大型放射光施設 SPring-8

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光電子分光法による固液界面での電気化学反応のその場追跡に世界で初めて成功 ~燃料電池や蓄電池のための高性能材料設計への貢献に期待~(プレスリリース)

公開日
2013年09月18日
  • BL15XU(広エネルギー帯域先端材料解析)

2013年9月18日
独立行政法人 物質・材料研究機構
独立行政法人 科学技術振興機構

 1. 独立行政法人 物質・材料研究機構(理事長:潮田 資勝)ナノ材料科学環境拠点(GREEN)電池分野の魚崎 浩平コーディネーターおよび独立行政法人 科学技術振興機構(理事長:中村 道治)増田 卓也さきがけ研究者らのグループは、物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス拠点(WPI-MANA)および高輝度放射光ステーションと共同で、SPring-8の高エネルギーX線とシリコン薄膜窓を用いた新しい測定システムを開発し、従来、真空中でのみ測定が可能であったX線光電子分光法(XPS)(1)によって、液体と固体の界面(2)における電気化学反応(3)その場追跡(4)に世界で初めて成功しました。
 2. 固液の界面は身近な蓄電池や燃料電池、太陽電池などのエネルギーデバイスにおいて、エネルギー変換や利用を担っている重要な場所です。エネルギーの利用効率を極限までに高めようとする昨今の研究開発では、経験則に頼った材料開発から脱却し、戦略的に材料設計を可能とするような明確な評価手法が必要となってきました。このことから固液界面の反応の動的挙動を反応が起こっている環境(その場)で直接観察・計測する手法が渇望されていました。他方、X線光電子分光法は、物質にX線を照射し、表面に存在する元素から放出された光電子(5)のエネルギーを分析することで、表面の元素の種類やその化学的な状態を評価することができる手法ですが、真空中で測定を行うことが不可欠であり、固液界面の反応を直接、その場で観測することはできませんでした。
 3. 本研究グループは、SPring-8の高輝度で高エネルギーなX線を独自に作成した厚さ15 nmのシリコン薄膜窓を透過させることで、非真空中の固液界面の電気化学反応をその場で観測することに成功しました。具体的には、シリコン薄膜をX線と光電子を透過する窓、真空と液体を隔てる壁、電気化学反応用の電極として利用し、SPring-8の高輝度で高エネルギーなX線を用いることで、シリコン薄膜窓(固体)と液体の界面で放出された光電子を(薄膜を通して)真空側で検出する測定システムを開発しました。このシステムによって、水中で電位をかけることによってシリコン表面に酸化膜が成長する、という電気化学反応のその場観測に成功しました。
 4. 本研究の成果によって、蓄電池や燃料電池といった主要なエネルギーデバイスの固液界面プロセスの解明が進むことが期待されるとともに、反応機構や既存材料の問題点を明らかにすることによって、電池電極や触媒材料といった重要な部位の開発や性能向上に役立つことが期待されます。具体的には、従来は困難であった界面の組成や状態の定量的な評価が可能となり、副反応や反応の生成物の特定によって電極や電解質の劣化の機構を解明することに役立つものと考えられます。また、従来よりX線光電子分光法は工業分野、医療分野などの材料設計開発に用いられており、これらの幅広い分野の界面反応が重要な役割を果たす幅広い現象の機構解明に役立つと期待されます。
 5. 本研究は文部科学省の委託事業「ナノテクノロジーを活用した環境技術開発プログラム」および独立行政法人科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業・個人型研究(さきがけ):「エネルギー高効率利用と相界面」研究領域(研究総括:笠木伸英)の一環として行われ、平成25年9月13日午前3時(日本時間)発行の米国物理学協会の応用物理学誌「Applied Physics Letters」オンライン速報版で公開されました。

(論文)
題目:"in situ X-ray Photoelectron Spectroscopy for Electrochemical Reactions in Ordinary Solvents"
著者:Takuya Masuda, Hideki Yoshikawa, Hidenori Noguchi, Tadahiro Kawasaki, Masaaki Kobata, Keisuke Kobayashi, and Kohei Uosaki
雑誌:Applied Physics Letters(Volume 103, Issue 11, 11605 2013年9月9日号)

研究の背景
 蓄電池、燃料電池、色素増感太陽電池、光触媒において、主要なエネルギー変換プロセスは固液界面で起こっており、それらの効率向上には反応機構の理解が不可欠です。反応機構を正しく理解するためには反応が起こっている溶液中のその場で測定を行い、情報を得ることが必須であり、固液界面プロセスをその場で評価することが可能な新しい測定技術の開発が日々進められています。
 X線光電子分光法(XPS)は、X線照射により物質表面に存在する元素を励起し、放出される光電子のエネルギーを分析することで、表面組成・表面種の酸化状態を非破壊的にかつ再現性よく評価できる手法です。X線照射で放出された光電子は電子分析器に到達するまでに、気体や液体における散乱によって、エネルギーを失ったり方向を変えたりしてしまいます。これを防ぐため、従来のXPS測定には真空が必要であり、溶液中で反応が進む材料の分析を行うことは不可能でした。そこで本研究では、従来、真空中でのみ可能であったXPS測定を応用し、電気化学条件下における固液界面プロセスをその場で評価できるシステムの構築を目的としました。

成果の内容
 図1に本研究で構築したその場XPS測定システムの概要を示します。厚さ15 nmのシリコン薄膜によって仕切られた小型の容器を作製し、この容器を水で満たした状態で真空中に導入します。薄膜の真空側からX線を照射し、薄膜と水の接触界面から放出された光電子を(薄膜を透かして)真空側から分析することによって、薄膜と水の接触界面で起こる電気化学反応をその場追跡しました。
 図2左図にさまざまな条件で測定したシリコン薄膜のXPSスペクトルを示します。シリコン薄膜に+の電位を印加する事によって、104 eV付近のシリコン酸化膜(SiO2)に由来するピーク強度の増加が観察されました。これは水との界面においてシリコン酸化膜が成長したことを意味しています。また、放出された光電子のエネルギーと、シリコンやシリコン酸化膜におけるシリコンの密度などに基づいて、各条件におけるシリコン酸化膜の厚さ変化をナノメートル以下のスケールで決定することに成功しました(図2右図)。

図1. その場XPS測定システムの配置図。
図1.その場XPS測定システムの配置図。


図2. (左)さまざまな電位で測定したシリコン薄膜のXPSスペクトル。(右)XPSスペクトルから求めたシリコン酸化膜の厚さ変化。
図2. (左)さまざまな電位で測定したシリコン薄膜のXPSスペクトル。
(右)XPSスペクトルから求めたシリコン酸化膜の厚さ変化。

波及効果と今後の展開
 今日、エネルギー問題・環境問題への対策として、蓄電池、燃料電池、色素増感太陽電池、光触媒など多様なエネルギー変換システムの開発が進められています。これまでのナノテクノロジー研究の蓄積によって、サイズ・形状が原子レベルで制御された多種多様な機能性ナノ材料が合成可能となっており、その一部は実際にエネルギー変換システムの高効率化に貢献しています。こうした材料設計をさらに戦略的に進めるためには、性能評価から得られる経験的な知見に頼るのではなく、実動作環境における材料の性質や問題点を明らかにすることが重要です。
 X線光電子分光法は基礎研究だけでなく、半導体素子、電極、触媒、ポリマー、センサー、先端医療など幅広い産業分野において材料設計開発指針を得るために活用されてきました。本研究成果により、実動作中の材料の生きた情報を得られることで、副反応の有無や電極材料の劣化なども含めた電極反応の全体像をより正確に知ることができます。このことによって新規なエネルギー材料創出やデバイス開発に資する有益な情報をもたらすことが期待できます。たとえば、従来は困難であった界面の組成や状態の定量的な評価が可能となり、副反応や反応の生成物の特定によって電極や電解質の劣化の機構を解明することに役立つものと考えられます。


《用語解説》
(1) X線光電子分光法

物質の表面にX線を照射すると原子の内部から電子が飛び出す現象を利用して、表面の元素とその酸化状態を分析する方法。

(2) 界面
気体、液体、固体といった異なる状態や異なる物質が互いに接する境界。例)固液界面は固体と液体の接触している界面。

(3) 電気化学反応
電極との電荷のやりとりを伴う化学反応であり、電池では2つの異なる電気化学反応を利用して物質から電力を取り出している。

(4) その場追跡
デバイスが動作中の環境で材料の様子や反応の動的挙動を直接観察・測定すること。

(5) 光電子
光電効果(物質の表面に光が照射され、物質の表面から電子が外部に飛び出す現象)によって飛び出した電子。



《問い合わせ先》
(研究内容に関すること)
 独立行政法人物質・材料研究機構 ナノ材料科学環境拠点
  拠点長 魚崎 浩平(うおさき こうへい)
    TEL:029-860-4301
    E-mail:mail1
    URL: http://www.nims.go.jp/nanointerface/

 独立行政法人科学技術振興機構
  さきがけ研究者 増田 卓也(ますだ たくや)
    TEL:029-851-3354(4165)
    E-mail:mail2

(科学技術振興機構の事業に関すること)
 独立行政法人科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
  古川 雅士(フルカワマサシ)、木村 文治(キムラフミハル)
    〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K's 五番町
    TEL:03-3512-3525 FAX:03-3222-2063
    E-mail:mail3

(報道担当)
 独立行政法人物質・材料研究機構 企画部門 広報室
    〒305-0047 茨城県つくば市千現1-2-1
    TEL:029-859-2026 FAX:029-859-2017

 独立行政法人 科学技術振興機構 広報課
    〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
    TEL:03-5214-8404 FAX:03-5214-8432

(SPring-8に関すること)
 公益財団法人 高輝度光科学研究センター 広報室
    TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
    E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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