大型放射光施設 SPring-8

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未来の生活で有用な材料を開発! ~高度先進医療やソフトロボットに応用可能~(プレスリリース)

公開日
2020年02月28日
  • BL05XU(施設開発ID)

2020年2月28日
名古屋大学
理化学研究所
ユニチカ株式会社

【ポイント】
1)粒径の揃った直径約100 nmの球状の硬いシリカ微粒子を柔らかな架橋高分子に濃厚分散させることで、シリカ微粒子が秩序を有する状態で架橋高分子内に配列した複合エラストマーが得られる。
2)得られた複合エラストマー内において、シリカ微粒子から散乱される可視光は、微粒子による秩序構造形成のため、干渉し相殺され、あたかも光を散乱しないようになり、光学的に無色透明な状態となる。
3)シリカ微粒子と架橋高分子との相互作用の結果、複合エラストマーは、シリカ微粒子の添加量に伴って力学的にタフ(高靱性)になる。

 名古屋大学大学院工学研究科の 竹岡 敬和 准教授らの研究グループは、理化学研究所放射光科学研究センターの 星野 大樹 研究員やユニチカ(株)などと共同で、透明な生体組織を参考に、橋架けを施した高分子中に粒径の揃った直径約100 nmのシリカ注1)微粒子を高濃度で分散させると、光学的には無色透明になり、力学的には高靱性注2)化することを発見しました。
 生体には、硬い材料と柔らかな材料が複合化することで、光学的透明性と力学的高靱性を兼ね備えた組織があります。その一例が、眼球を構成する角膜です。本研究では、角膜注3)に倣い、柔らかな架橋高分子中に粒径の揃った硬いシリカ微粒子が秩序を有する状態で分散した複合エラストマー注4)を作ったところ、無色透明になり、その破壊靱性が大幅に向上することを見出しました。
本研究で得られた複合エラストマーは、高度先進医療、ウエアラブルディスプレイ、ソフトロボットなど、未来の生活において重要な技術を実現する上で有用な材料になることが期待されます。

 この本研究成果は、2020年2月27日(日本時間23時)付け発行のアメリカ化学会が発刊する『ACS Materials Letters』誌のオンライン版に掲載されました。

【論文情報】
雑誌名:ACS Materials Letters
論文タイトル:Highly Transparent and Tough Filler Composite Elastomer Inspired by Cornea
著者:Kenta Watanabe, Eiji Miwa, Fumio Asai, Takahiro Seki, Kenji Urayama, Tomotaka Nakatani, So Fujinami, Taiki Hoshino, Masaki Takata, Chang Liu, Koichi Mayumi, Kohzo Ito and Yukikazu Takeoka
DOI:doi.org/10.1021/acsmaterialslett.9b00520

【研究背景と内容】
 力学特性を改良した様々なエラストマーが、自動車や飛行機の部品、スポーツ用品、精密機械や建築物の防振材料など、我々の生活の多様な場所で役立っています。人の未来の生活を支えるために、今後の発展が期待される高度先進医療、フレキシブル(ウエアラブル)ディスプレイ、ソフトロボットなどの分野においても、エラストマーは重要なキーマテリアルとしての役目を担うに違いありません。これらの先進技術を実現するには、光学的に透明で優れた力学特性を示すエラストマーの開発が、これからの重要な命題になると考えられています。

図1

図1

a: 角膜の微細構造の概念図

b: 本研究で開発した透明でタフなエラストマーの微細構造の概念図


図2

図2

上:懸濁液中におけるシリカ微粒子の濃度変化を伴うシリカ微粒子の集合状態の変化を示す概念図

下:懸濁液中のシリカ微粒子濃度変化に伴う懸濁液の濁度変化
 水や液体のモノマー中にシリカ微粒子を懸濁すると、シリカ微粒子の濃度に応じてシリカ微粒子の集合体の状態が変わり光学的な性質も変化する

 本研究では、生体材料である角膜(図1a)に倣うことで、無色透明で高靱性な複合エラストマーが開発できることを見出しました。この複合エラストマーは、無色透明な高分子が低架橋された架橋高分子中に、粒径の揃ったサブミクロンサイズ注5)のシリカ微粒子が秩序を有する状態で分散した微細構造を有しています(図1b)。可視光領域にて、架橋高分子を構成する高分子とは異なる屈折率を有するシリカ微粒子が高濃度で分散しているにも関わらず、シリカ微粒子が秩序を有する状態で架橋高分子中に配列したことにより、複合エラストマーは光学的に無色透明な状態となるのです(図2)。その微粒子配置の詳細を、大型放射光施設SPring-8注6)のビームライン(BL05XU)の放射光を用いた実験により、明らかにしました。さらに、硬いシリカ微粒子と柔らかい架橋高分子との界面における相互作用により、複合エラストマーの弾性率と伸長性が共に増大することも発見しました(図4a,b)。シリカ微粒子を35 vol%含有した複合エラストマーの破壊エネルギーは、シリカ微粒子を含まない系の約13.5倍にもなりました(図4c)。

図3

図3

左:エラストマー中のシリカ微粒子濃度変化に伴うエラストマーの濁度変化

右:34 vol%のシリカ微粒子を含む複合エラストマー中のシリカ微粒子の配列状態を示す電子顕微鏡像


図4

図4

a:様々なシリカ含有量の複合エラストマーの応力−歪み曲線

b:aの結果を基に得た複合エラストマーのヤング率と破壊歪みのシリカ含有量依存性

c:aの結果を基に得た複合エラストマーの破壊エネルギーのシリカ含有量依存性

【成果の意義】
 架橋された高分子と充填剤を複合した従来の系としては、タイヤが良く知られています。架橋した生ゴムなどと、カーボンブラックやシリカ微粒子を複合することで、強靱な複合エラストマーになるのです。しかし、光学的には、黒色や白色などであり、光を通すことのできる複合エラストマーは開発されていませんでした。今回、生体の組織である角膜の構造を模倣することで、力学的なタフさに加えて、光学的な透明性を付与することに成功しました。
 また、従来の複合エラストマーでは、充填剤の添加と共に硬くなることでタフ化する一方、その伸張性は損なわれていました。しかし、本研究で見出した系は、充填剤であるシリカ微粒子を加えていくと、複合エラストマーの伸張性も良くなることが分かりました。その結果、破壊に要するエネルギーが大きくなり、タフ化が実現できました。このメカニズムに関しては、まだ十分明らかになっていません。
 従来の複合エラストマーにおいても、充填剤の添加によってタフ化する理由はまだ不明確な点が多いのです。充填剤の添加効果を知るには、複合エラストマー変形時に生じる内部の微細構造の動的挙動を解析し、巨視的な力学物性(例えば、歪みを加えた際に生じる応力の変化など)を支配する要因を明らかにしなければなりません。本研究で得られた複合エラストマーは、光学的に透明なため、共焦点顕微鏡観察法注7)などにより、変形時に生じるミクロな現象を可視化することができます。また、微粒子の単分散性注8)を活かすことで、X線散乱手法を用いて変形時の微粒子の動的な挙動の詳細を調べることが可能となるため、複合エラストマーが高靱性化する支配因子の解明が期待され、未来技術に適用可能な透明で高靭性な複合エラストマー調製のためのユニバーサルな設計指針を確立できるようになるでしょう。


【用語説明】

注1)シリカ
 砂や珪藻土の主成分として含まれ、地球上で二番目に多く存在する化合物です。本研究で用いた非結晶性のシリカは、化粧品、食品添加物、顔料などとして用いられ、生体内にも微量に存在します。

注2)靱性
 材料の脆性破壊に対する抵抗の程度。材料の粘り強さ。

注3)角膜
 角膜は、ムコ多糖と水を主成分とした柔らかいゲルと、弾性体であるコラーゲン繊維から構成されています。コラーゲン繊維の可視域における屈折率は、ムコ多糖ゲルの屈折率よりも高いことから、コラーゲン繊維は可視光を散乱する性質を示します。ところが、角膜中でコラーゲン繊維は紫外光の波長サイズで秩序のある状態で配列しているため、各コラーゲン繊維によって散乱された可視光は干渉によって相殺され、角膜は実質的には光を散乱していない状態となります。その結果、角膜は、光学的に無色透明になるのです。この際、コラーゲン繊維は、短距離秩序のみを有する状態にあるアモルファス集合構造でも、短距離秩序、長距離秩序、周期性を有する結晶構造のどちらの秩序状態であっても、角膜は無色透明になることが理論的に説明されています。また、角膜は白目の部分に当たる強膜と共に強靱な眼球壁の外膜を構成し、眼球内容を保護しています。この高靱性化は、弾性材料としてのコラーゲン繊維と柔らかい材料としてのムコ多糖のゲルの複合化によって実現されており、角膜はいわゆる繊維強化型複合材料であると思われます。角膜のみならず、生物の透明な皮膚なども同様のメカニズムによって光学的透明性と力学的高靱性を兼ね備えた組織になっていると言われています。

注4)エラストマー
 ゴム状弾性(エントロピー弾性)を示す高分子。

注5)サブミクロンサイズ
 1ミリメートルの1000分の1であるミクロン以下の大きさ。

注6)大型放射光施設SPring-8: 
 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われている。

注7)共焦点顕微鏡観察法
 従来の光学顕微鏡と異なり、焦点の合った部分だけが際立って明るく撮像されることで、焦点の合っていない箇所からの不要散乱光が除去されるため、高コントラストになり、解像度が上がる観測方法。

注8)単分散性
 粒子において、サイズが極めて良く揃っていること。



問い合わせ先
【研究者連絡先】
名古屋大学大学院工学研究科
准教授 竹岡 敬和(たけおか ゆきかず)

理化学研究所 放射光科学研究センター
研究員 星野 大樹(ほしの たいき)

【報道連絡先】
名古屋大学総務部総務課広報室
 TEL:052-789-2699 FAX:052-789-2019
 E-mail:nu_researchatadm.nagoya-u.ac.jp

理化学研究所広報室 報道担当
 TEL: 048-467-9272 FAX:048-462-4715
 E-mail: ex-pressatriken.jp

ユニチカ株式会社 広報グループ 
 TEL:06-6281-5695  FAX:06-6281-5697

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp