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細菌によるコンドロイチン分解・吸収機構の実体解明 -感染症に対する予防や治療薬の開発に期待-(プレスリリース)

公開日
2017年04月22日
  • BL38B1(構造生物学III)

2017年4月22日
国立大学法人 京都大学
学校法人常翔学園 摂南大学

 老木紗予子 京都大学大学院農学研究科博士課程学生、橋本渉教授、村田幸作摂南大学教授らの研究グループは、鼠咬症を引き起こすグラム陰性連鎖桿菌が動物の細胞外マトリックスの主な成分グリコサミノグリカン1(以下、GAG)をどのように分解・吸収するのか、その分子メカニズムの一端を明らかにしました。病原菌を含む細菌による動物細胞外多糖への作用メカニズムを明らかにすることで、感染症治療薬の分子設計に資すると考えられます。
 論文は4月21日午後6時(日本時間)、Scientific Reportsに掲載されました。

<論文タイトルと著者>
タイトル:A bacterial ABC transporter enables import of mammalian host glycosaminoglycans.
著者:Sayoko Oiki, Bunzo Mikami, Yukie Maruyama, Kousaku Murata, and Wataru Hashimoto.
掲載誌Scientific Reports
DOIhttps://doi.org/10.1038/s41598-017-00917-y

背景
 動物の細胞外マトリックスは、細胞の外側を覆う高分子からなる複雑な構造体であり、細胞同士の接着や組織の骨格形成および細胞の分化と増殖など多様な機能を担っています。その主要な構成成分として存在するGAGは、ウロン酸とアミノ糖を構成糖として含み、これら2つの糖を基本単位とします。GAGにはヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸、ヘパリン、ヘパラン硫酸などがあります。一方、ある種の常在細菌や病原性細菌は、動物(宿主)細胞との共生や感染といった相互作用の中で、GAGを定着や分解するための標的とします(図1)。
 細菌によって多糖GAGがオリゴ糖へ断片化する際に係る酵素と遺伝子については、多くの研究蓄積があります。本研究グループでも、GAGの分解や代謝に関わる分子の実体を明らかにしてきました。また、GAGの断片化・分解・代謝に関わる酵素遺伝子群が細菌ゲノム中にクラスター(GAG遺伝子クラスター)を形成することも見出しています。しかし、細菌が宿主細胞のGAGを取り込む分子メカニズムはほとんど分かっていませんでした。

図1.GAGを標的とする細菌叢モデル

図1.GAGを標的とする細菌叢モデル
常在細菌や病原性細菌の中には、GAGを接着や分解の標的とする種もいる。例えば、GAG分解細菌は、GAGの一種であるヒアルロン酸をリアーゼ酵素により細胞外で断片化し、生じた断片化ヒアルロン酸をUGL酵素により細胞内で単糖にまで分解する。しかし、断片化GAGの取り込み機構はよく分かっていない。

研究手法・成果
 今回の研究では、ヒトに共生または感染する細菌のゲノムを対象にGAG遺伝子クラスターを解析しました。その結果、鼠咬症を引き起こすグラム陰性連鎖桿菌の遺伝子クラスターにGAGの分解と代謝に関わる複数の酵素とともに、基質結合タンパク質依存ABCトランスポーター2がコードされていることを見出しました(図2左)。そこで、連鎖桿菌のGAG分解性、基質結合タンパク質の構造機能相関、およびABCトランスポーターの機能を解析しました。

図2.連鎖桿菌のGAG遺伝子クラスターとGAG分解
GAG断片化酵素:Smon0117, 0124, 0125
GAG輸送系:Smon0120, 0121, 0122, 0123
GAG分解酵素:Smon0127
GAG代謝酵素:Smon0115, 0116, 0118, 0119, 0126

図2.連鎖桿菌のGAG遺伝子クラスターとGAG分解

 連鎖桿菌は、ヒアルロン酸とコンドロイチン硫酸を断片化します(図2右)。基質結合タンパク質は、断片化ヒアルロン酸やコンドロイチン硫酸と結合ならびに解離し、その結合と解離に伴って分子構造を開閉します(図3)。ABCトランスポーターは、基質結合タンパク質と断片化ヒアルロン酸やコンドロイチン硫酸の存在下で、輸送エネルギーを発生させます。この輸送システムの類似遺伝子はヒト口腔内の常在細菌のゲノムにも存在します。

図3.断片化GAG結合タンパク質の立体構造

図3.断片化GAG結合タンパク質の立体構造
左:基質非結合体(Open型)
右:基質結合体(Closed型)
[基質:断片化コンドロイチン硫酸(赤緑球)]

 以上のことから、断片化GAGを細胞内に取り込む細菌の分子装置の実体を明らかにしました(図4)。

図4.細菌によるGAGの取り込みメカニズム
グラム陰性細菌は、GAGを細胞外リアーゼで断片化し、生じた断片化GAGを、外膜を通過させる。ペリプラズムに局在する基質結合タンパク質が、断片化GAGを捕捉し、細胞質膜に存在するABCトランスポーターに運搬する。ABCトランスポーターがATP加水分解エネルギーを用いて、断片化GAGを細胞質内に取り込む。断片化GAGは、細胞質酵素UGLにより単糖にまで分解される。

図4.細菌によるGAGの取り込みメカニズム

学術的意義と波及効果
 ヒアルロン酸やコンドロイチン硫酸などのGAGは、細胞外多糖として、動物のあらゆる組織に存在します。そのため、常在細菌や病原性細菌にとって、GAGが利用できれば優れた栄養素になります。しかし、栄養素を細胞の中に取り込むことができなければ、細菌はGAGをエネルギー源として利用できません。例えば、私たちヒトも、米粒に含まれるデンプン多糖を、唾液中のアミラーゼで断片化し、断片化オリゴ糖を最終的にはグルコースに分解してから腸管細胞に取り込み、エネルギー源とします。いわゆる、小腸による吸収です。つまり、細胞の中に入らなければエネルギー源として利用することができません。したがって、今回、GAGの取り込みに機能する細菌輸送体の実体解明は、常在細菌や病原性細菌によるエネルギー獲得や宿主細胞との相互作用に関わるメカニズムの全容を明らかにすることに繋がり、大きな学術的意義をもつと考えられます。実際、多種多様な常在細菌や病原性細菌のゲノムに、GAGの分解や代謝に関わる酵素に加えて、輸送系がコードされていることを見出しています。そのため、ヒトの細胞数よりも多くヒトに存在する細菌が、どのようにヒトが細胞外に産生するGAGを介して相互作用しているかを明らかにできるのではないかと期待されます。
 本研究成果の応用的、社会的波及効果も有望視されます。例えば、病原性細菌のGAG輸送装置を阻害する薬剤は、感染症の予防と治療薬の開発に繋がります。今回対象としたグラム陰性連鎖桿菌では基質結合タンパク質の構造機能相関が判明しているため、働きを阻害する薬剤の分子設計が可能です。

今後の予定
 今後は、ABCトランスポーターが断片化GAGを取り込む詳細なメカニズムを明らかにする予定です。また、ヒト各組織におけるGAGを標的とする細菌叢の動態や性状、ならびに創薬を目標としてGAG輸送系の阻害剤の分子設計に関する研究を進めていきます。


用語解説

 主に、動物が産生する細胞外マトリックス。ウロン酸とアミノ糖からなるヘテロ多糖。ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸やヘパリンは、その代表例。


 ATPの加水分解により生じるエネルギーを用いて物質を輸送する分子装置。



【問い合わせ】
 京都大学大学院農学研究科
 京食品生物科学専攻生物機能変換学分野
  橋本渉 教授
  whasimotatkais.kyoto-u.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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