大型放射光施設 SPring-8

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離れた細胞間の物質輸送やシグナル伝達を担う-脂質膜ナノチューブの形成を誘導する仕組み-(プレスリリース)

公開日
2016年09月15日
  • BL32XU(理研 ターゲットタンパク)
  • BL41XU(構造生物学I)

2016年9月14日
東京大学
理化学研究所
北海道大学

発表のポイント:
◆離れた細胞間の物質輸送やシグナル伝達を担う脂質膜ナノチューブ(Tunneling nanotube、TNT)の形成を誘導するタンパク質M-Secの立体構造を決定しました。
◆M-Secがイノシトールリン脂質PI(4,5)P2を目印として認識して膜に局在し、さらに、Ral-Exocyst(注1)との結合を介してTNTの形成を誘導する仕組みを明らかにしました。
◆本成果は、免疫系や神経系、さらには腫瘍などにおける新たな細胞間コミュニケーションの仕組みを明らかにしたもので、ウイルス感染をはじめとする疾患の制御の研究に役立つ知見になると期待されます。

 東京大学放射光連携研究機構(雨宮慶幸機構長)の深井周也准教授らのグループは、離れた細胞間の物質輸送やシグナル伝達を担う脂質膜ナノチューブ(Tunneling nanotube、TNT)の形成を誘導するタンパク質M-Secの立体構造を決定し、さらに、細胞の特定の膜領域に局在する分子メカニズムを明らかにすることにより、離れた細胞間の物質輸送やシグナル伝達を担うTNTの形成を誘導する仕組みを解明しました。
 TNTは細胞間の輸送やシグナル伝達に重要である一方、エイズウイルス(HIV-1)をはじめとするウイルスはTNTを利用して細胞外に出ることなく細胞から細胞へと感染することで、免疫系を逃れて感染が拡大することが知られています。M-Secはマクロファージや樹状細胞、神経系のミクログリアといった細胞や、一部の腫瘍細胞に発現し、細胞内の膜輸送を制御するRal-Exocyst経路との相互作用により、TNT形成を誘導します。研究グループの理化学研究所の大野博司グループディレクターと北海道大学大学院医学研究科の木村俊介助教らは、この分子メカニズムを発見し、2009年にNature Cell Biology誌に発表しましたが、その仕組みの詳細は不明でした。
 本研究グループは、M-Secの立体構造をX線結晶構造解析の手法で決定し、さらに、M-Secがイノシトールリン脂質PI(4,5)P2を目印として認識して膜に局在し、Ral-Exocystとの結合を介して、膜を変形させることでTNTの形成を誘導する仕組みを明らかにしました。本成果は免疫系や神経系における細胞間コミュニケーション機構の解明や、感染症の治療に関わる今後の研究に役立つ知見になると期待されます。

発表雑誌:
雑誌名:「Scientific Reports
論文タイトル: Distinct Roles for the N- and C-terminal Regions of M-Sec in Plasma Membrane Deformation during Tunneling Nanotube Formation
著者:Shunsuke Kimura, Masami Yamashita, Megumi Yamagami-Kimura, Yusuke Sato, Atsushi Yamagata, Yoshihiro Kobashigawa, Fuyuhiko Inagaki, Takako Amada, Koji Hase, Toshihiko Iwanaga, Hiroshi Ohno* & Shuya Fukai*
DOI番号10.1038/srep33548
アブストラクトURLhttp://www.nature.com/articles/srep33548

研究の背景
 TNTは直径数百ナノメートルの極細の膜構造で、その長さは数十マイクロメートルに及び、遠距離の細胞同士をつなぎ細胞間コミュニケーションを仲介する新たな細胞構造であると考えられています。免疫系、神経系など多くの細胞でその存在が報告されています。独特な情報伝達様式を示し、一つの細胞に入ったカルシウムシグナルがTNTを介し近隣の細胞に伝播し、細胞の活性化が同期する様子が観察されています。TNT構造を介したシグナル伝達は離れた細胞同士を直接つなげることでシグナルを伝えることから、従来の液性の情報伝達物質で生じる物質の拡散が起こらず、シグナルの減弱が少ない効率的なシステムであると考えられています。そのため、新たな細胞間の制御システムとして、基礎的研究だけに留まらず、応用面でも将来的な創薬ターゲットとしてなど国内外で関心の高い分野となっています。
 本研究グループは免疫細胞で高発現するM-SecがTNTを構成する分子の一つであり、Ral-Exocyst経路との相互作用により、TNT形成の中核となることを報告しています。TNTは細胞膜が外側に細く伸びた形状をとります。形成されたTNTにはM-Secが集まっていますが、M-Secは細胞質で合成されるタンパク質であることから、どのようにして細胞膜へと作用しTNT構造を形成するのかは不明でした。

