大型放射光施設 SPring-8

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「電池材料(一酸化シリコン(SiO))の複雑に入り組んだ ナノスケール構造」をめぐる論争に決着 -次世代電池開発へ向けた電池の仕組み解明の新たな道を開拓-(プレスリリース)

公開日
2016年05月13日
  • BL04B2(高エネルギーX線回折)

平成28年5月12日
国立大学法人東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)
国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)
株式会社日産アーク
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)
公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)

 東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の平田秋彦准教授、陳明偉教授の研究グループは、物質・材料研究機構の小原真司主幹研究員、(株)日産アークデバイス機能解析部の今井英人部長の研究グループ、科学技術振興機構及び高輝度光科学研究センターと共同で、アモルファス注1一酸化シリコン(SiO)の構造解明に世界で初めて成功しました。アモルファスSiOは、原子の並び方が乱れ、かつ、複雑に入り組んだナノスケール注2構造を持っていることから、その全貌の解明が極めて困難でした。今回、オングストローム注2ビーム電子回折注3大型放射光施設SPring-8注4 BL04B2における放射光高エネルギーX線散乱による原子レベル構造解析及び不均一原子〜ナノレベル計算機シミュレーションの連携により、その内部構造の可視化を達成しました。アモルファスSiOは高容量リチウムイオン電池の電極材料として注目されていることから、本手法による構造解明によって、電池における充放電機構の理解の更なる進展、新規電極材料開発の促進が期待されます。本成果は、平成28年5月13日18時(日本時間)に、英国科学総合誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。

【論文情報】
Akihiko Hirata, Shinji Kohara, Toshihiro Asada, Masazumi Arao, Chihiro Yogi, Hideto Imai, Yongwen Tan, Takeshi Fujita, Mingwei Chen,
Atomic-scale disproportionation in amorphous silicon monoxide”, Nature Communications (2016),
DOI: 10.1038/NCOMMS11591.

【発表雑誌】
Nature Communications、2016年5月13日18時公開(日本時間)

研究の背景
 一酸化シリコン(SiO)は、星間分子として宇宙に多量に存在することが知られている物質で、固化すると黒あるいは茶色のアモルファス固体となります。近年では、電気自動車にも搭載可能な高容量リチウムイオン二次電池の電極用材料として注目されています。アモルファスSiOの熱的性質及び構造に関する研究は100年以上の歴史があり、特にその燃焼熱はSiとSiO2の混合物と比べ200~800カロリーも高いことから、SiOは混合物ではなく固有の化合物であると考えられてきました。しかし、構造の観点からは、

  1. アモルファスSiOが均一構造であるという説(Siの隣が常に2つのSiと2つのO)
  2. SiとSiO2の混合物であるという不均一説(Siの隣が4つのSiである構造と4つのOである構造の混合物)
  3. 不均一な混合物ではあるが、SiとSiO2以外の構造も含んでいるという説

という3つの仮説が提案されてきていたのですが(図1)、これらの仮説を原子及びナノスケールで識別することは実験及び計算機シミュレーションにおいて困難であるため、議論に決着はついておりませんでした。そのため、不均一アモルファス構造を明らかにするための新しい構造解析手法の開拓が望まれていました。

研究の内容
 このたび、東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)のグループは、物質・材料研究機構、(株)日産アーク、科学技術振興機構及び高輝度光科学研究センターと共同で、「オングストロームビーム電子回折」と、「放射光高エネルギーX線散乱注5」の両方の実験データを同時に計算機シミュレーションに反映させることにより(図2)、長い間議論されてきたアモルファスSiOの信頼性の高い構造モデル(仮説3に相当)を得ることに世界で初めて成功しました。
 具体的には、図3に示すように、「オングストロームビーム電子回折」により得たアモルファスSiO中の2種類のナノスケール領域(電子顕微鏡像で識別可能)と、その境界からの電子線強度をそれぞれ平均して得たプロファイルと、「放射光高エネルギーX線散乱」により得た定量性の高い広い領域からの平均構造の両方を満たすような不均一構造モデルを、スーパーコンピューターを用いた計算機シミュレーションによって構築しました。得られた構造にはSiやSiO2中に見られるもの(Siの隣に4つのSi及びSiの隣に4つのO)に加え、それらとは異なる特徴的な原子の並び方(Siの隣に3つのSiと1つのO、2つのSiと2つのO及び1つのSiと3つのOの3種類)が境界領域に形成されていました(図4)。さらに、そのエネルギー的な安定性を評価したところ、様々な原子の並び方が含まれているこの不均一構造モデル(仮説3)は、原子が均一に分布した均一モデル(仮説1)よりもはるかに安定であることを突き止めました。これらの結果から、アモルファスSiOは、SiとSiO2の他に3種類の構造が混ざった複雑な状態(仮説3)として安定に存在するということがわかり、これまでの論争に終止符を打ちました。また、こういった不均一構造における境界領域は、材料の性質を決める上で重要な鍵となるため、今回ナノスケール領域の境界領域のみからの構造情報を検出でき、さらにその原子配列を可視化できたことは画期的です。

まとめと今後の展望
本研究では、原子の並び方が乱れ、かつ、異なった領域が複雑に入り組んだナノスケール構造を持っている不均一アモルファス構造の可視化に世界で初めて成功しました。例えるならば、森に異なった種類の木が何本かの集団を作って生えていた(図5)とした場合、オングストロームビーム電子回折ではそれぞれの木の集団とそれらの境界領域を観察し、放射光高エネルギーX線散乱では木の集団が並んで出来た森全体を観察したことになります。さらに本研究では、異なった木の集団と木の集団の間にはその両方の木とは違う種類の木が存在していたことを発見し、それを実際にスーパーコンピューターを用いた計算機シミュレーションにより可視化したと言えます。
 本手法は、他の不均一なアモルファス酸化物や酸化物ガラスにも応用できるほか、金属等の不均一アモルファス構造にも適用可能なので、幅広い波及効果が期待できます。また、アモルファスSiOは次世代電気自動車に搭載する高容量リチウムイオン二次電池の電極材料としても注目されていることから、電池動作の仕組みの解明にも繋がると期待されます。今後は、電池が動作している状態での実験を試みる予定です。また、計算機シミュレーションについては、数学・情報科学との連携を図り、実験・理論・データ科学を駆使した、世の中に役立つアモルファス材料の研究を世界に先駆けて展開していく予定です。

 なお、本成果は、科学研究費補助金・挑戦的萌芽研究「酸化物ガラスにおける第一回折ピークFSDPの実空間マッピング」(研究代表者: 平田 秋彦)、科学技術振興機構個人型研究(さきがけ)「機能性不規則系物質の原子・電子レベル構造解析基盤の構築」(研究者:小原 真司)、などの援助によって得られました。また、本研究の一部は、科学技術振興機構CREST「界面科学に基づく次世代エネルギーへのナノポーラス複合材料開発」(研究代表者:陳 明偉)、科学技術振興機構のイノベーションハブ構築支援事業の「情報統合型物質・材料開発イニシアティブ (MI2I)」などから支援を受けました。

【参考図】

図1.これまでに議論されてきたアモルファスSiO構造の3つの仮説。
図1.これまでに議論されてきたアモルファスSiO構造の3つの仮説。

仮説1は1種類の原子環境のみがネットワークを作る均一モデル
仮説2は2種類の原子環境の領域があるというモデル
仮説3は仮説2の2種類に加えて、その他の原子環境もその境界にあるというモデル



図2.不均一なアモルファス一酸化シリコンの構造解析の概略図。
図2.不均一なアモルファス一酸化シリコンの構造解析の概略図。

構造がナノスケールで不均一であるため、局所構造情報(電子回折)と大域構造情報(放射光高エネルギーX線散乱)の両方を考慮したうえで、計算機を使った構造モデリングを行う。本手法による構造解明によって、電池における充放電機構の理解の更なる進展、実用化へ向けた新規電極材料開発の促進が期待される。


図3.不均一アモルファス一酸化シリコンのナノ領域とその界面から得られた平均強度プロファイル。
図3.不均一アモルファス一酸化シリコンのナノ領域とその界面から得られた平均強度プロファイル。

標準試料との比較から領域AはSiO2的、領域BはSi的な構造を持つことがわかる。さらに界面からのプロファイルはSiO2,Si両者とも異なる特徴を持つ。


図4.得られた信頼性の高い構造モデルの中で見つかった原子環境の種類とその割合。
図4.得られた信頼性の高い構造モデルの中で見つかった原子環境の種類とその割合。

これよりアモルファスSiOには5種類のSiの原子環境が存在することがわかる。Si-4SiはアモルファスSi、Si-4OはアモルファスSiO2中に見られる原子環境であり、他の3種類はそれらの境界に存在するものである。


図5.アモルファスSiOの構造は多くの種類の木が生えている森に例えることができる。
図5.アモルファスSiOの構造は多くの種類の木が生えている森に例えることができる。

点線で囲った部分は同じ種類の木の集合体。オングストロームビーム電子回折はそれぞれの木の集合とそれらの境界領域を、放射光X線散乱は森全体を見ることができる。計算機シミュレーションはそれを可視化して、様子がよくわかるようにすることができる。


 

【用語解説】
注1) アモルファス
結晶のように原子が規則正しく並んでおらず、ランダムに配置されている状態のこと。日本語では非晶質と呼ぶ。しかし、実際の原子配列は完全にランダムではなく、多くの場合、狭い範囲ではある程度の秩序を持つ。アモルファス物質は通常、液体や気体を急速に冷却して作製されることが多い。結晶に無い多くの性質を持つため、応用上も重要とされる。

注2) オングストローム、ナノスケール
オングストロームは長さの単位で、100億分の1メートルである。原子の大きさや原子間の距離がこの程度なので、構造を議論する際によく用いられる。ナノスケールはナノメートル(1ナノメートルが10オングストローム)程度のスケールを表す言葉で、原子の集合体を議論する時によく用いられる。

注3) オングストロームビーム電子回折
走査型透過電子顕微鏡において電子線をサブナノメートル(4-8オングストローム程度)まで絞り、アモルファスの局所領域からの電子回折パターンを撮影し、解析する手法。走査機能によって電子線の位置を制御できるため、アモルファス中の各局所領域からの位置情報付き電子回折パターンをデータセットとして取得することが可能であり、局所構造の空間分布を調べることができる。

注4) 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある、理化学研究所が所有する放射光施設で、その運転管理はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究を行っている。

注5) 放射光高エネルギーX線散乱
SPring-8に代表される第三世代大型放射光施設は、波長の短い、すなわちエネルギーの高い高強度のX線を発生することができる。この高エネルギーX線を散乱実験に用いるのが放射光高エネルギーX線散乱である。物質中の原子がある規則性を持って配列した場合、X線を入射すると、それぞれの原子からの散乱波が互いに干渉しあい、特定の方向にだけ強い散乱波が観測される。本手法を用いれば、原子の配列に結晶のような規則性のないアモルファス物質の原子配列を調べることができる。



【問い合わせ先】
<研究に関すること>
平田 秋彦 東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)准教授
 Tel:022-217-5990 
 E-mail:hirataatwpi-aimr.tohoku.ac.jp
小原 真司 物質・材料研究機構(NIMS) 先端材料解析研究拠点 主幹研究員 
 Tel:0791-58-0223 
 E-mail:KOHARA.Shinjiatnims.go.jp
今井 英人 株式会社日産アーク デバイス解析部 部長
 Tel:046-867-5172 
 E-mail:imaiatnissan-arc.co.jp

<報道に関すること>
国立大学法人東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR) 
広報・アウトリーチオフィス
 Tel:022-217-6146
 E-mail:aimr-outreachatgrp.tohoku.ac.jp

国立研究開発法人物質・材料研究機構 経営企画部門広報室
 Tel: 029-859-2026
 FAX: 029-859-2017
 E-mail: pressreleaseatml.nims.go.jp

株式会社日産アーク 企画管理部
 Tel:046-867-5280
 E-mail:infoatnissan-arc.co.jp

国立研究開発法人科学技術振興機構 広報課
 Tel:03-5214-8404 FAX:03-5214-8432
 E-mail:jstkohoatjst.go.jp

(SPring-8に関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及啓発課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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