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集まる分子が少ないミセルでは飛び飛びで不連続な会合数を取ることを発見 - 高校の化学の教科書の記載が変わるかもしれない発見 -(プレスリリース)

公開日
2017年03月22日
  • BL40B2(構造生物学II)

2017年3月22日
北九州市立大学
高輝度光科学研究センター
有明工業高等専門学校

ポイント
• 104年前にセッケン分子は集まってミセルを作ることを発見:近代科学の重要な概念。
• このミセルの概念は必ずしも正しくないことを発見:会合数が小さい時は不連続な値となる。
• 高効率な人工ウイルス粒子などナノテクノロジーの新しい分子設計プラットホームとなる。

 北九州市立大学の櫻井和朗教授、高輝度光科学研究センターの八木直人コーディネーター、有明工業高等専門学校の大河平紀司准教授らからなる研究グループは、104年間定説であったミセルの概念が、必ずしも正しくないことを世界で初めて発見し、これが数学の幾何学の問題(一部未解決)と密接な関係がある事を示しました。
 セッケン分子は、水中で自ら集まってミセルと呼ばれる会合体を形成します。このことは、1913年にイギリスの化学者マックベインによって発見され、洗剤や化粧品、医薬品などに広く応用されています。また、ミセルの概念は、高等学校の化学の教科書でも、大切な事項の一つです。今までミセル中の分子の数(会合数)にはある程度の幅があり、一定の数ではないと考えられてきました。
 本研究グループは、SPring-8を用いたX線溶液散乱法などの手法によって、ミセルの会合数が30以下になると、飛び飛びの値である4,6,8,12,20,24から選ばれる数の会合しか起こらず、その数の多くは、プラトンの正多面体(注3)の面の数と一致することを世界で初めて見つけました。この現象は、従来のミセルの概念では説明ができません。本グループは、このミセルの量子的会合現象を、数学上の未解決問題の一つであるテーマス問題から説明をしようとする新しい理論を提案すると同時に、「プラトニックミセル」と名付けました。
 ミセルはナノテクノロジーの基盤技術であり、プラトニックミセルを使うと、高性能な薬剤運搬技術、超精密ろ過材、省エネルギーのための高性能触媒などの開発が可能となります。
 本研究成果は、2017年3月14日に科学誌「Scientific Reports」で公開されました。

<発表論文>
英語タイトル:Platonic Micelles: Mono disperse Micelles with Discrete Aggregation Numbers Corresponding to Regular Polyhedra
日本語タイトル:プラトニックミセル:単分散なミセルで、不連続な会合数を持ち、それが正多面体の数と一致する系の発見)
著者: Shota Fujii, Shimpei Yamada, Sakiko Matsumoto, Genki Kubo, Kenta Yoshida, Eri Tabata, Rika Miyake, Yusuke Sanada, Isamu Akiba, Tadashi Okobira, Naoto Yagi, Efstratios Mylonas, Noboru Ohta, Hiroshi Sekiguchi, and Kazuo Sakurai.
Scientific Reports (2017) 7:44494 doi:10.1038/srep44494

<研究の背景と経緯>
 ミセルは洗剤から、化粧品の材料、薬物の送達など多くの分野に使われている、きわめて身近な存在です。また、生命現象の根幹である細胞膜も一種のミセルと考えられます。さらに、細胞内の物質の移動もベシクルと呼ばれるミセルの一種によって行われています。ミセルを作る化合物は、水に溶けやすい親水部と水に溶けにくい疎水部からなっています(注1)。ミセルの形状には、球状から、棒状や板状、ベシクル状があります。特に球状ミセルは、多くの化合物がとる形状で、古くから研究が行われてきました(注1)
 1913年にイギリスの化学者マックベインによってミセルの概念(図1(注1)が提唱された後、そのモデルの精密化と理論の構築やミセルの実験的な観測はデバイやタンフォードらによって開始され、現代まで様々な研究が行われています。しかし、マックベインによる球状ミセルの概念そのものは、一貫して確立された完全に正しい事実として扱われてきました。これによると、球状ミセルは数十から百数十の分子が集まって形成され、その会合数は、疎水性の部分と、親水性の部分のバランスによって決まり、溶媒や濃度、ミセルの化学構造が変われば、連続的に変化するとされています。この理論はパッキングパラメーター理論(注1)として、大学の化学系の学生が学ぶ項目です。また、マックベインによって提唱された球状ミセルのモデルは高校の化学の教科書に必ず解説図付きで載っている(図1)、高校化学の必須事項です。
 本研究グループは、医薬品を効率的に送達するDDSナノ粒子を研究する過程で、ミセルを形成する分子の個数(会合数)を小さくしていったところ、従来のミセルの理論では説明できない現象を発見しました。