研究内容
 M-Secのアミノ酸配列を解析したところ、細胞内から細胞外へと物質を分泌する輸送経路にはたらくExocyst複合体の構成因子Sec6との高い相同性が認められます。一方で、細胞膜と作用するような既知の特徴は認められませんでした。そこで、さまざまな部位を削ったM-Secを人工的に培養細胞内で発現させることで、TNT構造の作製に必要な部位を探索しました。その結果、N末端部位(注2)を失った場合はM-Secと細胞膜の相互作用が失われること、C末端側(注2)を失った場合は細胞膜上のM-Secは認められるが、TNT構造の形成が行われないことが明らかになりました。
 そこで、まずN末端のアミノ酸配列を精査したところ、5~6個のリジンが集まっている部位が存在し、この部位の欠失によってM-Secの細胞膜への局在が失われること分かりました。アミノ酸のリジンは正の電荷を持つことから、M-Secはこの部位を介して、負の電荷を持つ細胞膜構成脂質と静電的相互作用によって結合すると推測しました。
 M-Secと結合する脂質成分を決定するために、細胞膜を模したリポソーム(注3)を作製し、その中のリン脂質の成分比を変えてM-Secと混合し結合する脂質を共沈降法によって解析しました。その結果、イノシトールリン脂質(注4)であるPI(4,5)P2に優先的に結合することがわかりました。免疫細胞化学解析によってTNTにおけるPI(4,5)P2とM-Secの局在の一致が確認できたことから、M-SecによるTNT形成にはPI(4,5)P2との相互作用による細胞膜への局在が必要であること、PI(4,5)P2がTNT構造の重要な成分であると考えられました。
 続いて、大型放射光施設SPring-8(兵庫県佐用郡)および高エネルギー加速器研究機構フォトンファクトリー(PF)(茨城県つくば市)の高輝度X線を利用してM-SecのX線結晶構造解析を行い立体構造の決定に成功しました。アミノ酸配列の高い相同性と一致して、C末端側はSec6と類似した構造をとっていました(図1)。さらに、C末端部位に正電荷に帯電している部位があることが予測されました。そこで、コンピューター上で表面アミノ酸置換によるC末端の電荷の変化をシミュレーションしたところ、2つのアミノ酸置換(ダブル)、もしくはそれとは異なる4つのアミノ酸置換(クアドラプル)によって、効果的にC末端の電荷を変化させることができると予測されました。このダブル、クアドラプル変異体をそれぞれ培養細胞内で発現させたところ、TNT構造を形成することはできないことが明らかになりました。一方で、両者の変異体はPI(4,5)P2への結合能は維持されており、細胞膜への局在はそのままでした。しかしながら、Ral-Exocyst複合体との結合能が失われていました。
 以上の結果は、M-SecはN末端のリジンを利用して、細胞膜上のPI(4,5)P2と結合することで細胞膜へと局在し、続いてC末端でRal-Exocyst複合体と結合し膜変形を誘導し細胞膜突起状の伸長を起こすことで、TNT形成を開始すると推測されます(図2)。

社会的意義と今後の予定
 M-SecとRal-Exocyst複合体の結合に必要な部位を明らかにすることができました。しかしながら、この結合は非常に弱いもので、他にM-Secの機能発現に重要なタンパク質の存在が予測されます。今後はM-Sec結合分子の探索が課題となります。
 TNT構造はその生理的役割に反して、細胞間のウイルスやプリオンのような異常タンパク質の伝播にも関与します。形成の中隔となるM-Secの立体構造の決定、さらにTNT形成分子機構を明らかにすることで、感染症、神経変性疾患の新たな治療戦略の開発へとつながることが期待できます。

 本成果は、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「ライフサイエンスの革新を目指した構造生命科学と先端的基盤技術」研究領域(田中啓二研究総括)における研究課題「シナプス形成を誘導する膜受容体複合体と下流シグナルの構造生命科学」(研究代表者:深井周也)の一環として行われました。

 

【参考図】

図1. M-Sec立体構造とSec6 C末端立体構造の比較
図1. M-Sec立体構造とSec6 C末端立体構造の比較

 


図2. M-SecによるTNT形成機構の模式図
図2. M-SecによるTNT形成機構の模式図

 

 


【用語解説】
注1)
Exocystは8つのタンパク質の複合体で形成され、ゴルジ装置由来の小胞と細胞膜の結合と融合を制御する。RalはExocyst複合体と結合することで、細胞膜の突起やひだ(襞)の形成に関与する。

注2)
タンパク質において自由なアミノ基で終端している側をN末端、カルボキシル基で終端している側をC末端と呼ぶ。タンパク質のアミノ酸配列を記すときにはN末端側からC末端側へと表記する。

注3)
リポソームは脂質で作られた小さな小胞。脂質成分を人工的に変化させることが容易である。遠心操作によって沈澱させることができ、タンパク質と混合させた後に遠心操作を行うことで、構成脂質と対象とするタンパク質の結合を調べることができる。

注4)
イノシトールリン脂質は真核生物の細胞膜の細胞質側に存在する脂質。



【問い合わせ先】
東京大学放射光連携研究機構構造生命科学部門構造生物学研究室
准教授 深井 周也(ふかい しゅうや)
 TEL:03-5841-7807
 e-mail: fukaiatiam.u-tokyo.ac.jp

理化学研究所 統合生命医科学研究センター 粘膜システム研究グループ
グループディレクター 大野 博司(おおの ひろし)
 TEL: 045-503-7031
 e-mail: hiroshi.ohnoatriken.jp

北海道大学大学院医学研究科解剖学講座組織細胞学分野
助教 木村 俊介(きむら しゅんすけ)
 TEL: 011-706-7151
 e-mail: skimuatmed.hokudai.ac.jp

(SPring-8に関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及啓発課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp