大型放射光施設 SPring-8

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有害だがレアメタルでもあるテルルの環境挙動を支配する因子を解明(プレスリリース)

公開日
2017年06月06日
  • BL37XU(分光分析)

2017年6月6日
東京大学

発表のポイント
・テルルの表層環境での挙動を支配する因子を解明
・放射光を用いた複合分析によりテルルの化学状態を解明した初めての研究
・テルルは、最も毒性の高い元素であり、福島第一原発の事故の際も放出されたテルルの放射性核種が環境に深刻なダメージを与えたが、一方で先端産業に欠かせないレアメタルでもある

52番元素であるテルルは、最も毒性の高い元素のひとつであり、その放射性同位体は福島第一原発事故の際にも環境中に放出された。一方で、テルルは先端産業に欠かせない希少元素(レアメタル)であり、その濃集過程の解明は、テルル資源の開発とも関連する。しかしながら、これまで地球表層でのテルルの化学状態に関する知見は皆無に等しかった。そこで、東京大学大学院理学系研究科の秦海波研究員や高橋嘉夫教授らは、テルルの土壌中での化学状態を、放射光から得られるマイクロビームX線を用いた蛍光X線マッピング-X線吸収微細構造(XAFS)スペクトル-X線回折からなる複合分析により決定した。その結果、テルルは土壌中で酸化鉄粒子と共有結合した状態(内圏錯体;inner-sphere complex)で強く吸着されることが分かり、テルルの環境中での移行を支配する因子が明らかになった。これは、結合が弱い外圏錯体(outer-sphere complex)を形成するセレン(テルルと同族の元素)の水溶性が高いこととは大きく異なり、テルルが土壌中で水に溶けにくく、動きにくいことを示す。環境中のテルルの分子レベルでの化学状態を明らかにしたのは本研究が初めてであり、放射光(SPring-8および高エネルギー加速器研究機構Photon Factory)を用いた複合分析がその解明に重要な役割を果たした。本研究における分子レベルの解析に基づき明らかとなった、テルルの環境挙動を支配する因子の情報は、環境科学と資源科学のいずれにおいても重要であり、今後のテルルの環境研究の基盤となるものである。

発表雑誌
雑誌名 Environmental Science & Technology
論文タイトル Tellurium Distribution and Speciation in Contaminated Soils from Abandoned Mine Tailings: Comparison with Selenium
著者 Hai-Bo Qin*, Yasuo Takeichi, Hiroaki Nitani, Yasuko Terada, and Yoshio Takahashi*
DOI番号 10.1021/acs.est.7b00955

【研究の背景・先行研究における問題点】
テルルは最も毒性の高い元素の1つであると共に、その放射性同位体は福島第一原発からも放出されており、環境科学的に大きな注目を集めている元素である。一方で、テルルは太陽電池や電子部品材料などに利用され、先端産業に欠かせない希少元素(レアメタル)のひとつで、金属資源としても重要な元素である。しかし、テルルの地球表層での挙動に関しては極めて限られた情報しかなく、特にその分子レベルでの化学状態については、分析可能な手法が限られているため、殆ど知見がないのが現状であった。

【研究内容】
そこで本研究では、SPring-8やPhoton Factoryなどの放射光施設から得られるミクロンオーダーのX線を用いた複合分析(図1)により、廃鉱山近傍の土壌試料中のテルルの化学状態を決定した。

図1
図1.放射光を用いた複合分析(μ-XRF-XAFS-XRD)により、
環境中のテルル(毒性元素、放射性核種、レアメタルでもある)の挙動を解明。

土壌中のテルルのミクロンスケールでの分布状態の解明には蛍光X線マッピングを用い、鉄と共存することが示された。次に、同じ微小領域部分にマイクロビームX線を用いたX線回折法を用いることで、この鉄を含む鉱物が酸化鉄(褐鉄鉱)であることが分かった。さらにこの部分のテルルに対して、マイクロビームX線を用いた広域X線吸収微細構造(EXAFS)スペクトルを測定することで、テルルの分子レベルの局所構造を天然試料から直接得ることに初めて成功した。その結果、テルル(VI)は主に土壌中の酸化鉄(褐鉄鉱)表面に共有結合を形成(内圏錯体)して吸着していることが明らかとなった(図2)。

図2
図2.酸化鉄表面のテルル(VI)が形成する内圏錯体とセレン(VI)が形成する外圏錯体の模式図。

これは、同族のセレン(VI)の場合、酸化鉄表面に結合を持たずに外圏錯体として吸着されることとは大きく異なっており、セレンに比べてテルルの水溶性が著しく低く、土壌などに固定されやすいことを示す結果である。
このように、吸着構造が内圏錯体と外圏錯体のいずれであるかは、その元素の挙動を支配する重要な因子である。本研究ではさらに、テルル、セレン、ヒ素などの陰イオンの土壌中への吸着のされ易さや内圏錯体の生成のされ易さが、酸解離定数(pKa)から系統的に説明できるという、より基礎的かつ普遍的な環境化学的知見を示した(図3)。

図3
図3.本研究の結果から、環境中の様々な元素(テルル、セレン、ヒ素など)の挙動を支配する
鉱物表面の錯体(outer-sphere/inner-sphere complex)の生成を系統的に予測できるようになった。

環境中でテルルやその他の有害元素の安定な化学種を解明することは、これらの元素の環境挙動や濃集現象を予想する上でも重要な情報となる。

【社会的意義・今後の予定】
テルルは最も毒性の高い元素の1つであり、原発から放出される放射性核種の1つでもあるため、その挙動の解明は社会的意義が大きい。他方で、テルルは太陽光発電などにも使われるにも関わらず、希少な元素(レアメタル)であるため、その濃集機構の解明は資源科学的にも重要である。また、本研究は、最先端の放射光分析を駆使することでテルルなどの微量元素の環境動態が明らかにできることを示しており、放射光科学の環境科学への貢献を示した点でも意義深い。



問い合わせ先
東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻
教授 高橋嘉夫
 TEL:03-5841-4517 FAX:03-5841-8791
 E-mail:ytakahaateps.s.u-tokyo.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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