大型放射光施設 SPring-8

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大気中微粒子試料のナノイメージングを実現 ― ナノ構造環境応答のその場観察を目指す ―(プレスリリース)

公開日
2018年06月29日
  • BL24XU(兵庫県ID)

2018年6月29日
公立大学法人兵庫県立大学

研究成果のポイント
• 従来は真空中で行われていたコヒーレントX線回折イメージング法での大気中試料観察を実現
• 真空中での乾燥や膨張などによる構造破壊に煩わされない自然な状態の試料のナノイメージングが可能に
• 試料環境制御装置の導入により、材料物性-構造相関の詳細な評価への展開を目指す

 兵庫県立大学大学院物質理学研究科の高山裕貴助教らの研究グループは、大気環境下で試料観察可能なコヒーレントX線回折イメージング(CXDI)[1]システムを、大型放射光施設SPring-8[2]の兵庫県IDビームラインBL24XUで開発し、大気中や湿度制御環境下での微粒子試料のナノイメージングを実現しました。CXDI法は、電子顕微鏡では観察が難しい厚い試料の内部を、非侵襲かつX線光学素子の加工限界を超える高い空間分解能で観察できる強力な手法です。しかし、微弱なコヒーレントX線回折シグナルを観測するために、多くの場合、試料はX線光学系と共に真空中に置かれていました。本研究成果により、真空中での乾燥や膨張などの試料変形に煩わされずに、自然な状態の試料構造をナノメートルスケールまでイメージングすることが可能となり、今後、材料物性を決めるナノ構造の環境応答や機能中の構造変化の詳細な評価への展開が期待されます。研究成果の詳細は、英国の科学雑誌『Journal of Synchrotron Radiation』(7月号)に掲載されるのに先立ち、オンライン版が6月29日(現地時間)に掲載されました。

論文情報
タイトル: Atmospheric coherent X-ray diffraction imaging for in situ structural analysis at SPring-8 Hyogo beamline BL24XU
著者名: Yuki Takayama, Yuki Takami, Keizo Fukuda, Takamasa Miyagawa, and Yasushi Kagoshima
掲載誌: Journal of Synchrotron Radiation
DOI: 10.1107/S1600577518006410

研究の背景
 コヒーレントX線回折イメージング(CXDI)法は、試料に干渉性の高いX線を照射してコヒーレントX線回折強度パターンを取得し、計算機アルゴリズムにより試料像を再生する手法です。一般の顕微鏡のような結像レンズが不要なため、X線光学素子の加工技術に制限されない数十~数ナノメートルスケールの高い空間分解能が期待できます。更に、X線の高い透過性により、電子顕微鏡では観察が難しいミクロン以上の厚い試料の内部構造を、非侵襲で観察することが可能であり、従来のX線顕微鏡と電子顕微鏡の観察領域のギャップを解消する技術として、高干渉性X線を利用可能な放射光施設やX線レーザー[3]施設で精力的に開発・利用研究が進められています。
 コヒーレントX線回折強度パターンは、回折角が大きい程、高空間分解能の構造情報を含みますが、同時に急速に強度が減衰します。多くのCXDI実験では、微弱なコヒーレントX線回折強度シグナルを高精度に観測するために、試料をX線光学系と共に真空中に置くことで、空気によるX線の減衰やバックグラウンド散乱を防いできました。しかし、真空中での観察では、試料に乾燥や膨張による変形が生じる恐れがあります。また、真空槽内のスペースや技術的な制約から、試料の機能メカニズムを詳細に調べるための温度や湿度、圧力等の試料環境制御装置の導入が制限されてしまいます。そこで研究チームは、機能性材料の材料物性を決めるナノ構造の環境応答や機能中の構造変化のその場観察を目指して、大型放射光施設SPring-8の兵庫県IDビームラインBL24XUにおいて、開放環境で試料観察できるCXDIシステムの開発を進めました。

研究の内容
 研究チームは、低散乱・高耐圧の窒化シリコン薄膜を試料前後の真空窓とし、ヘリウムフロー型のコンパクトなスリットシステムと組み合わせた、大気開放環境型CXDI (A-CXDI)システムを開発しました(図1a)。更に、透過率の高い光子エネルギー8 keV (波長0.1550 nm)のX線を用いることで大気や真空窓でのX線減衰を抑え、また、波動光学計算に基づいて照明条件を最適化することで、大気中試料のナノイメージングを実現しました。図1bはA-CXDIの性能評価に用いた、金コロイド粒子集合体のイメージング例です。コヒーレントX線回折パターン特有のスペックルと呼ばれる細かい干渉縞が、空間分解能15 nmに対応する回折角まで鮮明に観測できており、この回折パターンから、空間分解能29 nmで投影像を再生することに成功しました。A-CXDI像では、電子顕微鏡では観察が困難な粒子内部の空隙を明瞭に可視化できています。

図1

図1 A-CXDIシステム。(a)模式図および試料周辺写真。(b)金コロイド粒子集合体のコヒーレントX線回折パターンおよびA-CXDI像。コヒーレントX線回折パターンが含む構造情報のサイズスケールは空間周波数の逆数に対応。

 A-CXDIシステムの利点は、試料環境制御装置を比較的容易に導入可能な点です。その例として、研究チームはA-CXDIシステムに湿潤空気吹き付け装置を導入し、シリカゲル粒子の湿度変化応答のその場観察に取り組みました(図2)。単一のシリカゲル粒子について、周囲の相対湿度を5、83、90、96%と段階的に変化させてA-CXDI実験を行ったところ、周囲湿度に応じたコヒーレントX線回折パターンの変化を確認できました。低回折角(概形情報)の強度が増加し、高回折角(微細構造)の強度が低下したことから、シリカゲル粒子の細孔に水蒸気が吸着し、細孔のコントラストが低下したものと推察されました。実際、観測された強度変化は水蒸気吸着等温線と良く対応するものでした。コヒーレントX線回折パターンのアップサンプリング撮像法[4]を利用することで、異なる湿度条件での試料像再生にも成功し、A-CXDIによる材料試料ナノ構造の湿度応答評価の実現可能性を示しました。

図2

図2 A-CXDIによるシリカゲル粒子の湿度変化応答その場評価。各相対湿度環境下での単一シリカゲル粒子の(a)コヒーレントX線回折パターンおよび(b)A-CXDI像。(c)シリカゲル粒子の吸着等温線(○)と回折強度変化(×)の比較。回折強度変化はコヒーレント回折パターン中の赤実線および破線上の平均強度の比をプロット。吸着等温線はA-CXDI実験とは独立に測定。

今後の期待
 機能性材料の機能メカニズム解明には、実際の利用環境に近い条件でのナノ構造-機能相関の評価が不可欠です。A-CXDI法により、従来は散乱測定でしか評価できなかった厚い試料のナノ構造の、様々な環境下でのイメージング評価が実現すると期待されます。今回開発した手法は、ミクロンサイズの粒子試料に適用が制限されます。現在、非粒子試料の観察が可能なタイコグラフィー法[5]へと高度化を進めています。兵庫県ビームラインBL24XUは産業利用支援を目的としたビームラインです。今後、高度化とユーザーフレンドリー化を進めながら実材料の機能メカニズム解明・高機能化への貢献を目指します。


補足説明
[1]コヒーレントX線回折イメージング (CXDI) 法
干渉性の高いX線を試料に照射した際に起こるX線の散乱現象を利用したイメージング手法。試料を構成する電子によって散乱されたX線が干渉することで、試料の構造を顕著に反映した特徴的なパターン(コヒーレントX線回折パターン)が観測され、これを利用して試料構造を可視化する。コヒーレントX線は位相、すなわち波面のそろったX線のことであり、優れた干渉性を有する。CXDIは、Coherent X-ray Diffraction Imagingの略。

[2]大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す施設。その運転と利用者支援は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する強力な電磁波のこと。SPring-8では、遠赤外から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われている。

[3]X線自由電子レーザー(XFEL)
近年の加速器技術の発展によって実現したX線領域のパルスレーザー。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とするため、原理的な波長の制限はない。SPring-8などの従来の放射光源と比較して、10億倍もの高輝度のX線がフェムト秒(1000兆分の1秒)の時間幅を持つパルス光として出射される。この高い輝度を活かしてナノメートルサイズの小さな結晶を用いた蛋白質の原子レベルでの分解能の構造解析やX線領域の非線形光学現象の解明などの用途に用いられている。

[4]アップサンプリング撮像法
コヒーレントX線回折パターンから試料像を再生するためには、コヒーレントX線回折パターン特有のスペックルと呼ばれる干渉縞を十分に細かくサンプリング(オーバーサンプリング)する必要がある。二次元検出器のピクセルサイズがオーバーサンプリングに不十分な場合に、検出器をサブピクセル移動した複数のコヒーレントX線回折パターンを取得し、より高解像度なコヒーレントX線回折パターンを再構成する手法のこと (Chushkin & Zontone, J. Appl. Cryst. 46, 319-323 (2013))。

[5]タイコグラフィー法
コヒーレントX線回折イメージング法の一種。X線照射野が重なるように試料上を二次元走査して各点のコヒーレントX線回折パターンを収集し、計算機アルゴリズムにより広視野の試料像を再生する。



【問い合わせ先】
兵庫県立大学大学院物質理学研究科 助教 高山裕貴
 TEL:0791-58-0233 FAX: 0791-58-0236
 E-mail:takayamaatsci.u-hyogo.ac.jp

機関窓口
兵庫県立大学播磨理学キャンパス経営部 次長兼総務課長 中谷忠彦
 TEL: 0791-58-0101,FAX:0791-58-0131
 E-mail:u_hyogo_harimaatofc.u-hyogo.ac.jp

(兵庫県ビームラインに関すること)
兵庫県立大学産学連携・研究推進機構 放射光ナノテクセンター 事務局
 TEL:0791-58-1415 FAX:0791-58-1516
 E-mail:nanochanathyogo-bl.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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