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血管収縮因子エンドセリンの受容体初期活性化機構を解明(プレスリリース)

公開日
2016年09月06日
  • BL32XU(理研 ターゲットタンパク)

2016年9月2日
京都大学
名古屋大学
東京大学

概要
◆血管収縮因子エンドセリンと結合した受容体の構造を解明
◆この受容体がエンドセリンと結合していない状態の構造も解明
◆これらの立体構造を基盤とする新たな薬剤の開発が期待される

 ヒトはおよそ60兆個の細胞で構成され、細胞間の情報交換と協調によって正常な生命活動を維持することができます。細胞表面の細胞膜では、細胞外からの様々なシグナルを受け取り、各情報を細胞内へ伝えるために受容体タンパク質が働いており、創薬ターゲットとして重要視されています。細胞膜にある受容体タンパク質は、細胞外のシグナル分子を結合した時だけ細胞内へ情報を伝えますが、それぞれの情報伝達分子機構はまだ十分に解明できていません。
 今回、土井知子理学研究科准教授、東京大学大学院理学系研究科の濡木理 教授、名古屋大学細胞生理学研究センター(CeSPI)・大学院創薬科学研究科の藤吉好則 特任教授らの共同研究グループは、血液循環において局所的な血流の調節を行っている血管収縮因子エンドセリンが細胞膜にあるエンドセリンB型受容体に結合している複合体の構造と、何も結合していない状態のエンドセリンB型受容体の構造を原子レベルで解明しました。これらの構造解析により、エンドセリンペプチドが受容体タンパク質にすっぽりとはまり込み、末端部分は受容体内部に潜り込んでしっかりと繋ぎ止められている様子が明らかになりました。また、エンドセリンと受容体は、多くの相互作用を形成することで高い親和性を得ていることが明らかになりました。さらに、何も結合していない受容体構造と比較すると、エンドセリンの結合に伴い、受容体の結合部位周辺がエンドセリンにフィットするように、よりコンパクトな構造に変化していることが明らかとなりました。
 これらの構造情報は、エンドセリンによる情報伝達の分子機構の理解を深めるとともに、立体構造を基盤とした高血圧症、がん、アルツハイマー病などに作用する副作用の少ない新たな薬剤の開発を促進すると考えられます。

 論文は2016年9月6日午前0時(日本時間)に英国科学雑誌Nature のオンライン速報版で公開されました。

<論文タイトルと著者>
タイトル:Activation Mechanism of Endothelin ETB Receptor by Endothelin-1
著者:Wataru Shihoya, Tomohiro Nishizawa, Akiko Okuta, Kazutoshi Tani, Naoshi Dohmae, Yoshinori Fujiyoshi, Osamu Nureki, Tomoko Doi
掲載誌:Nature

エンドセリンが受容体(青)と結合している複合体構造
エンドセリンが受容体(青)と結合している複合体構造

背景
 エンドセリン受容体1は細胞表面の細胞膜に埋め込まれているタンパク質で、細胞内外の分子と相互に作用することができます。細胞外からやってくるエンドセリンが受容体と結合すると、受容体の構造が活性化構造に変わります。活性化型の受容体が細胞内にあるシグナル分子を活性化し、細胞内の応答に繋がっていきます。
 エンドセリン(以下、ET)は21アミノ酸残基のペプチドホルモンで、生体には3種類のイソペプチド(ET-1, ET-2, ET-3)があります。ET-1はおもに血管が血液と接するところにある血管内皮細胞で産生分泌されます。周辺の細胞や自己の細胞に取り込まれ、血圧が変化しても血流を一定範囲に保つといった局所的血流調節を行っています。そのほか、体液の恒常性維持や神経発生、細胞増殖などで重要な働きをしています。それゆえ、高血圧症、動脈硬化症、心不全、腎不全、ガンなどの多様な病態にも関与しており、エンドセリンの作用機構を正しく理解して適切に調節できれば、病態を軽減することができます。これまで、エンドセリンとその受容体の結合構造が不明であったために、エンドセリンシステムの情報伝達機構は詳細に解明されておらず、副作用が少ない有用な薬剤も十分に開発されていません。

