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クレイン教授(アメリカ・イェール大学)、国際生物学賞受賞(トピック)

公開日
2014年12月01日
  • BL20B2(医学・イメージングI)

   クレイン教授(アメリカ・イェール大学)は、植物の系統、進化史研究における業績により、「系統・分類を中心とする生物学」分野において第30回国際生物学賞を受賞しました。国際生物学賞は、昭和天皇の御在位60年と長年にわたる生物学の御研究を記念するとともに、本賞の発展に寄与されている今上天皇の長年にわたる魚類分類学(ハゼ類)の御研究を併せて記念し、生物学の奨励を目的とした賞です。生物学研究において優れた業績を挙げ、世界の学術の進歩に大きな貢献をした研究者(原則として毎年1人)が受賞しています。授賞式は天皇陛下ご臨席のもと、東京・上野の日本学士院において2014年12月1日に行われました。

ピーター・クレイン博士
 

   受賞の詳細については、日本学術振興会のホームページをご覧下さい。

研究背景
   クレイン教授の業績は、植物の進化に関するものです(図1)。植物は水中で繁殖する藻類から進化して陸に上がり、胞子を使って繁殖するシダ類等となりました。これらの植物は約3億年前の石炭紀には大いに繁栄しましたが、そのうちに水の少ない土地でも繁殖できるように、種子の形で散布して広がるようになった裸子植物が生まれました。裸子植物は一時期には多様に進化しましたが、現在残っているもので代表的なのはソテツ、イチョウ、それにマツやスギに代表される針葉樹です。これらの場合、交配は花粉を介して行われますが、多くの裸子植物は花粉の運搬を風に頼っており、効率が悪いという欠点があります。そこで植物はさらに進化し、花粉の運搬に風媒の他に昆虫や鳥を使う被子植物が生まれました。これは石炭紀よりもっとずっと後の白亜紀(1億3500万年~6500万年前)になってからのことです。このように花の進化の過程はおおよそ理解されていますが、現在残っている裸子植物のどれが被子植物の先祖なのか、どのようにして被子植物が生まれてきたかの結論は出ていません。裸子植物から被子植物へ進化した時代における、初期の被子植物についての情報が不足していることが大きな問題でした。

SPring-8を用いたクレイン教授の研究
   被子植物の進化を研究している新潟大学の高橋正道教授は、福島県広野町の双葉層群の約8900万年前の地層で植物の化石を見つけました。この化石は非常に小さいもので、大きさは2-3mmしかありません。顕微鏡で見ただけでは黒い炭化物にしか見えなかったのですが、走査型電子顕微鏡で表面を詳しく観察すると雄しべのようなものが見えました。このことから、雌しべが内部にあることが予想されました。内部を見るには切るしかありませんが、小さな化石を切るのは非常に難しく、しかも永久保存すべき貴重な標本なので切りたくはありません。そこで高橋教授は当時アメリカ・シカゴ大学におられたピーター・クレイン教授と共同で、この化石の構造をX線CTを用いて調べることにしました。クレイン教授は植物進化学の世界的権威であり、X線CTを用いた研究も既に行っていました。
   X線CTは病院の検査でも使われている、物体の内部を観察する方法です。しかし病院用のCTは分解能が低く、小さな化石の内部を調べるには向いていません。高分解能CT装置は市販されていますが、実際に撮影してみるとまだ分解能が不足していました。そこで高橋教授はSPring-8のCT装置を用いることにしました。SPring-8では、光源の小ささを生かした高分解能CTの撮影技術が開発されていました。
   BL20B2のX線CT撮影では、市販のCT装置とは異なり、非常にシャープでコントラストの高い画像が得られました。これにより、花の化石の内部を明瞭に立体的に観察することが可能となりました(図2)。この断面像からわかったことは、この花では雄しべは放射状に並んでおり、雌しべはその下に隠れているということです。花は茎の先に付いており、全体の形は円形で、雌しべのある中央部分が盛り上がっていました。これらの周囲には花びらが発達していたと思われます(図3)。
   この花の構造(図4)は、現在中南米や東南アジアなど熱帯地方に分布しているバンレイシ科の植物と類似しています。しかし現在のバンレイシ科の花は直径2cmもあり、この化石と同じものはありません。従ってこれは現在のバンレイシ科の植物の先祖にあたる植物と考えられ、バンレイシ科の植物が白亜紀に存在していたという初の証拠となりました。このように花が巨大化してきた理由としては、昆虫や鳥類、さらには哺乳類の進化との関係が考えられます。より目立つ花を持つことが受粉の可能性を高め、生存競争を生き抜くことに有用だったのでしょう。
   この研究に代表されるクレイン教授の業績は、植物の進化の過程を解明するものです。現在クレイン教授は、サバクオモト、グネツムといった南アフリカや東南アジアの植物群が被子植物の起源になったのではないかと考えて、研究を続けておられます。なお、クレイン教授には一般向け著作として「イチョウ 奇跡の2億年史: 生き残った最古の樹木の物語」(河出書房新社)があります。


《参考資料》
「SPring-8が白亜紀における被子植物の初期進化群を解明する」高橋正道、SPring-8利用者情報 2009年14号3巻 pp223-227
"Inner Structure of Cretaceous Fossil Flower Revealed by X-Ray Microtomography (XRMT)" M. Takahashi, SPring-8 Research Frontiers 2009, pp40-41


ピーター・クレイン博士
ピーター・クレイン博士

《参考図》

図1 植物進化の概要
図1 植物進化の概要


図2 白亜紀バンレイシ科花化石のCT断面像
図2 白亜紀バンレイシ科花化石のCT断面像

 


図3 白亜紀バンレイシ科花化石のCT外見像。Aは雄しべ、Gは雄しべ、Tは花びらに相当する。
図3 白亜紀バンレイシ科花化石のCT外見像。Aは雄しべ、Gは雌しべ、Tは花びらに相当する。

 


図4 CTデータに基づくバンレイシ科花化石のイメージ像
図4 CTデータに基づくバンレイシ科花化石のイメージ像

 



《問い合わせ先》
    公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及啓発課 
    TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
    E-mail:kouhou@spring8.or.jp