇宙物理学専攻
  松田 祐司
   〒606-8502 京都市左京区北白川追分町
    TEL:075-753-3790 FAX:075-753-3790
    E-mail:

(SPring-8に関すること)
 公益財団法人 高輝度光科学研究センター 広報室
    TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
     E-mail:kouhou@spring8.or.jp