研究手法・成果
 細胞膜に埋め込まれているGタンパク質共役型受容体(GPCR)2のエンドセリン受容体は本質的に柔軟性が非常に高いタンパク質であり、細胞膜から取り出されると不安定ですぐに変性しやすいため、これまで結晶構造解析は非常に困難でした。今回、名古屋大学と東京大学および京都大学の共同研究グループは、ヒトのエンドセリン受容体の安定性や剛直性を高める5つの組み合わせ点変異を導入した変異体(Y5-ETB)を開発し、構造の特定を試みました。ET-1結合型と何も結合していないY5-ETBを用いて特殊な脂質環境中で結晶化し、大型放射光施設SPring-8BL32XU)のX 線マイクロビームを利用して回折データを取得することにより、結晶構造を原子レベルで決定する事に成功しました。

 この構造によって、21残基のET-1が受容体タンパク質にすっぽりとはまり込み、そのカルボキシ末端部分が受容体内部に深く潜り込んでしっかりと繋ぎ止められている結合様式を明らかにしました。また、ET-1と受容体は相互作用領域が広く、多くの相互作用を形成することで高い親和性を得ていることが明らかになりました。さらに、何も結合していない受容体構造と比較すると、ET-1の結合によって受容体の結合部位周辺がET-1を包み込むようなコンパクトな形に変化していることが明らかとなりました。この受容体の構造は、初期活性化型状態のものであり、シグナル分子と結合しうる完全な活性型構造とは異なると考えられます。

波及効果、今後の予定
 解明できた構造情報を基に、受容体を活性化あるいは阻害する小分子リガンド3化合物を設計することによって、副作用の少ない有効な新規薬剤の開発を促進できます。
 今後、現在医薬品として利用されている阻害剤と結合したETB受容体の構造解析を行うことで、受容体の不活性化型構造を明らかにするとともに、完全な活性化型構造についても研究し、立体構造にガイドされた創薬研究を目指します。また、別の型のエンドセリン受容体ETAのリガンド選択性の分子機構を解明し、ETA型、ETB型それぞれのサブタイプに選択性の高い作動薬の開発が期待されます。

研究プロジェクトについて
 本研究は、科学研究費補助金・課題番号22227004、24227004、25650019、26440024、26640102および CREST、文部科学省創薬等支援技術基盤プラットフォーム、ならびに新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、医薬基盤研究所の支援を受けて行われました。

 

【用語解説】

細胞表面の膜に存在して、細胞外からやってくるペプチドホルモンのエンドセリンを結合して活性化され、細胞内に細胞応答を誘導する。A型(ETA)とB型(ETB)の2種類があり、循環系では、B型受容体はおもに血管内皮細胞と血管平滑筋細胞に分布しているが、A型受容体は血管平滑筋細胞に分布している。

2
細胞膜上に存在する膜タンパク質。神経伝達物質やホルモンを受容することで構造を変化させ、細胞内の 三量体G タンパク質やアレスチン(シグナル分子)を介して情報を伝達する。細胞膜を 7 回貫通する特徴的な構造を有することから 7 回膜貫通型受容体とも呼ばれる。現在使用されている薬剤のおよそ半数以上がGPCRに関連していると言われており、医薬品ターゲットしても注目を集めている。


特定の受容体と結合する化学物質の総称。リガンドの中でも、受容体を活性化するリガンドと不活性化するリガンドが存在する。



【問い合わせ先】
京都大学理学研究科生物科学専攻・生物物理学系
 准教授 土井知子
 TEL: 075-753-4216 FAX : 075-753-4218
 E-mail:doiatmb.biophys.kyoto-u.ac.jp

(SPring-8に関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及啓発課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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