大型放射光施設 SPring-8

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世界で初めて、X線自由電子レーザーを用いたフェムト秒領域でのX線直接吸収分光測定に成功  - 極短時間に起こる化学反応の追跡手法をSACLAで実証 -(プレスリリース)

公開日
2014年01月10日
  • SACLA

2014年1月10日
国立大学法人 東京農工大学
国立大学法人 京都大学
独立行政法人 理化学研究所
公益財団法人 高輝度光科学研究センター

本研究成果のポイント
• 原子周辺の電子分布や原子核配置を表すX線波長域での電子スペクトルを一括測定
• SACLAがフェムト秒領域の現象を直接捉えるのに優れていることを実証
• 波長領域を拡大することにより、様々な元素を含む化学反応の解明に期待

 東京農工大学(松永是学長)、京都大学(松本紘総長)、理化学研究所(理研:野依良治理事長)、と高輝度光科学研究センター(土肥義治理事長)は、X線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free Electron Laser)施設SACLA [1]で、世界で初めて、フェムト秒 [2]領域においてX線直接吸収分光法 [3]による電子スペクトルの一括測定に成功しました。これは、東京農工大学大学院工学研究院の三沢和彦 教授と小原祐樹 博士研究員、京都大学大学院理学研究科の鈴木俊法 教授、理研放射光科学総合研究センターの矢橋牧名 グループディレクター、 理研光量子工学研究領域の小城吉寛 上級研究員、高輝度光科学研究センターの片山哲夫博士研究員らの共同研究グループによる成果です。
 今回、水溶液中における光化学反応の代表的な分子である鉄シュウ酸錯体に、100フェムト秒の間だけ持続している近紫外域のレーザー光パルスを照射し、分子に含まれる鉄元素の周囲の電子密度が照射直後から時間とともに変化する様子を、10フェムト秒の持続時間を持つX線パルスを用いて測定しました。特に、X線が測定対象試料を通過する前と後で、X線の強度を広いスペクトル範囲で一括に測定し比較するという直接吸収分光法では、世界で初めての成功となります。本成果は、SACLAから出力されるX線パルスが、フェムト秒という極めて短い時間の間に起こる化学反応などの現象を直接捉えるのに優れていることを実証した点から、極めて学術的価値の高いものと言えます。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『Optics Express』で近日中に公開されます。
 なお、本研究は文部科学省X線自由電子レーザー重点戦略課題「溶液化学のXFEL時間分解分光の開拓(研究代表者 鈴木俊法)」において実施されました。

研究の背景と経緯
 X線吸収分光(XAS : Time-resolved X-ray absorption spectroscopy)は、X線波長範囲で電子スペクトルを測定することにより、注目する原子周辺に電子が分布する状態や原子核が配置する構造を観測することのできる実験手法です。化学反応とは物質内の電子分布や原子核の配置が変化する現象であり、化学反応が起こる時間と同じくらいの短い時間だけX線パルス光を物質に照射して観察すれば、 反応が進んでいく途中経過を追跡することも可能です。これまで光源としてシンクロトロン放射光を利用した実験が主に行われてきましたが、蓄積リングを周回する電子群が進行方向に対して広がっているため、そこから生成される放射光の時間幅は比較的広く、実験における時間分解能は数十ピコ秒が限界でした。そのため、それよりも早い時間スケールで起こっている化学反応の初期過程の観察は困難でした。SACLAや米国のLCLS(Linac Coherent Light Source)[4]に代表されるX線自由電子レーザー(XFEL)は、高強度でかつ数十フェムト秒以下の非常に短い時間幅のパルス光を作り出すことができます。これらのXFEL光源によりXASの新たな道が拓かれました。
 今回、共同研究グループは、水溶液中における光化学反応の代表的な分子である鉄シュウ酸錯体に近紫外光を照射した際に起こる、鉄元素の周囲の電子密度が時間とともに変化する様子を、SACLAのX線パルスで測定しました。その結果、フェムト秒という極めて短い時間の間に起こる現象を直接捉えられることを実証しました。

研究の内容と成果
 共同研究グループはこれまでに開発した高効率X線吸収分光装置(2013年9月学術誌「Applied Physics Letters」にて発表済み、2013年9月24日プレスリリースhttp://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/press_release/2013/130924/)に波長400 nmの近紫外超短パルスレーザー(以下、近紫外レーザーという)を組み合わせた測定装置を開発しました(図1)。近紫外レーザーは化学反応を開始させるために用い、近紫外レーザーを試料に照射した後からある時間間隔の遅延をおいてXFELを照射し透過光を測定します。その遅延時間を変化させながら測定することで、反応開始直後の変化を時々刻々と測定することができます。XFELパルスの繰り返しレートは毎秒20パルスと少なく、そのスペクトル形状は1パルス毎に変動する性質があるため、1パルスで得られる情報量がなるべく多い高効率な分光法が必要です。そこで、透過型回折格子を使用してXFELを2つに分割し、試料を通過した光(信号光)と通過していない光(参照光)を同時に測定する手法を用いました。これにより、同一パルスの相関を利用して効率よく吸光度 [5]を測定することができます。また、XFELが広い波長帯域(約50 eV)を持つことを利用して、各波長での吸光度を一括測定するために、超精密楕円ミラー、シリコン分光結晶、高感度のX線CCDカメラを組み合わせた装置を用いて計測を行いました。
 試料には鉄シュウ酸錯体分子の水溶液を用い、鉄原子のK殻吸収端付近のスペクトル変化を測定しました。その反応開始前後の吸収スペクトルの差には、反応後に吸光度が大きくなったことを示すピークが観測されました(図2a)。さらに、反応開始からの時間変化の様子から、約260フェムト秒かけて徐々に吸光度が変化していく様子を捉えることに成功しました(図2b)。この変化は、鉄シュウ酸錯体分子に含まれる鉄元素の周囲の電子密度が照射直後から時間とともに変化する様子を表しています。X線が試料を通過する前と後で、X線の強度を広いスペクトル範囲で一括に測定し比較するという直接吸収分光法で、フェムト秒の時間領域での変化を捉えたのは世界で初めての成果です。

