大型放射光施設 SPring-8

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薄膜中の熱の伝わり方の起源を知る ―省エネルギーデバイスの熱評価へのブレイクスルー―(プレスリリース)

公開日
2018年06月11日
  • BL35XU(高分解能非弾性散乱)

2018年6月11日
高輝度光科学研究センター
東京大学

ポイント
・ 次世代デバイス(太陽電池、熱電材料、パワーデバイスなど)では、エネルギーの浪費(エネルギーが熱となり失われること)を少なくすることが課題となっていますが、実際のデバイスに近い試料環境である基板上の薄膜において、熱散逸や熱伝導といった熱の性質に直接関与するフォノン(注1)の寿命を正確に測定することにより熱伝導の詳細な機構を明らかにし、熱特性の起源を明らかにする手法の原理を確立しました。
・ 本研究では、薄膜のフォノン分散と寿命の同時測定に世界で初めて成功しました。
・ 本研究成果は、次世代の省エネルギーデバイス開発における熱特性評価で非常に有効な手法となることが期待されます。

 高輝度光科学研究センターの内山裕士研究員、東京大学大学院工学研究科の岩本壮太郎大学院生、塩見淳一郎教授の研究グループは、物質・材料研究機構、ニューサウスウェールズ大学との共同研究により、薄膜のフォノン(注1)分散と寿命の同時測定に世界で初めて成功しました。フォノンは熱散逸や熱伝導といった熱の性質に直接関与しています。得られた結果を熱伝導測定や計算と比較することにより、薄膜という実際のデバイスに近い試料環境で、熱特性の微視的なメカニズムを明らかにすることができました。本研究を通じて開発された新たな測定技術により、微小デバイス中のフォノンの詳細測定が可能となり、最先端省エネルギー/創エネルギーデバイス(熱を電気に変換する熱電デバイス、エネルギー浪費の少ない高効率パワー半導体デバイス、次世代太陽電池)での熱特性の評価につながることが期待されます。
 本研究成果は米国東部時間の2018年6月7日に、「Physical Review Letters」でオンライン公開されました。

<論文タイトルと著者>
論文タイトル: Phonon lifetime observation in epitaxial ScN film with inelastic x-ray scattering spectroscopy
著者:H. Uchiyama, Y. Oshima, R. Patterson, S. Iwamoto, J. Shiomi, and K. Shimamura
掲載誌:Physical Review Letters
DOI: 10.1103/PhysRevLett.120.235901

背景
 次世代デバイスとして注目されている、太陽電池、熱電材料、パワーデバイスなどでは、“いかに無駄なエネルギーを出さず高いエネルギー効率で動作させるか”が課題となります。物質中で無駄なエネルギーは熱に変換されることから、なるべく熱を出さない、もしくは熱を再度エネルギーに変換するような材料・デバイス開発がおこなわれています。したがって材料・デバイス中の熱特性を調べることは、高効率デバイスを製作する上で欠かせません。このような熱特性の起源を物理的に見ると、図1bに示したようにフォノンと呼ばれる量子化された粒子が散乱(別のフォノンに分裂/融合したり、結晶中の欠損や不純物に衝突したりすること)を起こすことによって熱が発生・伝搬することがわかっています。このことから、フォノンと熱物性を関連づける研究、例えば、“計算によってフォノンの詳細なエネルギーや散乱過程を求めて、熱伝導・熱散逸の機構を調べる研究”などが活発におこなわれています。
 フォノン測定から熱特性の微視的な起源を探る研究の実験的なアプローチとして、2010年代以降、非弾性中性子散乱法(注2)を用いた実験がおこなわれるようになってきました。この手法を用いると、フォノンの詳細なエネルギー関係(フォノン分散)だけでなく、散乱に至るまでのフォノンの寿命を評価することができるため、計算や(巨視的な)熱伝導率と容易に比較検証ができます。しかし、非弾性中性子散乱法で用いる中性子は多くの物質を簡単に透過してしまうことから、基板上に形成された薄膜(図1a)の場合、薄膜だけでなく基板の情報も検出してしまいます。このため、薄膜のフォノンの詳細な構造について従来報告がありませんでした。一般的に薄膜は基板の影響を受けて、結晶構造が変化したり欠損が導入されることから、通常の(薄膜でない)物質と異なる熱特性を持っていることが予想されます。このため薄膜のフォノン構造の詳細研究は強く望まれていました。

