大型放射光施設 SPring-8

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社会性の発達を調節する新たな機構を発見(プレスリリース)

公開日
2021年03月23日
  • BL41XU(構造生物学I)

2021年3月22日
富山大学
京都大学

ポイント
1. ニューロリジン3がPTPδと結合してシナプスの形成を担うことを発見しました。
2. ニューロリジン3とPTPδが結合した状態の構造を明らかにしました。
3. ニューロリジン3と結合することが知られていたニューレキシンとPTPδは競合的にニューロリジン3と結合することを発見しました。
4. ニューロリジン3がPTPδとニューレキシンのどちらとより多く結合するかによってマウスの社会性の発達が調節されることを検証しました。
5. PTPδとニューレキシンの競合バランスを調節することによる自閉スペクトラム症に対する 治療・創薬への応用が期待されます。

 富山大学学術研究部医学系・吉田知之准教授および京都大学大学院理学研究科・深井周也教授らの研究グループは、社会性の発達を制御する新しい分子機構を明らかにしました。シナプスに存在する細胞接着分子であるニューロリジン3タンパク質は社会性発達の障害を伴う自閉スペクトラム症の発病に関わることが知られていましたが、どのように社会性を調節するかはよくわかっていませんでした。今回、ニューロリジン3がシナプスを挟んで受容体チロシン脱リン酸化酵素PTPδ(デルタ)およびニューレキシンと競合的に結合することで、社会性発達を双方向性に調節することを見出しました。今回の研究成果は、自閉スペクトラム症の発病機構の理解や新たな創薬・治療戦略の確立に繋がるものと期待されます。

発表雑誌
雑誌名: Nature Communications
論文名: Canonical versus non-canonical transsynaptic signaling of neuroligin 3 tunes development of sociality in mice
著者名: Tomoyuki Yoshida*, Atsushi Yamagata, Ayako Imai, Juhyon Kim, Hironori Izumi, Shogo Nakashima, Tomoko Shiroshima, Asami Maeda, Shiho Iwasawa-Okamoto, Kenji Azechi, Fumina Osaka, Takashi Saitoh, Katsumi Maenaka, Takashi Shimada, Yuko Fukata, Masaki Fukata, Jumpei Matsumoto, Hisao Nishijo, Keizo Takao, Shinji Tanaka, Shigeo Okabe, Katsuhiko Tabuchi, Takeshi Uemura, Masayoshi Mishina, Hisashi Mori, Shuya Fukai*
DOI: https://doi.org/10.1038/s41467-021-22059-6

研究内容
 受容体チロシン脱リン酸化酵素PTPδはシナプス前細胞に発現してシナプス後細胞の様々な相手と結合することによってシナプスを分化誘導するタンパク質として知られていました。PTPδのシナプス後細胞の結合相手を網羅的に探したところ、PTPδとニューロリジン3の新しい組合わせの結合を発見しました。大型放射光施設SPring-8のBL41XUにてニューロリジン3とPTPδが結合した状態の立体構造を決定し(図1)、その結合面の構造情報を基にしてPTPδもしくはニューレキシンと結合できないニューロリジン3の変異体をデザインすることに成功しました。ゲノム編集技術を用いてニューロリジン3遺伝子にPTPδと結合できなくする変異およびニューレキシンと結合できなくする変異を導入したマウス系統をそれぞれ作製しました。PTPδと結合できないニューロリジン3遺伝子を持つマウスは他のマウスに対する興味をあまり示さず、防御姿勢をとるなど、社会性が低下していることがわかりました。一方、ニューレキシンと結合できないニューロリジン3遺伝子を持つマウスは他のマウスと一緒にいる時間が長くなり、社会性が促進していることがわかりました。実際にマウスの脳内ではPTPδとニューレキシンは互いに競合関係にあり、ニューロリジン3を奪い合うように結合することも明らかになりました。そのため、ニューロリジン3がより多くのPTPδと結合すると社会性の発達が促進され、一方、ニューレキシンとの結合が増えると社会性の発達が抑制されることがわかりました。このことは、ニューロリジン3がPTPδとニューレキシンのそれぞれを介してバランスよくシナプスを作ることが正常な社会性の発達に不可欠であることを示しています(図2)。

将来展望
 社会性発達の障害を主症状とする自閉スペクトラム症は近年その有病率が増えています。また、社会集団における対人関係の障害は社会問題にもなっています。今回の研究成果から、社会性の発達調節の一端がシナプス分子間の相互作用のバランスによって担われることがわかりました。
 PTPδとニューレキシンの競合が起こる神経回路やシナプスを探索していくことによって、社会性の調節を担う神経回路や自閉スペクトラム症の発病メカニズムの理解が進むと思われます。さらに、ニューロリジン3とニューレキシンの結合を選択的に遮断することやニューロリジン3とPTPδの結合を選択的に強化することなどによって社会性の発達を調節できる可能性があります。今後、PTPδとニューレキシンの競合関係を標的とした自閉スペクトラム症に対する治療・創薬への応用が期待されます。

図1. ニューロリジン3- PTPδ複合体の構造

図1. ニューロリジン3- PTPδ複合体の構造
今回明らかにしたニューロリジン3(青色)とPTPδ(オレンジ)が結合した状態の構造(左)。
右は既に報告されているニューロリジン1(青色)とニューレキシン(黄色) が結合した状態の構造。
ニューロリジン3とニューロリジン1はよく似た構造をとる類縁タンパク質で、同じ位置関係で並べて提示しています。PTPδとニューレキシンはニューロリジン3もしくは1の同じ側に結合していることがわかります。このことからPTPδとニューレキシンは同時にニューロリジン3に結合することはできず、互いに競合関係になっています。


図2. ニューロリジン3による社会性発達の調節機構

図2. ニューロリジン3による社会性発達の調節機構
シナプス後細胞に発現するニューロリジン3はシナプス前細胞に発現するPTPδあるいはニューレキシンと結合してシナプスを形成させます。PTPδとニューレキシンはニューロリジン3の同じ場所に結合するため、お互いに競合関係になっています(左)。社会性テストにおいて、野生型マウスは空のケージよりもマウスの入ったケージに興味を示すため、マウス入りケージ周囲の滞在時間が空ケージ周囲の滞在時間よりも長くなります。ニューロリジン3に変異を導入してPTPδと結合できなくしたマウスは、ケージ内のマウスに興味を示さず、空ケージとマウス入りケージの周囲の滞在時間に有意な差はなくなりました。これは社会性行動が減少したことを示しています(中央)。一方、ニューロリジン3に変異を導入してニューレキシンと結合できなくしたマウスは、マウスの入ったケージの周囲に長時間滞在し、社会性行動が増加することがわかりました(右)。このことから、ニューロリジン3がPTPδとニューレキシンのそれぞれを介してバランスよくシナプスを作ることが社会性の発達に重要であることがわかりました。



【本件に関する問い合せ先】
富山大学 学術研究部医学系、アイドリング脳科学研究センター 准教授
吉田 知之(ヨシダ トモユキ)
 TEL:076-434-7231
 E-mail:toyoshidatmed.u-toyama.ac.jp

京都大学 大学院理学研究科 教授
深井 周也(フカイ シュウヤ)
 TEL:075-753-4031
 E-mail:fukaiatkuchem.kyoto-u.ac.jp
 
(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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