大型放射光施設 SPring-8

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X線自由電子レーザー(XFEL)による重原子の特徴的な振舞いを検出 -XFELイメージングに不可欠な原子データを提供-(プレスリリース)

公開日
2013年04月30日
  • SACLA

2013年4月30日
国立大学法人東北大学
国立大学法人京都大学
国立大学法人広島大学
独立行政法人理化学研究所
公益財団法人高輝度光科学研究センター

本研究成果のポイント
• XFEL照射によりキセノン原子がX線吸収と電子放出を短時間のうちに繰り返すことを観測
• 日本のXFEL施設 SACLAを用いたX線イメージングに不可欠な原子データを提供

 東北大学(里見進総長)、京都大学(松本紘総長)、広島大学(浅原利正学長)、理化学研究所(野依良治理事長)と高輝度光科学研究センター(白川哲久理事長)による合同研究チームは、X線自由電子レーザー(XFEL)※1の非常に強力かつ非常に短い百兆分の1秒のパルス幅(発光時間)のX線をキセノン原子に照射すると、この百兆分の1秒の間に、キセノン原子がX線を吸収しては次から次に電子を放出して安定化する過程を繰り返して、急激にイオン化が進行することを見出しました。本研究は東北大学多元物質科学研究所上田潔教授のグループ、京都大学大学院理学研究科八尾誠教授のグループ、広島大学大学院理学研究科和田真一助教、理化学研究所放射光科学総合研究センターXFEL研究開発部門ビームライン研究開発グループ矢橋牧名グループディレクター及び高輝度光科学研究センター XFEL研究推進室利用技術開発・整備チーム 登野健介チームリーダーのグループ等からなる合同研究チームによる成果です。
 XFELの非常に強力なX線パルスを用いると、非常に小さな結晶や結晶化していない試料からでも1発のX線パルスでX線散乱を計測できるため、これまで構造が決定できなかった様々な物質や過渡的な状態にある物質の構造が決定できると期待されています。本研究で、百兆分の1秒という非常に短いX線のパルス幅の間にキセノン原子がX線吸収とオージェ電子※2放出を何度も繰り返すことが見出されたことで、SACLAの強力X線パルスを用いたX線散乱の解析には、X線パルス照射中における原子の動的挙動を正確に知ることが不可欠であることを示しています。
 本研究の成果は、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』への掲載に先立ち、平成25年4月26日にウェブ掲載されました。
 本研究は、合同研究チームの上田を代表とする文部科学省 X線自由電子レーザー利用推進研究課題、 理化学研究所SACLA利用装置提案課題、文部科学省 X線自由電子レーザー重点戦略研究課題の各事業の一環として行われました。

背景
 米国のX線自由電子レーザー(XFEL)施設 LCLS※3に続いて、日本のXFEL施設 SACLA※4が完成し、我が国でも非常に強力かつ非常に短い時間幅のパルスX線が利用できるようになりました。このXFELを利用すると、たとえば、化学変化において超高速で起こる個々の原子の動きのように、これまで見えなかった超微細、超高速な現象が見えるようになると期待されています。これを実現するためには、非常に強力なX線パルスが原子によって散乱される様子を正しく記述することが必要です。しかし、このような強力X線はこれまで存在しなかったため、強力X線パルスの散乱を記述するための原子データを得ることが急務となっています。本研究では、X線散乱で重要な役割を果たす重原子の代表としてキセノン原子を選んで、SACLAの強力X線パルス照射に対してキセノン原子がどのように応答するかを調べました。

研究の手法と成果
 本研究では、キセノン原子線を真空中に導入して、SACLAで得られる1ミクロン径程度のサイズに集光したX線パルスを照射し、生成したキセノン原子イオンを飛行時間型イオン質量分析装置※5を用いて観測しました(図1)。キセノン原子にX線を照射すると、深い内殻軌道の電子が放出されて、エネルギーが高く不安定な原子イオンになります。この不安定な原子イオンはオージェ過程により比較的浅い軌道の電子を繰り返し放出してエネルギー的に安定な多価原子イオンになります。SACLAの非常に強力なX線パルスを照射すると、キセノン原子はこのような過程を複数回繰り返して非常に多くの電子を放出した多価原子イオンになります。今回の研究で観測したイオンの最も高い価数は26+で、百兆分の1秒程度の時間に26個もの電子が放出されたことを意味します(図2)。本研究ではまた、X線パルスのフルエンス※6によって生成するイオンの数が変化する様子も観測されました。本研究の観測結果をよく再現する理論計算から、価数が24+以上の多価イオンは、百兆分の1秒のパルス幅の時間内に、キセノン原子がX線吸収と引き続いて連続的に起こるオージェ電子放出過程とを5回ないし6回繰り返して生成することが見出されました(図3)。

今後の展開
 今回の研究は、SACLAの強力なX線パルスを照射された重原子は、SACLAの百兆分の1秒のパルス幅の間に、X線を吸収してはオージェ電子を次から次に放出する過程を何度も繰り返して、急激にイオン化が進行することを明らかにするとともに、SACLAの非常に強力なX線パルスを用いた構造解析では、重原子の動的な挙動を正確に記述することが不可欠であることを示すものです。本研究で試みたように、強力X線パルスを照射された重原子の挙動を正しく記述できれば、SACLAを用いて、これまで見えなかった超微細、超高速な現象を見ることも可能になると期待されます。


《参考図》

図1.XFELを用いたキセノン原子のイオン化実験の概念図
図1.XFELを用いたキセノン原子のイオン化実験の概念図


図2.飛行時間の計測によるイオンの分析を示す図(1マイクロ秒は1秒の100万分の1)
図2.飛行時間の計測によるイオンの分析を示す図
(1マイクロ秒は1秒の100万分の1)


図3.X線吸収と多段階に起こる電子放出の繰返しによりキセノン原子の価数が上昇するX線の高次非線形効果を示す図(1フェムト秒は1000兆分の1秒)
図3.X線吸収と多段階に起こる電子放出の繰返しにより
キセノン原子の価数が上昇するX線の高次非線形効果を示す図
(1フェムト秒は1000兆分の1秒)


《用語解説》
※1 X線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free-Electron Laser)

X線領域で発振する自由電子レーザー(Free-Electron Laser)であり、 可干渉性、短いパルス幅、高いピーク輝度を持つ。自由電子レーザーは、 物質中で発光する通常のレーザーと異なり、物質からはぎ取られた自由な電子を加速器の中で光速近くに加速し、 周期的な磁場の中で運動させることにより、レーザー発振を行う。

※2 オージェ電子
励起状態にある原子がより安定な状態に遷移するとき、準位間のエネルギー差に等しいエネルギーを原子内の他の電子に与えて非放射的に遷移し、その際に1個の電子を放出する現象をオージェ効果と呼び、その時に放出される電子はオージェ電子と呼ばれる。オージェ電子放出が起きる毎に、原子イオンの電荷数は増大する。オージェ電子放出は原子番号の小さい原子や、比較的外側の殻に空孔ができた場合に多くおこり、原子番号の大きい原子の内殻に空孔ができたときはX線を放射する確率が高くなる。また、内殻の空孔がオージェ電子放出を起こした場合、多段階のオージェ効果による遷移を起こし、多価イオンを生成する。

※3 LCLS
米国スタンフォード線形加速器センター(現在のSLAC国立加速器研究所)で建設された世界で初めてのXFEL施設。Linac Coherent Light Sourceの頭文字をとってLCLSと呼ばれている。2009年12月から利用運転が開始された。

※4 SACLA
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。科学技術基本計画における5つの国家基幹技術の1つとして位置付けられ、2006年度から5年間の計画で整備を進めた。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAser の頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始され、利用実験が始まっている。諸外国と比べて数分の一というコンパクトな施設の規模にも関わらず、 0.1nm以下という世界最短波長のレーザーの生成能力を有する。

※5 飛行時間型イオン質量分析装置
加速させたイオンの飛行時間を計測することによりイオンの質量と電荷の比を測定する装置。イオンは、既知の強度の電場によって加速されることで、電荷に比例した運動エネルギーを得る。加速されたイオンが一定距離を飛行する時間を測定することで、質量と電荷の比を測定することができる。本研究のように質量が既知である場合には電荷が決定できる。

※6 フルエンス
光の強度を表す量の一つ。ある球体に入射する粒子(本研究では光子)の数を、その球体の大円の面積で割ったものとして定義される。



《問い合わせ先》
 国立大学法人東北大学多元物質科学研究所
  教授 上田 潔 (うえだ きよし)
    TEL:022-217-5381

 国立大学法人京都大学大学院理学研究科
  教授 八尾 誠 (やお まこと)
    TEL:075-753-3774

 国立大学法人広島大学大学院理学研究科
  助教 和田 真一 (わだ しんいち)
    TEL:082-424-7401

 独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
    TEL:048-467-9272 FAX:048-462-4715

 公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)広報室
    TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
    E-mail:kouhou@spring8.or.jp