大型放射光施設 SPring-8

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光合成細菌光捕集タンパク質複合体の正確な三次元原子構造を解明 -光エネルギーの高効率利用に前進-(プレスリリース)

公開日
2018年04月05日
  • BL41XU(構造生物学I)
  • BL44XU(生体超分子複合体構造解析)

2018年4月5日
岡山大学
理化学研究所

研究のポイント
・光合成細菌で光エネルギーを捕集し、電子伝達を行っている膜タンパク質LH1-RCの立体構造を正確に解析
・より細胞内に近い状態で解析することで、これまで分からなかった構造上の特徴を多数発見
・太陽光エネルギーの高効率人工利用へ重要な知見を与える

 岡山大学異分野基礎科学研究所(大学院自然科学研究科)の于龍江特任助教、沈建仁教授(理化学研究所放射光科学研究センター客員研究員)らの研究グループは、光合成細菌において光エネルギーを捕集し、電子伝達を行っている巨大な膜タンパク質[1]複合体LH1-RC[2]の立体構造を、大型放射光施設SPring-8[3]を利用して高分解能で正確に突き止めました。このタンパク質複合体は光合成において、太陽光エネルギーを高効率で吸収・伝達し、電荷分離を行っており、光エネルギーを化学のエネルギーに変換する役割を担っています。本研究成果は、光合成における光エネルギーの高効率吸収・利用の機構を解明するための基盤を確立し、太陽光エネルギーの高効率人工利用にも重要な知見を提供するものです。
 本研究成果は、4月4日英国時間午後6時(日本時間4月5日午前3時)、英国の科学雑誌「Nature」に掲載されました。

<発表論文情報>
論文名:
"Structure of photosynthetic LH1-RC super-complex at 1.9 Å resolution"
「光合成LH1-RC超複合体の1.9 Å分解能構造」
発表雑誌: Nature
著者: Long-Jiang Yu, Michihiro Suga, Zheng-Yu Wang-Otomo, Jian-Ren Shen
doi: 10.1038/s41586-018-0002-9

<背景・業績>
 植物タイプの酸素発生型光合成は、太陽の光エネルギーを利用して水と二酸化炭素から糖を合成し、同時に大気中に酸素を放出し、地球上好気生物の生存を支えています。このような酸素発生型光合成は、生物の進化の初期に嫌気的な光合成細菌の酸素非発生型光合成から進化してきたと考えられています。そのような光合成細菌において、光エネルギーを高効率に捕集・伝達し、電子伝達を行っているのが、光捕集アンテナー反応中心タンパク質複合体LH1-RCです。この複合体は合計36個のタンパク質と多数の色素などの補欠因子からなる巨大な膜タンパク質複合体です。
 沈教授らの研究グループは、紅色硫黄細菌の1種で、熱に強いThermochromatium tepidumのLH1-RC複合体を高純度に精製し、その良質な結晶を作成し、その構造をSPring-8の放射光X線を用いて1.9 Å(1Åは1/1000万ミリメータ)という非常に高い分解能で解析しました。その結果、この複合体は完全に閉じたリング状の構造を作っており(図1)、真ん中に反応中心RCが存在し、その周りを16対のα-βアンテナタンパク質が取り囲んでいることが分かりました。
 これまで単離状態でのみ解析された反応中心RCの構造と比較すると、今回解析した複合体の構造はより細胞内にある状態に近く、これまで分からなかった新しい構造上の特徴が多数見つかりました。例えば、単離状態でのRC構造は、周りにアンテナタンパク質LH1が存在していなかったため、いくつかの領域で天然状態とは異なっていました。また、RCとLH1の間には多くの脂質分子、キノン分子などが存在し、両者の間では隙間はほとんどなく、密な領域となっていました。そして電子を受け取る分子として働いているユビキノン分子は、これまで1個のみ見つかっていましたが、本構造解析で合計5つ見つかり(図2)、電子を直接受け取るユビキノンの交換経路やリング内外をまたがる交換経路が明らかになりました。さらにユビキノンにいたる水素イオンの輸送経路、複合体の安定性に重要な役割を持つカルシウムイオンの結合部位の詳細な構造(図3)が明らかになりました。
 今回の構造解明により、植物タイプの酸素発生型光合成において水分解を行っている光化学系IIの祖先タンパク質の構造が明らかになり、進化初期の光合成細菌において太陽光エネルギーを高効率に補足・利用して電子伝達反応を行なう機能が備えられていたことが明らかになりました。その後長い進化の過程を経て水分解・酸素発生反応を触媒する能力を獲得し、現在のような酸素発生型光合成が進化してきたことが分かりました。

<見込まれる効果>
 光合成は、太陽光エネルギーを高効率に化学エネルギーに変換する過程です。本研究の成果は、進化初期に光合成細菌が獲得した光エネルギーの有効利用、及び電子伝達反応の仕組みを明らかにしました。得られた結果は、光合成における光エネルギーの高効率利用・化学エネルギーへの変換のメカニズムを解明するのに重要な基盤を提供し、それにより、太陽光エネルギーの高効率人工利用にも重要な知見を提供するものです。

 本研究は、文部科学省科学研究補助費特別推進研究、新学術領域研究「革新的光物質変換」等の支援を受けて実施しました。

図1.LH1-RCの構造。
図1.LH1-RCの構造。

a: 側面から見たタンパク質の構造。
b: 側面から見た色素、水分子の分布。黄色はカロテノイド、薄ピンク色のドットは水分子を示す。
c: 上から見た断面図。
d: 上から見た色素(バクテリオクロロフィル)の分布とそれぞれの色素間の距離(Å)。


図2.電子受容体として働いているキノン分子の分布。
図2.電子受容体として働いているキノン分子の分布。

a: LH1-RC全体におけるキノンの分布図。
b: LH1リング状にある穴に挿入されているユビキノン(赤)の様子。


図3.LH1-RC超複合体におけるカルシウムイオンの結合部位と構造。
図3.LH1-RC超複合体におけるカルシウムイオンの結合部位と構造。

a: LH1-RC全体におけるカルシウムイオンの結合部位。
b: カルシウムイオン結合部位の詳細な構造。


<用語説明>
[1]膜タンパク質
生体膜中に存在し、脂質に取り囲まれ、水に溶けにくいタンパク質の総称。可溶化・結晶化には界面活性剤が必要で、水溶性タンパク質に比べ、結晶化が困難であるとされている。

[2]LH1-RC複合体
酸素非発生型光合成細菌において、光エネルギーを捕集・伝達しているアンテナ色素複合体LH1 (Light-harvesting complex 1)と電子伝達を行っている反応中心複合体RC (Reaction center)が結合して形成した超分子複合体である。今回解析されたLH1-RC複合体は、紅色硫黄細菌由来のもので、16対のα-βサブユニットからなるLH1と、4つのサブユニットからなるRCの超複合体で、合計36個のタンパク質サブユニットを含み、総分子質量が約400 kDaになる。

[3]SPring-8
理研が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光(シンクロトロン放射)とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する細くて強力な電磁波のこと。SPring-8では、遠赤外から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われている。



<お問い合わせ>
岡山大学異分野基礎科学研究所(大学院自然科学研究科)
教授 沈 建仁(しん けんじん)
 TEL:086-251-8502 FAX:086-251-8502
 E-mail:shenatcc.okayama-u.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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