今後の展開
 試料を構成する原子周辺に電子が分布する状態や原子核が配置する構造の変化をフェムト秒の時間領域で観測できるこの実験手法は、今後、様々な固体・液体材料へ応用されることが期待されます。また、さらに波長領域を拡大することにより、 様々な元素を含む化学反応の解明が期待されます。


《参考図》

図1:フェムト秒領域の時間分解能を達成したX線直接吸収分光装置の概略図
図1:フェムト秒領域の時間分解能を達成したX線直接吸収分光装置の概略図

近紫外域の超短パルスレーザーを試料に照射して化学反応を開始させ、ある遅延時間をおいてX線自由電子レーザーを照射します。その遅延時間を変えながら測定することで、反応開始直後の変化を時々刻々と測定することができます。X線は透過型回折格子を通すことで上下2つのビームに分け、試料を通過しない参照光も同時測定することで、高精度に試料の吸光度を測定することができます。試料透過光及び参照光はシリコン分光結晶により波長ごとに分け、X線CCDカメラで各波長を一括測定しています。


図2:(a)鉄シュウ酸錯体水溶液の反応前後の差吸収スペクトル (b)差吸収スペクトルピークの時間変化の様子
図2:(a)鉄シュウ酸錯体水溶液の反応前後の差吸収スペクトル
(b)差吸収スペクトルピークの時間変化の様子

X線パルスの遅延時間は反応開始からの経過時間に相当します。差吸収スペクトルに現れたピークは試料の吸光度が大きくなったことを意味しています。反応開始直後に徐々に吸光度が変化していく様子を捉えることに成功しました。


《用語解説》
[1] X線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free Electron Laser)施設SACLA

X線自由電子レーザーとは、X線領域におけるレーザーのこと。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とするため、原理的な波長の制限はない。SACLAとは、理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。科学技術基本計画における5つの国家基幹技術の1つとして位置付けられ、2006年度から5年間の計画で建設・整備を進めた。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAser の頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始され、利用実験が始まっている。大きさが諸外国の同様の施設と比べて数分の1と、コンパクトであるにも関わらず、 0.1ナノメートル以下という世界最短波長のレーザーの生成能力を有する。

[2] フェムト秒・ピコ秒
1フェムト秒は1000兆分の1秒で、光が0.3マイクロメートル進むのにかかる時間。例えば、分子の振動周期や化学反応による分子間の結合の形成・切断に要する時間はフェムト秒の時間スケールで起こる。1ピコ秒は1兆分の1秒であり、1000フェムト秒に相当する単位。

[3] X線直接吸収分光法
試料にX線を照射すると、試料に含まれる元素に固有なエネルギーのX線が吸収される。照射するX線のエネルギーを変えながら物質による吸光度を測定する実験方法で、注目した原子周辺の局所的な構造や化学状態を知ることができる。測定できる試料は固体・液体・気体を問わず、軽元素以外は大気中でも測定可能なため、自由度が高い。X線が測定対象試料を通過する前と後で、X線の強度を比較する方法を直接吸収法と呼ぶ。化学反応が起こる時間と同じくらいの短い時間だけX線パルス光を物質に照射して観察すれば、 化学反応が進んでいく途中経過を追うこともでき、化学反応の全容を解明することも可能。

[4] LCLS
米国スタンフォード線形加速器センター(現在のSLAC国立加速器研究所)で建設された世界で初めてのXFEL施設。Linac Coherent Light Sourceの頭文字をとってLCLSと呼ばれている。2009年12月から利用運転が開始された。

[5] 吸光度
光が物質を通過した際にどの程度吸収されたかを示す無次元量(α)。入射光強度I 0と透過光強度I の比の対数をとり、吸収がある場合を正とするために負号を付けたもの。 α = - log10 (I / I 0)



《問い合わせ先》
(問い合わせ先)
 国立大学法人 東京農工大学 大学院工学研究院
  三沢 和彦(みさわかずひこ)
    TEL:042-388-7485
    E-mail:mail1

 国立大学法人 京都大学 大学院理学研究科
  鈴木 俊法(すずきとしのり)
    TEL:075-753-3971
    E-mail:mail2

 独立行政法人 理化学研究所 放射光科学総合研究センター
 XFEL研究開発部門ビームライン研究開発グループ
  矢橋 牧名(やばしまきな)
    TEL:0791-58-2849
    E-mail:mail3

(報道担当)
 国立大学法人 東京農工大学 広報室
    TEL:042-367-5895
    E-mail:mail4

 国立大学法人 京都大学 渉外部広報・社会連携推進室
    TEL:075-753-2071
    E-mail:mail5

 独立行政法人 理化学研究所 広報室 報道担当
    TEL:048-467-9272 FAX:048-462-4715

 公益財団法人 高輝度光科学研究センター 広報室
    TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786

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