研究手法・成果
 本研究では、窒化物半導体の中で熱電材料への応用が期待される窒化スカンジウム(ScN)薄膜のフォノンを測定し、熱伝導・熱散逸の機構について詳細な情報を得ることに成功しました。実験は大型放射光施設SPring-8(注3)内のビームライン BL35XU非弾性X線散乱法(注4)を用いて行われました。BL35XUでは非常に単色化されたX線を取り出すことができるため、通常X線では測定ができない微細な構造である、フォノン構造を非弾性中性子散乱法と同程度の精度で調べることができます。さらにX 線は中性子と比べて試料を透過しにくいので、基板にX線を当てることなく薄膜のみの情報を得ることができます。具体的には図1aに示すように、X線を表面すれすれに入射することにより、X線は基板に到達することなく、薄膜のみを通ることができます。このような配置でフォノン測定を行うと図2で示すようなフォノン分散が得られました。図2で得られたフォノン分散は基板の情報を含んでいません。さらに、得られたフォノンの線幅を精密に評価することにより、フォノン寿命を求めることができます。得られた実験結果を第一原理計算結果と比較することにより、フォノン散乱過程や熱伝導率を求めることができます。フォノン構造から得られた結果は(巨視的な)熱伝導率測定結果と良く一致していることがわかりました。さらに、従来の窒化スカンジウムの熱伝導率の文献値と比較すると、欠陥や不純物により生じたキャリア濃度との間に相関があり、薄膜の熱伝導がこれら欠陥や不純物に影響を受けていることもわかりました。

波及効果、今後の予定
 薄膜においてフォノン散乱過程を精密に調べた研究は、本研究が初めてとなります。この技術を応用することにより、デバイスなどの微細構造で熱伝導・熱散逸の微視的な機構を実験的に明らかにできると考えられ、熱を電気に変換する熱電材料、エネルギー浪費の少ない高効率パワーデバイス、次世代太陽電池などの材料・デバイス開発にとって今後非常に重要な手法となることが期待されます。


用語解説:
(注1)フォノン:
 物質内での原子の振動を量子化した粒子。

(注2)非弾性中性子散乱法:
 入射中性子と散乱中性子のエネルギー差を測定することにより、フォノンのエネルギーや散乱過程に関する詳細な情報を得ることができます。

(注3)大型放射光施設SPring-8:
 SPring-8の施設名はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来します。兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設であり、その運転と利用者支援などは高輝度光科学研究センターが行っています。

(注4)非弾性X線散乱法:
 入射X線と散乱X線のエネルギー差を測定する手法を非弾性X線散乱法と呼びます。高分解能非弾性X線散乱実験用のビームラインBL35XUでは非常に単色化されたエネルギー(ΔE~1.5 meV)を入射光として用いることによって、フォノン測定(ΔE<100 meV、図2参照)が可能となっています。


図1

図1 (a)基板上の薄膜の模式図、および実験に用いたX線の通り道。
(b)熱発生のメカニズム、フォノン散乱により熱が発生する。


図2

図2 非弾性X線散乱法によって得られた窒化スカンジウム薄膜のフォノン分散(縦軸がフォノンのエネルギー、横軸が逆格子空間上のフォノンの位置を示す)。明るい色の箇所にフォノン(図中点線)が存在していることを示し、その幅(フォノン線幅)からフォノン寿命を求めることができる。



お問い合わせ先
<研究に関するお問い合わせ>

内山 裕士(うちやま ひろし)
公益財団法人 高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門
 TEL:0791-58-0803
 E-mail: uchiyamaatspring8.or.jp

塩見 淳一郎(しおみ じゅんいちろう)
国立大学法人東京大学大学院工学系研究科 教授
 TEL:03-5841-6283
 E-mail: shiomiatphoton.t.u-tokyo.ac.jp

<報道に関するお問い合わせ>
東京大学大学院工学系研究科 広報室
 Tel:03-5841-1790 Fax:03-5841-0529
 E-mail:kouhouatpr.t.u-tokyo.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp