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X線イメージングと構造解析の融合に成功 ―各画素でnmオーダーの定量的構造解析が可能に―(プレスリリース)

公開日
2019年10月04日
  • BL20XU(医学・イメージングII)

2019年10月4日
東北大学多元物質科学研究所

【発表のポイント】
• レントゲン撮影に代表される透過X線イメージングの空間分解能は、画像検出器の空間分解能で決まり、一般に10~100 µmのオーダーです。通常、空間分解能よりも高いスケールの構造情報は取得できません。
• 本研究では、従来から用いられてきたX線反射率法と呼ばれる方法と、X線用の回折格子を用いた新しいイメージング法を組み合わせることにより、画像検出器の空間分解能を1000~10000倍上回るnmオーダーの構造情報を非破壊で定量的に取得することに成功しました。
• mmオーダー以上の広い視野にわたって構造情報の空間的な分布を可視化でき、実験室のX線源の利用も可能です。従来の方法よりも信頼性の高いことも実証されたことから、光学素子の精密評価など、様々な応用展開が期待されます。

 東北大学多元物質科学研究所の矢代航准教授は、高輝度光科学研究センターの研究グループとの共同研究により、X線反射率法と呼ばれる方法と、X線用の回折格子を用いた新しいイメージング法(以下、X線回折格子干渉法と呼ぶ)を組み合わせることにより、画像検出器の空間分解能を1000~10000倍上回るnmオーダーの構造情報を非破壊で定量的に取得することに成功しました。本研究成果は、Springer Nature(シュプリンガー・ネイチャー)社の学術誌「Scientific Reports」に2019年10 月1日付でオンライン公開されました。

【論文情報】
タイトル:Probing Surface Morphology using X-ray Grating Interferometry
著者:Wataru Yashiro, Susumu Ikeda, Yasuo Wada, Kentaro Totsu, Yoshio Suzuki, and Akihisa Takeuchi
掲載誌名:Scientific Reports
DOI:10.1038/s41598-019-50486-5

研究の背景
 通常、レントゲン撮影に代表される透過X線イメージングの空間分解能は、画像検出器の空間分解能で決まり、通常10~100 µmのオーダーです。空間分解能よりも高いスケールの構造情報は取得できないのがふつうです。
 近年、X線回折格子干渉法と呼ばれるイメージング法が注目を集めています。この方法は、物体をX線が透過したときのX線の位相のシフトを利用した高感度なイメージング法で、実験室のX線源でも実現できるなど、様々な特長を有していることから、医療診断から非破壊検査に至る様々な応用研究が展開されています。
 X線回折格子干渉法はマルチモーダルなイメージング法としても注目を集めています。すなわち、1回の撮影で複数の独立な画像を取得できます。図1に、X線回折格子干渉法で得られる三枚の画像の例を示します(試料:サクランボ)。左から吸収像(レントゲン写真に対応)、微分位相像、ビジビリティコントラスト像と呼ばれています。ビジビリティコントラスト像(ダークフィールド像、小角X線散乱コントラスト像とも呼ばれる)では、X線画像検出器で解像できないスケールの微小な構造によってコントラストが生じることが、矢代准教授らの研究により理論的および実験的に証明されています。このコントラストを定量的に解析することで、各画素における構造解析が可能になります。

研究成果
 矢代准教授らのグループは、X線回折格子干渉法で同時に取得できる三枚の画像のうち、とくにビジビリティコントラスト像に注目し、コントラストを定量的に解析することにより、画像検出器の各画素において構造パラメータをnmオーダーで評価する方法を開発しました。
 実験はSPring-8*のビームラインであるBL20XUで行われました。図2に実験配置を示します。試料表面にシート状のビームを入射して、反射ビームに対してX線回折格子干渉計法を適用することにより、試料表面に垂直な方向だけでなく、平行な方向の構造情報の取得が可能になります。デモンストレーションのため、深さ約10 nm、周期800 nmの酸化シリコンの格子パターンを表面に形成したSiウェハを試料として用いました。
 図3(a)は、表面で反射されたX線ビーム(図中の上のシートビーム)の例です。図中の左側が格子パターンのある領域、右側が格子パターンのない領域に対応しています。このような画像から、図1(a)-(c)と同様に三枚の画像が取得できます(図3(b)-(d)は図1(a)-(c)にそれぞれ対応)。試料表面に入射する角度(視射角)を変えて同様の測定を行うことで、図4のデータが得られます。図4(a)は図1(a)に対応するもので、X線反射率の視射角依存性の空間分布を示しています。図4(b)は図1(b)の微分位相像(すなわち反射X線の波面の歪み)に対応し、試料表面の湾曲度が分かります。図4(c)がビジビリティコントラスト像で、図4(a)、(b)のいずれでもみられないコントラストの変化がみられます。このコントラストの視射角依存性は、試料表面に形成された深さ10 nmの格子パターンに起因しています。このような視射角依存性、さらには試料を光軸方向に移動したときのコントラストの変化から、試料表面の構造パラメータを定量的に決定することができます。
 ビジビリティコントラストの実験データは図5(a)の構造モデルによってよく説明されました。図5(b)-(c)は、試料上のある位置におけるビジビリティコントラストの実験データに最小二乗法によりフィッティングを行った例、図6(a)-(d)は、ビジビリティコントラストの定量解析により求めた構造パラメータの空間分布を示しています。図のように、各位置における構造パラメータがnmオーダーで決定できています。本試料は、破壊検査である透過電子顕微鏡によっても評価され、微小角入射小角X線散乱や原子間力顕微鏡など、他の方法による評価と比べて信頼性の高い結果が得られることが示されました。

今後の展望
 本研究では、デモンストレーションとして深さ10 nm、周期800 nmの酸化シリコンの格子パターンを用いました。このような表面(あるいは界面)構造の空間分布の評価には、従来は、シート状のX線ビームを利用したX線反射率法や、微小X線ビームに対して試料を走査する微小角入射小角X線散乱法(GISAXS)などが利用されてきました。前者から表面に垂直な方向の構造情報が、また後者から表面に平行な方向の構造情報が取得できます。本研究成果は、シート状のX線ビームを利用して両者の構造情報を同時に取得することを可能にするもので、画期的な方法です。
 従来のX線位相コントラストイメージングと比較しても、通常は10~100 µmオーダーの空間分解能であるのに対して、本研究ではそれをはるかに上回るnmオーダーで構造パラメータが決定できています。本研究で用いたX線回折格子干渉法は、白色放射光のような連続X線の利用も可能であり、10 µsオーダーのイメージング、msオーダーのX線トモグラフィも実現できています。今回開発した方法がさらに発展すれば、表面・界面のダイナミクスの高速観察など様々な展開が期待されます。

本研究の一部は、JST CREST(JPMJCR1765)、日本学術振興会科研費(26600137)の支援のもとで行われました。また、本研究の実験は、大型放射光施設SPring-8、東北大学マイクロシステム融合研究開発センター(µSIC)、および東北大学研究推進・支援機構 テクニカルサポートセンターの協力のもとで行われました。


図1 X線回折格子干渉法により撮影されたサクランボの投影像

図1 X線回折格子干渉法により撮影されたサクランボの投影像
((a) 吸収像、(b)微分位相像、(c) ビジビリティコントラスト像)。


図2 本研究で開発したイメージング法の実験配置。

図2 本研究で開発したイメージング法の実験配置。


図3 (a) 試料によって反射されたX線ビーム(図中の上のシートビーム)。

図3 (a) 試料によって反射されたX線ビーム(図中の上のシートビーム)。

(b)-(d) 図1(a)-(c)(吸収像、微分位相像、ビジビリティコントラスト像)に対応する画像。


図4 図3(b)、(c)、(d)の吸収像、微分位相像、ビジビリティコントラスト像の視射角依存性

図4 図3(b)、(c)、(d)の吸収像、微分位相像、ビジビリティコントラスト像の視射角依存性(それぞれ(a)、(b)、(c)に対応)。(a)はX線反射率の空間分布に、(b)は試料表面の湾曲度の空間分布に対応している。(c)から試料表面に平行な方向の構造情報をnmオーダーで取得することができる。


図5 (a) 今回用いた試料の構造モデル(構造パラメータの定義)。

図5 (a) 今回用いた試料の構造モデル(構造パラメータの定義)。(b)-(c)取得された実験データに対して最小二乗法によりフィッティングを行った結果。


図6 図5(b)、(c)のような最小二乗法によるフィッティングから求められた構造パラメータの空間分布(各構造パラメータは図5(a)で定義)。

図6 図5(b)、(c)のような最小二乗法によるフィッティングから求められた構造パラメータの空間分布(各構造パラメータは図5(a)で定義)。nmオーダーの精度で構造パラメータが決定できていることが分かる。


【用語解説】

大型放射光施設SPring-8
SPring-8の施設名はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設であり、その運転と利用者支援などは高輝度光科学研究センターが行っている。



【問い合わせ先】
(研究に関すること)

東北大学多元物質科学研究所
准教授 矢代 航(やしろ わたる)
 TEL:022-217-5184
 E-mail:wyashiroattohoku.ac.jp

(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室(担当:伊藤)
 TEL:022-217-5198
 E-mail:press.tagenatgrp.tohoku.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp