大型放射光施設 SPring-8

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酸化物高温強磁性半導体に潜む 特異な原子配列の3D原子像化に成功 - 高温強磁性の謎解明へ -(プレスリリース)

公開日
2015年06月04日
  • BL39XU(磁性材料)

2015年6月4日
国立大学法人東北大学
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
国立大学法人東京大学
公立大学法人広島市立大学
国立大学法人熊本大学
公益財団法人高輝度光科学研究センター

【発表のポイント】
• 原子分解能をもつ蛍光X線ホログラフィーを、高温強磁性半導体に適用
• 磁性元素を中心とした特異な原子配列(亜酸化ナノ構造体)を発見
• 亜酸化ナノ構造体の性質解明を推し進めることにより、新しい高温強磁性半導体のデザイン・開発に期待

   国立大学法人東北大学金属材料研究所 林 好一准教授、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 胡雯博士研究員(現米国ブルックヘブン国立研究所)を中心とする研究グループは、国立大学法人東京大学大学院、公立大学法人広島市立大学、国立大学法人熊本大学、公益財団法人高輝度光科学研究センターとの共同研究により、酸化物高温強磁性半導体に潜む亜酸化ナノ構造体を原子レベルで三次元的に可視化することに成功し、高温強磁性発現の謎解明に向けて大きく前進しました。

   磁石の性質(強磁性)と半導体性を併せ持つ強磁性半導体1)は、電力を必要としない磁気スイッチングデバイスとして省エネルギー社会を実現するスピントロニクス材料の第一候補として注目されています。これを情報処理機器などに実装させる場合には、室温以上の温度で動作させることが必要ですが、多くの強磁性半導体のキュリー温度2)は0 ℃以下を示すため、実環境では強磁性を失ってしまい、その特性を発揮しません。その中で、磁性元素3)であるコバルトを5%の濃度で添加した酸化チタン(TiO24)薄膜は、キュリー温度が300℃と際立って高く、実用化が大きく期待されています。しかし、何故このような高いキュリー温度を示すのか、その理由は発見以来の謎とされてきました。

   本研究では、蛍光X線ホログラフィー5)と呼ばれる原子配列を三次元可視化できる手法を用いてコバルト添加酸化チタン薄膜を観測したところ、コバルト周辺では周辺の酸素やチタンと協調して、10数原子から成る亜酸化ナノ構造体を形成していることを発見しました。亜酸化物6)とは金属などが僅かに酸化した化合物を指し、自然界では存在し得ない極めて不安定な状態です。それがコバルトの磁性を増強するナノ構造体として酸化チタン薄膜の中に埋め込まれ、キュリー温度の劇的な向上に関与していることは、驚くべき事実です。

   今回の成果により、コバルトを中心とした機能発現サイト7)の特異な構造が材料の高機能性に強く影響していることを実証しました。今後、高機能を創出する機能発現サイトのデザインとそれを実現する薄膜作製技術の高度化を強力に推し進めることにより、強磁性半導体の実用化、ひいては我が国の推進するグリーンイノベーションに大きく貢献するものと思われます。

   本研究内容は2015年6月3日(日本時間)に、米国科学誌Applied Physics Lettersにオンライン掲載されました。

書誌情報
雑誌名:Applied Physics Letters
タイトル:"Spontaneous formation of suboxidic coordination around Co in ferromagnetic rutile Ti0.95Co0.5O2"
著者:W. Hu1, K. Hayashi2, T. Fukumura3, K. Akagi4, M. Tsukada4, N. Happo5, S. Hosokawa6, K. Ohwada7, M. Takahasi7, M. Suzuki8, and M. Kawasaki9

所属:1ブルックヘブン国立研究所、2東北大学金属材料研究所、3東京大学大学院理学研究科、4東北大学WPI、5広島市立大学、6熊本大学、7日本原子力研究開発機構、8高輝度光科学研究センター、9東京大学大学院工学研究科
doi: 10.1063/1.4921847

【研究開発の背景】
 電子のもつ電気的性質(電荷)と磁気的性質(スピン)とを組み合わせて、新しいエレクトロニクスとして利用する試みであるスピントロニクスが最近盛んに研究されています。スピントロニクス材料として注目されているのが強磁性と半導体性を併せ持つ強磁性半導体です。強磁性半導体は、光や電界などの外場に応答し、半導体エレクトロニクスにおける電気的スイッチングのように磁気スイッチングデバイスを作ることが可能です。磁気スイッチングは原理的に電気を流さずに行えるので、それを利用した機器が実現すれば省エネに大きく貢献します。しかし、通常の強磁性半導体のキュリー温度は0度以下と低いため実環境では強磁性を失ってしまい、実用には室温以上のキュリー温度をもつ強磁性半導体が必要になります。
そのような中、本研究グループの東京大学の福村、川崎らはコバルトを微量添加した酸化チタンにおいて、300 ℃以上まで強磁性を示すことを2001年に発見し、2011年に室温強磁性の電気的な制御に成功しました。(米サイエンス誌291号, 854-856ページ 2001年;332号, 1065-1067ページ 2011年)この従来の強磁性半導体よりはるかに高いキュリー温度は、磁性元素のコバルトが材料中に均質に分布しているという仮説に基づく理論では説明できず、コバルトがどのような状態で酸化チタン中に存在しているのかが議論となってきました。しかしながら、希薄に存在しているコバルトの周りの構造を正確に観測する手段がなく、これまでに明確な回答は得られませんでした。

【研究の手法】
 蛍光X線ホログラフィーは、特定元素をX線で狙い撃ちし、その周辺の原子の三次元配列を可視化することができる撮像技術です(図1)。比較的新しい手法ですが、材料中の極微量元素などを対象とした構造評価に対して、特筆すべき成果を上げてきました。本研究では、蛍光X線ホログラフィーをコバルト添加酸化チタン薄膜に対して初めて適用し、コバルト周辺の原子像の再生を行いました。加えて、X線吸収微細構造法8)と呼ばれる構造解析法や第一原理計算9)を用いて、得られた三次元原子像の妥当性の評価も行いました。実験は、強力なX線が得られる大型放射光施設SPring-810)の供用ビームラインBL39XUにて行いました。

図1:蛍光X線ホログラフィーの原理についての概略図。
図1:蛍光X線ホログラフィーの原理についての概略図。

入射X線があたった原子Aから放出された蛍光X線が近接原子Bによって散乱され物体波となります。一方、散乱されない蛍光X線が参照波となり、物体波と参照波が干渉することによってホログラムを形成します。

【得られた成果】
 酸化チタン薄膜に添加するコバルトの濃度を5%程度までに増すと、強磁性が発現しやすくなることが知られています。ここでは、常磁性(磁石の性質を失っている状態)であるコバルト1%濃度と強磁性(磁石の性質を有している状態)であるコバルト5%濃度の試料の二つを測定しました。図2に、それぞれの原子像を示しますが、構造の違いは一目瞭然です。常磁性試料の原子像は、その構造が母体である酸化チタンのルチル構造11)と全く同じであり、コバルト原子が単純にチタン原子と置き換わっていることを示しています。一方、強磁性試料の原子像は、母体の酸化チタンの構造を反映していない独自の構造を形成していることが分かります。

図2:コバルト周辺の原子像。
図2:コバルト周辺の原子像。

(a)及び(b)は、それぞれ、常磁性(コバルト濃度1%)、強磁性(コバルト濃度5%)の試料における原子像。 (c)及び(d)は、それぞれ、(a)及び(b)の原子像から考えられる原子配列モデル。

 図3は、X線吸収微細構造法や第一原理計算も用いて最終的に決定した強磁性試料におけるコバルト周辺の局所的な原子配列です。コバルト原子に直接結合している酸素原子は僅かに二つであり、周辺にも多くのチタン原子が寄り集まっています。すなわち、CoO2Ti4という化学式で表記される亜酸化ナノ構造体を形成していることが分かります。第一原理計算を用いて、この亜酸化ナノ構造体を検証した結果、単体では非常に不安定であることが分かりました。図3に示してあるように、二つ以上隣り合っていないと安定に存在し得ないのです。このことは、コバルト同士が隣り合う確率の高い高濃度試料(コバルト5%濃度試料)においてのみ、亜酸化ナノ構造体が観測された理由にもなります。さらに、第一原理計算を用いて、図3の構造に対しては強磁性が発現されることも確認されました。

図3:第一原理計算を用いて最終的に得られた亜酸化ナノ構造体の原子配列モデル。
図3:第一原理計算を用いて最終的に得られた亜酸化ナノ構造体の原子配列モデル。

コバルトの上下の酸素が傾いて配置しています。コバルトを中心とした亜酸化ナノ構造体が隣り合うことによってルチル構造をもつ酸化チタンの中で安定化します。

【今後の展開】
 化学量論組成比12)から大きく外れた亜酸化物は自然界には安定して存在しません。このような珍しい状態のナノ構造体が、酸化物半導体の磁性元素の周辺に局所的に形成され、それが高いキュリー温度の発現に寄与することは、大変興味深い事実です。例えば、シリコンにおけるp型n型半導体の制御のように、これまでは、ボロンやリンなどのドーパントをその母材料の構成元素と置換することによって、機能を発現させるという考え方が主流でした。今後は、ドーパント周辺に適切なナノ構造体をデザインし、それを最先端薄膜作製技術にて形成させることによって、新次元の機能性材料を創製させるという発想に移行していくことになるでしょう。特に、スピントロニクス材料は省エネルギーを目指したものであり、本研究の成果は、グリーンイノベーションに大きく貢献されることが期待されます。また、このようなナノ構造体を評価できる唯一の手法として、蛍光X線ホログラフィーの重要さは、いっそう増していくことでしょう。


《用語説明》
1) 強磁性半導体
半導体に磁性元素を添加することによって作製します。半導体としての性質を有し、また磁石としての性質も持ち合わせているために新しいデバイスとしての応用が期待されています。

2) キュリー温度
磁石などの強磁性体において、磁石としての性質(強磁性)が失われる温度。キュリー温度以上では常磁性となります。例えば、鉄では770℃です。

3) 磁性元素
鉄やマンガン、コバルトなど、単体で塊となったときに磁石としての性質を示す元素。

4) 酸化チタン(TiO2)
日焼け止め、白色顔料などとして昔から使用されてきました。また、水が触れている状態で光を受けると強い酸化力を促すため、抗菌素材としても使用されています。磁性元素を添加することにより強磁性半導体となることが知られたのは比較的最近のことです。

5) 蛍光X線ホログラフィー
通常の写真とは異なり、ホログラフィーは物体の立体像を記録・再生することのできる技術です。偽造防止のため、一万円札やクレジットカードに印刷してあり、社会にも広く普及している技術です。原理について下図に示しますが、通常の光学ホログラフィーの場合には、レーザーなどの干渉性の良い光源を用い、ある散乱物(下図ではハート)に照射します。その散乱物によって光は散乱され物体波となります。物体波の位相(波の山・谷の位置に関する情報)は、散乱体の奥行きに関する情報が含まれていますが、物体波そのものを観測しただけでは、位相の情報は失われてしまいます。ホログラフィーでは位相を記録するために、光源から出る光(参照波)を物体波と干渉させます。その干渉パターンを記録したものがホログラムとなります。散乱物を再生させる場合には、再生光をホログラムの反対側から当てれば良いのです。

蛍光X線ホログラフィー
 
蛍光X線ホログラフィーも基本的には、光学ホログラフィーと同じ原理を用いています。蛍光X線とは、あるX線を原子に吸収させた後に放出されるX線のことで、それぞれの元素に固有の波長をもちます。図に示してあるように、ある原子から放出された蛍光X線は近くの原子によって散乱され、それが物体波となります。物体波は蛍光X線発生原子からの参照波と干渉しホログラムを形成します。そのホログラムパターンは、X線カメラで観測できます。像の再生については、再生光を利用できないので計算機を用いて行います。本手法は特に、単結晶中の微量不純物元素周りの3次元的局所構造評価に有効であることが実証されています。

6) 亜酸化物
Rb9O2(下図)やCs7Oなどの金属原子の数に比べ酸素が極端に少ない酸化物のことを指します。亜酸化物は通常の酸化物ができる反応過程の中間体であり、金属が酸素に十分にない環境に晒された場合に見られることがあります。

亜酸化物
 

7) 機能発現サイト
材料の多くは母体の主要物質のみで機能を生み出すわけではなく、半導体などの例から分かるように、不純物を添加することによって機能を発現するものが殆どです。(シリコンでは、ボロンやリンなどを添加します。)本報告で用いた「機能発現サイト」とは、不純物及びその数原子先の局所領域を指します。機能発現サイトの構造は材料機能と直接関わるため、その解明は極めて重要です。

8) X線吸収微細構造法
すべての物質は、局所構造を反映したX線の吸収現象を示します。その吸収量を広いX線エネルギーにわたって精密に捉えることによって、物質の局所的な構造情報を得ることが可能となります。

9) 第一原理計算
原子配列モデルを立て電子状態計算を行う理論的手法。最適な構造や磁性などの物理的性質の予測を行うことができます。

10) 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高クラスの放射光を生み出す施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来します。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速(SPring-8では80億電子ボルト: 8 GeV)し、磁場によって進行方向を曲げたときに発生する、強力な電磁波のことを呼びます。

11) ルチル構造
金紅石とも呼ばれる二酸化チタンの結晶構造のひとつ(下図)。

ルチル構造
 

12) 化学量論組成比
例えば二酸化炭素CO2(1対2)や一酸化炭素のCO(1対2)や一酸化炭素のCO(1対1)のように単純な整数比率による組み合わせ。ここでは、酸素がマイナス2価をもつため、炭素はプラス4価もしくはプラス2価の価数をもち、全体として0価(中性)になるという考えに基づきます。亜酸化物は、酸素の数に比べ金属原子の数が非常に多いために、価数が整数値をとり得ず、単純な化学量論的な考えは適用できません。



《問い合わせ先》
(研究内容について)
国立大学法人東北大学
 金属材料研究所 准教授 林 好一 TEL:022-215-2078
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
 放射光量子物性研究ディビジョン
 博士研究員 胡雯(Hu Wen:現ブルックヘブン国立研究所)、主任研究員 大和田謙二
 主任研究員 高橋正光 TEL:0791-58-2639

(報道担当)
東北大学金属材料研究所 総務課総務係 水戸圭介 TEL:022-215-2181
日本原子力研究開発機構 広報部報道課 中野裕範 TEL:03-3592-2346
東京大学大学院理学研究科・理学部広報室 横山広美 TEL:03-5841-8856
広島市立大学 事務局企画室 佐々木 友則 TEL:082-830-1666
熊本大学 マーケティング推進部広報戦略ユニット 早川和明 TEL:096-342-3122
高輝度光科学研究センター 利用推進部普及啓発課 三村英豊 TEL:0791-58-2785

(SPring-8に関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及啓発課 
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:kouhou@spring8.or.jp