図1

図1 従来のミセルの模式図(左)と本研究グループが発見したプラトニックミセル。会合数が30以下になると、その値は、2,4,6,8,12,20,24から選ばれる数字のどれかに限定される。

<研究の内容>
発見の内容
 本研究グループは、図2に示すカリクサレン系の両親媒性化合物(注1)を研究する過程で、この物質が水の中で球状ミセルを形成することを見つけました。その後、SPring-8のビームライン BL40B2高輝度放射光X線(注2)を使った構造解析や、その他の溶液物性を測定する手法で、この物質の会合数が6であり、かつそれ以外の会合数は存在しないこと(単分散性)を見出しました。また、濃度を大きく変えても会合数が変化しないなど、従来のミセルの概念からは説明できない、いくつかの現象を発見しました。この事実は、すでに論文として報告していますが、このような単分散性を示す他の例はないかと、異なるカリクサレン系の化合物や、他の界面活性剤などを詳細にしらべたところ、両親媒性化合物が球状のミセルを形成する場合、会合数が30以下と十分小さい時は、会合数は、2,4,6,8,12,20,24から選ばれる数字のどれかになることを発見しました。どのように条件を変化させても、これらの数字以外の値、例えば5とか7、17などの値は取りえないと予想されます(図1)。例えば、溶媒条件などを連続的に変化させて、従来のミセルの概念では会合数が連続的に変化しうる条件にしても、6->8->12と不連続にしか変化しないことを発見しました(図2)。本研究グループが見つけた会合数のほとんどは、プラトンの正多面体(注3)の面の数と一致します。このことから、この不思議なミセルを「プラトニックミセル」と名付けました。

図2

図2 左から、カリクサレン系両親媒性化合物、水に溶けやすい親水性の赤い部分と水に溶けにくい疎水性の黒と青い部分からなっている。青い部分はアルキル鎖で、この場合は炭素の数が3。中央は、この化合物を円錐形のコーンに見立てた図。緑が疎水性、半透明の部分が親水性、赤い部分が疎水と親水の界面からなる球帽(球の表面を円で切り取ったもの)。右は、カリクサレン系両親媒性化合物の炭素の数を連続的に増加したときの会合数の変化。

 ミセルのプラトニック性は、この現象を見つけたカリクサレン系の化合物に限るわけではありません。例えば、天然に存在するサーファクチンと呼ばれる脂質でも同様な現象が見られます。これらの事から、セッケン分子や脂質などの両親媒性化合物が水中で球状ミセルを形成し、その会合数が30以下になると、今までの研究者が気づかなかっただけで、すべての化合物で、2,4,6,8,12,20,24から選ばれる数字のどれかから選ばれる会合数を取っていると考えるに至りました。すなわち、プラトニックミセル性はミセル一般に適用できる一般法則だと考えます。このような観点から、過去の研究を見直すと、何人かの研究者が、単分散の球状ミセルを発見していて、それらは本研究グループが提唱している、プラトニックミセル性を満足します。逆に言えば、球状ミセルが発見されて104年間、この事実に誰も気が付かなかったことが不思議ですが、水溶液中の会合体の構造や分子量が精密に、かつ、独立した数種類の方法で測定できるようになったのは、近年になってからの放射光X線の進歩によるものなので、納得できる点もあります。この意味からも、この発見において、SPring-8(注2)における測定が果たした役割は大きいものがあります。

プラトニックミセルの理論的な裏付け
 水の中でミセルを作る分子は、水に溶けやすい親水性部分と、水と溶けないで水との接触を嫌う疎水性部分からなっています(注1)。球状ミセルを作る分子の大雑把な形状は円錐状と考えることができます(図2の中央)。図2に示すように、円錐の尖った部分が疎水性で底面の部分が親水性です。水は疎水性の部分との接触を嫌うため、このような円錐形の分子は疎水性の部分(図2図3の緑の部分)がお互いに寄り集まって、親水性の部分で疎水性の部分を覆い隠すように球状の集合体を作ると考えられています。従来は会合数が十分に大きいとして理論的な考察がされていました。これによると、分子の数が多くなるほど疎水性の部分の露出が少なくなる(すなわち、被覆率が高くなる)のですが、分子の数が多いと混みあってきて反発が大きくなります。会合数はこの2つの因子(被覆率と分子間反発力)のバランスで決まるとされてきました(タンフォードの理論:パッキングパラメーター理論)。
 しかし、会合数が少なくても、特定の数の時には被覆率は高くなります。例えば、下の図では、会合数12と3の場合を示していますが、12の場合は親水と疎水の界面の球帽の中心が球に内接する正20面体の頂点になるように配置したときに被覆率が最大となり、このときの被覆率は90%となります。一方、3の場合は球帽の中心が球に内接する正三角形の頂点になるように配置したときに被覆率が最大となりますが、この被覆率は75%です。また、2の場合は、球の2つの極に中心をもつ半球(これも球帽)で覆うと被覆率は100%となります。このように、円錐の数が少ない時は、円錐の数によって最大となる被覆率が大きく異なります。

図3

図3 界面活性剤を円錐形のモデルとして扱い、その会合形態を考察した図。12個集まって、球状の会合を作る場合は、赤い疎水と親水の界面を表す球帽の中心が正20面体の頂点の位置に来た時に被覆率が最大となる。この時の被覆率は90%。一方、3個が集まって球状の形態を作る時、正三角形の頂点に球帽の中心が配置した場合に被覆率が最大となる。この時の被覆率は75%。

球の表面を同じ大きさの球帽で覆うときの配置の問題はTammes問題(注4)と呼ばれ、現在でも完全な解答が見つかっていない数学上の未解決問題の一つです。ここで未解決と言うのは、一般的にN個の球帽で球を覆うときに、球帽の中心の座標を厳密な式で表すことができないという意味です。しかし、計算機を使った近似的な解は求まっていて、その時の被覆率と球帽の配置を図4に示します。2の場合は先に述べたように2つの極に半球を配置すれば被覆率が100%となります。被覆率が高いのは4,6,12,20,24で40を超えると48の時以外はほぼ一定の被覆率となります。ここに、本研究グループが今回発見した系(12、20、24)とすでに発表した系(2,6,8,32)、それに先行研究の文献値(4,6)を載せてみたところ、被覆率が高いところで実際のミセルが出現していることが分ります。ここで興味深いのは、従来よくしられているセッケンや生物の実験でよくつかうSDSという化合物は球状のミセルをつくり、その会合数は30から40以上であり、このような多くの会合数では、被覆率はほぼ一定として扱われて来ました。しかし、会合数32や48でもピークあることです。このことから、セッケンのような会合数の大きなミセルでもプラトニックミセルの現象がおきているかもしれません。つまり、会合数32や48が優位になっているかもしれないと示唆されます。

図4

図4 球面を同一の球帽で被覆するときの細密充填(もっとも効率よく被覆する方法)の問題は、数学上の未解決問題である。計算機によってその近似的な解が得られてケースについて、その時の被覆率と、被覆率が高くなるピークの時の円の配置を示した図。左は球帽数2~21、右上は1~61の範囲を示す。本研究グループが過去に発見したプラトニックミセル、今回新たに合成したもの、過去に他の研究者が報告した会合数は赤字で示してある。また、その時の計算で得られた球帽の配置を示した。

図4のプラトニックミセルが観測される会合数と、Tammes問題で被覆率が高くなる円帽の数とは密接な相関があることがわかります。すなわち、現代でも数学者が取り組んでいる、難問であるTammes問題と、本研究グループが使っているミセルの構造が密接に関連していることがわかりました。

<今後の展開>
 ミセルはナノテクノロジーの基盤技術です。例えば、医薬品を効率良く運搬するDDS製剤にはミセルは不可欠です。また、分子鋳型法では、ミセルを鋳型にしてメソポーラスシリカなどの多孔質のシリカ粒子や膜、触媒が作られます。フッ素樹脂などのエマルジョン重合でもミセルは大切な役割を果たしています。これらの技術の中で、ミセルに大きさの分布があるため、問題となることがあります。
 端的な例は、多孔質シリカの分離膜や、ナノ多孔体です。ナノ多孔体は、これまでにない新たな化学反応の場をもつ材料として期待され、触媒材料及び吸着材料等に向けた研究・開発が活発に行われてきました。特に金属ナノ多孔体は、エレクトロニクスから触媒、医学にいたるまで、様々な分野での応用が提案されています。しかし、これら従来のナノ多孔体は、構造の規則性が乏しく、孔の大きさを自由に制御できるナノ多孔体の創出が望まれていました。そこで、本研究グループが見つけたプラトニックミセルの技術を利用すれば、均一な粒子を鋳型にした、真に均一な孔の大きさを自由に制御できるナノ多孔体が実現できると考えられます。

 さらに、本グループが研究している、薬物輸送用のDDS粒子においても粒子の大きさの制御は極めて重要です。臓器や細胞は、極めて正確にナノ粒子の大きさや形状を識別していることが最近明らかになりつつあります。つまり、標的とする細胞が好む形や大きさに厳密に制御・設計した単分散なDDS粒子の創成は、効率的な薬物送達のためには極めて重要です。今までのナノ粒子では、大きさを完全に一定にすることは極めて困難でした。本研究グループは、標的細胞が最も好む大きさと形状の粒子を分散なく作れれば、精密な標的能力を有するDDSナノ粒子の創成が可能となると考えています。このような粒子は、巡航ミサイルのように生体の異物排除機能を回避して、目的の臓器、さらには細胞、細胞内の特定の器官に到達する能力を持つものと思われます。これは、副作用が強くて実用化されなかった既存の低分子医薬の復活、遺伝子導入効率が本物のウイルスに迫るような遺伝子ベクターや、癌免疫療法に利用する抗原デリバリーなど、次世代の薬物送達システムの基盤技術となると考えます。


用語解説
注1) ミセル

(1)ミセルの概念は、100年近く前の1913年に、イギリスの物理化学者McBainによってはじめて提唱された。これは、石鹸分子の濃度がある値を超えると、溶液の物性が急激に変わることを説明するために導入された概念である。いまから見ると、両親媒性の有機分子が水中で自己組織化することを予測した、画期的な概念である。ミセルの概念は、化学の分野で基本的かつ重要なものであり、高等学校の教科書にも必須事項として図解入りで載っている。いままで知られているミセルの定義では「分子内に親水性部分と親油性(疎水性)部分とをあわせもつ物質を両親媒性物質と呼び,界面活性剤はその典型的なものである。このような物質を水に溶かすと,ある濃度以上で,親水基を外に親油基を内に向けて,数十から百数十分子が集まって,球状の会合体をつくる。このような会合体をミセルと呼ぶ。数十nmの直径をもち,会合コロイドの一種である。ミセルの存在は,1913年マクベーンJames William McBain(1882‐1953)により提唱された」(世界大百科事典より)であり、会合数に関しては特に特定はない。

(2)より専門的には、化学系の大学生や院生が学ぶものは、Tanfordのミセルの熱力学である。これは、McBainのミセルのモデルに立脚して、Peter DebyeとCharles Tanfordによって、定式化されたものである。この中では、ミセルを連続体モデルとして扱い、100年の間に得られた実験データが理論と見事に一致している。この理論では、ミセルの会合数には特定の出現しやすい値はなく、熱力学的に安定な値を中心にして分布を持つとされている。

注2) SPring-8の高輝度放射光X線
大型放射光施設(SPring-8)は、世界最高性能の放射光を利用することができる大型の実験施設であり、国内外の研究者に広く開かれた共同利用施設として、物質科学・地球科学・生命科学・環境科学・産業利用などの分野で優れた研究成果をあげている。

注3) プラトンの正多面体
正多面体またはプラトンの立体(Platonic solid)とは、すべての面が同一の正多角形で構成されており、かつすべての頂点において接する面の数が等しい凸多面体のことである。正多面体には正四面体、正六面体、正八面体、正十二面体、正二十面体の五種類がある。

注3

注4) テーマス問題
球面の充填問題として最も有名なものは,「単位球面上に N 個の大きさの等しい球帽を重ならないように配置したい.球帽の最大角直径を求めよ.また,最大を与えるときの球帽の配置はどのようなものか?また,そのような配置は本質的に一通りか?」という Tammes の問題(球帽を用いた球面の最密充填問題)である。球帽とは,球面上の円のことである.この問題は,N = 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12, 24 に関してのみ数学的証明を伴って解が与えられている。



<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
研究者氏名 櫻井和朗(サクライ カズオ)
北九州市立大学 国際環境工学部 教授 
〒 住所 北九州市若松区ひびきの1-1 
北九州市立大学 国際環境工学部
 Tel:093-695-3294
 E-mail:sakuraiatkitakyu-u.ac.jp

<報道に関すること>
北九州市立大学(企画管理課)
〒 住所 北九州市若松区ひびきの1-1
 Tel:093-695-3311

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及啓発課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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